第10話 みんなで、龍雄の村へ行こう
うわぁ、富士山だぁ。
車窓の向こうに見える富士山にテンションが上がる。
こうやって、富士山を見て興奮するってのは、私がちゃんと日本人の証拠よね、なんて思うと、ちょっと嬉しい。
結局、みんな保護者の許可を貰って、いつの間にか大人数になった私たち。一人年上の姉こと吉澤香音は、ほぼ引率の先生みたいに仕切ってる。
姉は、私と違ってスラリと背が高い。
才色兼備、文武両道。生徒会長なんてやっている3年生だ。
私と同じように小学校からこの学校に通っているから、生徒会長という立場も相まって、有名人で、男女ともファンが多い。
PTA的にも信頼が高いってこともあり、姉の引率ってのも、保護者たちがあっさり承諾した要因かもしれないな、と思う。
で、その姉だが・・・・
「うちの詩音ちゃんをたぶらかしているのはあなたね。」
待ち合わせに現れたタツに、まずはかみついた。あ、龍神様(笑)のこと、一応仮の名前とか(本人主張)の龍雄から、タツってみんなが呼ぶようになった。龍=タツだし、この名前自体もじりがない、とかで、本人も普通に受け入れている。
「ハハハ、たぶらかしてるって人聞き悪いなぁ。で、あんさんは誰?」
「え?私が分からない?」
まぁ、うちの学校でお姉ちゃんのことを知らない人はいない、もんね。生徒会長として入学式にも前に出てたし、外部組新入生もほぼ認識してると思って間違いない。
「ちょっと、タツっち、香音姉のこと知らないとかありえないんだけど?入学式、寝てた?」
「入学式?」
「そ、生徒会長。挨拶してくれたじゃない。」
「あー、あんま俺、人間の個別認識、得意やのうてなぁ。」
「詩音ちゃんのお姉さんでもあります。」
「へぇ、似てへんのぉ。」
・・・・
双子とピーチの指摘に、似てないの一言。
私は全然気にしてないのだけど、なぜかピキッと、空気が凍る。
私の悪口で、姉の出がらし、なんて言う人もいるから、仲の良い子たちは姉に似てないという表現を嫌うけど、実際似てないんだよね。
ただ、この似てない、というのは、別の意味でも禁句なわけで・・・
「はぁ?あなたねぇ、どこを見てそんなこと言ってるのかしら?その節穴、しっかり見開いて、ようくご覧なさい。この目、この鼻、この口、どっからどう見てもそっくりじゃないの。もう鏡を見ているようでしょ。」
「ハハハ、姉さんおもろいのぉ。まぁ、確かに、目ぇ2つ、鼻1つ、口1つ、おまけに耳2つ。数の上では、ほんまそっくりやわ。そやけどな、どう考えてもあんたらは似てへん。外見も内面も、悪いけど、詩音が何倍も上やわ。」
うわぁ、言うにことかいて、んなわけないでしょうが。
「!」
姉が一瞬固まって、本当に空気が凍ったかと思ったわ。
が、次の瞬間、姉はタツの右手をガシッと両手で掴んで、飛び跳ねだした。
「あなた!よく分かってるじゃないの!そうなの、そうなのよ!どう考えても詩音ってば可愛いし、良い子だし、もう最高なのよ!目に入れても痛くない?フッ。あったりまえでしょう!もう、ホント、あなたいいわぁ、最高よ!ねぇ一緒に詩音のいいとこ、言いあいっこしましょ。あなた、タツくんっいうの?もう、気がすっごく合いそうね。」
ハイトーンボイスで捲し立てる姉。
初めて見るタチバナなんかは、目を白黒してる。今頃、姉の印象がガラガラ崩れているんだろうね。なんかごめん。一見、知的でクール。実際才色兼備文武両道。
そう、これさえなければ。
実際、他の面々は、苦笑している。
そう。姉の出がらし。何度か言われても別に私としては気にもならない。そうだなぁ、と思う程度。
だけど、そんなことを言われたと知った姉は、その行動力でもって、言った相手に噛みついていくんだ。似てないって言われたら、いかに似てるかを力説し、私が出がらしだと言われたら、国民的ネコ型ロボット兄妹を例に出して、いかに妹が優れているか、と蕩々と力説する。
ある種、我が校名物みたいになっていて、姉に用があるなら、私に悪口を言えば一発でやってくる、なんてささやかれるほど。
まぁ、なんだ。シスコンの極み、といえばいいんだろうけど、優秀な姉がポンコツになるのは、唯一、俺に関することだけ。で、実はそういう意味でも、余計に俺は姉から逃げたくなるってことを姉は知らない。
普段はいいけど、こういう時の姉は、どうしても過去のある人物を思い出させるからな。そう、サーミヤ王女。俺を断頭台に送った王女様。
が、まぁ、今日はなぜかタツが俺のことを姉の上に置いたってことで、微妙に変わった展開になってる。しかもタツが変に姉と同調して、二人で俺のことを褒めちぎっているから、背中がむずむずして、かなわない。てか、我関せず、とか人の話を聞かずトリップしてる、とか、褒め言葉じゃないだろ!
二人の話を聞いてみんなニヤニヤしてるし、なぜかタチバナも二人に参加してるし。
道中で、そういう話をデカい声でするの、やめてくれませんかね。知らない人が微笑ましげに、また、迷惑そうに、結構視線送ってきてるんだけど・・・
彼らの口を閉ざせたのは、新幹線に乗り込むときに購入したお弁当。さすがに食べながら、姦しくはできず、一度話が途切れると、景色やら、これから行く村とか、ツーリングの話とかで、みんな盛り上がるようになった。
俺はそんなみんなを見ながら、霊峰と呼ばれる富士を見て、かつての生きた世界を、ふと思う。
この世界にはない魔法。
だがどうだ。
今の俺には、あの富士の纏う神聖な空気に魔素と同じような魔法の根源を感じてしまう。
タツは、自分が神だと言った。
魔法とは違うのかもしれないが、確かに彼の気は普通の人間と違う。
彼が連れて行こうとしている霊場だという山。
ここにも同じようにこの世界の魔法が残っているのだろうか。
そして。
俺=シオン。シオンはこの世界で魔法は使えるのか?
いや、使えるのだろうという確信はある。
ステータス盤は、昔のままに、あの世界ですらまともじゃない量のMPを記したままだ。
詩音、だと、暴れたい、なんて、考えたことがなかったのにな。
こいつ、タツ、と出会ってからなんか変だ。
シオンが前に出てきてしまう。いや、シオンだって、戦いたくなんかなかった。それ以外の生き方を知らなかっただけ。いや、許されなかった、というべきか。
だが。
なんだろう。
詩音もシオンも、ワクワクしている。
戦いの予兆に。
いいや、命をかけない戦いの期待に、わくわくが止まらない。
おかしいな、いつから俺はこんな好戦的になったんだろうか・・・
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