第3話 女神の恩恵
心の中で「ステータスオープン」と唱えてみる。
吉澤詩音 女 Lv.15 以下ほぼ15の数字が並ぶ。
まさに小気味いいまでの平均値。
限りなく普通。
俺がついぞ経験したことのなかった数値。
はぁ。
でも、そうじゃないのよね、と、女の俺は思う。
ここは現代日本。
私は講堂の、ある一席に座り、舞台上の進行をボーッと眺めている。
見慣れた講堂。
舞台に立つ先生たちも、なんだったら生徒たちのほとんども見知った顔。
ここは、私立一貫校というのがかろうじて特徴あるだけの、某高校の入学式。
はぁ。
私は吉澤詩音15歳。今日からJKになる。
ごく普通の女の子。
とは、言えないよなぁ。
俺は知ってる。
自分のステータス、なんてものを開くことができる現代日本人なんていない、ってことを。
目の前にぼんやり浮かぶ、俺にとってはなじみ深いステータス盤こそが、俺が普通の日本人ではないことの、動かされざる証拠。
俺は、この地球に転生した。
地球というこの世界にだって戦争はある。
が、俺が産まれたこの日本という国は、なんとまぁ平和な国で。
記憶が戻って一番辛かったのは、たぶんこの国の「銃刀法」なんて法律だろう。
自分の身を守るために、剣すら持てないなんて。慣れるまでの心細さたるや、筆舌に尽くしがたい。
いや、慣れるまで、なんて嘘だ。今でも、腰に下げるものがないのがなんとも不安を払拭できない。
他にも魔法がないのが、心細かったな。
よく魔法もなしに生活を保てるものだ
もちろん、記憶を思い出した頃には、俺だって日本で暮らし、電化製品の恩恵を受けていたけど、未だにこの電化製品、というものには不思議な感じがぬぐえない。
電化製品だけじゃないか。
様々なインフラが、正直いまだに信用できない。
だって、自分で、自分の手で、行ってるわけじゃないんだぜ。
前世なら、水が欲しけりゃウォータの魔法で呼び出すし、焚き火が欲しけりゃファイアの魔法で充分だ。
クリーンで、体も物もあっという間に清潔だし、ビルトの土魔法で塀でも家でも創ることが出来る。
自分で手をかけるんだから、安心感があるけど、この世界では誰かが何かの理屈で道具を作り、当然のようにその恩恵を受けている。
もちろん。前世でも、俺が魔法が得意だから全部自前で出来ていたっていうだけで、普通の人は魔導具と魔石を用いているんだから、今といっしょだろ?と思わなくもない。だけど、なんだろう、違うんだ。
魔力さえ通せば、道具は動く。
多い少ないはあっても魔力は誰にでもあるもので、究極を言えば、エネルギーは、色々うまくやれば、自分や周りの知り合いの間で融通し合えば十分まかなえるもんだろ?
だけど、なんだ、この世界のエネルギーは?
化石燃料?
自然エネルギー?
そんな自分でコントロールできないもんでよく平気だな、なんて思う。
とかいいながら、我が家はオール電化、なんだけどな。
なんのことはない、この他力本願で、当たり前に享受するってシステムに、なんだか慣れない俺がいるんだ。
目の前に浮かぶステータス画面。それを睨みつつ、俺は前世の記憶は妄想の類いではないんだ、という確信をさらに深める事実を目にして、ため息を深める。
あの10歳、記憶が蘇った日に確かめて、それ以降も何度も確認してしまっている、この事実。
前世ではなかったグレーのプルダウン。
プルダウンをいじると、現れるシオン・グローリーのステータス。
変わらず、死んだ時のままステータスは、果たして、いつでも呼び起こすことが出来る。
その中にはMP42なんてのもあって・・・
MP。魔力のこと。不思議なことに詩音でもちゃんとあって15の数値。
15なら生活魔法ぐらいは出来るはずなんだけど、実際はできない。詩音だと魔力を感じることも操作することも出来ないんだ。
だけど・・・
プルダウンでシオンに。
MP42の俺は、シオンの時と同じ流れを感じる。
自分の中の魔力を感じる。
この現代日本で魔力を操作できる人、なんてのはいるんだろうか。
まぁ、魔術師とか霊能者とか、眉唾な話はことをかかないし、ひょっとしたらいるのかもなぁ。
だけど、詩音の15年の人生で、まだ魔法を使える人間とは会ったことがない。
俺、以外って意味だが。
俺がスキルを持って剣をふるい、魔王を倒せる魔法を駆使したら、この世界だとどうなるんだろうな。
前世ですら、化け物として怯えられ、あまつさえ命を奪われた俺だ。
この世界、平和はいいが、俺みたいな異物、どう対処するのか、まったくわからない。
なんで、平和で平穏な世界に生まれて戦々恐々と過ごさなければいけないのか、という不満は大いにある。
大いにあるんだが、だけど女神アレクシー様、一応俺は感謝してるよ。
ちゃんと平和に暮らせる、そんな安全な世界へと生まれ変わらせてくれたんだから。
ただ、ホワホワ生きたい、そう言ったその意味をはき違えてないか?
俺は、生まれ変わった。
平均より小さい女の子に生まれ変わってしまった。
で、良く言われるんだ。
「詩音はほんとにホワホワした子だねぇ。」
俺はホワホワした空気が流れる世界でゆったり暮らしたい、そう願ったはずなんだけどなぁ。
自分がホワホワした見かけ、雰囲気を持ちたい、なんて思ったことは一切ないんだが・・
吉澤詩音15歳。146センチの小柄でホワホワした女の子。
いまだに小学生に間違えられようとも、中身は19歳の青年だ。
不思議なのは、感覚はあの死んだ時のまま。
19歳のまま変わらず、34歳のおっさんの感覚になってないのは不思議だが。
まぁ、こうなったのは仕方ない。
女神からの恩恵であることは間違いないんだから。
だから、精一杯、私は平和な世界の女の子を楽しむつもり。
プルダウンを詩音にしてる限り、私はごくごく普通の平均的な女の子、なんだから。
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