篠野佳織の日常 第3話 夜

お風呂から上がるともうノアとロトはケージに入れられていて、今日の寝かしつけは成功したようだった。下手な時間に寝られてしまうと眠ってくれないのは多分子育てと同じで、そういう日は夜中までつき合う羽目になる。


「ノアとロトの世話は一通りしたから」


「ありがとう。真凪もお風呂に入ってきて」


真凪は頷いて、今日は誘っていい? と甘い声で言われて、わたしは照れながらも肯きを返した。


こういう会話にはわたしも慣れたし、真凪と触れ合うことにも抵抗は今はほとんどなくなった。キスだけじゃ淋しいと思ってしまうようになったのは真凪のせいで、逆に誘われないとちょっと落ち込んだりもするくらいだった。


先に寝室に移動して、ベッドに寝転がりながらスマホを触っている内に真凪もお風呂から出てきて、自分の方のベッドに腰を掛ける。


引っ越した時は部屋を分ける分けないが微妙だったこともあって、ベッドも同じ形のシングルサイズのものを二つ買った。今はそれをくっつけて大きなサイズのベッドにして、二人で近づき合える形で寝ている。


お風呂上がりの真凪はTシャツに、膝下丈のパンツ姿で、後ろから見ると姿勢の良さが良く分かった。でも、Tシャツの下に触れたいという欲求が出て、背後から真凪に抱きついていく。


「どうしたの?」


「お風呂上がりの真凪は触り心地良さそうだなって」


Tシャツの下のお腹の部分にわたしは手を回して、真凪を抱き締める。


「佳織が積極的で嬉しいけど、この格好じゃ佳織を抱き締められないじゃない」


「それは後でいっぱいする気でしょう?」


「そうだけど、今も触りたいの」


「それはだめ。じっとしてて」


「焦らしプレイ?」


「真凪に触りたいだけだよ。温かくて気持ちいいから」


全身を真凪の背に預けると、真凪の温もりがそのまま伝わってくる。


「じゃあ佳織が好きなだけ触ったらいいけど、佳織も変わったよね?」


「そう?」


「1年前ならこんなことしなかったでしょう? 佳織が甘えてくれるのはもちろん嬉しいから、いつだって触っていいよ」


「だって、真凪はわたしのだから」


わたしは言葉にはなかなかできないけど、独占欲は強い方だと思っている。それなら独占できるだけのことを自分がすればいいんだけど、それができなくて恋人との間に意識の差が生まれて過去に何度も失敗をしている。


真凪はそのことを理解してくれて、愛情はこう交わし合うのだとわたしに教えてくれた。だからこそ、わたしも真凪に触れられるようになったのだ。


「そうだね。全部佳織のものでいいよ」


真凪の腰に巻き付いたままの私の腕に、真凪の手が重ねられる。真凪は身長に比例してなのか手が大きめだから、わたしの手を包んでしまう。


それだけじゃ満足できなくて真凪から腕を放すと、すぐに真凪が向きを変えて向かい合う形になる。


真凪は本当にこういうことに恥じらいというか、照れがなくて、真っ直ぐに自分のしたいことを目指すタイプだった。待ちきれなさが前面に出ていて、可愛いなと思えるようになった。


「私は佳織のものだけど、佳織を感じたいから、愛していい?」


頷きを返すと真凪の唇が重なる。


体と同じく温かいそれは、真凪そのもののようだった。


真凪の招きのままにベッドに寝転がると、すぐに真凪の体が載せられる。


これはただ肉体を求め合うだけの行為じゃない。


真凪はそのことをわたしに教えてくれた。


想いを体を通じて交わし合うからこそ、心を溶かし合えるのだとようやくわたしもわかるようになってきた。


「佳織、大丈夫?」


もう幾度となく繰り返した行為だけど、真凪はわたしをいつも気遣ってくれる。


肌を重ね合って、欲望を解放して、愛し合う。


「気持ち良かったから大丈夫。真凪って仕事で疲れていても、頑張るよね」


「だって佳織に触れないと仕事の疲れも癒えないんだもん」


ぎゅっと抱き締められて、真凪らしいなと笑いを零す。


「真凪ってつきあったら恋人を大事にするし、エッチもすごくまめなのに、どうして今まで恋人と長続きしなかったの? 唯依はともかく」


「そこ聞くの!?」


「今後の参考になるかなって」


「参考にはしないで欲しいけど……浮気をされたのが2回と、遠距離になるから別れるって言われたのと、女同士なんて将来性はないからって振られたのと、元々二股掛けられていたのが1回かな」


「真凪、運悪すぎない?」


「そうかな。多分、家を飛び出していたから人を愛すことよりも人恋しさが先にあって、ちゃんと相手と向き合えていなかったんじゃないかなって今は思ってる。佳織は違うからね」


「浮気しなかったらいいけど」


「佳織に夢中だからそこは心配しないで。そんなことしたら佳織が悲しくて死んじゃうのわかってるしね」


「その時は真凪を巻き込むから、心配しなくていいから」


そんなことになったら真凪の言葉通り、自分は生きて行ける気がしなかった。


「最後の時まで一緒ってなんか小説みたいだね」


「それ、無理心中ものだから」


「まあそんなことにはならないよ。もし周囲に反対されても私は佳織と一緒に生きて行けるなら、どこに行ってもいいって思ってるしね。佳織は?」


「…………わからないけど、真凪とは一緒にいたいかな」


「じゃあ一緒にいよう」


頷くと真凪の唇が重ねられた。


生活をすることも、触れ合うことも互いに共有し合えて、空気に溶けこんで、日常になる。


これからもわたしたちには何かあるだろうけど、二人で一緒にいられれば何とかなるだろうと、わたしは目を閉じた。




明日の朝、わたしはまた目覚めて、真凪の寝顔を一番に見て、生活を始める。


それをこれから先ずっと続けていくのだろうと、迷いはなかった。



end

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