第十話:TROUBLE
「ああ〜気持ちいい!だろ?」
真っ青な海を目の前にして俺は伸びをした。 そして後ろにいるダンを振り返る。
「…綺麗、 だね」
ダンは、 息を吐きだすように言った。ため息、というより、感動して、のように聞こえた。
「もうそろそろ来ると思うんだけどなー」
あのお兄さんにはもう連絡してある。連絡したとき、彼もちょうど家を出るところだったらしく、俺とダンの分も準備するといった。
正直、その時俺はダンの様子をあまり気にしていなかった。なんだかものすごく不安そうな顔はしてるんだけど、きっとはじめてのサーフィンで恐いんだろう、 としか思わなかった。
「おお〜い」
しばらくすると、後ろから声がした。振り返るとお兄さんだった。
「悪い悪い、遅くなった!」
そう言って、ニカッと彼は笑って、この間と同じように数人の友人を連れてやってきていた。俺は軽く頭を下げて、そしてダンを紹介した。
「あの、友達のダニエルです」
驚くほど自然に友達、という言葉が出てきて俺は内心自分で驚いた。ダンを振り返ると、そのことについては何も言わず、ただ相変わらずさっきからの不安そうな顔をしていた。
「ダニエルか。よろしくな」
そういうとお兄さんはダニエルに笑いかけた。ダニエルは不安な表情のまま、軽く会釈する。そしてお兄さんはまたこの間と同じようにトレーラーに向かい始め、俺たちはその後に続いた。
「トレーラーで着替えるんだよ」
ダンに向かってそういうと、彼は何も言わず頷いただけだった。
「なんだか、これ…」
俺たちはトレーラーの中でサーフスーツに着替えた。ダンが呟いたので、俺は苦笑した。俺がはじめに抱いた感想をダンも持ったらしい。
「ああ、窮屈だろ?」
ダンは着心地悪そうに、身を捩った。でもさっきよりいくらか不安ではなくなってきているようだ。
「おい、二人とも着替え終わったか?」
トレーラーの外で、俺たちが着替え終わるのを待っていたお兄さんから声をかる。俺とダンは外に出た。
「よし、じゃあ行くか」
波打ち際まで少し歩くとお兄さんは俺たちを振り返った。
「サムは乗り方わかってるよな。ダニエルに教えてるからそれまで自分でやっててもいいぞ」
お兄さんは俺にそう言い、ダンに説明し始めた。俺はそれを見ながら、先に海に入ることにした。今日は曇っている所為か、少し水が冷たい。予報では晴れになるらしいけど。少し波が高いような気がする。お兄さんが来るまでやつばり待っていよう。
浜にいる二人を見ていると、ダンが不安そうに何かお兄さんに尋ねているのが分かった。何を尋ねているのかまではよく聞こえない。
すると次の瞬間、お兄さんの笑い声が聞こえて、しっかりボードにつかまってりや平気だ、と言うのが聞こえた。足がっかなかったらどうするのかを聞いていたのかもしれないと思った。
しばらくして、 二人は海に入ってきた。
「冷たいっ」
水に足につけた途端、ダンはそう叫び、一旦砂浜に上がってしまう。
「ダン、平気だよ。少し冷たいけどすぐ慣れる」
そんなダンを見て俺がそう言うと、ダンは恐る恐る水に入って、なんとか腰まで浸かるところまできた。
「今日は少し波が高いな。俺がいいってい言うときまで乗らないほうがいいかもな」
お兄さんは俺にそう言って、海を見つめた。波を見極めているんだろう。時折、乗れそうに見える波が来たけど、おまえたちには高すぎると言ってとめられた。そういえばイアンにもよく言われたけど、ボードでも素人のうちは飛べる坂を見極めるのは難しい。
そうしてしばらく時間は過ぎた。
「よし、 次のはいいぞ」と突然お兄さんが叫んだ。
またしても、俺には波らしい波は見えなかった。でも次の瞬間に、彼の言ったとおり波が現れるのを俺は知っていた。
「いいか、俺が合図したら、思いっきりボードに乗り上げて、しっかりつかまってろ。いいな?」
まだ波のこないうちにお兄さんはダンに最終事項を述べた。ダンはコクコクと懸命に頷いていた。
「よし、ほら来たぞ、いいか、まだだ、まだだ—」
この言葉で俺はダンから目を離した。
「——よしっっ、 行けっ!」
いつものお兄さんの掛け声が聞こえ、 俺は思いっきりボードに飛び乗った。
***
「——ぶはあ!!」
浜に打ち上げられた俺は、止めていた息を吐き出した。そして懸命に呼吸をする。
「おお、サム、早いな」
俺たちを見守っていたお兄さんが俺に声をかけてくる。
「はあ、何回やっても気持ちいいや」
俺は浜に座り込んだ。そして、空を見上げた。
「晴れてきたな」
雲の隙間からのぞく太陽の光が眩しい。俺は太陽の暖かさを感じながら目を閉じた。
「ああ、ダニエルもそろそろだ、ほら、あそこに見えてるぞ」
お兄さんがそう言って、 沖の方を指さした。
「あ、 ほんとだ———あ!!」
次の瞬間、 ダンがボードから落ちてしまった。すぐ顔を出すかと思いきや、出てこない。
「—おかしいな、おい、まさかあいつ泳げないとかないよな?」
お兄さんはそう呟いた。
「えっいや、そんなことは聞いてな—」
「まずいなっ」
お兄さんは何かを感じたように走っていって海に飛び込んだ。
ダンが泳げない? まさかそんなこと—
俺は海に飛び込んだお兄さんを追いかけることも出来ず、まさかという気持ちのままただ突っ立っていた。今自分が何をしたらいいのか分からなかった。
「——おい! 救急車っ、呼べっ—」
大声がして、沖のほうから首だけ出したお兄さんが叫んでいた。
—ダンは? ダンはどこだよ?
次の瞬間、俺の目に、お兄さんの腕に抱えられてぐったりとしている人の姿が映った。首をうなだれて、動いていない。
それがダンだと分かったとき、俺の頭は強い衝撃を受けたようにフリーズした。ただ、この先に待ち受ける最悪の状況が次々と浮かんでくる。
「トレーラーに電話がある!早く!!」
その声を聞きながら、慌てる人たちの動きを俺はただぼんやりと見つめていた。
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