暗夜異聞 目覚め

ピート

 

 森を抜けた少しひらけた場所にその岩はあった。

 何故こんなにも大きな岩があるのかはわからない。

 ただ、その岩を見つめる若者と老人がいた。



「どう見てもただの岩なんだけどなぁ」

 岩に触れ、何かを調べているようにも見える。

「竜神の加護がある」

「じゃぁ、雨ざらしになんかしてないで社でも作ったらいいじゃないか」

「そのままにしておけば、お前が言うようにただの岩にしか見えない」

「そうやって守ってきたって言うんだろ?」

「そうだ」

「誰がこんな辺鄙な所に、しかもこんな岩を見にやってくるのさ?」

「さてな」

「守るような事件はあったのかよ?」

「古い伝承でならある」

「祖父さんの知る限りでは?」

「事件はないな」

「なのに、俺はコレを守らないといけないと?」

「それが一族に課せられた使命だからな」

「祖父さんと同じように、この山で生活しろって?」

「離れていても守る術をお前が持っているというなら、街で暮らそうが構わん。それにどうするかは宗次郎が決めればいい」

「コレの重要性がわかるなら、俺は別に使命とやらを果たす為に此処で暮らしてもいいんだよ。でも、どう見たってコレはただの岩だ。祖父さんはこの岩の重要性を知ってるのか?」

「何度も言ってる。竜神の加護がこの岩にはある」

「どんな加護だよ?」

「さてな」

「祖父さん……まさか、加護があるって言葉だけでずっとこの岩を守ってきたのかよ?」

「そうだ」

「冗談だろ?祖母さんだって、祖父さんと一緒に暮らしたかったはずだ」

「使命を果たすためだ」

「そんなわけのわからない理由で俺を此処に連れてきたのかよ?」

「仕方がない。お前の父親、仁では守り人になれないのだから」

「守り人?それに親父はなれない?」

「そうだ」

「理由は聞かせてくれるんだよな?」

「今日、此処に泊まっていけ。明日にはわかる」

「夜に何か話してくれるのか?」

「朝までにはわかる」

「何で何も話してくれないんだよ」

「それも朝にはわかる」

 今朝、此処に来てから何度も聞かされた言葉だった、明日の朝にはわかる。

 今晩何かが起こるって事なのか?

 それとも夜になれば、この岩の加護とやらがわかるのか?

 何度聞いても祖父は答えてはくれなかった。

 うちが特別な一族だなんて思ってもいなかったし、祖父さんが山で暮らしてる理由も狩猟が仕事で、街の喧噪が嫌だからと聞かされていた。

 なんなんだよ竜神の加護って。

 祖父は何も答えてはくれない。

「じゃぁ、せっかく来たんだから釣りでもしてるよ。祖父さんが答えてくれないなら、夜まですることもないし、明日に朝にはわかるって言うなら、それまでには色んな事に答えてくれるんだよな?」

「……それも明日の朝にはわかる」

「……わかったよ。祖父さんも一緒に釣りするかい?」

「いや、晩飯の準備をしておく。おかずが一品増えるかは宗次郎の腕次第だな」

 ようやく普段のような会話が出来た。

 釣り道具を俺に手渡すと、祖父さんは家へと戻っていった。



 普段なら一緒に釣りをしたり、山菜取りをしたり、狩猟罠の設置を手伝ったりもしてる。

 此処でずっと生活する気はないが、祖父さんと一緒にいるのは嫌いではなかった。

 両親も何か知ってる様子ではなかった。

 父さんは自分も同じように呼ばれたことがあるとは教えてくれた。

 でも、竜神の加護とか、岩を守る使命なんて話は聞かされなかった。って事は父さんは知らなかったって事なのか?

 それとも、父さんは知っていたけど教えてくれなかったのか?

 明日にはわかるとは言われたものの気になって仕方がない。

 釣り糸を垂らしてはみたものの、当りに合わせるこも出来ないから餌を取られるばかりだ。



「珍しい、こんな所で釣りしてるの?」

 突然の声に振り返ると、そこには銀髪の綺麗な女の子がいた。

 外国人がこんな山の中に?

 地元の人間だって、此処までは滅多に来ない。

 そもそも女の子が一人で来るような所じゃない。

 それも外国人?

「……」物の怪?

「もしかして怪しまれてるのかしら?私は物の怪の類ではないわよ?」

「物の怪?随分と日本語が上手いな」

「こう見えて勉強家なのよ?」からかうような口調だが、敵意は感じられない。

「こんな山奥に一人で来るなんて、もしかして迷子か?」

「迷子?そうね、迷子と言えば迷子なのかもしれないわね」こんな山中で見知らぬ男と出会ったというのに、警戒する素振りすらない。

「何処に向かってたんだ?麓戻るには今日はもう遅い。祖父さんの山小屋で良かったら泊めるくらいは出来ると思うけど」

「山小屋?あぁ、貴方が宗次郎なのね?」

「!?なんで俺の名前を?」

「私は貴方に会いに来たのよ?甚太からは聞いてないのかしら?」

「……甚太?」

「あら?貴方のお祖父様の名前じゃない」

「祖父さんの事を名前で呼ぶ人なんかいないんだよ」

「甚太が悲しむわよ。ちゃんと名前は覚えておいてあげてね」クスクスと笑う姿は愛らしい。

「随分と祖父さんと親しそうだけど、親御さんは?」

「……ずいぶん前に死んでしまったわ」

「ごめん」

「謝るような事じゃないわ。こんな所に私みたいなのが一人でいれば、家族が一緒に来てると思うのは当たり前のことだもの」

「じゃあ、誰か家族と来てるのか?」

「一人よ」

「危ないだろ!こんな山の中に一人で来ちゃ」

「心配してくれるの?」

「当たり前だ!沢に落ちても誰かがすぐに来てくれるような場所じゃないんだぞ。ここまで無事に来れて本当によかった」外国人の年齢は外見じゃよくわからないけど、どう見たって俺よりは年下だ。

 子供扱いしたら怒るかもしれないから、子供扱いはしないつもりだけど……服装にしたってこんな山の中に来るような恰好じゃない。

 流行はわからないけど、山歩きをするような姿じゃないのは確かだ。

「荷物も持ってないようだけど、何処かで落としたのか?」

「荷物?あぁ、特に必要なかったもの」

「必要ない?迷子って言ってなかったか?俺に会わなかったら山で野宿するつもりだったのかよ」

「甚太に泊めてもらうつもりだったから大丈夫よ」

「って事は、もう祖父さんには会ってるのか?」

「えぇ、釣りしてる貴方を探しにきたのよ」

「迷子ってのは?」

「帰りたい所があるけど、帰ることが出来ないからよ」

「場所がわからないのか?」

「わかるけど、行けないの」その言葉には何とも言えない切ない感情が籠められているように思えた。

「外国から日本の、それもこんな辺鄙な山奥に来れるんだ、時間さえあれば何処だって行けそうなもんだけどな」

「……そうね、時間をどれだけかけてでも帰ることにするわ」

「?なんだかよくわからないけど、きっと心配してるよ」

「心配……してくれてるかしら」

「当たり前だろ?おまって、名前は?」いきなりお前呼ばわりは失礼だ。

「まだ名乗ってなかったわね。私はルルド。ルルド・ウィザードよ」

「ウィザード?」

「家名のようなものね」

「立派な家なんだろうな。ルルドの帰りをきっと心配して待ってるさ。祖父さんには相談したのか?こんな山奥に住んでるけど、祖父さんは色んな知り合いがいるから、きっと力になってくれると思うぞ?」

「ふーん、宗次郎は優しいのね」

「困ってる人に何か出来ることがあるなら、迷惑にならないなら手助けするようにって祖父さんに言われて育ってるからな」

「甚太の教育の賜物ってわけね」

「祖父さんのこと、いつもそうやって呼んでるのか?」

「そうね、甚太とは長い付き合いだもの」

 どう見たって十代前半といった感じなんだが、もしかしたら年上なのか?

「長い付き合い?」

「えぇ、もう何年になるかしらね」ルルドは悪戯っぽく微笑むと歩き出した。

「一人で行動するなって言ってるだろ!」釣り道具を慌てて片付けるとルルドの後を追いかける。

「心配しなくても大丈夫よ。それに、結構強いのよ?」ルルドが振り返ると同時に鋭い正拳が繰り出された。

「何の冗談だ?」左腕で合わせ、躱しながら懐に踏み込もうとした先に、動きを読むように膝蹴りが待ち受ける。躱しきれないそれを、そのまま踏み込んで右手で押し下げる。

「鍛えられてるようね」そう言うルルドの手刀は俺の首筋に触れる寸前で止められていた。

「試したと?」

「試してないなら止めたりはしないわよ?そのまま押し倒して組み伏せてくるかと思ったのに」

「殺気も敵意も感じられなかったからな」

「込めた方がよかったかしら?」

「……女性と子供に向けるために鍛えたものじゃない」

「レディとして扱ってもらえたという事にしておくわ」

「子供扱いだったら?」

「知りたい?」

「祖父さんの友人なんだろ?」

「私はそう思ってるわよ?」ルルドは微笑む。

「……祖父さんはそう思ってないのか?」

「気になるなら、直接聞いてみるのね」そう言うと、何事もなかったようにルルドはまた歩き出した。

「ルルドも関係してるのか?」

「何に関係してる話なのかはわからないけど、それも甚太に聞いてみればいいわ」

「……答えてくれるのか?」

「その為に私は来たのよ」

「わかったよ」ルルドに並ぶように祖父さんの元に向かう。



 さっきのルルドは本気じゃなかった。

 俺だって本気じゃなかったけど、あの手刀は見えてなかった。

 組み伏せていたら……いや、組み伏せる前に反撃されてたろうな。

 そもそも、この子は何者なんだ?



「気になる事は甚太と一緒に答えてあげるわ」見透かすようにルルドは微笑み歩く。

 考え事をしてたとはいえ、さっきも声を掛けられるまで気配を感じなかった。

 さっきの動きだってそうだ、この子はきっと俺よりも強い。

「……色々と聞かせてもらうよ」

「そうね……色々と話させてもらうわ」

 会話は続くことがなく、そのまま祖父さんの元まで無言のままだった。




「ルルド、孫とは無事会えたようだな」

「えぇ、甚太に色々と鍛えられてるようね」

「まだまださ」

 祖父さんとルルドの会話は年齢差なんか感じさせないものだった。

 心なしか祖父さんも若返ってるような口調だった。

「祖父さん、ルルドとは長い付き合いなの?」

「そうさな、儂がお前くらいの年からの付き合いだ」

「!?冗談言ってないでちゃんと答えてくれよ」

「甚太、年寄り扱いされるじゃないか」

「ルルドを年寄り扱いなんてするもんか、宗次郎にはそういう教育をしてきたつもりだ」

 否定しないって事は本当なのか?それとも祖父さんの冗談なのか?

「祖父さん、本当にそんなに長い付き合いなのか?」

「あぁ、ルルドとは長い付き合いだ。きっとお前とも長い付き合いになるだろうさ」

 どう見たって少女にしか見えないこの子が年上だっていうのか?

「宗次郎、年長者として敬う必要はないさね。私の事はレディとして扱うこと」

 さっきまでの口調とは違う、これが本来の口調なのか?

「ルルドが来たのは俺が今日呼ばれた事とも関係してるのか?」

「そうだ。仁、お前の父親にはその資格がなかった。宗次郎にも無い方が良かったんだがな」

 祖父さんは少し困ったように笑う。

「甚太の代で守り人がいなくなるなら、今後の事を考えないといけないさね。もちろん、宗次郎が嫌なら自由にするがいいさ」

「ルルド、それではご先祖に申し訳がない。そもそも今まで血が絶えなかったのは、この岩を守るという約定があったからだ」

「約定?」

「そういったことも含めて、宗次郎に伝える事が多くあるさね」

「俺が聞きたくないと言えば?」

「このまま私は帰るだけさね」

「ルルド!聞いてから宗次郎が判断すればいい。今後の事もある」

「さて、どうするさね?」ルルドは楽しそうに笑う。

「このまま聞かされないままじゃ気になって仕方ない。聞いてから判断していいって言うなら聞かせてもらうさ」

「長い話になる。ルルド、大した料理じゃないが食べながらでもいいか?」

「甚太の料理も此処に来る理由の一つさね」

「祖父さん、祖母さんは知ってるの?」

「当たり前だ。ルルドの事も岩の事も知ってる。……苦労もかけて、ゆりには感謝しかない」

「そういうことは直接伝えてやるんだね。ねぇ、ゆり」悪戯っぽく笑うルルドの背後の風景が揺らぐ。

 そこから現れたのは祖母さんだった。

「祖母さん!?」

「ゆり……ルルド、こういう悪戯は勘弁してくれないか」祖父さんの顔が赤い。

「あら、帰った方がよいかしら?」少し楽しそうにに祖母さんが微笑む。

「ゆり、急に呼び出してすまないね。甚太とはしばらくぶりなのかい?」

「えぇ、この人は来るだけで大変だからって、ちっとも呼んでくれないし、かといって帰ってくるわけでもないですから」

「甚太は相変わらず馬鹿な男だねぇ」

「るぅ姉様からもっと言ってやってください」

「るぅ姉様?」

「宗次郎!るぅ姉様に失礼はなかったでしょうね?」

「いや、失礼も何も……」

「なかったでしょうね?」祖母さんの射るような視線が痛い。

「ゆり、私の事を子供扱いしないでレディとして扱ったとだけ伝えておくさね」

「るぅ姉さまを子供扱いだなんて……宗次郎が愚か者でなくてよかった」

 愚か者って……祖母さんには可愛がってもらった記憶しかないんだけど、ルルドとの関係が気になる。

「祖母さんもルルドとは長い付き合いなの?」

「宗次郎、るぅ姉様を呼び捨てするなんて、失礼にも程があるわよ。るぅ姉様、申し訳ありません」

「ゆり、気にする必要はないさね。私が名乗る前はお前呼びしそうになってたんだから」

 気付かれてたのかよ。

「宗次郎?貴方には礼儀作法を幼い頃からしっかり教育してきたつもりでしたが、孫に対する甘さがあったようですね。しっかりと教育し直す必要がありそうです」

「え?だって祖母さん、そんな事言われたって……」

「反論は許しません!」

 こんな怖い祖母さん見た事ないんだけど。

 こうなるのがわかっていたようで、ルルドが悪戯っぽく微笑む。

「ルルド、宗次郎をいじめるのも俺をからかうのもそのくらいにしてくれ。ゆりも一緒になって宗次郎をいじめてやるな」

「そもそも貴方が私を放っておくのがいけないのですよ。宗次郎を呼ぶなら私を呼ぶ必要だってあったはずです」

「いや仁の時だって、呼ばなかったじゃないか」

「あの時の事だって私は怒っているのですよ?」

「その……すまんかった」祖父さんが頭を下げる。

「ゆり、その辺で許してやるさね。甚太とゆっくり色んな事を話せるように、このゲートの術式をあとで教えてやるさね」

「いいんですか、るぅ姉様」

「もっと早く完成してたら良かったんだけどねぇ」

「ゲート?術式?そもそもどうやって祖母さんは此処に?」目の前にいる祖母さんはどう見たった本人だけど、祖母さんの家からは此処まで俺だって一週間はかかる。

「食事しながら、質問に答えてやるさね」

 ルルドは何事もなかったように囲炉裏端に座る。



 食事をしながらという話だったが、食事中は祖父さん達とルルドの会話が殆どだった。

 わかったのは、ルルドはどうやら祖父さん達よりも年長者であるということ、様々な術を使える内の一つがさっき祖母さんをここに呼ぶのに使ったゲートだということ。

 そして、祖父さんも祖母さんもそういった術を使うことが出来るという事。

 食事が終わり、祖母さんがお茶を淹れてくれる。



「さて、宗次郎。私について聞きたいことはあるかい?」

「聞きたい事ばかりだけど……祖父さん達とはどういう関係なんだ?」

「宗次郎!貴方はさっき礼儀がなっていないと叱られた事が理解出来ていないようですね?」

「祖父と祖母とはどういった関係なんでしょうか?」慌てて言い直す。

「ゆり、貴女達との事が気になるのは当然の事だし、言葉遣いを指摘してたら何時までたっても話が終わらないさね」

「でも、るぅ姉様」

「ゆり、ルルドがそのままでいいと言ってるんだ。礼儀作法については帰ってから改めて教育が必要かもしれんがな」

 祖父さん、助けてくれるならしっかりと助けてくれよ。

 そんな心を見透かすように祖父さんはニヤリと笑う。

「ゆりとはしばらく一緒に暮らしていた。甚太がゆりに惚れて、私に結婚させてくれって頭を下げに来るまでね」

「ルルド!」祖父さんの顔が真っ赤だ。

「甚太とはこの岩の事を確認しに来た時に出会ったのが最初だったね。宗次郎と違って、甚太ときたら私を小娘扱いしてね。頭に来たから叩きのめしてやったのさ」

「慌てて止めに入ったのよ。まぁ、るぅ姉様に対する態度は最悪だったから、私もしばらくは様子を見てたんだけどね」懐かしんでいるのか、その様子が可笑しかったのを思い出してるのか、祖母さんはニコニコしてる。

 祖母さんのイメージが今日一日で随分と変わっていく。

「で、しばらく稽古をつけてやったのさ」

「ルルドが、祖父さんに?」

「小娘に負けて悔しかったんだろうけど、目が覚めると謝罪してね、弟子にしてくれって頭を下げるから仕方なしにさ」

「ルルド、儂の威厳がな」

「質問に答えてやってるだけさね」

「ゆりは孤児でね、一人でいたのを私が見つけてしばらく一緒に暮らしていたのさ」

「るぅ姉様に出会えていなかったら私はあのまま飢えて死んでいたでしょうね。そうなっていたら宗次郎も産まれていないということ。るぅ姉様にはどれだけ感謝しても足りないのよ」

 祖母さんの命の恩人で、祖父さんの師匠でもあるって事か。

「ルルドさん、色々と失礼しました。祖母を助けてくれて本当にありがとうございます」

 座り直し、誠心誠意頭を下げる。自然と言葉が出ていた。

「ゆりを助けたのは気まぐれさね」

「るぅ姉様はいつもこう言うのよ。でもね、私の為に薬を用意してくれたり、生きる術もたくさん教えてくれたのよ」

「ゆりと一緒になりたいと儂が話をした時も無理難題を出されて苦労したんだ」

「無理難題?」

「竹取物語に出てくるような品を持って来いってな」

「火鼠のなんとかっていうアレ?」

「でも手に入れてきたのよ」

 嬉しそうに祖母さんが答える。

「二人の馴れ初めや昔話が聞きたいならいくらでも話してやるさね。でも、宗次郎が聞きたいのは違う事のはずさね」

「ルルドさん、俺が今日此処に呼ばれたのは貴女と会う事も理由の一つですか?」

「ルルドでいいさね。私が此処に来たのは、宗次郎が守り人になる選択をどうするか次第で、今後の事を甚太と話す為さね。甚太は私と宗次郎を会わせておきたかったようだけだけどね」

「宗次郎、今夜お前は力に目覚める。それがどんな力なのかはわからん。仁は力に目覚めることは無かった。お前も目覚めない方が良いと思ってはいたんだがな」

「力?」

「ルルドがゆりを此処に呼んだような術式とは違う。個々の持つ力だ」

 そう言うと祖父さんは昔話のような話を始めた。

 かつて神と呼ばれるような力を持つ一族がいたこと、祖父さんも祖母さんもそんな血を継いでいるということ。

 そして竜神石と伝え聞くあの岩を一族でずっと守っているということ。

 新しい守り人が力に目覚める前に、岩がそれを現在の守り人に伝えるということ。

 そこまで話すと祖父さんは力を見せてくれた。

「これが儂の持つ力」祖父さんの右腕が輝いたように見える。

「氣?」

「腕がどう見える?」

「光に包まれてるような感じ?青っぽい光だ」

「部屋の中で使うには物騒だから、外に出るぞ」

 祖父さんの後に続こうとするが、ルルドと祖母さんはそのまま座ってる。

「ルルドとゆりは、今更見る必要はないということだ」

「……祖母さんも力を持ってるの?」

「私は血は継いでいるようだけど、力には目覚めていないわよ。るぅ姉様に術式を幾つか教えてはもらってるけどね」

 祖母さんがルルドを姉様呼びするのに違和感を感じないでもないけど、それだけの深い関係なんだろうな。

「甚太、調子に乗らないようにするさね」

 釘を刺すように祖父さんにそう言うと、ルルドは祖母さんとなにやら話始めた。

「宗次郎行くぞ」

「あぁ」

 祖父さんを追いかけるように外に出る。

 祖父さんはそのまま森の奥へと進んでいく。

 この先にはあの岩もある。

 岩のある少し開けた場所に着くと、祖父さんは構えた。

「力を見せてくれるって言ってなかった?」

「久しぶりに稽古もつけてやらんとな。ルルドに簡単にやられたんじゃろ?」

「女性と子供には使うなって言われてきたのを守っただけだよ、敵意や殺意だってなかった」

「ふぅむ、少し勘違いしてるようじゃな。殺意や敵意剥きだしで殺しにくるような輩は二流どころか三流以下じゃぞ?」そう言われた時には、間合いは詰められ手刀が首筋に突きつけられていた。

「!?」いつの間に?

「そんな腕ではこの岩は守れんから、守り人になるなら、しばらく修行が必要になりそうじゃな。それに、事件と呼ぶような大げさなモノが無かっただけで、儂もゆりも何度も狙われておる」

「……命を?」

「この血を根絶やしにしたい連中がいるということだ」

「それで、武道を教えてくれたのか?」

「武道?宗次郎に教えたのは一族に伝わる『武』ではないぞ?」

「あれだけしごかれたのに?って、父さん達も狙われてるって事?」

「力に目覚めた者を狙うようじゃの。ゆりはルルドに教えられた術式が力と勘違いされてるようじゃがな」

「じゃぁ、俺は狙われるって事?」

「ゆりに手を出したのがよくなかった。ルルドが言うには軽く仕置きをしてやったという話じゃが、それ以降そういった類の者は現れておらん」

「ルルドが?」

「ゆりはルルドの大切な妹じゃからなあ」目を細めて祖父さんは微笑む。信頼と親愛があるのが見てわかる。

「俺はどうしたらいい?」

「ルルドも言ったじゃろ?どうするかはお前の自由。岩の守り人が今後も必要なのかもわからん。ルルドが言うには、この岩はルルドの先生が見つけ、儂らのご先祖に守ってくれと頼んだもののようじゃがの。さて、儂の力を見せてやらんとな、何時までも帰らないと二人にどやされる」

 そう言いながら祖父さんが輝く腕を振り下ろす。

 刀を持っていたのなら、袈裟斬りをしたような動きだった。


 一閃、青白い光の刃が放たれ、その先にあった木々が倒れていく。

「氣とは少し違うが、凝縮した力を放つ事が出来る。ルルドには簡単にいなされ、負けたがの」

「出会った時の話?」

「そうじゃ」

「殺す気だったの?」

「儂が若い頃、こんな山奥にルルドのような者が現れたらそれは物の怪の類じゃからのぅ。まさか、あぁも簡単に負けるとは思いもせなんだがの」

「岩がルルドの先生が見つけたモノってのは?」

「その辺りは戻ってから話そう。宗次郎の力がどういったものかはわからんが、今夜目覚めるのは確かだ」

 祖父さんに促され、家へと引き返す。

「今夜?」

「岩に宿るモノがいる。それが守り人には語りかけてくる」

「普段は?」

「眠りについているようじゃな。新たな守り人が誕生する際に、当代の守り人、今回は儂じゃな。に、次代が目覚める事を教えてくれる。目覚めの時にこの場に連れてくるのが当代の仕事でもある」

「それで、今夜には全てがわかるって言ってたのか」

「そういうことじゃ。ようやくアレとルルドが話せる機会かもしれんしの」

「岩に宿るモノのこと?」

「ルルドの話がどこまで真実なのかは、儂らにはわからんのじゃ。一族に伝わるものも、全てが伝わっていないようじゃしな」

「……一族かぁ」

「怖気付いたか?」

「色んな事を言われて正直なところ、よくわかってない」

「何、聞きたい事知りたい事に関して、儂らがわかることならいくらでも答えてやるさ」

「遅かったわね、身体が冷えてしまったでしょう。さあさあ、お茶でも飲みながら宗次郎の聞きたいことに答えてあげましょう」祖母さんに迎え入れられ、囲炉裏端に戻る。



「甚太、切り倒した木々の後片付け、私は手伝う気はないからね」

 まるでこの家の主のようにくつろいだ様子で、ルルドが祖父さんに声をかける。

「心配せんでも、木材にするなり炭にするなり使い道はあるから大丈夫じゃ。そろそろ伐採せねばならんかったしの」

「祖父さんのいう一族っていうのは、他にもいるのか?」

「あの岩の守り人たる一族は儂らの血族だけじゃな。さっき話した神と呼ばれるような力を持つ一族の血を継ぐ者は日本以外にもいるそうじゃ。儂はこの国から出たことはないから、ルルドから教えてもらった話じゃがな」

「力を持たざる者に追われ、かつて神と呼ばれた者達は色んな所に逃げ隠れ住んでいるようさね。血が薄まって力が目覚める事のない者も多い、突然強大な力が目覚めた私のような者もいるさね」

「ルルドもそういった血を引いてるのか?」

「るぅ姉様の力は血を引いているというよりも、神と呼ばれていた存在と同じだと私は思ってるわよ。宗次郎に私の知る、るぅ姉さまの偉大さをしっかりと教えてあげるから、あとで時間を作るようにね」

「ゆりの話は大袈裟だから、おとぎ話だとでも思っていればいいさね」

「るぅ姉様、そんな事はないのです。私を救ってくれた時、あの慈愛溢れた微笑みを、私は今でも昨日の事のように覚えているのですから」

「祖母さんの昔話はまた改めて聞かせてもらうよ。ルルドもそういった一族なんだ」

「私を育ててくれた祖父はそういった事は知らなかったのかもしれないし、両親は私が幼い頃に死んだと祖父から聞かされていてね。私自身の出生については、私もよくわからないさね。祖父と私は隠れ住むような事はしていなかったしね」懐かしむようにルルドが瞳を閉じる。

「ルルドの先生が、あの岩を見つけたってのは?」

「私は先生の足取りをずっと追いかけているさね。先生の残した旅の覚書にこの岩の事が書かれていた。甚太と出会ったのは、私があの岩を探して此処に辿り着いたからさね」

「祖父さんが言ってた、岩に宿るモノってのは?」

「たぶん、先生があの岩を守る為に施した術式の一部さね。今は守り人の目覚めの時しか起きないようだから、私が此処に来る事を先生は考えていなかった……そもそも此処に先生が来たのは、私が先生に助けられるよりも前なのかもしれないさね」

「聞いていいか悩んでたんだけど……」

「レディに年齢を聞いてはいけないと甚太から習わなかったのかい?」意地悪そうにルルドが微笑む。

「習ってるから聞きにくかったんじゃないか」

「甚太の一族が何時から岩を守っているのかは私にもわからないさね。私は見てのとおり、老いない身体を持ってる。年齢なんかは、もう数えるのも馬鹿らしいことさね。ゆりは私の可愛い妹で、甚太はその夫、宗次郎はそんな二人の孫。……私にとって数少ない家族さね。守り人として甚太は此処から離れる事なく苦労してくれた。ゆりに寂しい思いをさせたのは許せない事でもあるけど、それも私の先生との約束をずっと守ってくれたということさね。二人にも、宗次郎の両親にもきっと苦労をかけた。だから次代の守り人が目覚める時には必ず立ち会うと甚太と約束していたさね。目覚めの時、岩に宿るモノが覚醒してるなら、私は先生の術式に干渉する事くらいは出来るさね。守り人なんてものから、甚太も宗次郎も解放してやりたいのさ。もちろん、宗次郎が守り人を自らやりたいというなら止めはしないさね」そう言うとルルドは優しく微笑む。

「守り人は必要ないのか?」

「言ったじゃないか、術式に干渉すると」

「でも、ずっと祖父さんも守ってきたものなんだろ?」

「私は、甚太にも自由になっていいとずっと言ってきたさね」

「宗次郎、此処にいるのは儂の我儘でもあるんじゃ」

「祖母さん、そうなの?」

「もちろん、私も承知してることですよ。ご先祖の約定を破るわけにはいかないってね」

「それじゃ、俺だって破るわけにはいかない」

「そうならないように、此処に私が来てるさね。目覚めの時、岩に宿るモノと私は話をしに来たのさ」

「話?」

「あの岩を先生がどういう意図で残したのか?そして、これからも守り人が必要なのか?宿るモノも、あの岩に宿り続ける必要があるのか?そんな諸々さね」

「会話が出来るのか?」

「目覚めているなら会話が出来るさね。次代の守り人たる宗次郎に話しかけてくる、そこに私も入らせてもらいたいのさね」

「会話が成立するのか?」

「さてね。すべては宗次郎の目覚めの時にわかることさね」

「本当に目覚めるのか?その……力ってのは?」

「儂に宗次郎を呼ぶようにと呼びかけがあった。儂が力に目覚めた時、儂も両親もこの近くに住んでおった。その時は儂に直接岩の元に来るように呼びかけがあった。儂の親父も守り人だったようじゃが、どんな力を持っていたのか見せてはくれなんだし、儂に呼びかけがあったことも目覚めの時に傍にいたから気付いたようじゃった。守り人になってから、岩に関する伝承を教えてくれた。親父は狩りと炭焼きで生業にしてるもんじゃと思っておったからの、こんな場所に住んでるのもそれが理由じゃと思っておった」

「祖父さんも同じようにそれを生業にしてるんじゃないのか?」

「祖母さんと離れて暮らしていては、儂は生活出来ても、ゆりも仁も生活なんぞ出来ん。とはいえ、ゆりが街に出ても生活出来るように協力してくれたのもルルドなんじゃがな」

「こんな場所に、乳飲み子を抱えたゆりを置いていくわけにはいかないさね。仁坊が産まれたと聞いて、私は此処を離れて暮らすように甚太を何度も脅しつけたもんさね」

「ゆりが止めなんだら死んでいたと思うんじゃが……」

「ゆりを苦労させるような男は死んで当然さね」

「るぅ姉様には本当にお世話になってばかりなのよ」

「世話と思った事なんか一度もないさね」

 祖父さんが頭を下げ、祖母さんはルルドに敬愛の眼差しを向ける。

「ルルドはすごい人なんだね」

「人か……私を人として見てくれるのかい?」

「えっ?人じゃないのか?……神様?」

「そうよ、宗次郎!るぅ姉様は女神と呼ばれるような方なのよ!るぅ姉様に敵対する輩は殲滅するようにね」

「殲滅って……祖母さん」

「ゆり、私は宗次郎に守られるほど弱くないさね」

「るぅ姉様の手を煩わすような事があってはならないのです」

『……我が元へ』

「!?」

「呼びかけが聞こえたようじゃの」

「甚太と宗次郎にだけ聞こえているようですね」

「守り人のみに聞こえるというわけさね」

「祖父さん、岩の元へ行けばいいのか?」

「儂の時とは違い、次代だけでなく当代の儂にも来るように呼びかけがあった」

「ゆり、私は二人と今日の用事を片付けに行ってくるさね」

「今日は甚太の料理でしたから、出発される前に私の作った朝餉を食べて行ってくださいね、るぅ姉様」

「ゆりの手料理を楽しみに、そんなに遅くならない内に戻るさね」

 祖父さんと俺を促すと、ルルドも立ち上がる。



「祖父さん、目覚めってのは何が起こるんだ?」

「行けばわかる」

「不安なのかい?宗次郎?」見透かすようにルルドが笑う。

「何が起こるのか、わからないし、今日は色んな事があり過ぎなんだよ」

「心配しなくても、死ぬような事はないさね」

「ご先祖様が交わした約定について、岩に宿るモノに見せられる。そして力が目覚める。その後どうするかは、宗次郎の好きにすればいい」

 祖父さんはそれだけ言うと、岩のある開けた場所まで黙ったままだった。



 月明かりに照らされた岩が青白く光る。

 普段は昼間にしか見る事がなかったけど、神秘的にも見える。

『約定に従いて……古き記録を見つめ…………秘められた力……目覚めよ!』

 その声を共に閃光に包まれる。

「その記録、私も見せてもらうさね」俺を包み込む光にルルドが入り込む。

『何者だ!!』

「我が名はルルド・ウィザード!偉大なる探求者ウォルフ・ウィザードの徒弟に名を連ねる者さね」

『!?ウィザードの名を持つ者よ、盟約に従い、汝が見るべき過去を見つめよ!』

 ルルドの体も光に包まれるが、それは俺を包む光とは別の光だった。





 眩い光が引いたと思ったら、俺は見知らぬ場所にいた。

 真っ白な空間、ルルドも祖父さんの姿もない。

「ルルド!祖父さん!」

 俺の声に答える者はいない。

『次代の守り人たる者よ、秘められし力を解放せよ』

「誰だ!」

『あの岩と共に長き時を過ごす者だ。守り人よ、古き記録を見つめよ』

 その声と同時に真っ白な空間に色が広がる。



 これは?過去か?

 祖父さん?これは祖父さんが守り人になってからの記録?

 何者かと戦う姿が映る。

 祖母さんと一緒に暮らしてた頃か?

 どんどん時は遡る。




 ルルドに組み伏せられる、少年……これ若い頃の祖父さんだ。




 見た事の無い男性が岩の元で倒れている。




 膨大な量の記録、記憶だ。

 頭が割れるように痛い。




「この地を離れる私が戻るまで、この岩を守ってはもらえないだろうか?」


 誰だこの男?

 黄金に光る瞳、黒髪だが、この国の人間じゃない。

 この人がルルドの先生?

 ウォルフ・ウィザードとさっきルルドは言っていた。


「貴方に助けられた我らに断る道理などありませぬ」

「だが、この地にお前達を縛ってしまう事になりかねん」

「我らは追われ、隠れ、生きてきた一族です。この地が安住の地になるように貴方は尽力してくれたではありませぬか」

「ふん、偶々だ。お前達を狙う輩が気に入らなかっただけの話。岩を狙う者も出てくる、もちろんこの存在を隠蔽出来るよう手は打っておくつもりだが、それも何時まで効果があるかはわからん」

「狙う者は我らが組み伏せていけば良いだけの話」

「お前達が力に目覚める事が無くなれば、この岩を守る為に命を落とす者だってでてくるじゃないか。……この岩とお前達と守る為に、この地に精霊を眠らせる」

「精霊を?」

 ウォルフの右手が光に包まれる。

 岩が黄金の光に包まれた瞬間、また見える景色が変わる。




 ボロボロの衣服に身を包んだ集団が森の中を怯えるように歩いている。

 背後から石礫や矢、槍が彼らを襲う。

 どれだけの数に囲まれてるんだろう?

 煙?

 周囲が炎に包まれる。

 彼らの持つ力がそれだけ脅威だったのだろうか?

 そんな力を持っていても危機を逃げ延びた者達は僅かだった。




 また景色が歪む。

 先ほどとは違う、美しい衣服を身に纏い、恭しく頭を下げる者達に向かって何やら語りかけている。

 これはさっきの逃げてた人達だ。

「お前達のくだらない戦いは終わった。この地で平穏に暮らすといい」

 戦い?誰と誰の?




 見慣れた景色が広がる。

「宗次郎、大丈夫か?」

 祖父さんが心配そうに俺を見つめる。

「何か色んな記憶?を見せられたよ。祖父さんがルルドに組み伏せられたのもね」

「儂は逆に記憶を見られたようじゃ」

「記憶を?」

『目覚めたか新しき守り人よ』

 声のする方を振り向くと岩の上に白い狼?がいた。

「……狼?」

「精霊じゃ」

『ようやく契約から解放されそうだ』

「契約?」

「先生がこの精霊と交わした契約さね」

「ルルド!」

 精霊らしい狼の横に突然現れたルルドが座る。

『マスターは?』

「私も足取りを追っている。だが、先生と交わした契約は私が解除した。この地に留まるも、離れるも好きにするといい」

『マスターから報酬をもらうことになっている』

「報酬?」

『この地と守り人を守護してきた報酬だ』

「微精霊だったお前がその身体以上に何を望むと?」

 ルルドが冷ややかに微笑む。

『マスターに……』

「マスターに?」何かに気付いたのかルルドの表情は緩んだ。

『ルルド……私はお前の先達だぞ?』

「先達?」

『マスターと共に旅をし、私は多くの事を学んだ』

「なるほど、弟子としては先輩とでも?」

『兄弟子として敬え』

「兄弟子?先生から何の教えを受けたというさね?先生の命に従っていたことは褒めてやってもいさね。だが、こちらからの呼びかけに答えず惰眠を貪っていたのに報酬を求めると?」

『呼びかけ?』

「そうさね、甚太と出会った時も。その後何度か訪れた際も、私はお前に敬意を払って叩き起こさず、呼びかけたはずさね」緩んでいた空気が緊張したものにかわった。

『……』

「そんな怠け者が私の兄弟子を気取り、あまつさえ報酬まで欲しがると?なかなか面白い話さね」

『マスターの呼びかけではなかったのだ』

「では、守り人たる甚太の声に応えなかったのは、どういった理由があったのか聞かせて欲しいものさね」

『……』尻尾が丸くたたまれる。

「ルルド、彼?にだって悪気はなかったと思うよ?それに岩と一族を守る為にずっと此処にいたのは確かだ」

「宗次郎?この怠け者を許してやると?」

「許すもなにも、一族にとってはルルドの先生と同じように恩人?のようなものじゃないかと俺は思うんだ。祖父さんはどうだ?」

「儂の力が目覚めたのはその精霊の呼びかけがあったからじゃ。この力があったから、この地に留まることができた」

「ふん、守り人が働きを認めてくれたようだから、その働きに関しては認めてやるさね。だが、兄弟子を名乗りたいなら、それなりの力を見せてもらわないといけないさね」ルルドの周囲を何かが漂う。

 氣?とは違う、祖父さんの力のようなものか?

『……私は妹弟子と戦うような真似はしたくない』

「妹弟子?」

『マスターの元で同じように学んだ者と争う理由がない』

「私は……力無き者を先生の弟子とは認めない」

『マスターの持っていたものは争う為の力だけではなかったはずだ』

「ならば、お前は先生から何を学んだというのさね?」

『血脈を継ぐ者達を目覚めさせる力、そして力無き彼らを守る為の術だ』

 狼から光の球が放たれ、祖父さんを俺の身体を包み込む。

「それは……」

『マスターから学んだ力だ。私とどうしても争いたいなら構わないが、彼らを巻き込むわけにはいけない』

「何故それをゆりが襲われた時に使わなかった!私が間に合わなければ。ゆりは死んでいたさね!」ルルドから放たれた黒い球が狼を襲う。 

『守り人とこの岩を守るのが私の使命だ!岩を守る為に私はこの地で使命を果たしただけのこと』

 黒球を躱すとルルドにそう吠える。

「守り人の家族はどうなっても構わないと?」

『守れるだけの力があったのなら……当然守っている』

「ルルド!気付いているだろう?その精霊、消えかかってるじゃないか!」

 精霊の身体そのものが揺らぐ。

 そういう動きではなかった。

「ルルド!あの時も儂はこの光に包まれた!すぐにルルドが現れたからてっきりルルドが助けてくれたもんじゃと思っておった」

『守り人を守るのが……私の使命だ』

「……それが先生との約束というわけさね」

『連なる者も守るのがな。ルルド、私の命はもう尽きる。兄弟子としてもう少し導いてやりたかったがな』

「まだ聞きたい事はたくさんあるさね」

『私とマスターの記憶は見せてやっただろう?』

「お前の名すら私は聞いていないじゃないか」

『名か……久しく呼ぶ者もいない名だ』

「名は?」

『ハヤテ……この地に馴染むようとマスターが付けてくれた名だ。……かつては風のように駆ける事も出来たのだがな』

「……ハヤテ、私と共に来るさね」

『この命尽きるまなら付き合ってやるさ』

「命だって?その魂が消えるまで、私と共に歩んでいくさね」

 黄金の光がハヤテを包む。

 その光はルルドの体に溶け込むように吸い込まれていった。



「ルルド!ハヤテは?」

「私の中で眠ってるさね。宗次郎を過去の守り人の記憶を見せられたんだったね?私はハヤテと先生の記憶を見せられた。甚太は?」

「儂は記憶を見られたようじゃ。当代の記憶を見、次代の守り人にそれを見せていたんじゃろうな。守り人になった時に儂も記憶を見せられた。そして力の覚醒も精霊ハヤテの力があってじゃな」

「さて、宗次郎この岩をどうしたい?」

「ハヤテも過去の守り人も守っていたんだ。俺だけ自由になるわけにはいかないさ」

「この地は私が守り、岩は先生に渡せるようにするさね」

「此処に留まるとでも?」

「何者かが近づくような事があればゲートですぐ来れる。此処にずっといる必要はないさね」

「この岩はそんなに大切なものなのか?」

「宗次郎は過去に記憶を見せられたんじゃないのかい?」

「見せられたけど、どんどん過去に遡っていったし、断片的な記憶が殆どだったよ」

「甚太は知ってるんだろう?」

「儂も似たようなもんじゃ。この岩を守るよう頼まれていたようじゃが、断片的な会話での。ウォルフという名はルルドから聞いていたが、それがあの男だとは知らなんだ」

「これはオリハルコンの塊さね。これだけの大きさのものは他に見た事はないけどね」

「オリハルコン?」

「ヒヒイロカネ と言えば、この地ではわかってもらえるはずさね」

「!?御伽噺だろ?」

「そんなことを言い始めたら、甚太や宗次郎の力も私の存在だって御伽噺さね」

 ルルドは微笑む。

 どこか寂し気でもあり、過去に思いを馳せているようにも見えた。

「じゃあ、爺さんも帰れるって事か?」

「甚太が帰りたくないなら止めはしないさね。ゆりにそう伝えて、その後は私が仕置きしてやるさね」

「離れても大丈夫なら、儂だってゆりと仁の元に行きたい。・・・じゃが、今更どんな顔で仁に会えばいいのかのぅ」

「親父は祖父さんの事を心配はしてるけど、怒ったり恨んだりはしてないよ」

「……金銭面で苦労させるような事はなかったとは思うが、父親らしいことは数えるくらいしか出来ておらんからの」離れて暮らしていた事に、使命があったとはいえ、祖父さんは後悔することもあったんだろうな。

「仁坊が甚太を憎むような事はないさね。ゆりは仁坊が幼い頃から甚太の事を話して聞かせていたからね。本当に、ゆりは甚太にはもったいない嫁さね」自慢の妹だと言わんばかりだ。

「ゆりが心配してるだろうから、戻るとしよう。宗次郎の力に関しては改めて確認すればいい。岩の守護に関してもルルドともう少し詳細を話しておきたいしの」

「俺の力ってのは?」

「目覚めたんじゃないのか?」

「正直よくわからない」

「甚太は力が目覚めた時はすぐにわかったのかい?」

「いや、しばらく先代……親父に随分としごかれた」

「宗次郎は力が欲しいのかい?」

「この先命を狙われるような事があった時に、身を守れる程度の力はね」

「宗次郎を鍛え直す必要もあるし、今後の事を考えて他の一族との繋ぎをしておく必要も出てきそうじゃの」

「……鍛え直す?」

「ルルドの元で鍛え直してもらってもいいくらいじゃ」

「甚太、孫の教育は元気な内にしっかりと済ませておくれよ。目を離して、誰かに殺されるような事はないようにね」

「命を狙われるのは確定なの?」

「力を持つことが知られれば狙われるかもしれんの」

「甚太とゆりを狙ってた輩はもういないはずさね。ただ、この国にも色々な輩がいるのは確かさね。不干渉でいるか、仲良くしていくか、それは宗次郎がそんな連中と関わった時に判断すればいい。ただ……力無き者は逆らう事も意見する事も出来ないさね」

「その為には目覚めてるはずの力を使いこなせないといけないって事か」

「そういうことじゃ」

「ゆりが心配してるだろうから、戻るとするさね」

 俺と祖父さんを誘うようにルルドが歩く。



 月明かりに照らされた銀髪が輝く。

 この日を忘れることはきっとないだろうな。

 小さな後ろ姿を追うように祖父さんとルルドのあとを追いかけた。




 Fin

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