4 庭園の姫君(2)

 隆司が玉座の間に入ると、中央に黄帝が座り横には后が座している。さらに横には老宰相の公孫系こうそんけい、項越、春信君が座り、あと数名の重臣がいた。


 隆司は黄帝の前で両手を合わせる拱手をしつつ拝礼したあと、顔をあげた隆司に黄帝は

「隆司殿どうしたのだ、その頬は、赤いではないか」

 色白の隆司はひっぱたかれた頬が赤く目立っている。


「いや、これはちょっと、柱にぶつけまして」

「柱に………」


 黄帝が首をかしげると、横の項越が

「柱に頬をね……おおかた女子にでもひっぱたかれたのでは、ないですかな。隆司殿は殿中の女子おなごに、黄帝を救った若い軍師様と評判ですからなー」

「そ…そんなこと……知りませんよ」

 隆司が真っ赤になると、黄帝も笑いながら


「ほー、意外ですな、隆司殿も色恋さたがおありか。どのような娘か興味ありますな、そのときは是非紹介してくだされよ」

「だから、ちがいますって! 」


 隆司が返答に困っていると、奥からカンカンと小気味よい足音が近づいてくる。


 入ってきたのは若い女性剣士だ。

 艶やかな黒髪、すらりと整った面立ちに精悍な瞳、金と赤の鮮やかな胸当てに赤いマントを羽織り、両腰に2本の細身のレイピアをさげている。

 手には鞘のかけてある短めの槍を携え、見るからに、かなりの使い手とわかる。


「遅れて申し訳ありません、殿中に不埒者ふらちものがおりまして」

 一礼し、顔をあげて横の隆司をみると


「あー! きさまは、不埒者!」

 隆司も

「さっきの姫! 」

 シオンも、おどろいている。


「なんで! きさまがここにいる」

「なぜって………黄帝様によばれて」

 先ほどの姫と知って隆司は急に小さくなった


「ばか、いうな! お前みたいな軟弱な小姓はさっさと立ち去れ!」

 黄帝は

「何かあったのか」

 シオンは息を整えると。


「それは……とにかく、こんな不埒者は」

「せっかく助けたのに………」

 ボソボソと言うと、聞こえていたシオンは


「言いたいことがあるなら、はっきり言え! 助けるにしても。胸を触ることはないだろ。このムッツリの変態が! 」

 そこまで言われ、隆司はさすがに言い返そうと


「しっ……しかたないじゃないか、支えるにはああしなくちゃ。姫が僕の上に乗っかって来たのだし」

 なんとか答えると

「うるさい! すぐ離せばいいだろ。しかも、二、三回揉んだだろ! 」

 シオンは頭に血が上り、動揺して周りが見えない。


「あ……あれは、初めてで、思わず………ああ、いや、その」

 しどろもどろな隆司に

「ほらみろ、この変態。殺してやる! 」

「そんなー、胸を揉んだくらいで」

「なんだと! 私も胸を触られるなど初めてだ! 万死に値する! 」


 突然始まった二人の言い争いに、周囲は呆然としている。

 しかも、“胸を触った“の言葉に、周囲は驚いた。


「これは驚いた! ひっぱたかれた相手はシオン将軍なのか。しかもシオン将軍の胸を触ったのか」

 項越が叫ぶように言うと、隆司は『シオン』との言葉に愕然とした


「ええ! あなた様は……し……シオン将軍ですか」

 すると、シオンは腰に手をあて隆司を覚めた目で見下した。

 隆司は驚いて後ろに下がり、土下座して

「これは、シオン将軍様とは知らず! 大変なご無礼を、どうかお許しください」


 土下座する隆司に

「腰抜けが! 反吐へどが出る! お前など斬るくらいなら、糞を切るほうがましだ。もういい、こんな奴相手にならん!」


 ******


 その後、シオンは隆司を無視し。

「黄帝様、こんな下郎はどうでもいいのです。それより、隆司様はどこにおられるのですか。今日は隆司様に会うために、まかり越しました」


 ……………


 その言葉に、周囲は唖然とした。

 シオンは横にいるのが隆司とは思ってなく、隆司自身もおどろいている。

 状況を察した黄帝は少しとぼけて

「そんなに、隆司殿に会いたいのか」


 すると、シオンは急に晴れ晴れとした表情で

「そうです、先般の戦で私は隆司様の書簡どおり戦いました。それは、驚くべきものです。まるで天から戦況を見ている神か、未来を見通す預言者かと思いました。まるで、軍師様が世界を動かしているかのごとく、書簡どおりに戦況が進んでいくのです」


さらに.夢みるようにシオンの熱弁が始まる。

「隆司様の策はすべて的中し、ほとんどの損害なく敵を殲滅でき、あの主城を無血開場できたのです。これは、まさしく神算鬼謀の軍師様! しかも、数倍の敵の中、絶体絶命の黄帝をお救いしたと聞いております。我が父……いえ、黄帝をお救い頂いただいた大恩人。おそらく、相当な博識の方。私くし、はずかしながら、早くお会いしたくて夜も眠れぬ次第であります」

 頬を赤らめ、涙ぐみながら語るシオンに、黄帝もおかしくなってきた。

「そんなに、隆司殿に心酔されておるのだな」


「もちろんです! これまで蛮族からの侵略に対して防戦一方の我々が、初めて敵に落ちた城を奪回したのです。感動で胸が打ち震えております。はやく隆司様にお会いして、いろいろご教授いただきたい、出来れば師と仰ぎ、教えをこい付き従う所存でございます」

 身を乗り出し拳を握って力説するシオンに、周囲の者が笑っている。


 妙な雰囲気にシオンは周りを見回し

「どうしたのだ……」

 黄帝は目を閉じて呼んだ


「隆司殿! 」

 黄帝にうながされて横の隆司はシオンに向かい


「過分なおほめにあずかり、光栄です」

 うやうやしく拝礼する隆司


「なっ………なんだと」

 シオンは凍った。

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