第37話 港町エスポワール
「お前らも目的地は港町エスポワールか?」
「ああ、そうだよ」
馬車で乗り合いになった、おそらく冒険者であろう一人に声をかけられる。
キツネ目をした細身の男。槍を携えている事から槍使いと思われる。
年の頃は20代くらいだろうか。
「何をしにエスポワールへ?」
「ラグーン大陸に渡って世界樹まで」
俺のその言葉で男は両眉を上げ、口を開いている。
その反応に俺は首を傾げる。なんだろう?
「ラグーン大陸ってお前ら知らないのか?」
「無理もねえ。お子様にかわいこちゃん達ならよう」
別の冒険者の男がからかうような調子で、ニヤニヤとしながら言ってきた。
髭面で毛深い男。ごつい体をしており斧使いと思わる。
俺は少し表情を固くしながらそれに答える。
「知らないって何が?」
「今、エスポワールからは渡航船は出てないはずだぞ」
「え!? なんで?」
「それを解決しに俺たちが向かってんのよ。お兄さんたちに任せとけ」
お兄さんというよりお前の見た目はおっさんだけどな、と思うがもちろんそれは口に出さない。
エスポワールから渡航船が出てないという情報は、カラカス都市にはなかった。
いや、噂になっていないだけで、もしかしたら情報としては渡ってきていたかも。
出発前に冒険者ギルドで情報収集すべきだったかな。
俺は小さくため息をついた。
「おい、姉ちゃんたち、そんな坊やなんかより俺たちと一緒にやらねえか」
髭面で毛深い男がそのニヤケ顔を、ミミとソーニャに向ける。
その様子に俺は目を細める。またこのパターンか。
俺が少年だという事で舐められ、ミミとソーニャが絡まれる。
一緒に冒険者となって最早定番となったようなパターンだ。
「あいにくですが、汚い浮浪者と一緒に浮浪する事はありませんわ」
「誰が浮浪者だ! ったく口の悪い姉ちゃんだな」
それにしてもミミ。
こういう時はいの一番に言い返して毒舌を撒き散らすのに、今は馬車の外の景色をボーッと見ているようだ。
俺は一つ咳払いをしてミミに声をかける。
「ミミ?」
「あ、ミミ、ちょっとボーッとして話聞いてなかった」
「お前なんざに興味はねえとよ」
「うるせい!」
男たちの笑い声が馬車内に鳴り響く。
どうも冒険の旅立ちからミミの様子がおかしい気がする。
ボーッとしている機会が多く、俺とソーニャとも距離を取っているような。
気のせいかもしれないが。
世界樹の近くにあるエルフの里って、ミミの実家だよな。
何かあるのだろうか?
でも何となくそれについては話したがらなそうな感じもするので、とりあえずは俺はそれはほっておくことにした。
ブヒヒヒィーーーーーン!
突然、馬の鳴き声が響き馬車が止まった。
「わ、ワーウルフが現れた!」
操縦士をしている運び屋兼、商人の男が後ろの荷台に向かって叫んだ。
俺たちはすぐに外に飛び出る。もし馬が殺られたら旅の致命傷だ。
外にワーウルフの姿を確認して、俺たちがそれに飛びかかろうとしたその時。
「お、おい! お前ら、ワーウルフはBランクの魔物だぞ。暗黒世界になってどの魔物も強くなったからAランク相当の強さがあるはずだ。分かってんのか?」
俺たちとは逆に戦闘に及び腰になっている冒険者の男が言う。
初心者冒険者たちが無謀に向かっていっていると思って忠告してくれてるのだろう。
口は悪いが気は良い奴らみたいだ。
「分かってる。大丈夫だから俺たちに任せて」
討伐したワーウルフたちから魔石とその皮を回収する。
「お、お前らやるな! 強えじゃねえかあ」
「Aランク相当の魔物を瞬殺とは恐れ入るぜ!」
男たちは俺たちのその討伐結果に目を丸くしたかと思うと、先程とは打って変わって俺の肩や背中を叩いたりしながら賞賛の言葉を述べた。
俺はそれに苦笑いをする。
「俺はバーボン、こいつはヤックルだ。よろしくな」
「俺はランス、あちらからミミにソーニャだ」
改めての自己紹介。
槍使いがバーボンで、斧使いがヤックル。
きっと俺たちのことを冒険者として認めてくれたのだろう。
その後は特に魔物に襲われる事もなく、順調に旅路は進んだ。
2日ほど馬車で進んで峠を超えると、眼前に大海原が広がる。
潮風が鼻孔を刺激する。大海原の手間に町が見える。
きっとあれが港町エスポワールだろう。
本来なら感動的な美しい光景なのだろうが、黒雲に覆われた大空と黒色に変色している海。
乗り合わせた人々は皆、眉をひそめたり、眉間にシワを寄せてその光景を眺めていた。
-- ミミ視点 --
港町エスポワール。
ラグーン大陸からここパンゲア大陸に渡ってきた時に渡航した港町。
当時見た町の景色、食した食べ物、触れ合った人々など様々な場面が頭に想起される。
本来ならその懐かしさに浸る所だが、今のミミの心にはそんな余裕はなかった。
エルフの里。
ミミの生まれ故郷にして、家出をして以来、一度も訪れた事のない場所でもある。
港町に近づくにつれてチラホラと民家も散見されるようになる。
その中のとある、一軒の民家の庭で遊ぶ二人の少女。
二人してそれぞれ人形を手に取りお互いに何か言い合って、おままごとをして遊んでいる。
その光景によってミミの過去の思い出が蘇る。
「お姫様は私! お姉ちゃんは執事!」
妹のララは私からお姫様の人形を奪うとそう主張した。
もう一人の登場人物の姫の執事の人形は、妹に投げ捨てられ地面に横たわっている。
「なんで私が執事、お姫様返せ」
人形を両手でガッと掴み強引に奪い返す。
すると妹は見る見る内にその顔を歪ませて、大きな泣き声を上げる。
「うわーん! お姉ちゃんが人形とったー」
ミミは唇を尖らせてその光景から目をそらす。
自分は悪くない。最初自分がお姫様やってたのに、いきなり妹がそれを奪ったんだから。
「あら、どうしたの?」
その光景を見咎めたお母さんがやって来た。
「おねえぢゃんがー、どっだーにんぎょうー」
妹は泣いてしゃくりあげながら鼻声でそう主張した。
「あらあら、ミミ、ララにも人形貸してあげたら? お姉ちゃんでしょ」
いつもそうだ。お姉ちゃんだからと私が損をする。
私は唇をギュッと結びながらも人形を妹に手渡した。
「じゃあ、私がお姫様ね。お姉ちゃんはこれ!」
妹はまだ目に涙を溜めたまま途端笑顔になり、私に執事の人形を渡してきた。
いつものことだが現金なものだ。
「今度の舞踏会にこのドレスを着ていくの。どう似合ってるセバスチャン?」
セバスチャンとは執事の人形の名前の事だ。
「はい、姫様。大変お似合いでございます」
私は苦笑いしながら答えた。
わがままを言い喧嘩をする事も多かったが、甘えん坊でいつも私の後ろにくっついてきた妹のララ。
私に想起されたその思い出は温かな感情を胸に抱かせた。
両親と妹との満たされた日々。
戻れるならどの過去に戻りたい、ともし私が問われたらあの時代に戻りたいと答えるだろう。
「ミミ?」
気がつくと馬車は停車し、港町エスポワールに着いていた。
「ごめん、大丈夫」
急いで馬車を降りて、別に置いている荷物を取りに向かった。
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