第33話 宴の後で
「あっ……そう言えば……
俺は立ち上がり、王座の後ろに無造作に置かれている魔導書を見つける。
これがグラン・グリモワール大奥義書か。
書籍をパラパラとめくってみる。
うん、すでに封印も解除されているようだ。
「な、なんじゃこれは……うっ、シルヴァーノと従者の生首か?……一体どういうことじゃ」
壁に空いた穴にヒビが入った地面。
放置されている死体に城外にまで続く剣によって作られた地面の裂け目。
その様を認めて王は言った。
オスカーが死んだ事によりエデンバラ国王も正気を取り戻したようだ。
俺は泣いているクリスティンに魔術書を渡し促す。
クリスティンはその涙を拭き、魔術書をもって王の元へと向かう。
「国王、これが
「おお!? まことか、でかしたぞ! 数十年ぶりの
◇
「それでは
「ヒュー、すごいぞマクルーハン大公!」
「おめでとうー!」
民衆から拍手が巻き起こり、次々と歓声と声援、祝福の言葉が王城のテラスの壇上のクリスティンに向かって叫ばれる。
結局、王都の混乱により、
「それではマクルーハン大公。大公への就任の挨拶を一言お願いします」
司会に促されたクリスティンは城のテラスの壇上中央へと進みでる。
「この度はこのような盛大な祝賀会を開いて頂きまして誠にありがとうございます。直近で不幸な事件がありましたが、これからのエデンバラ王国の発展に寄与できるように頑張っていきたいと思います。また今回、私が大公になれたのは専属の冒険者たち、並びに、ランスの力添えによるものになります。この場を借りて、お礼を申し上げます。ランス! どうもありがとう!!」
クリスティンのその演説により、民衆のたちの目がその隣にいた俺に注がれる。
「ランスーー! 王国の救世主ーー!」
「英雄よー!」
「かっこいいー、こっち向いてー!」
「最強の冒険者ー!」
次々と俺に声援が集まる。
俺は緊張で固くなった笑顔を振りまきながら手を振った。
クリスティンの演説も終わり、祝賀会は宴へと移っていった。
音楽家たちが会場で様々な曲を演奏する。
王国から特別に供されたお酒を手に人々は踊り、歌い、談笑する。
数十年に一度の
俺たちは城の上のテラスで宴会の食事を供された。
ミミとソーニャ、そしてクリスティンと王宮から供された高級な食事に舌鼓を打つ。
「ん!? 美味しい、これ!」
「こちらも美味しいですわ。あっそちらも美味しい!」
いずれも食べた事がないような食事ばかりだがどれも美味しい。
俺たちが食事に夢中になっている時、空がキラン! と光ったと思ったら。
それはまるで隕石が落ちてくるかのようなスピードで俺たちが食事をしている席の近くに降り立った。
「呼ばれて飛び出てじゃんじゃじゃーーん! 魔神エヴァ様の登場よ!」
「………………」
いきなり凄まじいスピードで飛んできたエヴァの登場に俺たちは呆気にとられ、その場はシーンとなる。
「ちょっ、なんとか言いなさいよ! あんた達! ……ってなんか美味しそうなもの食べてるわね」
物欲しそうな顔で俺たちに用意された料理を見つめる魔神。
「あ、ああ、今、丁度
「えっ!? 良いの!?」
「すいません、一人追加でお願いします」
俺はウエイターの人に食事の追加をお願いする。
するとエヴァはニコニコ顔で早速席に座った。
なんだか憎めない魔神だなあ。
エヴァは早速、食事が運ばれてくるとすぐに食事を食べ始めてそれに夢中となった。
「うん、なかなか、いけるわね。これもおいしいじゃない。これも。それも…………」
封印されてずっと食事を取っていなかったのだろうか。
しばらく無言で食べ続ける。
「……で、お前何しに来た?」
給された食事をエヴァが9割方平らげた所でミミがエヴァに聞いた。
「らぶずぼ、だがばになでであるう」
「何言ってるか分からない。喋るか食べるかどっちか」
エヴァは口に詰め込まれた食べ物をグラスの水で流し込む。
「ふぅー、……なかなかいけるじゃない、ここの食事。褒めてあげるわ」
「だから、ここに来た理由」
「えーっと、それは……」
そう言ってエヴァは俺の事をチラっと見た後。
立ち上がって両手を腰に当てた、いつもの仁王立ちの姿勢で。
「ふん! ランスの、その、あの…………召喚に応じて上げてもいいと思ってね」
「ん? それは……召喚したら力を貸してくれるって事でいい?」
「そ、そうよ。ありがたく思いなさい! 魔神召喚なんか本来人間に許されるものじゃないんだからね! ランスだからと、と……と……」
「と?」
するとエヴァは子供が地団駄を踏むように言う。
「あーもう! 言いなさいよ、ランス! お前は俺の専用の召喚魔神だって!」
「…………お前は俺の専用の召喚魔神だ」
「…………」
エヴァは顔を真っ赤にして俯き、何も言わなくなった。
どうしたんだろう。
「……後、これからお前は俺に尽くせ! って……命令しなさい」
「め、命令……?」
「命令してください!」
「エヴァ、お前は俺専用の魔神だ。これからは俺だけに尽くせ」
エヴァは体をぷるぷると震わせ、恍惚の表情を浮かべている。
「……わ、分かったわ。そこまで頼むなら力貸してあげる! 契約は今、結ばれたわ!」
一つも頼んでないのだけど。
俺の頭に押しかけ女房という言葉が浮かんだ。
「私を呼ぶ時はこう唱えなさい。『ルドラ・ルシャーテ』 そのマントラがランスの口から発せられたら私が召喚されるわ。じゃあね!」
そういうとエヴァは満足気に飛び去っていった。
エヴァは嵐のように現れ、そして嵐のように去っていった。
俺たちは顔を見合わせ、それぞれ微妙な笑顔を交わした。
その後も宴は続き、辺りもすっかり暗くなった頃。
俺とクリスティンは城のテラスから外の景色を眺めていた。
ミミとソーニャは下の屋台にデザートを買いに行っていた。
「ランス、本当にありがとうね。今回は」
「専属冒険者として当然の事をしただけだよ」
「私は運がよかったわ。ランスみたいな優秀な冒険者と巡り会えて」
クリスティンはその手を俺の手と重ねる。
俺はその柔らかなクリスティンの手に触れる事で温かな気持ちになる。
その時、突然ヒューーと大空に音が鳴り響いたと思ったら――
バンッ!! と花火が夜空に咲き誇った。
おおーーーという歓声が人々から沸き起こる。
「……綺麗……」
花火は連続で次々と打ち上がる。
クリスティンはうっとりした目でその花火を眺めている。
俺は花火よりもそのクリスティンの美しい横顔に目を奪われていた。
「ランス……私……その…………」
クリスティンはそう言いながら俺と向き合う。
俺とクリスティンの視線が重なり合う。
高鳴っていく心臓。
俺はクリスティンの肩に手を置き、そして、彼女をそっと引き寄せ……。
彼女の唇と自分の唇を重ねる。
空にはまだ色とりどりの様々な種類の花火が打ち上げられ、人々の歓声を引き起こしている。
だがそんな周囲の喧騒とは裏腹に、俺はクリスティンと唇を重ねている間。
まるで世界が静止し、無音の世界にいるような感覚を味わっていた。
少しの間、重ねられたその唇は離された。
キスが終わった後、俺はちょっと恥ずかしい気持ちになり頭をかく。
クリスティンも頬を赤らめ、恥ずかしそうだ。
夜空には最後の花火が上がり、それが消えた後で人々の拍手と歓声が上がった、丁度、その後の事だった。
俺は一生忘れないであろう光景を目撃する事になる。
「おい、なんだあれ!? あんな方向、花火じゃないよな」
「え!? おお、火柱か!? なんだ?」
人々が騒ぎ出した。
なんだろうと騒ぎの元になっているであろう方角を確認してみると、遥か遠くにオレンジ色の巨大な火柱のようなものが確認できた。
なんだあれは?
火山の噴火にしては火柱が大きすぎる。
竜巻にしては火柱が直線的すぎるし、火のような色をしている理由がない。
「ランス、あれ……」
「ああ、一体なんだろう」
その時、俺の胸に胸騒ぎのような嫌な予感、感覚が引き起こされた。
あれは……やばい気がする。
その火柱はどんどん強い光を発するようになり。
それとともにその方向から強風も吹いてくるようになった。
目を開けていられないような光と、突然激しい嵐でも起こったのかというような、立っているのもやっとの強風。
俺はクリスティンが飛ばされたりしないようにその体を必死に抱き寄せる。
それが数十秒。もしかしたら1分以上続いたかもしれない。
唐突にその光と風は止み、遠くに見えていた火柱もなくなっていた。
その代わり、夜空は黒雲に覆われ、強風の残滓として瘴気のようなものが感じられた。
その時から世界は変わる事になる。
翌朝となってもその黒雲は大空を覆い、消える事なく太陽の光を遮った。
闇の力が増し更にその翌日には、世界各地で大規模な魔物のスタンピードが引き起こされた。
大国や神聖教徒王国など強い力を有する国家はそれに耐えれたが、いくつかの小国、エデンバラ王国もまた滅びる事となる。
多くの人命が失われ、太陽の光が遮られる事により穀物も育たなくなる。
人々は絶望し、様相が様変わりしたその世界はこう呼ばれる事となる。
暗黒世界と――
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