第26話 大奥義書

『スリープ』


 神聖博物館の守衛の二人を眠らす。

 高価な物もあるだろうに、神聖博物館の警備は呆れるほど稚拙だ。


 神聖博物館開館前の早朝。

 三公オスカー = ヴィルヘルムが子飼い、ブルーノは他のさいの参加者から先んじる為にも、神聖博物館からグラン・グリモワール大奥義書を強奪する事にした。

 昨日神聖教徒都市に到着後、すぐに博物館の警備状況を確認して、いけそうだという判断がされた為だ。


 仲間として魔術師のマーコックと剣士のルムダンを一人ずつ連れている。

 二人とも付き合いは長く、ヴィルヘルム卿の汚れ仕事や裏仕事なども一緒にやってきた仲だった。


 展示エリアには剣に鎧、魔術師用の杖、絵画に女神像、教会の儀式に使う品など様々なものが展示されている。

 どれも売ればかなりの金額になろうであろう一品ばかりだが、今回はお金の為の盗みではない。

 それらの展示物を素通りしていき、博物館奥の部屋までたどり着く。


 部屋のドアは鍵はかかっていないようであっさりと開いた。

 部屋の中には地下へと続く階段があった。

 この階段が魔術書が所蔵されている地下へと続いているはずであった。

 地下へと進む。階段と通路の壁は石だ。

 通路には蝋燭の火によって明かりが灯され、蝋燭の火は地上から地下へと流れているであろう通風によって、時折、揺らめいている。


 階段を降り切ると鉄格子の扉が現れた。

 流石にここには鍵がかかっているようだ。

 ブルーノは解錠魔法を発動する。


『アベルト!』


 ガチャっという音と共に鉄格子の扉はあっけなく解錠した。

 こんなものかと肩透かしをされたように感じる。

 神聖博物館は世界最高峰の博物館のはずで。

 その一般非公開エリアの場所。

 そこにこんなにも容易に入れるとは。


 地下もそれなりの広さになっていて、地上と同じようにガラスケースの中に所蔵物が置かれているようだ。

 薄暗い地下の中で目的の魔導書をバラバラになって探す。

 展示物はぱっと見で禍々しさを感じる、呪いを受けたであろう一品などもあって、地上とはその性質が違うものもあるようだった。

 流石に見ただけで呪いを受けるようなものはないだろうが、危険なものもあると思われるので注意が必要だ。


「これだ……」


 見つけた。

 表紙には【グラン・グリモワール大奥義書】と明記されている。

 黒革によって表紙は覆われており、シンプルな模様による装飾がされている。

 本の中央部分を横方向に鉄製と思わるもの囲われていた。

 ぱっと見で魔術鍵だと分かる。これがおそらく封印と言われているものだろう。


 ブルーノはガチャンっともっている魔術用の杖で展示ケースのガラスを叩き割り、魔術書を取り出した。

 ずっしりと重い。魔術鍵が解錠できるかどうかは持ち出してからやってみる事にしよう。


「マーコック、ルムダン、見つけたぞ!」


 二人を呼び出し、早々にずらかることにする。長居は無用だ。

 ルムダンはこちらにすぐに来るが、マーコックが来ない。

 何かの所蔵物のガラスケースの中を魅入られたようにじっと見ているようだ。


「マーコック?」


 ブルーノは再度、マーコックに声を掛ける。

 するとマーコックは突然、ガラスケースを叩き割り、所蔵物であろう魔術用と思われる杖を取り出した。


「マーコック! 何をしている!」


 マーコックはブルーノのたちに向き合うとこちらに向かってきた。

 だがその表情がおかしい。まるでマーコック自身の意思がないような表情をしている。

 マーコックはブルーノのすぐ近くまでくると、突然――


 マーコックの杖からまばゆい光が発せられる。

 眩しいっと思い、目をつぶっているとブルーノの手にあった魔術書がマーコックにひったくられる。


 マーコックはそのまますぐに地上の階段へと走って逃げていった。

 しまった! マーコックのあの表情と様子。

 おそらくあの杖に魅了されてしまっている。

 やはり危険物が所蔵されていたようだ。

 ブルーノたちはすぐにマーコックの後を走って追った。



「おい! マーコック! 正気に戻れ!」


 博物館の外まで出ると、マーコックは宙に浮き、何かの魔術の詠唱を行っていた。

 杖に操られ、マーコックを依代として何かの魔法が発動されるようだ。

 詠唱によってマーコックが発動しようとしている魔法が徐々に明らかになっていく。

 なんだ? この術式からして……召喚魔法か?


『サンダルアーギン!』


 マーコックがそう魔法を発動すると、次元の裂け目ができて、そこを両手で拡げ開けるようにして一匹の巨大な魔物が現れた。

 山羊のような二本の大きな角を頭部に生やしており、顔は猫科の猛獣のような顔をして、真っ赤な目をしている。

 筋肉質なその全身は茶色の毛で覆われており、背中には翼が生えていた。


「グゥオ゛オ゛オ゛ーーッ!!


 魔物はその咆哮とともに口から黒炎を吐き出した。


『アースウォール!』


 ブルーノは咄嗟に土魔法により土壁を現出させて、その黒炎の攻撃を防ぐ。

 が、仲間のルムダンまでは間に合わず、彼はその体を黒炎で焼かれた。


「うゎあああーーッ!」


 ルムダンはその黒炎に焼かれながら後方へ逃げる。


『アイスエリア!』


 ブルーノは氷範囲魔法を発動し、その威力を抑えることによってムルダンの体を焼いた黒炎を無効化した。

 しかし、すでにかなり焼かれてしまって、ムルダンは戦闘不能状態となってしまっている。


 マーコックはまたブツブツなんらかの呪文の詠唱を始めてしまっている。

 くそ! 一体マーコックは何に操られているんだ。

 あの術式は……爆発魔法か!? まずい!


『エクスプロード!』

『プロテクトシールド!』


 マーコックによって発せられた爆発魔法は噴煙と大きな爆発音が周囲に巻き起こす。

 エクスプロードが直撃したその地面には大きなクレーターが穿った。

 ブルーノはプロテクトシールドによる防御が間に合い、幸い無傷だったが。


 まずい、今の爆発音と噴煙で周りにバレてしまった可能性がある。

 さっさと片を付けないと。

 しかし、巨大な魔物に、魅了されたマーコック。

 いずれも強敵だ……


 ブルーノは反撃に移るため、魔法の詠唱を始めた。

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