第22話 祭の開幕

「それではこれよりエデンバラ王国、第53回目のさいを開催いたします」


 エデンバラ王国の内務大臣のその挨拶の後、ドラが打ち鳴らされる。

 会場には国王を筆頭に三公。そして王侯貴族たち。

 そして前に招待されていると言っていたように、大賢者ベイリーの姿もあった。

 他にもさいへの参加貴族など、そうそうたる面々が集結していた。


「陛下より、さいの内容の発表がございます。それでは陛下、お願いいたします。」

「ふむ……、では今回のさいの内容を発表する。今回のさいはグラン・グリモワール大奥義書の取得とその封印の解除だ」


 国王のその発表を聞くとよほど驚いたのか、ベイリーと三公の一人のオスカーは席から思わず、といった感じで立ち上がった。


「なんじゃ? なにかあるのか?」

「いえ……」


 国王の問いかけに二人は特に答えず着席する。

 彼らはそのグラン・グリモワール大奥義書、とかいう書物について何か知っているのだろうか。


「……まあよい。このグラン・グリモワール大奥義書。伝説の冥魔法について書かれていると言い伝えられている。そして魔神が封印されているとも。この魔術書は神聖教徒都市の神聖博物館の地下に特別所蔵されている」


 冥魔法は闇魔法の上位魔法と言われている伝説の魔法だ。

 恐ろしく強力、という事ぐらいしか後世には伝わっていない。

 それに魔神とは。ほんとにSSランクの依頼と変わらないな。


「グラン・グリモワール大奥義書の取得は当然、神聖教徒協会の許可なんか取ってないよな」

「ええ、そうね。過去のさいでもこんな無茶ぶりばかりで……最近ではレッドドラゴンの爪の入手。ダークエルフの至宝聖水の入手。地獄の大穴の探索などよ。ここ数十年は確か、さいの成功者はいなかったはず」


 これに参加者同士の争いも加わる。

 まさに聞いていた通りの命がけの競争だ。


「期限は本日を含めて、3日以内とする。移動には王国のワイバーンを貸与する」


 期限を聞き、会場がざわつく。


「ワイバーンを使えれば神聖博物館まで半日あればいけるでしょうけど……。時間との戦いになりそうね」


 魔術書は力押しで奪い取るのか。

 それとも交渉して取得するのか。


 力押しで奪い取る場合は、お尋ね者になってしまう可能性がある。

 交渉して取得できるようなものなのか、現状では分からない。

 そもそも神聖博物館で当該の魔術書が、どのような扱いになっているのかも不明だ。

 その辺りを調査しながらの対応。

 それに封印解除の問題もある。


 クリスティンが言った通り、時間との戦いになりそうだ。


「わしからは以上じゃ。10年ぶりのさい。存分に楽しみ、そして各々、その力を示すがよい」


 そういうと国王は会場から退出した。


「では、この後は私が引き継ごう」


 大きい体に大きい顔。そして大きな声。

 眼力が強く、自信に満ちた顔をしている。

 年は40代くらいだろうか。

 三公の席に座っている一人の男がそう言って引き継いだ。


「彼が三公筆頭のシルヴァーノ = サンジェルマンよ。三公の中でも最も古い歴史を持つ貴族でかつ、一番力も強い貴族になるわ」


 シルヴァーノは周りを見渡しながら話しを続ける。


「それではさいの出席者について、それぞれ代表に自己紹介をしてもらおう。まずは……クレメント、お前からいけ」

「は!」


 クレメントと呼ばれた、これまた体格のいい男が立ち上がった。

 貴族らしい正装をしている。


「始めまして、私、クレメント = オラフと申します。サーベント地方で公爵をしております。この度はよろしくお願いいたします」


 クレメントはそう言って深々と頭を下げた。

 これから命がけの争いが始まるというのに、その態度にはいささか拍子抜けさせられる。

 その挨拶は、周りを煙に巻くためにそうしているというよりは、クレメント本人の真面目で少しずれた性格が現れたのかなとも思う。


「彼はシルヴァーノの子飼いよ」


 なるほど、三公筆頭のシルヴァーノの子飼いはクレメントね。


「次にラーナ」

「はい」


 一人の女性、おそらく俺と、そう年は変わらないのではないかという、10代と思わしき女性が立ち上がった。

 魔女のような帽子に真っ黒な服。

 帽子を深く被って、下を向きながら話す為、表情が少し確認しずらい。


「えっと、私はラーナといいます。錬金と調合が得意で、えっと、えっと、錬金研究が好きです」


 シャイなのだろう。

 終始下を向いて恥ずかしそうにラーナは話していた。

 彼女もなんか少しずれてる気がする。

 それに錬金と調合が好き、って戦闘向きじゃないよな。

 傍らにこれまた全身黒のローブで、顔部分まで大半覆ってる奴がいるけど、あいつが戦闘担当なのだろうか。


「彼女は三公カトリーナ = エリザベートの子飼いね。カトリーナは現三公では唯一の女性当主。彼女の家も100年の歴史がある名家なんだけど、ラーナは貴族でもないし。正直なんで彼女がカトリーナの子飼いとして選ばれて、今回送り込まれたのか分からないわ」


 カトリーナ = エリザベートは真黒のドレスを纏い、三公の席に優雅に鎮座している。

 30代は過ぎているだろうが、まだ十分に美しく、その胸元があいたドレス姿は妖艶な魅力を醸し出していた。

 それにこれは俺の直感だけど、彼女は頭が切れそうだ。

 彼女の眼差しとただずまいで、俺はそう思った。


「次にブルーノ = コーマック」

「はい」


 一見してそうと分かる豪奢な魔術師のローブと杖を携えた男。

 こいつの事は知っている。

 クリスティンの仇敵の三公の子飼いだ。


「ブルーノと申します。王国の宮廷筆頭魔術師をしております。また貴族としても子爵を承っております。以後お見知りおきを」


 宮廷筆頭魔術師か。

 確かにその内に秘めた魔力は相当な物がありそうだ。


「彼はもう言うまでもないわね。私の仇敵、オスカーの子飼いよ。確か貧民街出身で若い時にオスカーに見出されて、宮廷筆頭魔術師にまで上り詰めたわ。そして平民から貴族にも。ただすべて正攻法ではないはず。そしてオスカーの汚れ仕事も随分と彼はこなしているはずよ」


 なるほど。才覚を持った手段を選ばぬ野心家。

 といった所だろうか。なかなか手強そうな相手だ。


「次にクリスティン = マクルーハン」

「はい」


「クリスティンと申します。カラカス地方で公爵をしております。今回のさいはこちらの専属冒険者のランスを中心に挑みます。よろしくお願いいたします」


 思いがけずに紹介された俺もペコリと挨拶をする。


「次にシュラウド」

「はい」


 ふてぶてしい顔をした男が返事をして立ち上がる。

 粗野なその感じと、そして腰にかけた剣と軽装な鎧。

 おそらく冒険者だろう。


「えー、シュラウドです。冒険者やってます。よろしく」


 シュラウドはそれだけ話すと席を座った。


 よほど腕が立つのか。

 よくその感じで王侯貴族の推薦をもらえたなあと思う。


「次にミネルバ」

「はい」


 女性で腰に鞭をつけている。鞭使いだろうか。

 上半身は腹部部分が丸見えの軽装。

 紫色をした髪を後ろにまとめ、スリットの開いた、スカートを履いている。

 傍らにはゴリラのような男が一人。

 上半身が異様に発達しており、手も長い。

 女性のあの鞭で調教されてたりして。


「ミネルバです。サーカスの団長をしております。この度はさいという光栄な場に参加でき、光栄です。よろしくお願いします」


 まさかのサーカスの団長だった。

 という事はあの鞭でほんとに調教しているのか。

 最もさいに参加するぐらいなんだから戦闘スキルも高いのだろうな。


「以上、6組の参加者が今回のさいの参加者となる。参加者のみんなは何か質問はあるか?」

「魔術書の封印の解除方法は何か判明していますか?」


 ミネルバが問いかける。


「判明していない。なので封印の解除方法を探すのもの含めてだな」

「了解しました」


「一つ質問ですが、参加者のクリスティンでしたっけ。子供が主体となるって言っていましたが、今回のような重要な任務、大丈夫ですかね?」


 質問主はシュラウドだ。

 くそう。たぶんクリスティンが若いのと、俺が少年というのとでなめてるな。


「同感です。ただ彼はかわいい顔をしているので、私は調教してあげてたいですけどね」


 会場からドッと笑いが起きる。

 今度はミネルバだった。

 シュラウドにミネルバだな。

 覚えてろよお前ら。


「今回の参加者は各王侯貴族と三公が推薦したという事を忘れるな」


 三公筆頭のシルヴァーノのその言葉で会場はシーンとなった。


「質問は他には?…………もういいか? 特になければ打ち切るが…………、よし! それでは、諸君、精一杯奮闘し、さいの勝者、大公を目指したまえ!」


 シルヴァーノのその言葉でさいの開会式はお開きとなる。

 参加者、見学者たちはそれぞれ会場を後にしていく。


 念の為、さいの参加者グループをまとめておくと。

 俺達を含めて6組。


 クレメント = オラフ

 サーベント地方で公爵

 三公筆頭のシルヴァーノ = サンジェルマンの子飼い


 ラーナ

 錬金と調合が得意な10代と思しき女性

 三公カトリーナ = エリザベートの子飼い


 ブルーノ = コーマック

 宮廷筆頭魔術師で子爵

 三公オスカー = ヴィルヘルムの子飼い


 シュラウド

 冒険者

 王侯貴族の推薦


 ミネルバ

 サーカス団長

 王侯貴族の推薦


 そして最後に俺たちだ。

 それぞれは代表だけの紹介だったので、それぞれに仲間がまだいるだろう。


「よう、ランス」


 俺はその声の方を振り向くとそこには見知った老人。

 ベイリーが立っていた。


「やあ、ベイリー。ほんとに特別顧問なんだな」

「じゃあなんじゃと思っておったんじゃ。全く……それにしてもグラン・グリモワール大奥義書とはな」

「なんか驚いてたけど、知ってるのか?」

「まあ、そりゃあ伝説の魔術書じゃからな。知っている人間は多くはないがの。まさか神聖教徒協会が所蔵しているとはな」

「なんだそのクソジジイと知り合いか、お前ら」


 宮廷筆頭魔術師のブルーノが突然、横槍を入れてきた。


「クソジジイとはご挨拶じゃな。宮廷魔術師の特別顧問としてお前も鍛えてやってたじゃろう」

「うるせぇ! そんなのは過去の事だ! ふん、じじいも含めてお前らにはまた後で引導を渡してやるよ」


 そう言うとブルーノはその場から去っていった。


「ベイリー、あんた、宮廷魔術師の特別顧問もしてたのか?」

「うん? まあ、昔ちょっとな……」


 底が見えないじいさんだ。

 ブルーノとは過去、何かあったのだろう。


「まあ、頑張れ。封印の解除以外はお前なら問題なかろう」

「封印の解除について、なにか知ってるのか?」


 ベイリーは俺のその問いには答えずに、片手を上げて挨拶をして、その場から去っていった。


「じゃあ私たちも行きましょう」


 クリスティンのその言葉で俺たちも神聖教徒都市への移動の準備に向かうこととなった。

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