第15話 討伐後の宴

 フラフラになりながら、村に戻った俺達に向けられたのは、懐疑の目だった。

 前の冒険者に騙されたのが、まだ尾を引いているようだ。


「ゴブリンたちは……」

「討伐したよ」


 村長は目配せをして、それを受けた村民の若者が、ゴブリンの集落だった所へ確認に走る。


 そこにはゴブリンたちから逃した、見覚えのある女性連中もいた。

 よかった、無事に村に保護されていたようだ。


 しばらく経つと、先程の若者が息を切らせながら、走って戻ってきた。


「で、どうじゃった?」

「ゴブリンたちは……はあはあ……」

「ゴブリンたちは?」

「全て死亡を確認! 討伐成功だあー!!」


 その瞬間、

「うお゙お゙お゙お゙ーーっ!」

 と地響きのような歓声が湧き上がる。


 泣きながら抱き合うものたち。

 天を仰ぎ、感謝の祈りを捧げるものたち。

 そして――


「ありがとう、ありがとう! 君らは俺たちの救世主だよ!」

「正直まだ少年だし、厳しいだろうなと思ってた。でも、まさか、こんな! よくやってくれた!」

「君らは命の、村の、恩人だ!」

「よかった! 君らが件のようなクズ冒険者じゃなくて! ちゃんと実力もあって!」

「まだ若いのに……Sランクの強敵を! 君らは英雄だ!」


 村民たちは次々の感謝と賞賛の言葉を、俺たちに向けてきた。

 そんな鳴り止まぬ賞賛の中。


「この村を、そして、近隣の村々を代表して礼をいう。どうもありがとう。今日は宴じゃ。ゆっくりしていってくれ」


 村人たちはすでにお祭りモードだ。

 俺とミミとソーニャは顔を見合わせ、お互いニッコリと笑った。




「ささ、ランス様、どうぞ」


 宴の食事の席にて。

 そう言って俺に給士する村の女性。

 なぜか俺の周りに、何人もの若い女性が集まっている。

 それを苦虫を噛み潰すように眺める、ミミとソーニャ。


「こちらもお食べ下さい、ランス様」


 今度は反対方向から給される。

 女性たちは、なぜか俺に体を密着させてくる。

 そしてその柔らかな膨らみが、両サイドから俺の両腕に押し当てられる。


「ねえ、ランス様ってすごい、かっこいいですよねー」


 俺の太ももに、手をおき、撫でながら女性は言う。

 太ももを撫でるその手に、ゾワゾワっとした。


「逃げろーっていうあの言葉、あれ聞いた時、私、泣きそうでした」


 彼女たちはゴブリンに捕まっていた、カサンバラ村の生き残りの女性たちだった。


「まあ、あの時、生き残っていた人たちは、みんな無事でよかったよね」

「ランス様のおかげですー」


 猫なで声で俺に体を預けながら、女性は言った。

 ミミとソーニャはプルプルしだした。


「でも、あと一つ大きな問題が残っているんです」


 その女性の言葉に他の女性たちも、うんうんと頷いている。

 なんだろう?


「実は、カサンバラ村の男性たちが皆殺しにされてしまったため、村の後継をこのままだと残せません」


 ん? どういう事だろう?


「つまり…………ランス様の種が欲しいんですー。優秀な種が!」

「ささ、あちらの部屋で休憩ができますので、いつでも!」


 えー?

 そこまで聞いた所で、ミミとソーニャが立ち上がった。


「ご主人様の種はもうミミが予約済み! 泥棒猫たちには渡さない!」

「ランス様の種は私のためにあるんです! 汚らわしいその手を離しなさい!」


 そう言って村の女性とミミとソーニャは争いを始めた。


「ちょっと何してのよ!」

「何よこの泥棒猫!」

「何が休憩よ! 激しい運動でしょ!」


 俺はすでにもう、お腹一杯にご飯は食べさせてもらっていた為、そっとその宴の場を抜け出して外に出る。

 すると外にいた小猫が1匹、俺の足にその体をすり寄せてきた。

 この小猫はオスのようだ。


「女はこわいなー」

「ニャー」


 俺は甘えてきたその小猫を撫でてやった。

 建物からは、まだ女性たちの金切り声が聞こえてきていた。



 ◇



「ゴブリンの討伐、よくやってくれました。まさかSランクのゴブリンキングとは。それを見事討伐とは素晴らしい!」


 領主ジェラルドは、クリスティンに対して称賛の言葉を送る。


「もったいないお言葉。専属の冒険者たちが、よくやってくれました」

「確かに非常に優秀な冒険者パーティーのようですね。彼らには特別報酬を、冒険者ギルド経由で送っています。後、さいへの参加をマクルーハン卿は希望でしたね」

「あ、はい!」


 クリスティンは、思わず立ち上がりそうになって返事をした。


さいへの参加を、カラカス地方が領主として推薦しますね」

「あ、ありがとうございます!」


 さいとはエディンバラ王国で十年に一度、開かれる催しだった。

 国王より出された課題をクリアしたものは、大公になれるというものだ。

 ちなみに大公とは、貴族としての最上位の階級である。


 クリスティンは大公になる事を希望していた。

 それはエディンバラ王国で、三公と呼ばれる一角の大公の一人を打ち倒すため。

 大切な人たちの仇をとるために。


 その様子を苦々しく見ているのはサウス卿。

 彼もまたさいへの参加を希望していたのだが、領主が推薦するのはクリスティン一人のみだった。


「まあせいぜい、カラカス地方の代表として、恥にならなければいいですな」


 そう言ったサウス卿をギロリ、とひと睨みして領主ジェラルドは言う。


「君が派遣した冒険者パーティーだが、討伐が成功したと嘘をついて逃げ出したらしい。どういうことでしょうか、これは?」

「え? い、いえ、そのような報告は聞いておりませんが……?」

「……そうですか、まあその冒険者には、領の治安局より捜査がされると思いますので、そのつもりで」


 サウス卿にとっては、寝耳に水の情報。

 討伐を失敗しただけでなく、犯罪にもあたりかねない行為を行なっているとは。


「場合によっては、あなたへの聴取になる可能性もあります。その時はご協力を」

「かしこまりました」


 下を向き、そう答えたサウス卿の、テーブルの下の見えない所にある手は、固く握りしめられ怒りに震えていた。



 ◇



「失礼します」


 そういって俺は、クリスティンの執務室のドアを開けた。

 すでにゴブリン討伐の報は、クリスティンには届いているはずだが、口頭での報告の為の訪問だった。


 ドアを開けて、執務室に入ろうとすると突然、目の前が真っ暗になる。

 なんだ? なんだ? 顔に何か柔らかいものが、当たっているような……


「ランス、ゴブリンの討伐ありがとう! さいへの推薦を勝ち取れたわ!」


 その声から俺の顔に押し当てられているのが胸で、その主がクリスティンである事が分かった。

 うれしいが……窒息する。


「ちょっと、ミミたちに感謝の言葉は?」

「ああ、もちろん、ミミとソーニャもありがとう!」


 そのミミの言葉で、俺はクリスティンの胸攻撃から解放された。


さいってなんだ?」


 俺は冷静を装いながら、クリスティンに訪ねる。

 ミミとソーニャが若干白い目をしているような。

 顔ニヤついていないよな。


さいとは、そうね、簡単に言うと大公になるための、国王からの課題ね。十年に一度だけ開催される」

「大公になれるんだ、それはすごい!」

「ええ、でもここ数十年の中で、さいによって大公になれたものはいないわ。不可能ではないが、限りなく不可能に近い課題が出されるの。そして毎回死人がでる、命がけの競争よ」


 冒険者の依頼ランクでいう所の、SSランク以上だろうか。

 SSランク以上は通常、不可能案件と呼ばれ、ギルドの通常の依頼にも出てこない。


さいは厳しいでしょうけど、このまま続けて専属の冒険者として力を貸してくれる?」


 俺はミミとソーニャを確認する。

 二人共とくに異論は無さそうだ。

 冒険者稼業は時に命がけ。張るものが大きければリターンも大きい。


「分かりました。それでは引き続き、さいも専属の冒険者としてお力添えしますね」

「やった! ありがとうランス! さいの開催は王都で1ヶ月後よ!」


 うわっ!

 そう言ってクリスティンは、また胸攻撃を仕掛けてくる。


「あ、そうだ! ゴブリン討伐の報酬なんだけど、Sランクという事で報酬を引き上げて、金貨20枚から白金貨1枚に引き上げたわ。後、冒険者ギルドにも領主様からの特別報酬が届いてるはずよ」


 白金貨を手渡される。

 白金貨1枚は金貨100枚に相当する。

 俺たち3人が、1年は悠々と暮らしていけるような金額だった。


「「やったぁ!」」


 ミミとソーニャの喜びをあらわにする。

 二人は白金貨の初めてみるその輝きに、しばらく目を奪われていた。

 早速、俺たちは冒険者ギルドに、特別報酬を受け取りに行く事にした。

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