第2話 奴隷エルフ少女

 パーティーメンバーが去った後、マンティコアと対峙するは俺一人。

 突然一人となった胸には、ぽっかり穴が空いたような寂しさがある。

 がまずは目の前のマンティコアを倒すのが先決だ。


「グルルルルルルル」


 マンティコアは、そのライオンの顔からヨダレをたらしている。

 魔物であっても、俺が囮の生贄に残されたことを理解しているかのようだ。

 こいつに俺は餌に見えてるんだろうな。


瞬神しゅんしん


 俺はそのスキルを発動すると、マンティコアに対して無数の剣撃を与えた。


「グル?」


 マンティコアがそう少し唸った所で、バラバラになったその体が崩れ落ちる。

 俺の攻撃スピードが速すぎて、マンティコアは絶命するまで自身が切られたことに気づかなかったようだ。


 俺はそのマンティコアの残骸からコアの魔石を取る。

 魔物はその心臓部になんらかの魔石を通常持っている。

 そしてその魔石は通常、魔物が強ければ強いほど貴重で高価なものだった。


 今まで無給だったので貯えはほとんどない。

 とりあえずは、このマンティコアの魔石を売ってやりくりしていく必要がある。

 マンティコアはAランクの魔物。

 一体どれほどの値段となるのか。


(さて、これからどうするかな)


 まさか仲間だと思っていた奴らがあんなクズだったとは。

 俺の見る目がなかったのか。

 でも考えようによってはこのまま利用されつづけるよりは、クズの本性を早めにしれてよかったともいえるが。


 あんなクズ共はめったにいないとは思うけど。

 昨日の今日で新しいパーティーに所属するのもためらわれる。

 いっその事、ソロでやっていくか。

 そんな事を考えながら、俺はダンジョンから一人、寂しく帰路に着いた。




「毎度ありー」

 マンティコアの魔石を売った、素材屋を後にする。

 魔石は金貨1枚と銀貨50枚になった。

 これで一ヶ月は贅沢していかなければ生活していける。


 ダンジョンから街に戻る頃にはすっかり夜で、外では肌寒い外気が漂っている。

 ふう、寒いな、と俺は手をポケットに突っ込みながら、うらぶれた路地裏をとぼとぼと歩いていると――


「キャー」という女性の叫び声が聞こえた。


 なんだろう、揉め事だったらちょっとめんどくさいな。

 だけど困っている人がいるなら助けてもあげたいし。

 などと俺は迷いながらも、叫び声がした方へと足は自然に向いていった。


「バカヤロウ! でけえ声、出すんじゃねえ!」

「兄貴! あれ!」

「あ!?」


 柄の悪い二人組が、エルフと思われる少女をどこかへ連れて行こうとしている。

 エルフの少女は、緑色のショートカットの髪に特徴的な長い耳。

 白い肌をしており、ボロボロのボロ切れをまとっていた。


「なんだてめえ、何見てやがる! 悪いことは言わねえ。さっさと立ち去れ。そうすりゃ痛め目に、あわないで済むぞ!」


 スキンヘッドにごつい体のいかにも風な男。

 もう一人は小柄だが顔に刃傷がついている。

 おそらく堅気ではないだろう。

 普段であれば目を合わさずにやり過ごす相手。

 ではあるがこんな状況により、俺は尋ねてみる。


「おい、あんたら人攫いか?」

「人攫いだと? 人聞きの悪いこと言うんじゃねえ。こいつはれっきとした商品だ。ちいと言うことを聞かねえんで、躾してやってたのよ!」


 こいつら奴隷商か。

 褒められた商売ではないが、一応この国では合法的に認められているんだよな。

 そもそも少女が悲鳴を上げるような、躾なんかするんじゃないよ。


 そんな事を思っている時、俺はそのエルフの少女と目があった。

 その目は俺には、捨てられた子犬のような目に見えた。

 小さい頃から、捨て犬や捨て猫を拾ってきてはじいちゃんに叱られていた。

 また悪い癖が出ちゃうなーと思いながらも俺は、はーっとため息を一息つき。


「いくらだ? その子?」

「は!? てめえこの娘、気に入りやがったのか? おい、こいついくらだっけ?」

「兄貴、こいつは金貨1枚と銀貨35枚です」


 先程のマンティコアの魔石の稼ぎが、ほとんどが持っていかれる。

 やれやれ。俺は自分の人の良さ加減に自身でも呆れながら、かたわらの財布の小袋からジャラジャラと金貨と銀貨を二人組に差し出す。


「これで足りるだろう。じゃあその子をこっちへ」

「おっおう! ピッタリだな。じゃあその娘の所有権はおまえのもんだ。奴隷の所有者証はこれだ」


 そういうと、奴隷の所有者証の紙切れを手渡された。

 奴隷の所有者証を見るのは始めてだった。

 こんな紙切れ一枚で、人の人生に強制力が発生するのかと不思議な感じがする。


「じゃあな、兄ちゃん」


 そう言うと二人組は「今日はこれでうまい酒でも飲むぞー」と路地裏の奥へと消えていった。


 やれやれ、と思いながら俺はエルフの奴隷の少女と向き合う。


「あっ、あの…………ありがとうございます…………ご……ご主人様?」

「ああ、俺はランスだ。ご主人様なんて呼ばなくていいぞ。なんか衝動的に買ってしまっただけだから。君は自由だからどこに行ってもいい。なんなら攫われたのだったら、仲間の所まで送り届けるし」

「ミミは一人」


 少女は下を向いてそう言った。ミミって言うのか。

 一人か、さてどうしたものか。

 思案していると、突然声をかけかられる。


「おい、てめえ随分羽振りが良いみたいだな。ちょっとは俺にも恵みな」


 突然、髪をオールバックにした明らかなチンピラが絡んできた。

 いきなりの事でちょっと驚く。

 そうか、先程の奴隷商との金のやり取りを見られていたのか。

 外で金を出す時は気をつけないとな。


「あいにく、さっきの支払いでほぼすっからかんだ。他を当たってくれ」


 無い袖は振れないし、こういう輩は弱みを見せたら、とことん付け込んでくるので俺は少し強気に言った。


「こっちは、お願いしてんじゃねえ。命令してんだ。けがしたくなけりゃ、さっさと金を出せ!」


 そう言うとチンピラは刀を抜いた。

 片刃の刀を振り上げ、脅しかと思ったらちゅうちょなく振り下ろしてくる。

 マジかこいつ。考えなしにも程があるだろ。


瞬神しゅんしん


 俺はその刀に瞬神によって、凄まじい速度の剣での剣撃を何発も加えた。


「喰らえー!」


 チンピラはそう言って振り下ろした刀の柄が、やたらと軽いことに気づき刀を見ると――


「はあー!? なんで刀がなくなってやがる? は? 地面に刀がバラバラになってる? なんだこりゃ?」

「なんだって、俺が斬って刀をボロボロに分解したんだよ」

「は!? 何言ってやがる! 剣と刀でって……そんな事、人間にできるわけねえだろ!」


 なんだ失礼なやつだな。

 俺はれっきとした人間だぞ。


 すると得物がなくなり、チンピラは自身が不利になったと判断したのか――


「お、覚えてろー!」


 そう捨て台詞を残し、嵐のように去っていった。

 なんだったんだ、アイツは。


「ご……ご主人様、すごい!」


 ミミは目を輝かして、俺の方を見上げている。


「ランスはミミのご主人様! ミミはご主人様にいっぱいご奉仕する!」

 ちょ、ちょっと人に聞かれたら勘違いするようなセリフを。

 俺はあわてて訂正する。


「ご、ご奉仕とか言うのは止めなさい。じゃ……じゃあしばらく一緒にいるか?」

「ずっと一緒にいる! ミミはご主人様と一緒!」


 なんだか懐かれたみたいだ。

 ミミは俺の腕を取り、体を擦り寄せてきた。

 女慣れしていない俺は若干躊躇するが、それとは裏腹に擦り寄せられるその体の柔らかい感触に顔は自然にニヤけてしまう。


 とりあえず、ミミの着ているそのボロ切れをなんとかしよう。

 まだ開いているだろうか? 俺たちはまずは服屋へと向かった。

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