第4話 元賢者の誘い

 高校生活と言えば、何を思い浮べるか? 別中出身の生徒との新たな出会い? 一新する環境への期待? 

 そんなのも確かにあるだろう。

 しかし、一番身近なものといえばクラスメイトとの交流や部活での日々である。ある時には流行りの話題で盛り上がり、ある時にはテストの点数で一喜一憂する。

 部活においては共通の目標の元、部員たちと切磋琢磨しながら共に成長していく。

 だが……。



「そういえば、衛侍って部活に入らないの?」


 放課後、何気なく廊下を歩いていると、一緒にいた月奈がふいに訊ねてきた。


「あー……どうしようかなぁ」


 俺―――久能 衛侍はこの春から高校に入学してまだ間もない。

 入学してから二週間ほど経つが、部活動には入部していなかった。そして、そろそろ各部活の新入生争奪戦が活発になってくる頃だ。

 でも、いまいち入りたいと思うところが無いんだよな……。中学は帰宅部だったし。


「別に強制じゃないけどさ。衛侍が何かやりたい事があれば良いなって思って」

「そうだな……」


 やりたいことか……う~ん。

 俺は腕を組んで考え込んだ。

 その時、俺の視界にとあるものが映った。

 どうやら部活の勧誘らしい。だが、その人物の格好たるや凄かった。

 ファンタジー世界の魔法使いの様なローブを纏い、道行く生徒へチラシを配っているのだ。

 関わってはいけないような気がする。遠巻きに眺めていると、視線を感じたのかこちらを振り向く。

 すると、彼は笑顔を浮かべて近付いてきた。


「君達、新入生かな? 良かったらこれからうちの部室に来てみないかい? 美味しいコーヒーを淹れるよ?」


 服装の割にオーソドックスな勧誘だが、問題はそこじゃない。

 なぜなら、勧誘しているのはどう考えても高校生ではなく、二十代後半ばから三十代程度に見える教員だったのだ。

 その人物は柔和な表情で眼鏡をかけ、おかしな服を着ていなければ、何処にでもいる普通の先生だろう。

 だけど、あの怪しい格好だけは流石に見過ごせない。


「えっと……」


 月奈が戸惑ったように目を泳がせる。

 確かにこの人、怪しさ満点だよなぁ……。


「先生……? で、良いですよね? それって『コスプレ研究部』とかいう変な部活じゃないですよ……ね?」


 一応確認を取る。


「ははは! 面白い冗談だねえ。これがコスプレに見れるのかな?」


 ……これはツッコんだ方が良いのか!? コスプレ以外の何なのかとツッコめという事なのか!?


「コスプレじゃなきゃ何ですか?」


 月奈、俺の気持ちを代弁してくれて感謝する。


「魔法研究部の顧問をしている山科やましな いつきです。科目は物理を教えています。そのうち教室で顔を合わせる事もあるかもしれませんね」


 ……うん。格好以外はまともそうな人だ? って魔法研究部!? 魔法って言ったよな?


「はあ……どうも。俺は久能といいます。ところで、どうしてそんな恰好を?」

「ああこれ?  なにせ魔法研究部だからね。僕も昔の服装で勧誘をしているのさ。どうだい? 僕もまだまだいけると思うけど?」

「先生、昔の服装って……、昔からそんな服着てたんですか? 先生ってどこかの秘密結社の人?」

「まさか。秘密結社だなんて、そんな怪しげなもののわけないでしょう」

「……そ、そうですか」


 月奈も先生の受け答えに戸惑っている。

 普通、奇抜なデザインの服を着ている人が目の前に現れたら、"何やってんですか" と一言言うだけだ。

 でも、先生の場合は何故か言えない。何故なら、彼の雰囲気がそれをさせないからだ。

 なんと言うべきか……先生が醸し出す独特のオーラによって、どんなツッコミの言葉すら飲み込んでしまう。


「それで、どうかな? 興味が出たら是非来てほしいんだけど」

「「……うーん……」」


 俺達が受け答えに戸惑っていると、


「先生、ここにいましたか。部員の勧誘なら私も一緒に……って久能君と神咲さん?」


 もう一人の人物がやってきた。


「……あれ、武宮先輩?」


 それは同じ学校の先輩にして、異世界からの帰還者である武宮 結季さんだ。彼女は俺達の反応を見て首を傾げた。


「二人共ここで何をやっているの? 部活の見学希望?」

「いえ、俺達はただ単に通りかかっただけです」


 俺に続き、月奈もうんうんと首を縦に振っている。


「お二人共、武宮さんとお知り合いでしたか。だったら是非見学して欲しいのですが……。なにせ武宮さんはうちの唯一の部員ですし」

「えっ!? そうなんですか?」


 ……せ、先輩が怪しさ大爆発な部活のメンバー!? 何故!?


「久能君? この見た目が変しつし……コスプレ物理きょう……。こほん。顧問の山科先生はね――」


 先輩? あの……かなり辛辣な発言しそうになってますよ? しかも先生が若干凹んでるし……。


「私よりもずっと前に異世界に召喚されて、そこから帰って来た帰還者の一人よ」


 その場を一瞬の静寂が支配する。だが、俺と月奈は我に返った瞬間、


「「ええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」


 思わず叫んでしまった俺達は悪くないだろう。

 だってそうだろ!? 魔法研究部の顧問で怪しい格好をしているのが、実は異世界帰りの人間だなんて誰が想像出来る!?


「驚いたでしょ?」

「そりゃ驚きますよ! 魔法研究部の顧問で怪しい格好をしてるのが、まさか元勇者だなんて……」

「怪しい格好とは失礼ですね。僕は至って真面目な格好をしているつもりですよ? ちなみに僕は勇者じゃなくて賢者でした」

「そこは大した問題じゃないですから!」


 ついツッコんでしまった。


「ところで……、武宮さん? 部員の勧誘を手伝うつもりなら、是非この服でやってみてください。きっと効果抜群ですので」


 先生が取り出したのは、自分の服装と同じ様なファンタジー世界風な鎧だった。

 だが、先生の物とは違って全身を覆うタイプではなく、部分的に装着するタイプのようだ。所謂ビキニアーマーという奴だ。

 生徒になんつー格好させようとしてるんだ、この先生!?

 とはいえ、先輩のビキニアーマー姿を思わず想像してしまった。

 先輩はスタイルも良いので、かなり似合うはず。


「久能君? 顔がテュフポンソウンガルルみたいになってるわよ」

「何ですか、その奇怪な名称は?」

「私がいた異世界の変顔で有名な生物よ」

「えーいーじー……、絶対変な想像してたでしょ?」


 月奈は俺の考えなんかお見通しとばかりにジト目で睨んでいる。そして、先輩は先生の方を向き。


「嫌です。こんな恥ずかしい恰好。発情したゴブリンみたいな目をした男子が嬉々として押しかけて来そうですから。そんなの見てると、〇ね! このクソ虫とか言いたくなっちゃいます」


 ……先輩の場合、それ以上の事を喋ってしまいトラウマを植え付けそうだ。


「しかし……今日も勧誘は空振りかもしれませんね」


 先生がため息交じりに呟いた。そりゃそうだ。こんな怪しげな顧問のいる部活とか入りたいとは誰も思わないはず。


「ああ……誰か見学だけでも来てくれませんかねえ……」


 先生が俺と月奈の方をチラチラと見ながら、わざとらしく嘆いている。

 ……はあ、仕方がない。


「先生。もしよかったら少しだけ見学させて貰えませんか?」


 移動する事、数分。そこは『魔法研究部』と書かれたプレートがある。先生に促され、


「さあさあどうぞ」


 こうして俺は月奈と一緒に魔法研究部を見学する事にした。



「いや~。こうして見学してくれる生徒もなかなかいませんでしたから、嬉しい限りです」


 それは先生の服装に問題があるはず……と言っても無駄そうなので、そこは飲み込んでおく。


「あの……先生って、異世界から帰って来たのは本当ですか? もしかして先輩と同じ異世界?」


 月奈が一番気になる事を質問した。


「武宮さんとは違う世界ですね。僕が行ったのは、イグレシアと呼ばれる世界です。実際に召喚を行ったのは、そこのとある王国です」


 へー違う異世界なんだな。

 異世界言語だけでかなりの種類があるから、同じ世界ばかりから呼ばれるというわけではないらしい。


「召喚された時ってどんな感じだったんですか?」

「えーっと確か、僕の場合はいきなり真っ暗な空間に閉じ込められたと思ったら、急に光に包まれましたね。それで気づいた時には見知らぬ街の中にいました。そこから色々とあって、魔王を倒す為に勇者パーティーの一員として戦っていました」

「へぇ~、じゃあ先生はその世界で沢山活躍したって事ですか?」

「一応、『黄昏の賢者』とか呼ばれていましたが、今考えると少し恥ずかしいですね。そして召喚されてから三年後、日本に戻る事ができました」


 先生が懐かしむように語った。

 先生の雰囲気だと、たしかに勇者というより賢者といった方がしっくりくるな。


「そういえばどうやって帰って来たんですか? やっぱり魔王を倒して役目を終えたから……こちらに送られたとか?」

「いえ、僕の場合は地力ですね。あちらの召喚術式を解析して、どうにか逆用できました」

「凄いんですね、先生!」


 月奈が尊敬の目で見つめている。確かに先生の話を聞く限り、相当頭が良い人だと思う。


「いやぁ、それほどでも。ただ、僕はこの高校に入学してすぐに召喚されましたから、帰って来た時には、あと数ヶ月で十九歳になる時期でした」


 と、そこまで聞いた先輩がビクッと肩を震わせた。


「…………」


 先輩は黙ったまま、うつ向いている。その様子は明らかにおかしい。


「先輩、どうかしましたか?」

「何でもないわ……」


 何でもないと言いつつ、すでに泣きそうになっている。


「武宮さん。僕の様に、十九歳で高校一年生だった人間だっているんですから、一年位の留年なんて気にする必要はないですよ? この学校自体、異世界から帰って来た人達の受け皿になる役割もあるんですから」


 先生が武宮先輩に対して『留年』という禁止ワードを堂々と言い放っている。

 ……いや、先生。普通に言ったら駄目でしょう。


「…………」


 先輩は涙目のまま無言を貫き通している。あの罵倒を当たり前の様に言い放つ先輩の唯一の弱点なのだろう。

 今度は先生は月奈の方を向き。


「そういえば神咲さんのお父様は、もしかして異世界に関する業務を担当する官庁に勤めていますか?」


「はい、そうですけど……。どうして分かったんですか!?」


 月奈は驚いた顔をしているが、


「僕があちらから帰って来た時に、色々と事情聴取やその後の手続きでお世話になった方と同じ苗字ですからね。もしかしたらと思いまして」

「意外と世間って狭いな」


 人間どこで繋がっているか分からないものだ。


「まだ赤ん坊の頃の神咲さんにも会った事がありますよ。あの時の子がこんなにも大きくなるとは……、僕も年を取るわけです」


 と、しみじみと語り出した。


「えっ? そうなんですか?」

「ええ。まあ僕の事は良いとして、そろそろ見学を始めましょうか。今日は二人とも入部してくれると嬉しいのですが……」


 こうして魔法研究部の見学が始まった。




 魔法研究部。

 その名のとおり、魔法について研究を行う部活である。

 活動内容は先生のいた世界の魔法を地球で修得する方法を確立するための研究だそうだ。


「……もしかして、この部活って先生が作ったんですか?」

「やっぱり分かりますか。学生時代からずっと部長。大学に行ってもOBとして参加し、この学校に勤めてからは顧問を続けています」

「一つ聞きたいんですけど……、今まで部員ってどのくらいいました?」


 そこまでで、先生はバツが悪そうに。


「毎年基本的に廃部の危機に陥っているんですよね」

「えー」


 それはまずいんじゃないか?


「だから、せめて新入生の二人が入ってくれると助かります」


 先生が苦笑いしながら言う。


「どうする? 月奈」

「先生? いっつもどんなことをしているんですか?」

「どんなこと……というよりは、僕の魔法修得法を試してくれる人が欲しいですね。帰って来てから十数年、おそらくこれ以上は無いという位の方法ですので」


 先生の顔は、異世界で死闘を繰り広げたであろう賢者のそれとなっていた。


「ふむ……」


 俺達は一度顔を見合わせ、月奈が代表して答える。


「先生! その方法で練習すれば、魔法が使えるようになりますか?」


 そう、俺達が気にするのはそれだ。

 その問いに先生は一度目を閉じ、真剣な表情で。


「地球では使えません」


 はっきりと答えた。


「「……」」


 一瞬、沈黙が流れる。


「どういう事ですか!?」


 思わず叫んでしまった。


「落ち着いてください。説明します」


 先生は一呼吸置いて話し始める。


「僕もですが、武宮さんもこちらに帰還してからは魔法は使えません。しかし! 運よく僕の行った世界へと召喚されたら、最初から魔法修得状態となります! どうですか? 魅力的でしょう?」


 先生は両手を広げ、自慢げに語り出す。だが、


「俺、帰りまーす!」


 すぐさま扉の方を向き、退室しようと歩き出した。

 この部に部員がいない理由がわかった。

 すると、後ろから肩を掴まれる。振り返ると先生が微笑んでいた。怖い。


「まあまあ。今入部すれば、記念品として僕が昔使っていた伝説の杖をあげますよ? 実は仕込み杖になっているので、ちょっとした剣士気分にもなれます」

「どこかの怪しい訪問販売ですか!? しかも思いっ切り銃刀法違反ですよね!?」

「心配しなくても、刃の部分は竹光に変えていますから問題なしです。さあ、この入部届けにサラッとサインを」


 そう言って一枚の紙を差し出してくる。

 しかも先生に掴まれている肩を振りほどくどころか、徐々に入部届が置かれている机へと引っ張られてしまっていた。


「先生!?  賢者だったんですよね!? 賢者って魔法使い系ですよね!? 何でそんなに身体能力が高いんですか!?」

「はははっ。賢者だとしても、ある程度の体力がないと冒険なんてできませんよ。それにこの年ですと成人病とかメタボも気になってきますしね。昔ほどではないにしろ、ちゃんと鍛えています」


 そう言いながら先生はさらに力を入れてくる。

 そういえば先輩も女子ながらヤンキー三人を軽く捻っていた。つまり召喚される異世界はそのくらいできて当然の場所ということだ。

 俺が必死に抵抗している横で月奈が何かに気付いたらしく、杖に書かれた文字に魅入っている。


「先生……? この文字って、今わたし達が履修してるのと同じですよね?」

「ええ。この言語は二十年前に僕が覚えてきて、文字や文法も全て事情聴取で官庁の担当者へお伝えしましたからね。僕が教職に就いたころには、この言葉を教えるカリキュラムもできていました」


 月奈……、それはそれで興味深い話だが、今は俺を助けてくれ!

 そう思っていると、


「衛侍はこの部活に入った方が良いかも」

「なっ!?」


 とんでもない事を言いだした我が幼馴染だった。その真意は―――


「この部活に入れば、衛侍がすごおおおおおおく苦手な異世界言語が分かるようになるんじゃない?」


 月奈の言う通り俺は異世界言語が大の苦手なのだ。


「確かにそうだが……」

「じゃあ、決まり。衛侍一人じゃ流石に可哀想だから、わたしも入部する」


 そう言うと、俺の返事を待たずに入部届けに名前を書き始めた。


「いや、待ってくれ! 俺の意思は!?」

「ねえ、衛侍……? 赤点取って夏休み補習と部室で魔法の練習するの、どっちが良い?」

「ぐっ……」


 それを言われると弱い。実際、あの科目で赤点を取るなという方が難しい。

 俺だって夏休みはバイトしたり遊んだりしたい。




「これで良いですか?」

「はい。入部ありがとうございます。お二人共歓迎しますよ」


 十数分の葛藤の末、俺は魔法研究部の入部届けへとサインし、その日は帰宅となった。

 ついでに記念品で先生が使っていたらしい伝説の杖もちゃんと渡された。

 帰宅後、俺はベッドに寝転がりながらその杖を眺めている。

 確かにこの杖、装飾も凝っており異世界の文字が書かれているので、何処か神秘的な雰囲気を漂わせているのだ。


「先生もこの杖で魔法使ってたのか?」


 そんな独り言を呟いた後、何気なく部屋の中央に行き。


「Дω? ΔΠЭ!!」


 杖の先を前方に向け、魔法を使う振りをしてしまった。ちなみに言葉は分かる文字を発音しただけのいい加減なものだ。


「まっ、出るわけないよな」


 そこまでで、また寝ようとしていた時、


「えーーいーーじーー! 何やってるの!? あはははははははっ!?」


 隣の家のベランダから月奈がこちらを見て腹を抱えて笑っていた。

 どうやら俺の魔法を使う振りがツボにはまったようだ。


「うるさいぞ!」


 思わず月奈に向かって叫んでしまった。


「ごめんごめん! でも、まさか本当にやるとは思ってなかったから」


 まだ笑いが収まらないようで、涙目になりながらも謝ってきた。


「でも……、ぷっ……! あはははははははは!!」


 月奈が自分の部屋に戻った後でも、しばらく笑い声が聞こえており、俺は翌朝の登校時までからかわれる破目になってしまった。

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