第3話 異世界コミュニケーション
国立佐文学園
この学校には他の学校にはない科目、『異世界』が存在する。その内容とは――
「まず異世界召喚といっても様々なパターンがある様です」
担当教師が淡々と教鞭を取っている。黒板にはチョークで書かれた日本語の他に見慣れない文字や絵が描かれている。しかし、その文字は当然だが読めない。
「まずオーソドックスな召喚型。これは読んで字の如く、異世界から人間を召喚するというものですね。この場合、召喚される人間にはある程度の条件が与えられます。例えば『魔法の才能がある者』『勇者として魔王を倒す使命を与えられた者』など様々です。まぁ召喚されるのはランダムなので運の要素が大きいようですがね」
確かにそうだと、クラスメイト達は思った。
「次はトラック等に引かれて一度死んだ後に異世界転生するパターンですね」
そう言って黒板に図を描き始める。
「こちらの場合、神様と名乗る人物と会う事が多いようです」
「せんせー! 一回死んで転生したのに、そんなのが分かるんですか?」
一人の男子生徒が挙手しながら質問をする。
「良いところに気が付きましたね。えぇ分かりますよ。何故なら……」
先生はその生徒に向かって笑顔を見せる。そして再び説明を始めた。
「転生する際に、神様から特典が与えられるんですよ。『この世界を救ったら元の世界に戻す』とか。まあ、戻って来た人もいるのでしょうが、このトラック型の転生。古くは牛車や馬車なんかが暴走して起こるのですが、学者の間では神様がマッチポンプの為にやっているのでは? という説もあります」
うーん、神様とやらがわざとトラックを暴走させて転生させたあと、帰るために報酬を与える。つまり目の前に人参がぶら下げられた馬みたいにされるって事か。でもそれは――
俺は珍しく授業に聞き入っていた。
「なんかそれって神様ってより悪魔の所業じゃないですか?」
月奈が俺と同じことを考えた様で、先生に質問を投げかけていた。
「ええ、私もそう思います。しかし中には本当に善意でやってる方もいるかもしれませんし、何とも言えませんね。ちなみに私は悪魔派ですよ」
いや、そこはどうでもいいだろ……。
「ちなみにこのトラック型は『神に導かれしトラック』とも言われる場合があります」
導かれたトラックの運転手は堪ったもんじゃない。神様って奴は何考えてんだか分からないな。
「他には……そうですね、クラス全員転移という事例もあります。現代では教室の人間丸ごと、江戸時代では寺子屋の人間が全員行方不明になったという記録も残っています」
クラス全員か……。一人で召喚されるよりは良いのか?
「ちなみに、みなさんがこの学校に入学した理由は、異世界に召喚されやすいからですが、この学校はそういった生徒を集めて、異世界召喚が日本各地で起こらないようにするといった役割もあります。勇者召喚に適性の無い一般人が巻き込まれるといった事例も存在していますから」
なるほど。確かにそういう話は聞いた事がある。
「はーい! 色々な記録があるって事は帰って来た人も結構いるんですか?」
クラスメイトの一人が気になる質問を口にする。
「ええ、勿論いましたよ。ただ、残念ながら全員が帰ってきた訳ではありません。まず、召喚される事自体が稀。そして帰還できるのは更にその少数。帰って来ない理由はその世界で息絶えたか……帰るのを拒否したのか定かではありません」
「でも、二年の武宮先輩は帰ってきた人ですよね?」
俺が手をあげて先生に問いかける。
「はい。彼女は異世界帰りの生徒の中でも、かなり良好なケースです。ただ、彼女と一緒に召喚されたもう一名は帰って来ていません。武宮さんの話では、あちらで生活する事を選んだとか」
そうなのか。何かあったのか? それともう一つ確認したいことがあるな。
「あの、異世界召喚されると皆共通言語を覚えられるのでしょうか?」
「それは場合によります。話せない場合もありますし、最初から話せる場合もあります。では次は異世界の言語にについて話を勧めましょう」
結局、授業時間一杯使って異世界に関する講義が続いた。
放課後。
「異世界言語……。こんなのもテストに出るのか!? 英語の他にあんなのまで覚えろってか!?」
この学校、かなりの無茶を言う。帰還者からの情報で文字や発音は記録しているらしいが、言語だけでも数十種類あるとかどうしろってんだ!?
「まあ、覚えるのは、二十年くらい前に帰還した人がいた世界の言語らしいけど……、ちゃんと文法とかも判明しているから教えやすい……とか」
月奈もこれにはゲッソリしている。だが、これに負ける気は無いばかりに、
「衛侍、勉強あるのみよ! 英語だって最初は分からなかったんだから、頑張れば何とかなる!!」
「いや! もっと良い方法があるはずだ! 主に俺が楽できるような」
「あるわけないでしょ!? 実際に異世界に行った人がいれば――」
そこまでで、俺と月奈の頭の中には同じ人物の姿を思い浮んでいた。
月奈と一緒に二年生の教室に向かう。目的地は武宮先輩のクラスだ。
「あ、いたわよ!」
教室のドアの前で、目的の人物を発見する。
「あ、あなたたち、何の用かしら? まさか、私に会いに来たの?」
先輩は何故か嬉しそうだ。
まさか先輩みたいなアイドル並みの美少女がボッチなんてことはないと思うのだが……。気を抜いた時の言動はともかく。
「いえ、実は先輩に相談がありまして」
月奈が率直に切り出す。
「相談? 何? 何でも言ってちょうだい」
武宮先輩が目を輝かせて言う。それに俺も続く。
「俺達に異世界の言葉を教えてください! このままじゃ落第してしまいます!」
「ちょ……詳しく聞かせて……ね?」
先輩はちょっと困ったような様子だったので、とりあえず三人で図書室へと場所を移し事情を説明した。
「異世界言語の勉強を手伝ってあげたいところだけど、私のいた世界とは別の言葉よ。これに関しては地道に頑張ってとしか言えないわ」
「そんなあ……」
「まあ、でも私も一年生の時に履修はしているから、分からない所は教えてあげる」
俺と月奈は顔を見合せた後に先輩の方を向き、
「「よろしくお願いします!」」
元気よく礼を言った。
「そこは……ЖξЭиЮ……よ?」
先輩が宇宙語を発音している。異世界ってなんだろう? もっとこうチートで簡単に覚えられないもんか。
「えっと、ここが……だから……それでいいの」
「あー、分かった! ここは、ψЫШωж€……ですね!」
月奈まで同じ言葉を話している。俺には全く理解できない。
「月奈が……月奈が……宇宙人になっちまったー!!」
「誰が宇宙人よ! ほら、衛侍も書いて発音してみて!」
思わず叫んでしまったが、ここが図書室である事を失念していた。
「図書室では静かに!」
図書委員っぽい生徒に注意をされてしまう。
「すみません」
「ごめんなさい」
先輩に続いて謝る。
「でも……久能くんの方は頭から煙が出そうだし……一旦お開きにする? 根詰め過ぎても良くないわよ」
「先輩! 先輩って女神様ですか!? いつも俺の近くには鬼がいるのに……」
「わたしみたいな親切な鬼がいるわけないでしょ?」
月奈が満面の笑顔にも関わらず、俺を睨んでいる様に見える。勘違いではないはずだ。
「そうね、今日はこの辺にしておきましょうか。明日また続きをしましょう」
こうして勉強会初日は終了した。
「異世界言語……。これはかなり難しいな」
帰宅後、自室で今日の復習をしていると、突然の訪問があった。
「衛侍、勉強の調子はどう?」
扉を開けるなり、月奈がいきなり聞いてくる。
「見ての通りだ。分からん!」
俺は手を止めずに答える。すると月奈は、
「ωЫШ¶ΘД!」
勝ち誇ったように、おかしな言葉を言いだした。
「ちっくっしょー! 月奈がいじめるーーー!」
「へへん、ざまあみろ!」
「くそ、俺にも分かる言葉で喋れよな!」
「ねえ……、そんなに難しい? 単語じゃなくて文字から覚えたら?」
「あ、それならいけそうかも。よし、月奈。俺にお前の書いた字を見せてくれ! それを真似するからさ。どうせ、俺には読めないし」
「うん、いいよ。はい」
渡された紙を見る。そこには綺麗で読みやすい女の子の字が書かれている。
どうやら月奈は風呂に入ってからここに来たらしく、髪を下ろしラフな格好でシャンプーの香りを漂わせている。
「でもわたしは意外とすんなり覚えちゃったかな? まだ挨拶くらいだけどね。実際、もっと難しいと思ってた」
「ならお前は異世界行っても大丈夫だろ」
「えー……。わたしが先輩みたいな言葉遣いになっても良いの?」
「……それは……月奈んちのおじさんやおばさんが大泣きしちまうんじゃないか? うちの娘が不良になったーーー!? って」
「あ、やっぱり駄目だよ。絶対嫌!!」
月奈は本気で拒否している。俺だって月奈が変わっちまったら悲しくて仕方ない。
「ま、異世界に行くなんてかなり低い確率らしいから、気楽に行こうぜ」
「うん! 異世界よりもこの科目で赤点取らないようにしなきゃね!」
「それを言わないでくれ……。俺としてはマジでヤバいかもしれねー……」
俺は机の上に突っ伏して項垂れる。月奈が笑いながら、
「もうちょっとだけ、付き合ってあげるから頑張ろうよ」
「ああ、助かる」
その後、しばらく二人で勉強を続けた。
「衛侍、ここがこうなると……って寝てるし。まあ、この寝坊助にしては頑張った方かな? じゃあ、おやすみ」
いつの間にか俺は眠りに落ちていた。
「…………ふぁあ~あ」
目を覚ますと、もう深夜となっていた。
「あれ……月奈?」
隣を見ると月奈の姿がない。
「あいつ帰ったのか?」
少し寂しさを覚えつつベッドの中に入っていった。
翌日の放課後、昨日に引き続き武宮先輩による特別授業を受けていた俺達だった。
「はい、今日はここまでにしましょうか」
「ありがとうございました」
「つ、疲れた……」
俺と月奈は机に突っ伏している。
「お二人ともお疲れ様」
文法やら会話やらもあったので、昨日は余裕だった月奈ですら疲れを見せている。
「……糖分を……脳のエネルギーが足りない……」
月奈が呟いている。
「甘い物でも食べにいく?」
武宮先輩の提案に俺は飛びついた。
「行きたいです! 俺の財布が許せば……」
「衛侍の奢りで!」
横にいた月奈がすかさず言う。
「そこは割り勘で!」
「えー! 甲斐性無しーーー」
こんなやりとりをしながら、学校近くの喫茶店へと入店した。
「ここはデザートが美味しいんだよ」
「そうなんですか! 楽しみだな〜」
「衛侍は何を頼む?」
「俺はケーキセットが良いな。月奈はどうするんだ?」
「わたしはパフェにする!」
「了解。すいませーん、注文お願いしまーす!」
店員さんにオーダーを伝え、待つこと数分。
「お待たせいたしました。こちらがケーキセット、チョコレートパフェ、フルーツタルトになります」
目の前に色とりどりのスイーツが置かれる。
「うおお! 美味そうだ!!」
「いただきまーす」
月奈は早速、スプーンを手に取ってパクついている。
「んんんんっ! おいひいーーー!!」
幸せそうに頬に手を当てている。俺も自分の頼んだメニューを口に運ぶ。
「うん、確かに美味いな」
勉強の疲れが吹っ飛ぶ味に満足していた。すると先輩が、
「確かに異世界の言葉を覚えるのも大切だけど、現地ではそれよりも大事なこともあるのよ?」
フォークを片手に持ちながら話し始めた。
「何ですか?」
俺は興味津々で訊ねる。
「それはね……、コミュニケーションの時には心を込める事よ」
どういう意味だろうか?
「言葉なんて通じなくても身振り手振りとかで何とかなるものよ」
「なるほど。言われてみればその通りですね」
俺は深く納得した。
「やっぱり経験者は言う事が違うなあ……」
「ふふっ。私もあっちで色々あったしね」
「やっぱり大変でしたか?」
「言葉に関しては、翻訳の魔法があったから、そこまでじゃなかったわ……。けど」
けど、何だろう?
「よくあったのが、女だからって舐められていた事よ。例えばね? ”よお姉ちゃん、女だてらに魔物と戦っても食われるだけだぜ。俺達が守ってやるから、後でいいことしようぜ! 代わりに俺が喰ってやるからさ。がはは!” とか言って、当たり前の様に胸とかお尻とかを触ろうとしてくる輩には……」
嫌な予感がする。こないだヤンキー連中をシメた時と同じ雰囲気だ。
「二度とそんな気が起きないように、股間を蹴り上げてやったわ! そして、”そんなナリで良く吠えるわね。ママのおっぱい吸って成長してから出直しなさい。この粗〇〇野郎。”って返してやったの」
満面の笑みで言う武宮先輩。
「「……」」
俺と月奈は絶句している。
「他にもね?」
まだあるのか!?
「名が売れて来た頃、どっかの貴族が妾にしてやるとか言ってきて……」
「き、貴族?」
「えぇ。もちろん断ったんだけど……」
断る選択肢しかないと思うのだが……。
「だったら決闘しろ! って言い出してね。仕方が無いから受けてあげることにしたの。それで……」
「そ、それで?」
ゴクリと唾を飲む。
「決闘の場で相手の剣を叩き折って降参させてから、”その肥満体なら豚小屋行って豚と〇〇〇でもしてろ! この豚野郎!”って言ってやったわ。まあ、相手は一応貴族だったから、流石に現地の言葉だとマズいかなって思って、翻訳魔法は解除して日本語で話したのよ。それでも何となく通じたみたいで、ガクガクブルブル震えていたの。心を込めるのが大事ってよく分かった出来事だったわね」
それは心を込めたのではなく、罵倒と一緒に殺気を込めたのではないだろうか……。
「「……」」
「どうしたの二人とも? 顔色が良くないけど」
キョトンとした表情を浮かべる武宮先輩。
「い、いえ、何でもありません」
「そ、そうです。気にしないで下さい」
ちなみにここは喫茶店。さっきからの先輩の言葉で、周囲から奇異の視線を向けられてしまっていた。
店内全体がドン引きしている雰囲気がまざまざと感じられる。正直この場にいるのが辛い。
「月奈! 今日は先輩にお世話になったから俺達が奢るか!」
「うん! それが良いね! 先輩、今日はありがとうございました!!」
「えっ……!? 別に割り勘でも構わないわよ?」
もう勘定して、ここを去った方が良い。俺と月奈は言葉は交わさなくても、それが最善手だとお互いの思考が一致している。
そこは幼馴染の仲。以心伝心というヤツだ。
「いいから! 今日のところは払わせて下さい!!」
「久能君……、神咲さん……? 一体どうしたの?」
戸惑う先輩を連れて、会計へと向かった。結局、その日の代金は俺たちが支払った。
元々、先輩にはああなる素質があったのか、それとも異世界の厳しさが先輩を変えてしまったのか。
それを考えるだけで、その日は眠れぬ夜を過ごすことになってしまっていた。
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