夢を現実に変える魔法は愛しかないでしょ
すどう零
第1話 れいの職探し
これから先、どうやって生きていったらいいんだろう。
不安だ。足元から、暗い不安感が脳天に向かって立ち昇ってくる。
私、素藤れいは二十九歳。これから悲惨ともいえる現実と立ち向かっていかねばならない。
一週間前に彼氏と別れ、さあ、これからは仕事に生きるしかないと意気込んでたところ、ついさっきリストラを宣告されたばかり。
二十九歳といえば、年齢的にいっても当然といえば当然であるが、私は経理主任の経験もあり、営業も一通り経験したというれっきとした経歴がある。
まあ、経理十年のキャリアは、パソコンと派遣社員によって必要なくなり、営業はセクハラにガマンできなくなり一年で引退したけれどね。
「あんたはもう必要ありません。今月一杯で辞めて下さい」
直属の子会社の社長からそう言い渡されたときは、半年前から予感していた来るべきものがついに来たと覚悟していた通りになった。
子会社といっても、半年前に設立されたばかりの総勢五人の弱小いや零細企業。
一年前、親会社が商社に買収されて以来、親会社は激震した。
四十歳以上の人は、皆リストラの嵐。
元重役で親会社に貢献してきた名ばかり社長が、私の上司だった。
なんでも、買収先の商社から資金一千万円貸し出すから、新事業を始めなさいなどという甘言に乗ったのが、人生間違いの根源だった。
いくら、元重役とはいえ、素人がいきなり商売など始めても、軌道に乗るはずがない。
しかし、その元上司の宇根社長は、時代錯誤の思考の持ち主で、自分は三十年間、親会社のために企業戦士として戦ってきたのだから、その恩返しをしてくれるとでも思っていたのだろう。
その新事業の誘いに乗り、一千万円の借金をしてなんの計画性もないままに、新事業を始めたが、これが宇根社長の奈落の人生の始まりだった。
「よろず屋、開業します。トレンディ有限会社」というふれこみで、開業したのも束の間。健康食品の通販を始めたが、お客さんはつかなかった。
そりゃそうだろう。いきなり、無名のノンキャリアの会社に飛び込む客なんていやしない。
私、素藤れいは、パソコンインストラクターに配属された。
いわゆる、パソコンで文章を作成し、一枚三千円という料金を頂くのであるが、それがトレンディ有限会社の唯一の収入源だった。が、それも半年後、打ち切られた。
無理もないだろう。総勢五人の給料を、半年間支払ってからというもの一千万円くらいあっという間に消費してしまったのである。
五十歳以上の男性社員五人のなかで紅一点であり、唯一掃除やお茶くみをしていた私の存在は打ち切られてしまったのだ。
といって、もちろん残った四十歳の男子社員四人は安泰かというと、とんでもない話である これから、借金一千万円を親会社である商社に返済していかねばならないのだから。
有限会社トレンディの地獄は、ここから始まったようなものである。
「宇根社長は、親心から素藤さんをリストラしたんだ。
これから借金一千万円を親会社に返済する手助けをするよりも、転職や結婚といった新しい道を探した方が幸せだという親心からだ。
まあ、経営能力があるとはいえない社長であったが、憎むには価しない人だよ」
労働組合長からの、慰めの言葉だが、そんなことにこだわっている余裕は今の私にはない。センチメンタルよりも、明日生きることを考えねばならないのである。
世の中、上見りゃきりない、下見りゃきりないというが、私はそのとちらでもない、宙ぶらりんの立場か?
幸福をつかむのも、不幸に陥るのも、金や仕事ではなく人格次第だという。
善とは愛の一部でもあり、善のないところには、幸せはこない。
愛のあるところに、幸せの青い鳥が生まれる可能性大である。
ふと、テレビのスイッチをつけた。
ジャニーズ系がバラエティ番組に出演している。
ふと、そのなかの一人の男性が目に付いた。
わっ男前で可愛い。それに、関西弁。
この人 なんという人なんだろうなあ。
確か肉が大好きとか言ってたなあ。
私は自分の置かれている立場も忘れて、画面にジーッと見入ってしまった。
「じゃあ、僕は目も鼻も口もカッコよくないってわけ。みなあかんということや」
七人グループでなにわボーイというグループである。
私の目についた男は、岸 慎吾といった。
ふと、この男に抱かれてみたい。
そんな欲望が湧いてきた。女の性とは現金なものだ。
もう一週間前の彼のことなど、すっかり忘れていた。
岸 慎吾ー私はこの名前を口にしてみた途端、十年前の記憶が閃いた。
確か、元レディース(女暴走族)の息子ではないだろうか?
そのレディースは旧姓‘岸’といい、ジャニーズJRに息子である岸 慎吾の写真をブログに載せていた。
ふと岸 慎吾の家族構成をネットで調べてみると、家族は兄弟となっていて、親の名前は書かれていない。ということは、やはり岸 慎吾の結婚した元レディースの息子なのだ。
しかし私はこの事実を、胸にしまっておこうと決心した。
岸 慎吾はなにわボーイのユニットメンバーであるばかりか、ドラマの主役や舞台にも出演していて、先輩からも可愛がられ、人柄のいい好青年と評価されている。
私は、趣味で作詞の通信講座を受講している。
短文は、長文が書けなければ書くことができないという。
現在は、曲先行であり、曲に合わせて歌詞をはめ込んでいくのであるが、字余りは作曲家を冒とくするようで許されないという。
いつかなにわボーイのために、歌詞を書いてヒットすると、私も一躍有名作詞家の素藤れいなんて夢みたいなことを考えていた。
明日からは、さっそく職探しである。
しかし、二十九歳の女性を雇ってくれる会社は、果たして存在するだろうか。
いや、大卒の男子でも、半分は職探しに悪戦苦闘しているという時代である。
美容師や調理師の免状を持っている人でも、一年くらいで辞めたりしている。
どちらも立ち仕事の体力仕事だから、しんどいのは当然であるが。
さっそくハローワークに行ってみるが、求人欄は、一か月契約の契約社員ばかりである。飲食店の場合、アルバイトで一か月契約、店長やチーフでさえ一年契約である。特に店長の場合、売上と客の苦情で最短二か月もあれば、転勤ということもあり得る。まったく不安定である。
そうだ、高校時代、少しだけしていた新聞配達を再開してみよう。
私は、さっそく地元の新聞配達所に電話してみた。
新聞の部数は、十年前から減少しつつあるが、まあ無くなることはない安定した仕事である。
ただし高血圧は受け付けないが、経験もあるので採用の方向が決まった。
あとは、健康診断を受けるだけである。
夕刊配達だけだが、明日から来て下さいと言われたときは、正直ほっとした。
しかし、周りはみな私より年輩の五十歳以上の人ばかりで、女子は一割にも満たない。よほどの体力仕事なのだろう。
給料は、高くはないが短時間だから文句も言えない。
昔は、飲酒運転がばれて、辞めさせられた人もいるという。
しかし、今のところリストラも倒産の危険性もない。
肉体的にはしんどいが、安定した職業でもある。
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