一章 棟梁襲名 八、対高雲斎戦Ⅲ

◉登場人物、時刻

????    主人公。次期棟梁。

於曽右兵衛尉  棟梁方、討ち手の大将。


卯初の刻    午前五時から午前六時

辰正の刻    午前八時から午前九時


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一章 棟梁襲名 八、対高雲斎戦Ⅲ

丁卯ていう四年如月十四日 卯初うしょの刻 ????


 三献さんこん※を済ませ、古刹こさつから出立する。

 早暁そうぎょう

 肩衣かたぎぬを付けず小袖こそではかまのみを付けている。


 平服のままであるのは配慮だ。

 亀沢の集落は宗家に友好的な國人衆の領だ。戦見物をしたい、と言ったら笑って滞在を許してくれた。

 だからと言って守護不入の地に守護家の者が武装して立ち入ったら、面子に泥を塗る事になる。その場で討たれても文句は言えぬ。


 屋形を離れ亀沢に滞在したのは、参陣の許可が出なかったからだ。敵方だけでは無く味方勢にも気取られてはならぬ。

 今、守護家で一番年嵩としかさ※なのはオレだ。父上に何かあった時、オレが居るのと居ないのでは、天と地の差が出る。

 理としては理解る。しかし今立たねば追い込まれ先細り、まれるだけだ。

 もしオレが死ねば、それはその時の事。弟達か、も無くば叔父御が名跡みょうせきを継げは良い。それまでの事だ。


 騎侍二騎、総勢十人。

 その他に物見、使番として三人。その他に兵では無いが、雑用を兼ねた口取りが一人。

 勢が少ないので昨日の内に装備は確認してある。侍以外の十一人は我が母の化粧領の若衆を連れてきた。人数は少ないが競馬くらべうま※を行なっている集落なので、全員馬に乗れる。馬にも馬糧まぐさをたっぷり食わせてある。


 昨夜はゆるしを取り、狩りの獲物の鳥をさかな濁酒とぶろくった※。仏の御前で肉食に酒など、と目をかれたが。

 車座になり、上も下もない良き夜であった。

 ……例え今日死すとも良き夜であった、と笑って死ねる。




 敵方の近郷きんごうの者よりしらせが入る。暇を見つけては合戦の真似事をしている、その時の仲間だ。

 やはり敵方は野戦を選ぶ様だ。朝方の炊飯の煙が、常より尋常では無い程、多いらしい。


 小勢に本拠を囲まれては面子、風聞に関わる。

 敵が何処までやるつもりかは知らないが、仮に棟梁家に取って変わるつもりだった場合、致命的な「傷」になる。

 だから戸田方も負けられないし、受け身の戦も出来ない。ここを先導せんどと、必死に喰らい付いて来るはずだ。



 ……合戦場は何処になるだろうか?

 随分春めいて来てはいるが、河の水量は多く無い。雪解け水で増水するには、未だ数日の時間がかかるだろう。河原を挟んで戦をしても足首位までしか水位が無く、大した障害にならない。

 むしろ、大勢である敵方にとって予期せぬ事が起こりかねない。それは避けるであろう。


 他の國人衆の影響もなるべく排し、出来得る限り大勢の利を活かす為には……

 合戦場は敵方の集落の程近く、田畑、屋敷地に影響が少ない荒れ地。


 ……恐らく合戦場は臼井うすいの河原を渡った場所、麻原の北方きたかたの辺りになるだろう。

 ……とすれば確か、あの辺りに……


 ……目的地に向け発向する。

 童を先頭に馬に乗った小袖の十人。

 服装は商人風の一行であっても、出自は隠せぬ。道行く人々がハッとする程の覇気を放ち、星を払う。

 小勢なりと言えども棟梁の出陣、その風格があった。



丁卯ていう四年如月十四日 辰正たつせいの刻 於曽おそ右兵衛尉ひょうえのじょう


 やられた………………。


 物見から報せが入る。

 河向こうに敵方が陣を敷いている様だ。

 おおよそ三十余騎、総勢百二十余人。

 騎侍の周りを累代被官の下人どもが鑓、弓などを持ちて、一つの集団を形成している。

 十人以上の大人数の集団の間を二人、三人や五、六人の小集団が埋める。


 ひねりの無いいびつな横陣。捻りはないが、そもそも向こうが人数的に多い。我ら程では無いにせよ、武装も整えている。騎侍と弓は少し少なく、鑓雑兵が多い様に見える。

 雑兵が多い故に乱戦に持ち込んだり、こちらに流れが来れば優位に進められるだろうが、そこまで持ち込めるか、どうか……。


 こちらは十九騎、総勢七十五人。

こちらも横陣を敷く。河を渡れば、自然「背水」となる。

 河の水量は大した量では無い。進むのに支障は無いが、引くとなればそのわずかな差が命取りになる事もあり得る。

 ……敵方はこちらを逃す気は無いらしい。


 河の高まり※の向こうは、なだらかな平坦地になっていたはずだ。春から夏にかけては低湿地帯になるが、冬の名残が残るこの季節は土地がしっかりしていて騎馬の襲歩しゅうほ※にも耐え得る、と聞いている。


 北側の原野の切れ目に小さなやぶがあり、その北側から少し土地が微かに高くなっていて、その先は次の集落の田畑が広がっていたはずだ。そちら側に引くのは難しいだろう。

 南には別の國人衆の集落がある。南の國人衆は彦八郎様と親しく、自然、宗家とは仲の悪い家が多い。引くとしたら東へ戻るより仕方ないが、河があり引けぬ……


 何より致命的であるのは、引く場所が無い故、『無理押しはせず、敵を引き摺り出し、相手方に出血を強い、兵を温存し時を稼ぐ』と言う戦略が事実上、実現不可能になった事だ。


 敵方は此方の策を見抜き、一番嫌な場所に陣を敷いて来た。

 このままでは正面から当たるしか無いが……



 一瞬、河を挟んで睨み合う事を考える。


 ……駄目だ。間遠まどおい。※

 館攻めなら兎も角、敵を討つため発向したのに、野戦で消極策を取る事は「見逃げ」にしかならない。儂の武名が落ちるだけならば兎も角、國人衆への聞こえが悪すぎる。離反が相次ぐやも知れぬ。

 それだけは避けねばならぬ。



 決断する。押すしかない。もし、事成らずば、その時は……


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◉用語解説

【三献の儀】

 出陣の儀式。打ちアワビ、勝ち栗、昆布を肴に御酒を三度傾けて飲み干す。『討ち、勝ち、よろこぶ』の縁起物。本来は武装して行う。


年嵩としかさ

 年上。


【競馬】

 草競馬。神社・仏閣に奉納する神事としての競馬。現代でも各地に見られます。

 余談ですが、柵があるだけですぐ目の前を駆けるので音と迫力が凄いです。


【濁酒で飲った】

 未成年者飲酒が禁止されたのは、大正十一年(1922年)の事で、それ以前は飲酒に年齢規制はありませんでした。

 とは言え、未成年者の飲酒・喫煙が身体と心の成長に悪影響を及ぼすのは間違いないので、今は絶対に法律を守りましょう。


【河の高まり】

 自然堤防。川が運んでくる土砂で自然に高まりが出来る事。


【襲歩】

 全速で馬を走らせる事。ギャロップ。

 

【間遠い】

 距離が離れすぎている、の意味。


 今回もお読みいただき有難う御座いました。

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