居合の拳ってカッコよくね?
@GOTOMen
一撃目
「フッ! …スー… 八ァ!…スー…」
軽い風切り音と
呼吸をする音だけが部屋に響き渡る。
布団から這い出し、目覚め
この一連の動作を終える事から
その青年の一日は始まる。
「ングっ…ングっ…ふぅー……よしっ!
プロテインも飲んだし、
これで今日の分の鍛錬は終了だ…!」
特にこれといって特徴のない彼の
ちょっと変わった日課が終わり
2回目のアラームが部屋に鳴り響く。
「げっ…もうこんな時間かよ…
ちょっと夜更かし過ぎたかな…
朝飯まで済ます余裕ねぇや!」
青年は駆け足で自室を出て、
仏間に駆け込み、手を合わせ
3人が写った写真に声を掛けた。
「母ちゃん…父ちゃん…今日も何とか
頑張れてるよ…、あの日からだいぶ経つけど
オレなりに楽しく過ごしてるつもり…
身体…鍛え始めたんだけどさ…
少しは…父ちゃんみたいになれてるかな?」
未だ深く残る心の傷は
写真を見るたびに思い出される
時間は進むしかない
故にこれは、ただの我儘なのだろう
そう思いつつも口に出してしまうのである
「また…3人で…話してぇよ…なんで
先に逝っちまったんだよ…
母ちゃん…父ちゃん…」
今日は2人の命日
今すぐにでも泣き出したい心を抑え
戻らない過去を思いながら
重い腰を上げ、今を進むため
背を引かれるような錯覚を覚えつつも
仏間を後にした。
「クソっ…
よりによって曇りかよ、ただでさえ
最悪な気分なのに、うんざりするなぁ…」
そう1人呟き玄関を後にする拳慈
この生活が始まってからだいぶ経ち
独り言も多くなる一方で
すっかり癖になった独り言を披露しつつ
駆け足で、勉強に使う資料を探すために
図書館に向かう、近道を通りつつ
目的地も目前、ちょうど
交差点に差し掛かった瞬間の事だった
気分が滅入っていたのもあるが
激しい運動によって
視野が狭くなっていたのかもしれない。
本当に偶然であったのだ
そのブレーキ音に気付けなかったのは…
鋭い衝撃と共に、視界が暗転した
ああ…こんな終わり方ありかよ…
そう思考した瞬間
拳慈は違和感を覚えた。
「あれ…なんで意識があるんだ…?」
「その質問にはワタシが答えよう」
声のする方へ視線をうつすと
そこには男とも女とも取れる
薄らと光った、凹凸のない
のっぺりとした裸の変態が居た
「なんとも無礼な人の子だ…まぁいいです
お前は本来死ぬべきではなかったのですが
こちらの都合で貴様には第2の人生を歩んでもらいます」
心を読まれている事と
なんとも違和感のある喋り方に
ツッコミそうになるが、人ならざる者だ
そういうこともあるだろうと
【何故】か納得し
未だに混乱する頭で拳慈は問いかけた
「オレは…いや、何故自分なのでしょうか?
その…これといって特技もないし…」
「説明が面倒だな…
とりあえず、詳しい話は後で
今は時間が惜しい」
そう言うと神(?)が
オレに手をかざすと視界が白みはじめ
身体が光に包まれる
「待ってください!
突然現れたのもそうですが!
まだ聞きたいことが…」
「すまんな、もう時間です
では、また会えることを楽しみにしている」
そう言って初めて神の表情が動いた
それはなんだか心の底から包まれたような
安心感を覚える微笑みであった。
そして一瞬の空白の後、
夢から醒めて
現実に引き戻されるような感覚とともに
意識は覚醒する
「…ぐっ…なんだ…ここ、何処なんだよ…
なんでこんな所に…俺は確か…車に轢かれて…それで…それで…?」
まだボヤけた意識のまま
辺りを見渡すと、どうやらここは
何処かの丘の上らしい、
現実とは思えないほど
美しく豊かな森に囲まれ、
少し下に目線をうつすと
見下ろすような形で
教科書で見たような
江戸の街のようなものと城を一望し
【何故か】肉眼で人を捉えることも出来た
「どうやら、目が覚めたようですね
人の子よ、手荒な真似をしてすまない
狭間での滞在時間は上位存在とはいえ
長くは持たぬのです」
頭に響くように、先程の
神のような存在の声がした
拳慈が声を出そうとすると
それを遮るように声が響く
「貴方の質問の答え
゛何故゛に付いてですが
ワタシが貴様を気に入っていて
かつ、死なせるには惜しいと思ったから
それと、個人的に興味のある
お前の【居合】とやらの完成が
見たかったからである」
拳慈は居合と聞いた瞬間
耳と顔が真っ赤になり
顔を隠して叫んだ
「なんでそれを知ってるんですかぁあああ!」
拳慈の日課にしている
居合の練習
それはマンガやアニメの真似事であり
鍛えている理由も
まさにその再現のためであったが
今まで誰にも知られたことがなく
また言うつもりも無かったソレを
何故か知られていて
黒歴史を読み上げられたかのような
そんな気分にさせられた拳慈
だが神には何処吹く風
続けて
「ワタシが人の子を観察している時
目に入ってきたのが貴様だった
貴方は腰だめに構えた右の拳を
左手で覆い、一瞬の後
素早く突き出すことを繰り返していた
それが武士と呼ばれる者が稀に行っていた、居合の型というモノに酷似していたのだ
だが貴様がやっているそれは
刀と呼ばれる物、鞘と呼ばれる物とではなく
あくまで拳、何故ソレを
貴方が居合と呼ぶのか
興味が湧いたのだ」
「あ…あぁ…うぅ…」
拳慈は両親の死後
大量の遺産が手元に残り
2人の隙間を埋めるかのごとく
マンガやアニメにのめり込んだのだ
その中で特に気にいっていたのが
拳をポケットに入れて
居合斬り()を行うという、
ぶっ飛んだ主人公のアニメであった
その真似をして、空想に浸っている間は
辛いことを忘れられたのだ
そうしているうちに日課になり
日常になったが、高校三年になり
異常なのだと気付き
ひっそりと行っていたそれが
筒抜けだったと
「死にたい」
「それは困るな、貴様には
居合を完成させて貰わなければならぬ」
拳慈の悲愴などお構い無しに
神は伝えてくる
そしてこんな事まで言い出す
「貴様に足りないものは、
この世界に揃っている
この世界の人の子が
【錬気】と呼んでいるものだ
ソレを感じ取る力と取り込む力
そのふたつを貴様に与えた」
「いきなり変な所に飛ばされて
こっちの都合も聞かずに黒歴史持ち出して!
しかも身体まで弄るとか…
この人でなし!鬼!悪魔!」
「人でなしではあるが、
鬼でも悪魔でもありません
それに、命があるだけ良いのでは?
それとも、今から戻って
粉微塵になりますか?」
「喜んで頑張らせていただきます!」
拳慈は物分りが良いのである
(小心者とも言う)
そして神は伝えたいことは伝えた
又どこかで繋がることもあろう
とだけ話、
ではさらばだ
と言ったきり
何も聞こえなくなった
「…え?マジで言ってるの?」
マジである
「…とりあえず、目の前に見えてるあそこ…
行きますか、まあ…なんとかなるっしょ!」
拳慈はポジティブでもあった
(脳筋とも言う)
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