欠けたラストピース

@Rainpul

第1話 はじまり

 上矢山のふもとにある塩ケ崎村。人口200人程度のこの村では、平日の昼間には誰かが道端で世間話をし、また誰かは自分の畑の世話をする。いつもと変わらない村の日常、村に異変があれば誰かが気付く。しかし、その日は激しい雨が降る夜だった。赤い傘を差す少女は、泣きながら畦道を歩く。用水路の水位はあがり、足元もおぼつかない。少女は歩き続ける。誰もいない田園を動く赤い傘は、異質なものであった。けれど、激しい雨は、少女の声を消し、暗い曇天は少女を闇へと誘った。この光景が気付かれていないのは、誰も見つけないのは、雨のせいなのだろう。なぜ泣くのか、何処へ向かうのか、問うものはいない。

 身体は雨に打たれて濡れている。泣き続けた顔は赤くはれていた。彷徨い続けた足は汚れ、心はすでに擦り切れていた。英雄が来てくれると信じてた。昔見たテレビのように、泣けば、自分を助けてくれる見ず知らずの平和を愛する英雄が来てくれるのだと。何度そんな幻想を抱いたのだろう、何度願っても、願い続けても、結末が変わることなどなかったのに。

 雨が少し収まり、少女も時間と共に、落ち着きを取り戻す。後悔がある、不安がある。今までのことにも、これからのことも。自分がもっと強い人間だと勘違いしていた。頼りにされることが当たり前だと思っていた。だからこそ目を背けてしまっていた。助けを求められるまで、見て見ぬふりをして。それの罰なのだろう。異変に気付いた時には取り返しのつかない関係になっていた。悩み迷う少女の足跡は、一つ二つと増えては、雨にさらされ消えていく。

 迷いはない、覚悟も決めた。わずかな跡を辿り、歩く先には赤くうごめく異形のもの。苦しかった、辛かった。見ているようで、まるで見てない目が。聞いているようで、全く聞いてない耳が。気付いているのに、気付かない態度をとる心が何より恐ろしかった。怪しく笑い続ける異形のものは誰よりも公平で、村の光であり続けた。だから、これは小さな反乱なのだ。そっと手を伸ばし、何かに当たる。前に押し出され、川へと落ちる。叫ぶ声は聞こえない。もがき苦しむ姿は見えない。これは雨のせいなのだろう。雨音が鳴り響き、雫が顔に降り注ぐ。

 景色が暗くなっていく。視界がだんだん消えていく。赤い傘を差す少女の表情はわからない。しかし、赤い傘の下で確かに笑っていた。

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