第3話

 翌日学校で。


 昼休み終了後、五限までの時間に割り当てられた短い時間。

 今はその中途半端な時――掃除時間である。

 狭い少人数教室を掃きながら、俺の隣の女がため息を吐いた。


「ねぇ聞いてよ」

「やだね」


 フレーム管理バッチリ。

 ジャスガからの確定反撃だ。

 これにはプロゲーマーも脱帽することだろう。


「なんでよ! 人がせっかく悩み相談してあげようと思ったのに!」

「してあげようっていう上から目線がダメだな。お願いならもっと下手に回るのが正しい立ち回りだ。トレモからやり直してこい」

「ッ! 今日の宮田マジキモい」


 何とでも言えば良い。

 俺は昨日面倒な魔女に絡まれてお疲れなんだ。

 二日も続けてお悩み相談なんて聞いてられるか。

 金とるぞ。


 しかし、めげない様子で女は俺に歩み寄ってくる。


 夜月よづき芽杏めあ

 同級生であり、俺の数少ない女友達である。

 クラスからの人望も厚く、人気者な彼女は人好きのする笑みを浮かべた。


「ねぇ聞いてよぉ。宮田くらいだよ、こんなこと話せるの」

「何でだよ」

「お姉ちゃんの話だから」

「あぁ……」


 こいつはよく姉についての問題を俺に振ってくる。

 なんでもこいつの姉と俺は性格が似ているらしく、参考になるとの事だ。

 その姉とはかなりデリケートな生き物らしく、同級生でその存在を知っているのは俺だけなようである。

 だがしかし、こいつの姉はこの学校に通っているらしいが全くどこの誰だか知らない。


 おかしな話だ。

 俺にそっくりならすぐに見つかるはずなのに。

 彼女曰く、姉を一言で表すなら『天邪鬼』らしい。

 俺が天邪鬼と思われているのは解釈が間違っているが、まぁそこは良い。

 こいつの姉とは一体どこの誰なのか、興味がある。


「で、今日はなんだよ」

「お姉ちゃんが家出しちゃったの!」

「家出か……そりゃ大変だな」

「なんか軽い~。連絡したら『今日は帰らない』って返信来たから大丈夫だとは思うけど、お姉ちゃん友達いないしどこに泊まったのか心配じゃん」


 なんという言い様だろうか。

 実の妹にここまで言われる姉とやらが不憫で仕方ない。


「ってかお前の姉ちゃんって二年だろ? 今は修学旅行中じゃないのか?」


 言いながら、若干嫌な汗が背中を伝った。

 なんだろう。

 いやいや、まさか。


「サボってるよ。友達いないから行くの嫌だったんじゃない?」

「……」


 俺はつい昨日、似たような話を聞いている。

 ドブから拾い上げてきた女の口から、ほぼ似た話を。


 俺は目の前の女の顔をよく見た。


「え? 急に何? あたしの顔なんかついてる?」


 とても整っている顔だ。

 肌はきめ細かく、まつ毛が長い。

 だけどどこかあどけなさを感じるのは、眉毛が若干太くて目の印象も柔らかいからか。

 髪型も短く、肩にぎりぎりかからない長さのショートボブだ。

 うーん。

 視線を下にずらすと、冬の厚い制服の上からでもわかる大きなふくらみ。

 似ても似つかない。


「ちょっと、マジで何?」

「いやいや別に。持っているサンプルと照合しただけさ」


 何かを立証するとき、根拠は複数用意するべきだ。

 目元、眉、髪型、胸。

 四点において相違点を発見した。

 これはもう別人だと思ってもいいだろう。

 しかし、一応可能性は潰しておきたい。


「お前の姉ちゃんって、この学校じゃちょっとした有名人とかないよな?」

「え? あぁ……」


 俺の言葉に彼女は苦笑する。

 まるでそんなわけないじゃんと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「よしわかった。その反応だけでも俺の思ってる人と違うってのが——」

「そうだよ」

「なんでぇぇぇぇぇぇえ?」


 嘘でしょ?

 いや、嘘じゃん。

 違うって言う流れだったじゃん!


「あはは。だからあんまみんなに言いふらしたくなかったんだよね~」

「ってことはやっぱり?」

「うん『孤高魔女』。それがあたしのお姉ちゃん」

「ひょえぇぇえ」


 奇声をあげて崩れ落ちる俺。

 やべ、変なところで繋がっちまったよ。

 面倒ごとになる予感しかしない。


「ちょっといきなりどしたの? お姉ちゃんとなんかあった?」

「断じて何もないと誓う」


 そう、俺は何もしていない。

 同じ屋根の下で一夜を共にしているが、本当に何もなかった。


 昨日の晩はあの人と共に近所のコンビニに行き、そこのイートインで食事をしてそのまま寝ただけだ。

 ちなみに、自宅ではなくわざわざイートインで済ませたのは、家に他人の弁当ガラなんかが散乱する事態が耐えかねないからだ。

 加えて言うなら、俺が他人に食器を使われるのは嫌な上、彼女の性格的にも無理そうだったのもある。


 彼女は疲れていたようで、地べたですぐに寝てしまった。

 背中の痛みなど気にする素振りもなく、フローリングに直接雑魚寝だ。

 可哀そうだったため掛け布団を掛けようとしたが、一瞬で目を覚まし、気持ち悪いからやめてと言われた。


 結構潔癖症らしく、他人のベッドや布団は無理らしい。

 なんでも蕁麻疹が出るのだとか。

 まぁその辺において、俺はとやかく言うつもりはない。

 だって俺も同じこと思っちゃうタイプだもの。


 と、回想している俺に芽杏はジト目を向ける。


「なんか知ってる?」

「はぁ?」

「いや、反応怪しいし」

「俺の反応が怪しいのなんて会った時からだろ」

「確かに」


 大きなショックを受けた際、突発的に奇声を漏らす癖が俺にはある。

 自分でも治したいが、こればかりは先天性のものだからな。


 と、冗談はさて置き。

 真面目な話でこの手の話題を長く続けたくないな。

 あの女を家に泊めたなんて思われるのは嫌だし、今後関わりたくもないため忘れてもらおう。


「はぁ、今後姉ちゃんとやらの問題は俺じゃなくて小倉にしろよ」

「……いじわる言わないで」

「どこがだよ」


 小倉こと、小倉おぐら俊哉しゅんやというのはサッカー部に所属する俺の友達である。

 でもって、この夜月芽杏の彼氏でもある。

 つい一昨日、小倉の大々的な告白パフォーマンスで結ばれた新婚さんだ。

 地獄へいらっしゃいってな。


 小倉はイケメンで運動ができ、さらに成績もいい。

 こう聞くとどこかの魔女を連想するが、彼女と小倉を分ける明確な差はコミュ力にある。

 片や忌み者、片や人気者で信頼が厚い。

 やっぱり性格・人当たりの良さってのは大事だね、うん。


「今更言えないし。あたしのお姉ちゃんが『孤高魔女』だなんて」

「その割には俺には言うんだな」

「だって気づいてそうだったし。それに宮田は影響力ないキャラだから別にどうでもいい」

「はぁ? お前髪の毛引っこ抜くぞ」


 急な暴言に顔を顰めるが、彼女はごめんごめんと軽い調子で謝ってきた。


「はぁ……お前も大変なんだな」

「思ってなさそう。ほんとそういう性格お姉ちゃんそっくり」

「やめろ。あんな拗らせ女と一緒にするな」

「拗らせって……あんたにお姉ちゃんの何が分かるの」

「何もわかんねえよ」


 誰があの生き物の思考回路が読めるんだよ。

 と、そこで考えが及ぶ。


「お前、彼氏ができたって姉ちゃんに言ったのか?」

「ん? もちろん。隠し事したくないし、おめでたいことは祝ってもらわなきゃ!」

「Oh……」


 そりゃ災難だな、あの人も。

 修学旅行というイベントで自分の居場所のなさを痛感させられる。

 そして高校のイベントと引き離せないのが色恋沙汰。

 次々にできる新興カップル共にイライラしつつも、我慢して帰宅。

 しかしそれを刺激するこいつの彼ぴっぴ情報。

 外からも内からもトラウマを刺激され……うわぁ。


「祝ってくれたか?」

「うん。満面の笑みで」


 あの人、変なところで気を遣うんだな。

 根は優しいらしい。

 その優しさや脆さをもっと曝け出して行けばいいのに。


「そう言えばお前の姉ちゃんって、名前なんて言うんだ?」


 実はこの俺、孤高魔女という存在は知っておきながら、肝心の名前を知らなかった。

 昨日は家に泊めたのにもかかわらず、他の事に気を取られて忘れていたのだ。

 芽杏は変な興味だねと漏らしながら、口を開く。


夜月よづき杏音あのん

「ふぅん」

「何その反応」


 なんて会話をしながら、掃除時間を終えた。

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