第4話
時は今朝にさかのぼる。
一夜を先輩と明かした後の話だ。
眠い目を擦りながら学校の支度をしていた俺。
そんな横で孤高魔女は体を起こす。
「背中痛い……」
「当たり前ですね。おはようございます」
「おはよ」
彼女は背中から腰の辺りをさすりながら、そしてあくびをした。
「寝起きの匂いってほんと嫌い」
「俺もです。特に他人の」
「そう。だけど、まぁ居候だし文句は言わない」
「文句言いたいのはこっちですからね」
寝起き特有のあの匂い。
特に口臭は最悪だ。
彼女は不快そうな顔をしながら、そしてとあることに気づいたように絶望を顔に漏らした。
「わつぃパンツ履いてない」
「そうっすね。流石に女性モノの下着は持ってないですから」
「最悪」
寝起き過ぎて一人称がわつぃになっているのは指摘しない。
しかしその後、彼女の様子が変わった。
この世の全てがどうでもよくなったような顔をする。
「トイレ行きたい……」
「あぁぁあ。そりゃコンビニにでも行くしかないっすね。うちのトイレなんか使いたくないでしょ? 俺も女子にどうぞと言えるほど綺麗には使ってないので」
「……近くにコンビニは?」
「マンションから少ししたところにありますよ」
「そう……」
とかなんとか話しているうちに俺の支度は終わった。
後は家を出て鍵を閉めるだけなのだが。
「ほら、行きますよ」
「追い出すの?」
「一日泊めてと言われただけなので」
「……確かに」
何日も他人なんて泊めてられるか。
それも面倒な性格の拗らせ女子高生なんて言語道断。
「服、どうしよ」
彼女は現在着ている服を指す。
俺が渡していた奴だ。
あまり安いものではない。
「洗って返してくれればいいですよ」
「私パンツ履いてないのに?」
「まさか、おもらししたんですか!?」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあ別に問題ないですよ」
これがむさ苦しい男相手ならば弁償しろと言うだろう。
生〇んが擦れたブツだと思うと気持ち悪いからな。
逆に超絶美少女とかならそのまま渡してしまうと思う。
洗って返却されても、装着すると俺の理性が持つ気がしないからだ。
しかし。
「ドブに入ってたってだけで元はそんなに汚くなさそうですし」
「悠がどれだけ私を女として見てないかはよく分かった」
女として意識するような相手を泊めるわけがない。
否、泊めたとて何も起こらないわけがないのだ。
そうこう会話をして、俺達は玄関に来る。
玄関には俺の靴、その横にビニール袋に詰められた先輩の制服と靴が入っていた。
「最悪」
「こんな汚いモノを纏っていた人を家にあげてあげていた俺の優しさが分かりますか?」
「ごめんね、ほんと」
「おひょ?」
初めての謝罪に変な声が出る。
意表をつかれた。
だから、ちょっと優しさを出してしまう。
「このスリッパ使っていいですよ。あ、新しいので返してくださいね?」
「勿論」
こうして、俺と孤高魔女は別れた。
‐‐‐
はずだった。
「なんでいるんですか」
「……」
自宅に帰ると、マンションの部屋の前に女子高生が体育座りで座っていた。
格好は昨日と同じ。
俺が渡した服を身に纏って、スリッパをはいている。
違う点と言えば、上着は羽織っておらず手に持っているところか。
「パンツはまだ履いてないんですか?」
「履いてる」
「買ったの?」
「そこのコンビニで、下着は」
「上も買ったんですか?」
尋ねると、上目遣いで睨みつけられた。
「なに? このサイズじゃいらないって言いたいの?」
「いえいえそんなことは」
「嘘つくならちゃんとして」
ピリピリとした雰囲気は健在。
一日経っても変わらなかったらしい。
と、ふと気づいた。
「あれ? 靴と制服が入った袋は?」
「捨てた」
「不法投棄?」
「……実家の玄関の前」
「……」
どういう状況なんだよそれは。
「つまり、一応帰宅したんですね?」
「してない。鍵失くしちゃったから」
「あぁ、ドブの中ですか。変態な魚さんが先輩の家に空き巣に入るかも」
「そうなったとしても、被害は私じゃなくて妹よ、きっと」
妹というワードで先程の掃除時間の事を思い出す。
そう、俺はこの女の家庭事情を一部知っているのだ。
だから。
「あぁ、芽杏ですか」
「なッ!?」
俺の言葉に孤高魔女こと夜月杏音は目を見開いた。
「やっぱり知り合いだったの!?」
「昨日変な質問してきたのはこの事ですか?」
「質問に質問を返さないで。っていうか、なんで知ってて昨日は芽杏の話をしなかったの?」
「そりゃ、知ったのは今日ですから」
「はぁ?」
意味が分からないというストレスを思いっきり睨みつけて表してくる。
さっきから睨まれてばっかりだ。
「孤高魔女の存在は知ってました。そして芽杏と俺は友達なので芽杏に姉がいることも知っていました。ただ、彼女は自分の姉が孤高魔女であるとは言っていなかったので、孤高魔女な先輩が芽杏の姉であることは今日まで知らなかったってわけです」
「なるほどね……」
彼女は合点がいったように一息つく。
そして自嘲気な笑みを浮かべた。
「おかしいと思った時は何回もあった。だって芽杏は友達多いし、そこそこ学内で知名度があるのに、私と関連付けてる生徒はいないなんておかしいもの」
「いろいろあるんすね~」
「ちょっと、どこ行くの?」
話を終わらせ、家に入ろうとする俺のズボンを彼女の小さな手が掴んだ。
「どこって家ですよ」
「話の途中じゃん」
「寒いですしお寿司」
「お寿司食べるの?」
「んなわけ。洒落ですよ」
「全然おもしろくない」
「そりゃもちろん。自宅を張ってるストーカーを楽しませようと頭を使うのは面倒なので、俺も適当なこと言いますよ」
「……」
「なにか?」
見下ろすと、彼女は居心地悪そうに目を逸らす。
やはり後ろめたさはあるらしい。
自身の図々しさには気づいているか。
「俺は昨日一日なら泊まっていいって言ったんです」
「……そうね」
「はぁ、お願いするならそれ相応の態度を見せてくださいね? あなたの妹にも言いましたけど、自分の立場を弁えた言動をよろしくお願いします」
別にこの女が嫌いなわけではない。
色々と心に整理がつかなく、イライラしているのもわかる。
そして昨日話した事により、メンタルが擦り減っていて野放しにするのは危険な事もわかっている。
しかし。
ここは俺の家だ。
面倒ごとには極力絡まれたくない。
仮に今日も匿うとして、やはりきちんとお願いしてもらわないとなんだかなぁって感じだ。
「今日も一日泊めてください」
「はいどうぞ」
お願いされれば仕方ない。
自分の甘さに少し呆れながら、俺は彼女を再び家にあげた。
共に生活をする二日目の夜。
彼女は部屋の隅でスマホをいじり、俺は机で今日の課題をこなす。
互いに不干渉だ。
別に付き合っているわけでも友達でもないため当然なのだが、やはり共同生活をしているのに会話がないというのは違和感があるな。
熟年夫婦ってこんな感じなのかな。
俺はいつまでも会話の絶えない家庭を築きたいな。
「あの先輩」
「……なんか悠に先輩って言われるの嫌。キモい」
「追い出すぞ魔女」
「そっちの方がいい」
「……」
やはりドМなのではないかと思うが口には出さない。
「じゃあ何て呼べばいいんすか? 夜月さん?」
「……クラスにいるみたいでやだ。苗字はやめて」
「杏音さん」
「さん付けキモい。杏音でいい」
「……おい杏音。確か成績良いんだろ? この課題教えて」
「敬語は使え」
呼び捨てはよくて敬語は使えと。
しかしなんだかんだ、ため息を吐きながら俺の方にやって来る。
「一応教えてはくれるんですね」
「うっざ」
「冗談です帰らないで」
再び部屋の隅に行こうとする彼女を呼び止めた。
「で、なに?」
「数学のこの問題がわかんないんですよ」
「あっそ」
「解法教えてください」
「それ参考書のやつでしょ? 答え見れば?」
「それはあかんでしょ!」
わからない問題に直面した時、最近の若い奴はすぐに模範解答を求める。
おっけーよろしく、検索エンジンから解答冊子、そしてTwitterなどのSNSまで。
あの手この手で思考を放棄し、楽に答えを得ようと東奔西走。
もう少しは自分で考えて生きようぜ。
原始の時代は本すらなかったというのに!
と一連を語ると溜息を吐かれた。
「変な見栄張ってる時間が無駄ね」
「でも自力で……」
「私に聞いてる時点で自力じゃないでしょ」
「人脈はその人の力の一部でして」
「じゃあSNSもありじゃん。フォロワーは人脈」
この女やりおる。
というか、俺の理論がガバガバなだけだが。
「自分で調べて分かることは聞かないで」
「ggrksってやつですね」
「そう」
確かに、見知らぬ人に調べたらわかるような事を聞きまわる奴は見ててイラつくよな。
自分が聞かれたら確実に無視するか、今の杏音みたいな事を口にするだろう。
まぁ価値観だな。
なんとなく解答冊子を見るのは罪悪感があっただけだ。
「このしょうもない拘りが成績に現れるのか」
「知らない。身近に答えをすぐに確認するのに成績悪い子知ってるし」
芽杏は成績が悪い。
学年ワースト5に名を連ねる強豪だ。
俺の成績は中の下と言ったところなため、彼女のような本物とは渡り合えない。
課題をこなし、昨日に引き続きコンビニのイートインで食事を済ませた後、時計を見ると時刻は22時だった。
もう夜も良い頃合いである。
「シャワー入ってどうぞ」
「……昨日はあんな状態だったから何も思わなかったけど、改めて考えると男の子の家でシャワー借りるのってアレじゃない?」
「まぁそうですね」
今更ながら若干赤面する杏音。
そんな顔をするのはズルい。
ちょっと思い出してしまうじゃないか、あんたが女子高生だってことを。
やはり昨日は自暴自棄だったのだろう。
メンタルコンディション最悪なところにドブ汚水塗れはトラウマモノだしな。
当然と言えば当然だ。
「今更遅いっすよ。それに昨日は下着すら着けてなかったでしょ」
「……絶妙に思い出したくないとこ掘り返すね。絶対この服弁償するから」
「お好きに」
正直俺もそうして欲しい。
今の彼女の表情のせいで変に意識してしまった。
くそ。どうやら俺も昨日から先ほどにかけてはメンタル異常を起こしていたらしい。
迷惑な感染症だ。
「替えの下着も買ってるし、諦めて入る。絶対覗かないでよ」
「覗きませんよ貧相な乳は」
「お前絶対殺すからな。その粗品へし折ってやる」
「御冗談を」
互いにおかしなテンションで会話し、別れる。
衣擦れ音やシャワーの音を聞きたくなかったため、俺はイヤホンを付けた。
まったく、面倒なメンヘラJKである。
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