第7話
「上杉さん、大丈夫ですか?」
ふと目の前を見ると心配そうな顔をした部下の武田が覗き込んでいた。
「え、ああ」
「ものすごく深刻そうな顔されてましたけど」
会社の昼休み、啓治としてはただ少し病気のことを考えながら弁当を食べていただけだったが浮かない顔をしていたらしい。
「まあちょっとな」
「なんか病気とかですか、最近あまり顔色優れないなと思ってたんです」
「そうだったのか」他人から見てわかるほどの状況とは自分で思っていなかった。
「まあそんな大した事じゃないんだが、健康診断でちょっとな」
「そうなんですか、気をつけてくださいね。うちの親もなんか人間ドックで癌が見つかって大変ですよ。子供の治験だけでも大変なのに」
「治験!? 子供が治験に参加してるのか?」
そのワードが出て敏感に反応してしまう。
「そうですよ。ADHDってやつの治療で、僕はそんなもの個性だからやめとけって言ったんですけど、妻とお義母さんが心配しするもんだから結局参加することにしたんです」
「そうなのか、なるほどな。大変だろうが頑張れよ」まだ小さいうちからこんな思いをしなければいけないとは大変だと啓治は思った。
「でもなんか治験って言っても実際はプラセボって言って効果がない薬を用いて治療されないこともあるらしいですよ」
「え?何だって?」プラセボ? 効果がない?
「なんか、新しい治療の効果を調べるためだから、治験の参加者を半分に分けて1つのグループは治療をしてもう一つはされないみたいです。自分がどっちのグループかは教えてもらえないって言ってました」
驚きのあまり声が出なかった。
ということは啓治自身治療されていない可能性があるのか。というよりこの症状の出現は治療がされていないことを示唆しているのではないか。
仕事用のパソコンですぐにプラセボというワードを検索した。
すぐに「治験」「偽薬」という言葉がヒットする。詳しく見ると武田の言う通り、結果の比較をするために本当の薬ではなく、プラセボという薬効の無い薬を飲まされることもあるということだった。
なんでも、思い込みの力は病気にも強く関係しており、医者に薬を出されたという事実だけでそう言った偽の薬を飲んでも病気が治ってしまう人が一定数いるので、それを取り除き本当の薬の効果を見るための手段であるらしい。
そして治験体験者の声ではプラセボはラムネのような外見をしていて、その時点でプラセボだとわかった、という意見もあった。
落ち着かない症状。ラムネのような外見。
私は騙されたのだ、という感情が啓治の中に強く現れた。
すぐに病院に電話を入れて1週間先だった予約を明日に変更した。同僚達に「悪い」と謝りながら有給をとる。早く仕事を切り上げたというのにイライラが募り、なかなか寝られなかった。頭痛と動悸と目眩と耳鳴りとが今までで一番ひどい強さで襲ってきた。
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