5,



「あの、詩織……さん?」


少女の瞳には、憎むべき彼女が写っていた。つい、先程までの話だが。


 「……何だろうか」

「今のって……なんだったんですか? その……まるで……」

 「まるで、私が香織のようだった、と言いたいのか?」

「え、あ、そうです、結論はそうなんですけど」


 何故、そう見えたんですか。と言いたげな彼女は、ごくりと喉の音を鳴らし言葉を紡ぐことに諦めたようだ。聞いたら何かが壊れる。彼女なりにそう解釈したのだろう。

 私はこの後、彼女が守ろうとしたその壁をぶち壊してしまうこととなる。


 「……あの日からずっと、こうなんだ」

「あの日、というと?」

 「最後に面会した日。二週間ほど前になるな。裁判が終わってすぐ後だから、それくらい」

「あぁ、あの日ですか」


 毎日その夢を見る。目の下のくまが濃くなる原因はまさにそれだ。どれだけ疲れていても、ろくに寝れない。

 これはあの人なりの復讐なのだろうか、それとも執着なのだろうか。しかし、ある意味人間として彼女に、それを聞くのは困難なのである。死人に口なし。画面の中に生命を預けた彼女は、現世では死人も同然なのだ。


 「私は、私が日に日に香織に似ているのが怖くて。でも、だからといって休めないし、整形しようとかも思わない。家族の縁を切っても彼女からは逃げられないと思う」


 何となく、目の前の少女から目を逸らした。人に見せられたもんじゃないこの姿を、自分の目で見ることはさらに苦痛を伴う。

 

 「私は、瀬戸詩織であって、瀬戸香織じゃない。そんなことはわかって、いるはず。でも、今も、目の前の自分は、一体誰なのか、分からないんだ」


 自分で混乱しているのがわかるほど、言葉が拙い。頭が割れる。

 この状況を第三者目線で見ている気分になった。目の前に、私――香織に見えてしまうが、紛れもなく私、と信じたい人物――と、椿嬢がいる。自分だと分かっているのに、香織と錯覚する。

 私は、誰なのだろうか。

 椿嬢は先程から沈黙を貫き通している。その瞳には薄らと涙が浮かんでいる。拭ってやらないと。そう思い、ポケットからハンカチを取り出そうとした時だった。

 彼女が沈黙を破ったのは。


「詩織さん、ちょっと屈んでください」


私に目線を合わせるくらい、とつけ足した彼女に従うことにした。少々、膝を曲げる。その刹那、彼女に抱きしめられた。

 ふふ、と笑いながら彼女は言う。


「詩織さんは、間違いなく “ 瀬戸詩織 ” ですよ」


ほんのりと香るシトラスは、まさに私の光だった。

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