第8話 えんちゃん

 「ねえー、えんちゃん。今日は天気が良いからみんなで屋上に行ってお昼たべよ」

 梨花ちゃんの声に、今日も元気だなあと少し感心しながら返事をする。

 「うん、わかった。屋上、気持ちいいよね」

 「それにしても、えんちゃんっていうあだ名が馴染んだね」と、前の席に座っていた加奈ちゃんが振り向きながら言った。

 「ホント、最初は誰のことを呼んでいるのだろうと思ったんだけど。まさか自分のことだとわね」

 「そうだよな。まさかゆかりちゃんを、えんちゃんって本気で間違うやつがいると思わないよな。本当、あれは驚きだったな」と、少し低い声で言ってから笑いだしたのは弘樹だった。

 私の名前を決めるときに紅葉とつけたかったお父さんが、譲歩してそれならば平仮名でと言ったらしい。けれど、そうはならずにお母さんの考えた縁となったのだ。えんちゃんと間違われたのは流石に初めてだったけど、緑と間違われることは度々あった。だから、お父さんの意見が正解だったのかなという気もする。でも、梨花ちゃんと仲良くなれたきっかけだから縁で良かったのかも。

 「ほら、時間がなくなっちゃうから、行くよ」

 キィーと、耳障りな音を立てながら隣の席の健斗が椅子から立ち上がった。

 

 いつからだったのだろう。他愛もない会話をして一緒に昼食をとる友達ができた。以前は友達なんていらないと割り切っていたのに。心が軽くなったような気がする。

友達と言っても自身を含めて五人のグループで他のクラスメートとは会話もない。時々、私たちグループそのものがこのクラスの空気みたいになっている気がしないでもない。何か忘れているような気もするが、居心地がよくてスルーする。


 梨花ちゃんは茶髪にしっかりとしたアイメイクをしていて、私とは全く違うタイプなのだけど明るくて気さくな性格だ。加奈ちゃんは優等生そのものなのだけど、とても世話好きで一緒にいると安心する。

 弘樹は高身長でスポーツ万能なのに茶目っ気もあるモテ男だ。健斗はいつでも冷静沈着でどこか品がある。

 タイプはみんなバラバラなのに気が合って最近はいつも一緒だ。共通点と言えば教室の席がみんな窓側の後ろに固まっていることぐらい。

 

 「ねえ、今日も帰りにみんなで遊んで帰ろうよ」

 梨花ちゃんの言葉にみんないいねと同調した。

  放課後にバーガーショップやウインドウショッピングで時間を潰すのは楽しいし、何より家に帰りたくない私にとってはありがたいと思う。


 

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