第3話 妹から応援された誕生日

 ランチから戻った剛とあかりはごく普通にそれぞれの席に戻ってそれぞれの仕事をごく普通に再開した。

 それを周囲は不思議そうに二人を見ていた。

 そして、社内チャットでは仕事よりも剛とあかりの関係についての会話が盛り上がっていた。


 『なあ、あの二人って』

 『でもさ、相手は新田ちゃんだぞ?』

 『だよなー、中沢さんとじゃ釣り合わんよなー』

 『そこそこ! どうなってんのあの二人』

 『まさかのまさか、とか?』

 『えー、でもあの新田ちゃんがあの中沢さんと? いやぁないよー』

 『ない! それはない! 中沢さんは俺に気があるんだから!』

 『あーはいはい。ナルシーは呼んでないんで』

 『ひどっ!』

 『冗談はさておき、仮に中沢さんと新田ちゃんがそんな関係だったら、祝ってあげないとねー』

 『そ、それはどうかなー。中沢さんは俺に気があるんだぞ』

 『ウザい、どっか消えて!』

 『ひどっ!』

 『けどまあ、もうちょい様子見る必要があるかもねー』

 『それには賛成』

 『それはどーかなー』

 『はいはい、ナルシーは消えてねー』

 『社内からも消えてほしい』

 『ひどっ!』

 『けどまあ、普通に上司と部下でランチに行くことは、あるよね』

 『それなー』

 『まあ相手は新田ちゃんだからなー』

 『だよねー』

 『同感』

 『じゃ仕事もどろっかー』

 『ほーい』

 『あ、今日終わったら飲みに行かない?』

 『お、いーねー』

 『じゃ、言い出しっぺが幹事なー』

 『はいなー』

 『じゃ、また後でー』

 『ほいほい』

 『あ、ナルシーは来ないでね』

 『ひどっ!』


 剛とあかりのランチは、あかりが剛に合コンに行かないようにと注意をしただけなのだが、外野はそうは思っていないようで剛とあかりの関係を疑っているようだ。

 しかし、あかりの相手がコミュ障で小太りな剛であるということから「それはない」という結論に至りそうなようで。

 まあ、実際二人の間に何かがあったわけではないので、周りに隠さなければならないこともないのであるが――


 その日の15時――

 剛の今日二つ目の会議が始まった。

 この会議はN総合病院からの診察予約サイトの開発。

 このシステムはシステムインテグレーションで運用している電子カルテシステムとの合同運用ウェブシステムになるため、そのセキュリティが最も重要視されるものである。

 そのため、セキュリティ面についてはSIerエスアイヤー(システムインテグレーター)が担当し、ブロンではあくまでもウェブアプリの開発という事になるので、ブロンはSIerとN総合病院と一緒に基本設計を詰めてきたものでもある。

 剛に任されたプログラムの仕様は、SIシステムへの情報検索問合せから、SIシステムが吐き出した暗号化データを復号化し、さらにカプセル化したデータをブラウザに出力するというもので、このカプセルデータはSIが専用に用意したバックエンドプログラムをキックして生成することになっていた。

 剛が担当するプログラムは今現在開発中であり、遅くとも週明け月曜日には単体テストも終えられる予定。今回剛に与えられた時間は2wを見積もっているため、超余裕で終わる状況でもあった。

 なぜ剛にこれだけの潤沢スケジュールが与えられれているのかというと、剛が複数のプロジェクトに参加しているという事からである。

 ただ、剛は黙々と仕事をするしその集中力も凄まじいため超余裕で終わるという事がある。剛のその仕事の速さと確実さを初めて知るプロジェクトマネージャーは開いた口が塞がらない者もいる。

 剛と初めて組んだ中途採用のPMは剛の開発速度と精度から、上司に剛の待遇改善を求めるのだが、剛のコミュ障具合を確認したPMは、今の剛の待遇環境について納得していくのであった。

 とはいっても、剛の給与待遇は普通のSEシステムエンジニアよりもはるかに高い。


 17時30分。

 株式会社ブロンの就業終了時間である。

 タスクバーに表示されている時刻を確認した剛は、PCをシャットダウンして帰り支度をする。

 

「では、お先に失礼します」


 と一言いって、会社を後にする。

 社内では剛への「お疲れさまでした」という声は上がるのだが、そんな声を剛は気にしたことがない。


 時刻は夕方のラッシュ時間。駅ビル内も結構な人だかりができている。

 まあ天神駅は西鉄大牟田線の終点地点であることと福岡市一番の繁華街でもあることから駅の利用客もかなり多いので、仕方ないことでもある。

 剛が下車する大橋駅は普通でも急行でも特急でも停まる駅でもあるので「これじゃないとだめ」という事もなく、またこの時間帯のダイアグラムは2~5分で出発するようになっているのでそこそこ空いてるところを狙って乗ることも可能である。そのため急いで乗ることもない。それに平日のファルコンの散歩は大学生の妹の芽衣が行うようになっている事もあって、歩いても1時間程で大橋駅には到着する距離でもあることから散歩代わりに歩いて帰ることもたまにある。


 10月も下旬。街はハロウィーン一色になっている。100円ショップでさえハロウィーン一色であったりもするのだが剛はこういった催しにはかなり疎い方でもある。というのもこれまで彼女がいたこともないし、友達もそれほど多くはない。まあネットゲームの中でハロウィーンイベントを楽しむくらいである。

 ネットゲームといっても基本が萌え系ネトゲであったりもするので、女の子なキャラを着飾らせて自分なりの推しキャラを作ってネット上の友達と見せ合いっこをするくらいである。というか、そういう友達には極度の推しキャラもいて、イベントのためだけに諭吉さんを数枚つぎ込むつわものプレイヤーもいたりするのだが、剛はそこまで入れ込もうとは思ったことがない。

 剛のネトゲのプレイ精神はあくまで無料プレイ。お金を使うのは、アニメのBOX製品や推しキャラのフィギュア、そしてアニメの声優イベントや同人誌即売会である。ココは徹底していて、以前は自分でも書いていたりもして、絵もそこそこ上手いのだが如何せん物語を考えるという思考が身についていないのか、そもそもその才能がないのか、そこに向けての努力をする気がさらさらないのか、結局書くのはイラストどまりであったりする。ただ、それでお金をいただくことは剛自身にその気がないため、SNSで公開するのが関の山だったりもする。

 他にはプログラマという職業を活かして、デスクトップ秘書なアプリを作って公開するくらいである。

 友人からは「お金が取れるのにもったいない」と言われたりもするのだが、ぶっちゃけそれでお金稼いでも、今度はその収入を申告する必要があり、それが面倒臭いと考えていたりもするため有料化はやっていなかったりもする。

 

 下り線のプラットホームに来た剛は、その時間の線の乗客が思ったよりも多かったため、次の線に乗ることにして、ベンチに腰掛けると鞄からスマホを取り出した。

 スマホにはRINEを受信したとの通知があったため、RINEを開いてみる。

 すると、佳織からの受信が2通来ていた。

 1通目は朝で、

 

 『おはようございます』

 

 という一言メッセージが来ていた。しかも剛が朝食をとっている時間であったので、全く気が付いていなかったのである。

 そして2通目はつい先ほどで、

 

 『課業終了しました。新田さんもお仕事お疲れさまでした』

 

 というメッセージが来ていた。

 ただ、一般人な剛には「課業」という言葉が理解できず、ネットで検索して調べてみることにした。すると、

 

 「課業とは、なすべきものとして割り当てられた仕事や学業」

 

 と載っていた。

 つまりは「仕事」という事である。ただ、一般には使われることはほとんどなく、ある意味自衛隊専門用語の一つであったりもする。

 

 意味が分かったところで、返信しようとしていたところ、佳織から画像が届いた。

 そこには、白い建物の前で迷彩服姿で敬礼している佳織の姿だった。

 その表情はキリッとしていて、カッコいいと思った剛。その佳織の写真から絵を描きたいという衝動にかられてしまい、次の線で帰ろうとしていたのだが、混みあう特急車両に半ば強引に飛び乗った。

 

 帰宅後、剛はすぐにPCを起動して佳織から送られてきた画像をPCに送り、サブモニターに表示させて画像編集ソフトを起動させると佳織の敬礼した姿をイラストとして描き、

 

 『伊藤さんの自衛隊の敬礼する姿がかっこよくて、イラストに起こしてみました。もしお気に障ったら削除してもらって構いません。』

 

 とメッセージをつけて書いたばかりのイラストを佳織に送った。

 と、ちょうどその時、部屋のドアがノックされた。

 

「お兄ちゃん、ご飯できたよー」


 ノックした主は妹の芽衣めいで、剛はそこでお腹が減っていることに気が付いたのである。

 剛はPCをスリープ状態にしてスマホをポケットにしまって部屋を出たところ、芽衣が廊下の壁に寄りかかって剛を待っていた。これはいつものことなので剛も別に気にしてはいない。

 剛が階下のリビングへと足を進めると、さも当然と言わんばかりに芽衣が剛の手を握ってきた。

 

「ねえ、お兄ちゃん。今度の土曜日って休み?」


 階段に差し掛かろうかとするとき、芽衣が剛に尋ねた。

 佳織とのデートは来週であり、所謂アニメイベントも明日ではないし、会社も修羅場ではないため「休みだよ」と剛が芽衣に返すと、芽衣は剛の腕に抱き着いてニッコリ笑顔になる。

 

「じゃあさ、私と買い物行かない?お兄ちゃんの好きなアニメ〇トにも行ってもいいよ?」


 と芽衣が明らかに兄妹のそれを超えたような感じで誘ってくるのだが、剛としても可愛い妹の頼みなので聞いてあげたい気持ちもあって、

 

「ま、まあいいよ」


 と剛は小さく頷いてそう言った。

 その剛の返答に芽衣は表情にパッと花を開かせて、

 

「やったー! じゃあ、10時にね! 約束だからね!」


 と、芽衣は剛に思い切り抱き着くと、剛から離れるとハミングなんぞしながら階段を下りて行った。

 そんな芽衣をみて、

 

「買い物かぁ。できれは家でゲームでもしたかったんだけどなー」


 と大きなため息をつく剛であった。

 

 

 

 一方、その頃佳織はというと――

 同室の柳沢三曹と下川恵里菜三曹と一緒に婦人自衛官WAC大浴場の大きな浴槽に浸かっていた。

 

「柳沢三曹、伊藤三曹から聞きましたよ。おめでとうございます!」


 下川三曹が柳沢三曹がプロポーズを受けたことを祝った。

 その祝われた柳沢三曹はというと、「いやぁ」と照れながらも、

 

「彼がアタシじゃないとダメらしくってさー」


 と惚気る。

 まぁプロポーズされたばかりだから惚気る気持ちもわかるが、その惚気具合といったら、それまでのクールなイメージのあった柳沢三曹とは思えないほどに乙女なものだった。けど、佳織が祝った時とは全く違う反応であったため、佳織は柳沢三曹の後ろに回るとその豊満な胸を鷲掴みした。

 

「キャッ! ちょっと佳織、何してんのあんた!」

「えー、別に何もー? ちょーっと柳沢三曹の肩の疲れでもほぐして差し上げようかと――」


 そう言いながら佳織は柳沢三曹の胸をわしわしと揉んでいく。

 

「テメ、それは揉むところが違うって!」

「そーですかー? あ、こんなところにサクランボが」

「え? あ、そこは! ア! そこ摘むなって!」

「えー? だってここ摘んでほしそうにしてますよー?」

「違っ! こらやめろって! な、なんか別の世界が来るって!」


 下川三曹はというと、そんな二人のじゃれ合いを見て鼻息を荒くしている。

 

「お、おー。こ、これがユリってやつですか!」

「ば、違っ! ア! マジでやめろって! マジで違う世界が見えてくるから!」

「お! おー! これは私もご相伴に――」

「こ、こら! 二人で揉むなって! ちょ、下川ちゃん! 下はダメって!」


 三人が湯船でじゃれ合っていると、また一人婦人自衛官が浴場に入ってきた。

 

「あ、アンタら何やってんの?」


 入ってきたのは、今週から第4通信大隊の当直陸曹についている下川三曹の姉、安居成美三曹だった。

 

「あ、成美ー。いやー柳沢三曹のメロン揉みごたえがあってさー」

「うへへへ、お姉ちゃんもおひとつどお?」

「あ、こら! ヤダって! アタシはノーマルだっての!」

「またまたァ。こういうのもお好きなくせにィ」

「うへへへ、女同士ってのもいいもんですねぇ」


 佳織と下川三曹が柳沢三曹をおもちゃにしているところに、

 

「ていっ!」


 と、安居三曹が佳織と下川三曹の脳天に手刀を振り下ろした。

 

「「あいたっ!」」


 佳織と下川三曹は手刀で打たれた頭をさすりながら、柳沢三曹から離れる。

 

「あー、マジでやばい方に目覚めるところだった――」


 と、柳沢三曹が湯船から出て縁に腰かけた。

 落ち着いた三人に対して、安居三曹は仁王立ちになると、

 

「アンタら、陸士の子たちが怖がってるでしょー?」


 と浴槽の対角線上の隅っこに腕で体を庇いながら小さくなっている婦人自衛官たちを指さして言った。

 

「「あ、アラ――」」


 佳織と下川三曹が端っこにいる婦人自衛官を確認する。

 

「アラじゃないっての。全く三曹にもなって三人とも――隊長に言って外出禁止にしてもらおうか?」

「え、それってアタシも入ってんの?」

「もちろんです!」

「えー、アタシは被害者じゃんよー」

「両成敗です!」

「あ、私は別部隊なので――」

「業務隊の当直幹部って、加藤二尉よねぇ――」


 加藤二尉とは、業務隊健康管理室の室長で、下川三曹の上官である。


「え゛――ま、まさかお姉ちゃん。妹を売るなんてことないよねー?」

「さあ」

「マジですか……」

「マジです」

「お姉ちゃんのいけず……」

「ほー。じゃあ鳴無三曹にも言っておこうかなぁ」

「え! そ、それはやめて!」

「どうしようかなぁ――」

「お、おい成美――さすがにそれはやばいんじゃねーか?」

「ん? どうしてです?」

「だってさ、それってアタシや佳織も出てくるんだろ? その告げ口にさ――」

「ん? 何か問題でも?」

「マ、マジか――」


 佳織、柳沢三曹、下川三曹は、顔を強張らせて湯船に浸かりなおすのだった。

 

「ま、そんなことしないけどね。でも入浴マナーは守ったほうがいいよ?」

「「「りょ、了解~」」」



 その後風呂から上がった佳織は、スマホの通知を知らせるランプがちかちかと点滅していることに気が付いた。

 スマホを開くと、剛からRINEが来ていることを示していたので、RINEを開くと、佳織が敬礼している姿のイラスト画像が送られてきていた。

 

「わー! 凄ーい!」

「ん? どした佳織?」


 佳織の感嘆に柳沢三曹が食いついてきた。

 柳沢三曹に続いて、下川三曹が髪の拭きながらやってきた。

 

「伊藤三曹、どうしたんですか?」

「これ見てー!」


 佳織は、剛が描いて送ってくれた佳織の敬礼姿のイラストを柳沢三曹、下川三曹に見せた。

 

「え、これイラスト?」

「わ、凄ーい! 誰が書いてくれたんですか?」

「この間、高校の先輩に紹介してもらった男の人!」

「凄ーい!」

「これはホント凄いわ。アタシのも描いてくれないかなー」

「どうでしょうねえ……」

「だよねー……」


 とまあ、剛が描いて送った佳織の敬礼姿のイラストはかなり好評なのであった。

 

 

 

 ☆☆☆ ☆☆☆

 

 

 

 土曜日――。

 剛は妹の芽衣の買い物に付き合うため、西鉄天神駅横にあるパ〇コのアパレルショップに来ていた。

 周りは女性ばかりで明らかに剛は浮いている。それでなくともイケメンとは言い難い顔に中肉中背という所謂ブサメンに分類されるような剛であるからして浮かないはずもない。そんなわけもあって、剛に対する非難の声もあちこちから聞こえてきて、コミュ障の剛はそこから逃げ出したい気持ちにもなるのだが、しかし芽衣と約束した手前でもあってどうすることもできないでいた。

 そんなとき――

 

「あら、新田君じゃない。こんなところで何してるの?」


 と見知った声が聞こえてきた。

 その声の方を見ると、そこにはあかりとあかりをミニチュアにしたような少女がいた。

 

「あ、中沢さん、と――」

「妹の加奈かなよ」

「初めまして、妹の中沢加奈です。お姉ちゃんがいつも世話になっております」


 と加奈は礼儀正しく剛にお辞儀をして名乗った。

 

「あ、ぼくは、新田剛です。中沢さんにいつもお世話に、な、なってます」

「それで、なんか新田君には似つかわしくないところにいるけど――」


 とあかりが店内を見ながら言っていると、芽衣が気に入った服を3着持ってきた。

 

「お兄ちゃん! この中でどれが似合うかな?」

「あ、芽衣ちゃん!」

「あれ? 加奈じゃん!」

「あら、妹さん?」

「え? お兄ちゃん、この人――」

「会社の先輩の中沢あかりさんだよ――中沢さん、こっち妹の芽衣です」

「妹の新田芽衣です。いつも兄がお世話になっております」


 と、芽衣が名乗ってあかりにお辞儀する。


「加奈ちゃんのお姉さん?」

「うん! そうお姉ちゃんだよ。あかりっていうの」

「姉のあかりです。よろしくね芽衣ちゃん」

 

 と、あかりが芽衣に挨拶すると、芽衣も、


「あ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」


 と、あかりが服を胸に抱えたままにお辞儀をする。


「加奈、芽衣ちゃん知ってたの?」

「うん! 同じ大学だもん、ねー」

「ねー」


 ずいぶんと仲の良い2人である。


「あ、もしかして――今日デートするって言っていたの、お兄ちゃんと?」

「うん! 私の自慢のお兄ちゃんたい!」

「芽衣ちゃんお兄ちゃんラブだもんねー」

「悪い?」

「良い! 私もお兄ちゃん欲しかったんだけど――」

「ええ、お姉さん美人で良いじゃん!」

「そうなんだけど……私浮いちゃうから――」

「加奈――それ周りに対して喧嘩売ってるから」

「え? そう?」

「そう! 学校女子校だからだけど、共学だとかなりだよ――」

「でも、芽衣ちゃん学校でモテてるじゃない」

「女の子にモテてどうすんのよ――」

「あ――」

「加奈~」

「エ、エヘヘ――あ、その服買うの?」


 と、加奈が話を逸らした。

 

「あ、そうだった! お兄ちゃんにどれが似合うか見てもらおうと思ってたんだ」

「相変わらずお兄ちゃんラブだねぇ」

「フン! お兄ちゃんいない子にはわからないだろうねぇ、この気持ち!」

「まぁデートするところまでは普通ないと思うけどね――」

「いいの!――ねえお兄ちゃん、これどれが似合う?」


 芽衣は加奈に舌を出してあっかんべーをすると、剛に向き直って3着の服を一着ずつ体に当てて見せた。

 

「どれがって――」

「お兄ちゃんの好きなのでいいよ」

「じゃあ、2番目」


 剛が選んだのは、薄い茶色の記事に焦げ茶色のギンガムチェック柄の入ったワンピースだった。

 

「お兄ちゃん、ワンピース好きだよね」


 とにんまりする芽衣。

 

「お兄さん、ワンピースが好きなんだ! あ、だから芽衣ちゃんの服ってワンピースが多いんだね」

「お兄ちゃんが選んでくれた服きてるとさ、なんかこう良いんだよね」


 と加奈の反応に対して、どや顔で返す芽衣。

 あかりも剛も置いてけぼりにする女子大生二人であった。

  

 目的の買い物を済ませた芽衣は剛の手を取って剛を引っ張る形であかりたちと別れると、アニメ〇トへと向かった。

 新田兄妹と別れたあかりは、剛が妹の洋服選びに付き合うという事がかなり意外に感じられて、


 ――あんなにコミュニケーションが取れるのに、外では……もったいないなあ――


 と思うあかりであったのだが、この3年間剛を見てきて、


 ――まあ、あのあがり症がどうにかならんと無理か――


 と小さくため息をつくものの、去っていく兄妹を見て、優しい笑顔で見送るのだった。


「ねえ、お姉ちゃん、私も服買っていい?」


 と、加奈にせっつかれたあかりは、「仕方ないなあ」と言いつつもOKを出して、結局姉妹で服を買うのであった。

 

 

 一方、新田兄妹はというと、アニメ〇トのある8階までエスカレーターで上がっていた。

 エレベーターでもよかったのだが、結構人だかりもできていたので、多少時間はかかるものの待つことのないエスカレーターにしたというわけである。


「お兄ちゃん、あかりさん美人だったね」


 と、芽衣は意味深な感じで言った。

 

「ああ、みんなそう言うね――」


 という、剛の普通な返答に芽衣は「あれ?」と首を傾げる。

 

「お兄ちゃん、あかりさんが好きなんじゃないの?」

「え? なんで?」


 意外そうに答える剛に、芽衣は自分が思ってたのと違うことに気が付いて、笑顔になると剛の左腕に抱き着いた。

 

「なんでもなーい」

「こら、くっつくなよ」

「いいじゃん!」

「当たってるから――」

「当ててるんですー」

「全く――」


 剛は仕方ないとため息をつくと、左腕をされるがままにして芽衣がアニメ〇トへと足を進めた。

 アニメ〇トに到着した2人が店内をぐるりと回っていると、芽衣が何かに気が付いて足を止めたので剛もそこで足を止めた。

 

「あれ、お兄ちゃんが探してたフィギュアなんじゃない?」


 と芽衣がそう言って指を差した。

 

「こ、これは!――」


 芽衣が指差したところにあるのは、全国トップの学園アイドルを目指すというアニメ「学園アイドルマスター」、通称「」に出てくる制服や衣装以外ではズボンを履いているショートヘアで元気なボクっ娘キャラのフィギュアだった。そのキャラは星ノ海空ほしのうみそらという。しかも星ノ海空は剛が「空たんは僕の嫁」と言ってしまえるほどに推しているキャラでもあった。

 そしてそのフィギュアはその界隈でも有名となっている作中でもたった一度だけしかもセンターで真っ白なドレスを着て歌った時のもので、出ているフィギュアの中でもレア中のレアなものであった。しかしその分お値段も半端ないもので、諭吉さんが3枚飛んでいく代物。

 

「これ、お兄ちゃん欲しいんでしょ?」

「これは、凄いレア品なんだよ。まさかこんなところに――」

「買わないの?」

「うーん、でも今月結構使っちゃったからな――」

「そうなんだ――どうする?」

「次の機会を待つことにする――」

「後悔するんじゃないの?」

「う!――いや、きっと空たんは待っていてくれる!――はず」

「はず、なのね――」


 結局、星ノ海空のフィギュアは買わずにアニメ〇トを出た兄妹2人

 そのまま無言でエスカレーターで6階まで下りた時、


「あ、私買い忘れたものがあった!」

「なんだ、じゃあついていこうか?」

「う、ううん、いい。というかついてこられたら恥ずかしいからここで待ってて、ね?」

「わかった。でも気をつけてな」

「うん、ありがと!」


 そう言って芽衣はエスカレーターで上階へ上っていった。

 突然ポツンと残された剛だったが、芽衣の買い物に付き合っているときに一度通知音が鳴っていたのを思い出して、スマホを取り出すとエスカレーターホールに設置されているソファに座った。

 スマホには佳織からのRINEの通知があった。

 

 『今日、私は婦人自衛官隊舎の当直で駐屯地で暇してまーす』

 

 と佳織からのメッセージが届いていたので、剛は、


 『当直なんてあるんですね。僕は妹の買い物に付き合っています』

 

 と返した。すると、すぐに佳織からメッセージが返ってきた。

 

 『妹さんがいらっしゃるんですね。しかも買い物に付き合うなんて良いお兄さんしてますね。今度私の買い物にも付き合ってほしいです』


 と、佳織からのメッセージに、先ほどまでアニメ〇トにいたことで多少テンションも上がっていたのか、


 『僕なんかで良ければ、おkですお』

 

 と、ついオタクの友人たちに送るようなメッセージを送ってしまった。

 剛が慌てて繕おうとメッセージを書いては消し書いては消ししていると、佳織からメッセージが返ってきてしまった。

 

 『おkですおってかわいい! お友達とはこんなやり取りされてるんですね。こんな新田さんが見られるのも私は嬉しいです!』

 

 そのメッセージを見て、剛は顔を真っ赤にして固まってしまった。

 女性から「かわいい」とか言われたのも初めての剛である。普段は「キモい」「くさい」とか言われている剛。それだけに佳織から来るメッセージは新鮮を通り越して、剛の中で何かがはがされていく、そんな錯覚を覚えてしまうほどであった。

 再び通知音が鳴って画面を見ると、

 

 『先日頂いた新田さんが描いた私が敬礼しているイラストなんですが、同じ部屋の先輩も描いてほしいと言っているんですが、無理ならこちらで断りますので』

 

 という佳織からのメッセージが来た。

 

 ――僕のイラストで喜んでもらえた。それも描いてほしいと頼まれたのは初めてだ――

 

 『僕の拙いイラストで良ければ、写真を貰えれば描きますよ』

 

  剛は描いてほしいと言われたことが嬉しくて、写真を貰えれば描くとメッセージを送った。

  

 『ありがとうございます。今日は先輩外出しているので、帰ってきたら写真送りますのでお願いします。先輩きっとすごく喜びます!』

 

 佳織から来たメッセージから、佳織が喜んでいることが剛でもわかった。そしてそれが嬉しくなる剛。

 

 ――明日は日曜日だし今夜届いても明日中には描いて送れるはず――


 と明日のスケジュールを決めた剛だった。

 

 とそのとき、

 

「お・に・い・ちゃん」


 突然背後から呼びかけられた剛はそれこそソファから体が浮くんじゃないかというくらいに驚いた。

 そして上からぬっと現れた手が剛の手からスマホを奪った。

 声の主は妹の芽衣であることに気が付いている剛は座ったまま右肩越しに後ろを振り返ったのだがそこには誰もいない。

 と、剛の左に半ばくっつくように座ってきた主を振り買ってみると、そこに芽衣がいた。

 

「えっとー? 今日、私は婦人自衛官隊舎の当直で駐屯地で暇してまーす? お兄ちゃん、誰これ?」


 今日佳織から来た最初のメッセージを読み上げる芽衣が少し苛ついた目で剛を見る。

 

「会社の先輩に紹介された女性ひとだよ」

「へえ、わたしそんなこと知らなかったよ」

「いや、別に芽衣に教えなきゃいけないことはないだろ?」

「そりゃそうだけど……お兄ちゃん、この人と付き合うの?」

「つ、付き合うも何も――まだ伊藤さんのことはあまり知らないし――」

「ふーん――ま、いいけど……」


 と芽衣はスマホを剛に返すと、

 

「付き合うんなら、ちゃんとしてあげないとだめだよ?」

「ちゃんとって?」

「ちゃんと人と喋れるようにしないとってこと。お兄ちゃん私とでも会話たどたどしいでしょ?」

「そ、そんなこと――」

「そんなことあるの! でもまあ、そのRINE見るとメッセージならちゃんと話せてるみたいだから――ちょっと安心した」

「ちょっとかよ――」

「ちょっとだよ。でもさ、その人――伊藤さんだっけ? お兄ちゃんを好きになってくれたら、私は嬉しい」

「そ、そうなの?」

「そうだよ! 私、お兄ちゃんがお嫁さん貰うまで結婚なんてしないからね」

「まだ大学生のくせに――」

「いいの。だって中学じゃ結構モテてたんだよ、私。まあ高校と大学は女子校を選んじゃったんだけど、社会人になれば――ね。だからお兄ちゃん、伊藤さんのこと本気なら、しっかりつかんでおかないとだめだよ?」

「そ、それはわかんないよ――僕は恋愛なんてしたことないし――」

「お兄ちゃん、人ってね、ルックスで決まるんもんじゃないの。その人自身がどうかで決まるもんだよ。私はそう思うけどな。体型とか顔とか、そりゃスラッとしてて顔も良ければなおいいだろうけど、結局はその人の性格なんじゃないかな。ルックス良くても女にだらしなかったら、それは最悪だし。だからねお兄ちゃん、自信持って! 私はお兄ちゃんのこと大好きだもん。だから私のお兄ちゃんをちゃんと好きになってくれる人ができたらすごくうれしいんだよ」


 そういって、芽衣はニカッと笑った。

 そして、その笑顔のままで、芽衣は買ってきたばかりの長方形の箱を剛に渡した。

 

「何これ?」

「お兄ちゃん、お誕生日おめでとう」

「あ、今日は10月23日か――」

「お兄ちゃん、自分の誕生日も忘れちゃったの?」

「も、ってなんだよ――」

「だって、お兄ちゃん。私の誕生日も忘れちゃってたでしょ?」

「あ、そういえば父さんと母さんにもそれで怒られたんだっけ――」

「そうだよ。恋人とかできて、その人の誕生日忘れちゃったりしたら、それって最悪なことだよ?」


 そう言われた剛は、二の句が継げなかった。

 

「まあ、そこらへんは私もサポートするからさ、伊藤さんだったっけ? その人と付き合うも付き合わないもお兄ちゃんの自由だけど――妹としては彼女くらいは作れるようになってもらわないとって、思うんだよ」

「が、頑張ります――」

「はい。 でもね、悪い人につかまっちゃダメだからね!」

「はい――」

「よし! じゃ、帰ろっか」


 芽衣は再びニカッと笑うと、ソファから立ち上がって言った。




 帰宅して部屋に戻った剛は、芽衣から貰った誕生日プレゼントの包装紙をテープを履かしてきれいに剥がしていった。

 包装紙を剥がす時、その人のが表れるという。キレイにはがす人は神経質、バリバリ破いて剥がす人はおおざっぱだというが、まあ剛の場合、真面目で超がつくほどの神経質でもある。部屋も本やフィギュアだけでなくボールペンに至るまでがある場所にないと気が済まない。対して芽衣は包装なんてとバリバリ破いていく。だからと言って部屋が汚いというわけではないのだが、本はシリーズ物の単行本の並びは全く気にしない性質である。そういうところから見ると、包装紙の剥がし方にその人の性格が表れるというのはあながち間違ってはいないのかもしれない。

 

 包装紙を剥がして中から出てきたのは剛が買うのをためらい今回は諦めた星ノ海空のドレス姿のフィギュアであった。剛は箱から出すかどうか迷ったものの、箱から出し「学マス」のキャラ達の中で、制服姿の星ノ海空の横にスペースを作り、そこに芽衣からプレゼントされた白いドレス姿の星ノ海空を並べた。


「そ、空たんが2人だ――あ、お礼言わなきゃ!」


 と、剛は芽衣の部屋前に行くと扉をノックした。

 

「はーい、開いてるからどうぞー」


 という芽衣の声がきこえて、剛はドアを開けて芽衣の部屋に入った。

 芽衣はというと、日課としているヨガのをとっていた。

 

「あれ、お兄ちゃんどうしたの?」

「あ、ああ、そうだった。今日、プレゼントありがとう」


 剛がそう言うと、芽衣はニッコリ微笑んで、


「喜んでくれてよかった! 私お兄ちゃんのその笑顔大好きだよ!」


 と芽衣に言われて、剛は自分が笑顔になっていたことに気付いたのだった。

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