第21話 魔弾の勇者と竜の魔女・後
こうなるともう、ただでさえ気性が荒く、己の敵は全員完膚なきまでにぶちのめしてやると誓っているリョウは手加減ができない。
これまで生成速度を重視し、魔法陣による補助なしで武器生成をしていた彼女の背中にはじめて、青白く光る魔法陣が生みだされる。
後光のようにそれを背負うリョウの体に、魔方陣から生み出されたいくつもの金属パーツが、ガシャリと金属的な音をたてて取り付けられた。
この世界の人間には馴染みがない、体のラインに沿った機能的で機械的なデザイン。
リョウは戦装束の上からパワードスーツを装着し、背中にガトリングガンを備えたごついロボットアームと、奇妙な長方形の金属の箱を装備する。
その蓋が、ガシャンと重い金属音を立てて開いた。中に入っているのは小型の自動追尾型ミサイルだ。
リョウ本人は対物ライフルを持ち、その姿はもうほとんどSFじみていたが、勿論現実にこんな装備は存在しない。これはリョウ自身が既存の兵器を魔改造して魔法で生成したものだ。
リョウはそれなりに重火器に詳しいほうではあるものの、当然その細かい設計図まで暗記しているわけではない。
それでも実物に即した重火器のような形状と威力を持つ、そっくりな武器が作れてしまうのは、ひとえに魔法というものの持つ柔軟性のお陰だった。
彼女は勇者召喚のギフトとして手に入れた武器生成魔法を最初に使って拳銃を生み出したとき、まずそれを試しに分解した。その結果、外見はともかく中身はあきらかにパーツのディティールが甘く、ただの鉄の塊であったり妙な隙間があったりする、謎の物体と化していることが判明した。ということはまともに見えている外側も、実物と比べれば差異がある可能性が高い。
なんなら金属に見える生成物自体も、そう見えるだけで実際には鉄でもチタンでもなんでもない、それにそっくりな性質を持っているだけの別物なのだろう。
しかしこれを組みなおし、これは銃これは銃と自分に言い聞かせて引き金を引いてみれば、その動作と威力は銃だと表現するしかないものなのだ。
リョウはこの時点で完全に開き直った。魔法とはそういうものなのだと、世界の法則を受け入れたのである。
その結果、弾数を無視して魔力の続く限り無限に弾を補充できるようになり、威力を調整できるようになり、実際には持ち運んで運用するものではない重火器を自力で振り回しながら撃てるようになったのだ。
リョウは重装備を背負ったまま、リングの上を駆け、ありとあらゆる弾丸をドラゴンへ浴びせ続けた。
正面からでも横からでも、やはり攻撃は当たらない。
ドラゴンの体の周囲にはどうやら30cm程の力場のようなものがあるらしく、弾丸はその手前に当たりはするが、本体まで攻撃が通らないのだ。
ならば創造主本人を叩こうと、リョウがライフルでヴィオラを狙い撃つが、常にドラゴンのすぐそばにいるヴィオラもどうやら力場の中にいるようで、同じように攻撃が通らない。
ダメージが無いとはいえ、さすがにいつまでも棒立ちで撃たれ続ける気は無いようで、ドラゴンはヴィオラを前足の上に乗せて飛び上がった。
リングの上は縦横無尽に飛び回れるとまではいかないが、20m近い巨体が旋回しても問題ない程度の広さがある。
閉鎖空間での飛行、かつ魔術特化型であろう創造主に配慮した動きをする必要から、ドラゴンの飛ぶ速度はあまり速くはない。
おまけにヴィオラ本人には、これ以上の攻撃手段がなかった。
彼女はドラゴンの創造という魔法に人生と脳のリソースをほとんど使い果たしており、生まれて初めて習った障壁魔法と、その次に覚えた生物生成魔法しか使えないのだ。
しかしドラゴン自体には、凝り性の彼女が搭載した攻撃手段がある。
「ネーヴェ、お願い」
創造主の静かな声に応え、白銀のドラゴンは、真っ白な牙の生え揃った口を大きく開いた。
その中で甲高い弦楽器のような音を立てながら、魔力が収束する。
それに気づいたリョウは、ありったけのミサイルを放つと即座に攻撃を中断し、回避のために全力でリングの上を駆け抜けた。
直後、ドラゴンと同じ白銀をした熱線が放たれる。
飛び交うミサイルとぶつかり合い幾分威力を減じたそれは、それでも止まらずまっすぐ伸び、リングの反対側まで到達する。
ドラゴンブレスはリングに張り巡らされた結界にぶつかると、焼けた鉄のような光を放ち、そこでやっと止められた。
神前試合を見慣れている人間ならここで、結界が強く反応するほどの高威力、かつリング全体をカバーする射程を持った攻撃が行われたのだと理解する。
神前試合に関する仕組みを学んでいたリョウもまた、かろうじて避け切った攻撃が、直撃しようものならその部位が消し飛ぶような威力を持っていると理解した。
救いがあるとすれば、連射が効かないらしいことくらいのものだろう。
「まったく、本当に素晴らしい才能ですこと」
リョウは劣勢のなか、にいっと不敵に笑った。
一秒たりとも足を止めず弾幕を張り続け、攻撃を避けながら、リョウは様々な弾丸の内どれであれば相手にダメージを与えられるのか、冷静に観察していた。
とにかくドラゴンが発生させている力場をどうにかしなければ話にならない。
さらにはヴィオラの凝り性な性格から察するに、そこを抜けても体を守るウロコ自体に相当な強度を持たせている可能性が高いだろう。
ミサイルは足止めにはなっているが、まったく攻撃が通らず、ほとんど防がれてしまう。
反対に意外とドラゴンの体の近くまで攻撃が通るのが、対物ライフルだ。
もっとも力場を削れたのは、おそらくアハト・アハトだろう。
この傾向から考えて、必要なのは威力というより貫通力だとリョウは結論した。
アハト・アハトで抜けないとなれば、大型貫通爆弾でも作ってみるべきかと一瞬考えたが、それを発射するとなるとどう考えても自分も死ぬ。
一応目を通しておいた昔の神前試合の記録では、上半身が魔法で吹き飛ばされた選手も治癒魔法で無事生還した、とは書かれていたし、予選の対戦相手も頭を撃った後も問題なく生きていた。では全身吹き飛ぶような場合はどうだろうか、などとぶっつけ本番で試すのはさすがにリョウとて躊躇う。
勝つとは誓っていものの、不確実な心中をしてまで勝つ気は無い。と言うかリョウの美学では死んだら負けと似たようなものだ。
威力が高すぎても問題があり、しかし少なくとも、対戦車砲以上の威力は必要になる。
そこでふと彼女は、ひとつ荒唐無稽な案を思いついた。
あまり現実的とは言い難い案ではあるが、まあ魔法だから信じる心が大事と割り切ってやってみる価値がある程度には、実現可能な範疇だ。
少々時間がかかるものの、これは相手があまり戦いになれておらず、積極性が低いことを利用すればいい。
腹を決めたリョウは、ブレスを避けた直後に一旦踵を返し、ヴィオラたちから出来るだけ離れた位置のリングの端まで下がった。
そこで彼女は己の両サイドに魔方陣を展開し、手持ちの武器に追加して、使い慣れたアハト・アハトを生成する。
さらには大量の弾丸も作り出し、さながら固定砲台と化して標的を撃ち続けた。
ブレスを撃ったばかりで再充填に時間のかかるヴィオラたちは、それを力場で防ぎながら、突然移動をやめたリョウの様子を訝しんだ。
移動のための身体強化に費やす魔力が惜しくなったのか、あるいは集中して次の武器を生成するために、単調な攻撃に切り替えたのか。
戦いに慣れていないヴィオラには、対戦相手の考えがいまいち読めない。
しかし何を出されたところで、負ける気は一切しなかった。
信頼するドラゴンに守られながら、ヴィオラは彼女とドラゴンを守護する力場の向こうの、盛大な弾幕を睨みつける。
「わたしのネーヴェは、最強なんだから……」
ヴィオラが超高難易度魔法を成功させている理由の一つに、愛しの相棒であるネーヴェへの、この妄信と呼んでも良いほどの自信がある。
強く、賢く、優しく、絶対に自分を守ってくれる、大事な相棒。
そう信じ続け、愛情を注ぎ、共に生きた経験が、彼女とネーヴェとの間にかけがえのない絆を生み出しているのだ。
ヴィオラにはここで勝って、大事なネーヴェの強さと安全性を証明するという目的がある。
そのためなら、好きでもない戦いだってするし、対戦相手をブレスでめちゃくちゃにすることも厭わない。狂暴性で言えばリョウとさほど変わらないような人間と言えよう。
だから周囲が心配するんだぞと彼女に言ってやれる相手はいまのところ存在しないが、まあきっとそのうち祖父や帝王が教えてくれるはずだ。多分。
対してリョウはといえば、こちらはこちらで自分の可能性を腹の底から信じているため、魔法の強さに還元されるだけの、いわゆる信じる心というファンタジー要素があると言えばある。
リョウはヤクザの組長の娘として生まれ、それ以外の存在価値を一切周囲から認められずに育った人間だ。
それでもいつか己はこの状況から脱却できる、それをするだけの能力と、その価値があると思い続けていられたのは、この根拠のない自信のお陰だった。
いわばこれは
リョウはこの、目には見えないし触れない、不確かなものに、己の勝負の行く末をかけた。
リング上の大盤振る舞いの弾幕にほとんどの観客が目を奪われる中、リングを覆う円柱状の結界に包まれたはるか上空から、発光する物体が落ちてくることに最初に気付いたのは、帝王だった。
神の杖、と呼ばれる兵器が存在する。
いや、実際にはそんな兵器を作る計画がある、という眉唾物の噂がある。
話の出所がどこであるのかまではリョウも覚えていないが、その内容はおおよそこうだ。
神の杖とはアメリカ空軍が開発中と噂されている兵器で、小型推進ロケットなどを取り付けた金属製の頑丈な棒を、高度1000kmの上空にある宇宙プラットホームから投下し、マッハ9.5で着弾させる、というものだ。
威力は核に近いうえに地下数百mまで破壊できるだとか、精々建物を数件破壊する程度だとか、そもそも地上に到達するまでの間に熱で溶けて消えるだとか様々に言われており、ようするに空想上の兵器ということである。
しかし今回に限っては、威力があるんだかないんだかわからない、というあやふやさが役に立った。
科学的に正しいかなどということは、この際問題ではないのだ。
というか実際核に匹敵する威力があっては困る。
今必要なのは、形や使い方が想像できて、かつ威力の設定の自由度が高い、そういう便利な武器なのだ。
この武器には、リング上にあるものすべてを消し炭に変えるほどの威力はないが、ドラゴンを倒せるだけの威力はある。そう想像し、信じ、魔力と精神力のありったけをつぎ込むこと。
この世界で魔法を使いこなすには、なによりこの無茶な精神論が一番大事なのだから、まあ頭の痛い話ではある。
もちろんこれは簡単なことではない。
実現するにあたって一番の課題は、神の杖の生成自体というより、とてつもない高度に魔法で武器を生成してコントロールし発射できるのか、という点だった。
しかし世の中には、1000kmも離れた場所にある、見知らぬ館の空き部屋へ、ピンポイントで複数人を転移させてのける魔導士が幾人も存在している。
それに今回は、実際に1000km先の上空へ魔法を展開させる必要はない。具体的な距離はともかく、とてつもなく遠くに魔法で影響を及ぼす、ということが可能でさえあればそれでいい。前例のない魔法ではないと理解するだけで、ある程度成功の可能性が上がるのだから。
はじめて使う魔法に集中するべく、リョウは移動をやめて一か所に留まり、攻撃に必要な弾丸を前もって生成しておき、発射にのみ意識を向ければいい環境を作り出した。
そしてそれ以外の集中力と魔力をほぼ全てつぎ込み、上空から落ちてくる、武器という概念を持っているだけの、もはや隕石と変わらない一撃を生成し、それに気付かれぬようやかましくて派手な弾幕を張り続けたのだ。
己が放った必殺の兵器が、既に迎撃不可能という位置まで落下してくるのを感知して、リョウは即座に手元にある武器の顕現を全て解いた。
そうしてかわりに、己の周囲に何重にも金属製の盾を生成する。
まずドラゴンのネーヴェが頭上から迫りくる脅威に気付き、次に急に防御姿勢を取ったリョウを不審に思ったヴィオラが状況を把握した。
間に合わない。そう思ったヴィオラがありったけの障壁魔法を作り出し、ネーヴェがヴィオラの上に覆いかぶさる。
直後、彗星のように眩い炎の尾を引く魔弾が、白銀のドラゴンに直撃した。
白熱化した槍の如き鉄柱は障壁も力場も力任せに突き破り、白く輝く美しいウロコを粉砕し、衝撃波で何もかもを蹂躙する。
後からそれを追うようにして、天が割れたような破壊音が響き渡った。
結界の効果によってその音はかろうじて鼓膜を割らずに済むレベルまで減衰されたものの、人生の中でまず耳にすることのない轟音に、観客たちは頭の中を真っ白にされて声を失う。
結界内では粉みじんにされたドラゴンが、生物の生々しさを感じさせない雪のような破片になり、吹き荒れた。
瞬く間に魔法が溶け、それらはただの魔力となって消えていく。
後に残っていたのは、ぼろぼろの戦装束に身を包んだ、二人の対照的な選手だけだった。
驚いたことに、ヴィオラは所々が擦り切れたり穴の開いた格好にはなっていたものの、着弾で吹っ飛ぶこともなく、五体満足であの攻撃を切り抜けたのだろう姿で失神していた。
リョウの予想ではうっかり威力調整を間違えていた場合、完全なミンチになる可能性もあったため、これはかなり幸運なことだと言えよう。
あるいは、彼女に生み出されたドラゴンが彼女を守り切った、愛情と絆の証と言うべきだろうか。
リョウもまた、金属の盾なら武器の範囲だろうと解釈してなんとか障壁魔法との合わせ技で防御をしたものの、不格好なシェルターでは身を守り切れず、火傷やらなにやらの怪我を負っていた。
ドラゴンは倒すが周囲までミンチにはしない威力、というなんともあやふやな効果を発揮すると信じ込んで放たれた一条の星は、見事にその役目を全うしたのである。
これはこれで魔法史に残して良い快挙ではあるのだが、あまりにも物騒すぎるので、おそらく使おうという人間はほぼ出てこないだろう。
衣装はぼろぼろになり、魔力をほとんど使い果たした反動で眠気と頭痛に襲われようとも、黒衣の女王様は動じない。
威風堂々とリングに立つ彼女の名を、審判が高らかに発表した。
「第二試合勝者、リョウ・スナハラ!」
その言葉と、数秒遅れて会場内に響いた歓声に、リョウは当然だという顔をして微笑んだ。
それから彼女は担架に乗せられた対戦相手の元まで近寄り、気絶するヴィオラの頬を、誰にも止める間のない迷いのなさでひっぱたいた。
スパァン、といういい音が響き、赤くなったヴィオラの頬が治癒魔法で瞬く間に治る。
「いっっったぁ!?」
衝撃的な痛みによって文字通り叩き起こされたヴィオラは、己を見おろすリョウに気付いて怯んだ。
それはそうだろう。誰だって死を覚悟するレベルの攻撃をされ、愛しの相棒を粉砕されればトラウマにもなる。まあネーヴェはヴィオラが生きている限りは厳密には消滅しないため、同一性を保った個体をまた魔法で生み出せるのだが。
「な、なに?」
怯えつつも、ヴィオラはリョウをジト目で見返した。なお担架を運ぶ途中だった神官さんがたは、困った顔で待機している。
リョウはその場の誰にも気を使わず、いつも通りの強引な優雅さで笑ってみせた。
「べつに用ってほどのものは無いのだけれどね。楽しかったと伝えておこうと思って。あなたもあのドラゴンも、もっと強くなれるのじゃない? まあ私には敵わないだろうけれど」
それだけ言ってさっさとリングを降り、自国の選手用ベンチへと引っ込んでいくリョウに、ヴィオラはあっけにとられた。
そして数秒後には顔を真っ赤にし、ぎりぎりと歯を食いしばる。
あんだとこの野郎うちのネーヴェを馬鹿にしてんのかオラ。と、ドラゴン大好きヴィオラちゃんは思ったのである。
そしてちょろい彼女は帰国したのち、いままでの、ネーヴェと一緒にいれさえすればそれでOK。強さとか全然興味ないです。という態度を一変させ、神前試合の選手としての訓練を始め、そのひたむきな姿勢で周囲に己の相棒の安全性と格好良さと強さを認めさせていくのであった。
そんなわかりやすく負けず嫌いで成長著しい少女に、煽った当人であるリョウが一番喜ぶであろうことは言うまでもない。
神前試合に勝利したうえに丁度いい娯楽まで発掘していく彼女は、完全にこの試合を、この場の誰より楽しんでいるのであった。
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