信じて呼んだ勇者がドS

石蕗石

第1話 勇者召喚の儀

イルグリア王国第八代女王マリア・リュステリア・イルグリアは、王城内の神殿の高い天井を仰ぎ見て、周囲にバレない程度に小さくため息をついた。

まったくもって青天の霹靂としか言いようのない事態によって先日急遽女王となった彼女は、弱冠18歳。花も恥じらう美少女である。

政治に関する勉強を十分にしたとはいえない彼女ではあるが、立憲君主制のこの国において、それ自体は致命的というほどの問題ではない。

とはいえそもそもの話、この国の現状自体が問題だった。

『国家間の争いは、国の代表による三対三での神前試合にて決着をつけるべし』

というルールが決定されているこの世界で、イルグリア王家は現在、隣国のエリトラント帝国から試合を仕掛けられているのだ。

つまり世界のルールに従い、自国を守るべく、神の御前にて敵国の代表をぶちのめさなければならないのである。


敵国であるエリトラント帝国は現在、周辺国家へ次々に神前試合を申し込み、破竹の勢いで快勝を続けている。

実を言えばイルグリア王国は、すでに一度エリトラント帝国に負けている。しかも選手三人全敗という戦績で。

そのせいで、試合に出た国王も王太子も将軍も捕虜となり、長女であるマリアのもとに仕方がなく玉座が転がり込んできたというわけだ。

マリアは怠惰で消極的な少女ではあったが、生まれた時から王族として過ごしてきた身である。

身内が試合で死んだり、あるいは大怪我をする覚悟は一応していたものの、ここ数十年は自国どころか周辺の国でも神前試合が行われたことなどなく、有体に言えば平和ボケしていた。

なんなら彼女に限らずこの国の人間はほぼ全員平和ボケしまくっていたのだが、自分達だけではこの危機を脱することができない、と判断できる程度には理性があった。


神前試合において負けた国家は、一度だけ勝者に再対戦を申し込む権利を認められている。

これに勝つことができれば、状況は一勝一敗。少なくとも一方的に即帝国の属国にされることはなくなる。首の皮が一枚繋がるのだ。

イルグリア王家と王国議会がこの試合に勝つべく打ち出した秘策が、勇者の召喚である。

国際ルールでも助っ人は一人まで呼んでいいと決められているため、この枠を最大限活用しようと考えたのだ。

召喚には王国内の著名な魔導士たちが大勢関わり、完璧な魔法陣を敷いた。

しかしながら召喚魔法陣というものは、大勢で一緒に起動する、ということはできない。

たった一人の人間が、ひとつの存在を呼ぶ、という縛りが存在する魔法だからだ。

そういうわけで召喚主として白羽の矢を立てられたのが、マリア女王その人だった。


マリアは目の前の真っ白な床に描かれた、青い光を淡く放つ魔法陣を見て、再びこっそりとため息をつく。

荷が重いとはこのことかと、彼女はひとり苦痛を噛みしめていた。

国王や後継者である長男と違い、彼女は戦闘訓練を受けていない。

いや、受けたところで怠惰で意志薄弱で出来れば毎日部屋に籠っていたい気質の自分では、満足に剣を握ることすら出来ないだろうとマリアは考えていた。

それならば、量だけはある魔力を生かし、こうして自分にできる仕事をするのは当然のことである。

というかしないとめちゃくちゃ叱られることは明白だった。

人に叱られるとその日の食事が美味しく食べられないマリアにとって、これは非常に重大な問題だ。

彼女は見た目だけなら憂いを帯びた嫋やかな淑女に見える、つめ先まできっちり整えられた華奢な手を軽く掲げ、魔導士をそばへ呼んだ。


「……このまま呼んでかまわないのですね」

「はい、女王陛下。既に万事整えてございます」

「召喚の文言は」

「それも魔法陣に組み込んでございます。

非常に強いこと、この国に快く力を貸してくれる存在であること、本人の要望があれば元の場所へ送り返せること。この三点は特にきっちりと」

「……わかりました。では、やりましょう」


マリアはいいかげんに覚悟を決め、魔法陣のふちギリギリに立った。

そして魔術師が捧げ持つ絹布の上に置かれた、水晶でできたナイフを手に取る。

透明な刃先が指先に当てられ、滴った血が既定の位置へと落ちた瞬間、魔法陣が明るい青色の光を放った。

呪文をなぞるようにくるくると明滅していた光は強く輝きを増すと。空中へと浮き上がり、魔方陣を筒のように覆ってしまう。

その中心にチカチカと白い火花のような光が生まれ、爆発的に広がった瞬間、そこには一人の美しい女性が立っていた。

黒地に大きな牡丹の咲いた振袖に、腰まであるまっすぐな黒髪。抜けるように白いきめ細やかな肌。つり気味の大きな目は、強い光を宿した黒い瞳をしている。

どこから見ても文句のつけようのない、それはそれは気の強そうな美女は、魔法陣の中央で実に強者然とした仁王立ちをして登場したのであった。


血液を媒介として大量の魔力を魔法陣に吸い取られたマリアは、いくつも星を閉じ込めたようなキラキラと輝く瞳に見つめられながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

魔法陣の仕様に則ってきちんと召喚が行われたのであれば、この女性がその身に似合わぬ強大な力を秘めていることは間違いない。

なんとか呼べた。安心した。

これでもう、己の仕事は終わりである。

急激な魔力消費による目眩に襲われながら、マリアは安堵のため息をついた。

彼女の体からふっと力が抜け、そしてぐらりと傾く。

即座に駆け寄り、その身が床へ倒れないようにと抱き留めたのは、マリアと同じくらいに細い腕だった。

あとはもう勝とうが負けようが、なるようになればいい。

体調不良によってふっと意識が途切れる瞬間、マリアの脳内にあったのは、そんなヤケっぱちのような気持ちだ。


後に魔弾の勇者と呼ばれる美女に、鉄拳の女王と呼ばれるようになる自分が、今後めちゃくちゃ苦労をさせられるだなんて、彼女はまだ知るよしもなかった。

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