数々の先輩をからかってはオトしてきたと噂の後輩ちゃんにターゲットにされたので、ここは素直に全肯定しようと思います~「先輩もしかして、ドキドキしてます?」「かなりしてるよ」「えぇっ⁈」~

本町かまくら

数々の先輩をからかってはオトしてきたと噂の後輩ちゃんにターゲットにされたので、ここは素直に全肯定しようと思います~「先輩もしかして、ドキドキしてます?」「かなりしてるよ」「えぇっ⁈」~


 俺、菅谷健二(すがやけんじ)は退屈な時間を潰すために誰得なゴシップをかき集めている友人の話を聞いていた。


「それでな、一年の子にめちゃくちゃ可愛い子が居るんだけど、その子がそれはもうとびっきりの先輩キラーらしいんだよ」


「へぇ」


 あからさまに興味のない反応をするのだが、友人は気にすることなくまるで独り言のように続ける。


「入学して半年で、オトされたアホの数は二桁を超えるらしい。これ、凄まじい記録だと思わないか?」


「すげぇな」


「でもさ、俺思うんだ」


「なんて?」


「――フラれてもいいから、そんな可愛い子にからかわれたいッ!!! って」


「ふぅーん。で、その後輩ちゃんには巡り合えたのか?」


「それが残念ながら、未だに矛先を向けられてない状況だよ。全く、オトされてもぬけの殻にされた男たちが羨ましいぜ……」


 そう言いながら、クソう! と机を叩く。


 何をやってるんだこいつは……と遠い目をしながら、作業ゲームをポチポチと展開した。


「(まぁ、俺には関係のない話だな)」


 そう思った日の、放課後。


「先輩っ、初めまして♡」


 なんか俺がターゲットになった。





    ***





 それは委員会でのこと。


 俺が所属する図書委員会では、当番制で放課後の図書室に行き、書架整理やカウンター業務などの雑務をすることになっている。


 この学校では絶滅危惧種である帰宅部の俺は、


「ま、部活行ってないんだし、暇でしょ」


 という委員長の独断と偏見によりシフトを高頻度で入れられていた。


 毎週金曜日は一年の女子と二人でのシフトであり、いつも通り図書室に来てみると、そこには見知らぬ女子生徒の姿。


 薄茶色の艶やかな長い髪を持ち少し制服を着崩した、いかにも陽キャって印象の美少女だった。


 なんだこいつ、と言わんばかりの目で見ていると、俺の姿を捉えてパーッと目を輝かせたこいつがすばしっこく俺に近寄り、


「先輩っ、初めまして♡」


「君……誰?」


「先輩は私のこと知らないのか……そっか、じゃあ自己紹介しますね!」


 そう言ってかしこまる。


「一年生の、桃園桃です。気軽にも~もって呼んでください、先輩っ♡」


 ……ほう。


 たぶんこいつが、噂の先輩キラーだな?


 男ならイチコロの計算しつくされた声に顔の角度。


 加えてちらりと緩めのシャツから下着が見えている。


 ……ほう。


「わかった。じゃあよろしく、桃」


「えっ? も、桃?」


「あぁ、桃」


「も、ももも?」


「ももも」


「…………」


 困惑したように、顔色一つ変えない俺のことをじっと見る。


 そして考え込むように顎に手をあてて、「あれ、おかしいな」と唸る。


「まっ、いっか! それより先輩の名前はなんて言うんですかぁ?」


 甘い声だ。おまけに距離が近い。


「菅谷健二だ」


「菅谷先輩、かぁ……ふむふむ。うんっ、なんかしっくりくる!」


 何がしっくりくるのか分からん。


「じゃあ今日はよろしくお願いしますね、菅谷せ~んぱいっ♡」


 にひひ~、と微笑んで、可愛らしい八重歯を覗かせた。






 カウンターに座り、本を読む。


 放課後の図書室にわざわざ来るほどの読書好きはこの学校にはおらず、ほぼ毎日開館から閉館まで誰も来ない。


 だから仕事もせずに、こうして一人本を読んでいた。


「むむむぅ~……」


 淡々と本を読む俺をじっと見つめる桃。


 頬をぷくーっと膨らませ、少し不機嫌な様子。


「あのぉ~菅谷先輩。どうして私がここにいるのかーとか、聞かないんですかぁ?」


「聞かないけど」


「えぇ⁈ な、なんでですかっ! 普通、突然見知らぬ女の子(可愛い)が図書室で待ってたら、びっくりしませんか⁈」


「結構びっくりした」


「え、えぇ⁈ び、びっくりしたんですか⁈」


「うん」


「へ、へぇ……な、なんかおかしいな(小声)」


 最後のは聞こえたけど難聴系主人公を装っておく。


 眉をひそめて怪しむ桃だったが、すぐに切り替えて顔を明るくさせる。


「じゃあなおさら、気になりません?」


「別に、聞くほどじゃないかな」


「なんでですか⁈」


「だって、おおよそ検討ついてるし」


 俺がそう言うと、「キタキタ」と言わんばかりの表情を浮かべ、


「はは~ん? じゃあ、先輩、当ててみてくださいよ~?」


 と、ニヤニヤしながら言う。


 俺は本に視線を向けたまま言った。


「当番の子が大会近いから部活に出なきゃいけなくて、代わりに来た、とか?」


「……せ、正解です。……グヌヌ」


 一番ありそうなことを言ってみただけなのだが、運が味方をしたようだ。


 桃が悔しそうに歯を食いしばる。


「先輩には完敗です……。先輩って、物知りなんですねっ♡ すごいですっ♡」


 至近距離で微笑みかけられる。


 だが俺は依然として本を読みながら、


「ありがと」


 と返して、本の世界に没頭した。


「……や、やっぱり、何かがおかしい(小声)」


 桃がそう呟いたが、また聞こえないふりをした。






 

 区切りのいいところまで読み終わったので、書架整理をすることにした。


 桃はさっきから「う~ん……」と唸っているが、まぁ気にしないでおく。


「桃、ちょっとそこの本取ってもらってもいいか?」


「もぉ~先輩はしょうがない人ですねぇ~」


 なんてめんどくさそうに言いながらも、顔は少し嬉しそうだ。


 桃が机の上にあった、少し重そうな本を持ち上げる。


「重そうだけど、一人で大丈夫か?」


「もしかして心配してくれてるんですか? 先輩って、優しいですねっ♡ でも、大丈夫ですっ」


 よいしょ、と声を出して、ゆっくり運んでくる。


「よいしょ、よいしょ……」


 そのたびに、桃の豊満で形のよさそうな胸が本の上で揺れた。


 ほんのり汗をかき、少し辛そうに「んっ」と声を漏らす桃は妙に色っぽい。


 思わず見とれていると、


「あっ」


 桃がつまずき、体が傾く。


 俺は瞬時に走り寄り、桃の肩を受け止めた。


「大丈夫か?」


「せ、先輩……」


 超至近距離で、かつうるっとした瞳でそう呟く。


 湿った桃の唇の隙間から、吐息が漏れる。


「先輩、私、凄く怖かったです……」


「そうか」


「でも、先輩がいてくれたから、私っ……!」


 そう言って、俺の胸に顔を埋める桃。


 女の子特有のいい匂いがふんわりと香る。


 柔らかい、桃の感触。


 小さくてか細い手が、少し俺の胸に触れていた。


「ありがとうございます、先輩っ♡」


 密着したまま、顔を上げる桃。


 俺の見上げるよう、上目遣いでそう言う。


「気にすんな」


 そうとだけ言って、書架整理に戻る俺。


「…………へ?」


 その場で固まったまま、桃は石になったみたいに動かなかった。






「……おかしい、絶対におかしい!!!」


 我慢できず、といった様子でぷりぷりと怒る桃。


 書架整理を終えた俺は、先ほどの定位置に戻り、本を読んでいた。


「普通だったら、今頃は私に好意ありまくりの視線を向けてるはずなのにっ!」


 ……もう本音が駄々洩れだ。


「なんで、どうして…………はっ! ……にひひ~、なるほどぉ~?」


 頬を緩ませて、からかいの視線を俺に向けてくる。


「ねぇ、菅谷先輩」


「ん?」


「もしかして先輩……私のこと意識しすぎて、わざと冷たくしてます?」


 桃は確信めいた様子で、んふふ~、と俺の答えを実に楽しそうに待っている。


 だが俺は、表情一つ変えずに、当たり前のことかのように言った。



「そうだけど」



「………………へ?」


 意表を突かれたような表情を浮かべる桃。


「逆に、こんなに可愛い子が近くにいて、意識しない奴いなくないか?」


「っ……! か、可愛い……」


 うぐっ! と桃にダメージ。


 頬をほのかに赤く染めるが、からかいの笑みは消えない。


「じゃ、じゃあ先輩は、私にドキドキしてるんですか?」


「してるけど」


「うぐっ!!! ど、どうして……」


「だって桃、可愛いから」


「はうっ!!! う、うぅ……」


 照れているのか顔を両手で隠すが、残念。


 真っ赤な耳がぴょこん、と見えてしまっている。


 反応があまりにも可愛いので、もう一度言ってみることにした。


「桃は可愛い」


「にゃ、にゃあ⁈」


「可愛い」


「っ……! せ、せんぱいぃ?」


「すごく可愛い」


「はうぅっ!!! しぇ、しぇんぱいそれ以上は……」


「ほんと、可愛い」


「うぐっ!!!! も、もうらめぇえぇええぇ……」


 可愛いの乱れ内に、ノックアウト寸前の桃。


 あばばばばばばば……と壊れかけのロボットみたいになっている。


 だが今まで数々の先輩をオトしてきたプライドがあるのだろうか。


 顔を真っ赤にさせたまま、俺に聞いてくる。


「な、なんでそんなに先輩は素直なんでしゅか!」


 噛んだ。


 それにさらに恥ずかしがる桃。


「別に、強がることじゃないだろ? だって実際に、ドキドキしてるし」


「で、でも全然表情変えないじゃないですか!」


「いやこう見えても心臓バクバクだぞ? 本とか上下逆だし」


「ほんとだ⁈」


 さっきから内容が一切入ってきてなかった。


「ふ、ふぅ~ん……じゃあ先輩、私のこと意識しまくりなんだぁ」


「正直頭の中、桃のことでいっぱいだ」


「い、いっぱい⁈ は、はうぅぅぅぅぅぅ……」


 ぷしゅ~、と音を立てて顔を真っ赤にする。


 もはや自爆行為だ。


 しかし、桃はめげない。


 もうどっからどう見ても瀕死の状態なのに、桃は八重歯を覗かせて、薄っすらとからかいの表情を浮かべていた。




「じゃあ、先輩は私のこと、好きなんですか?」




 言ってやった、と言わんばかりの表情を浮かべる。


 実に勝ち誇った顔だ。


 しかし、俺は即答で、


「まぁたぶん、好き」


「えぇ好き⁈」


「うん」


「うぐっ……! ……そ、それは、付き合いたい、とか……」


「まぁ、付き合えるならぜひ付き合いたいな」


 見た目も性格も含めて可愛いし。


「はうっ‼ せ、先輩が私のこと、しゅ、しゅきいぃ……」


 ノックアウト。


 カンカンカーン、と試合終了の鐘が鳴った。


 背もたれにもたれかかり、魂がほわほわ~と桃の体から抜けていった。


「どうする? 付き合う?」


「わ、私と先輩が⁈ つ、付き合う⁈ そ、それはぁ……」


「付き合う?」


「そ、それ、は……」


「付き合う?」


「……………………はい」


 目をめちゃくちゃ泳がせて、顔をこれでもかというくらい真っ赤にさせて、桃は頷いた。


 うぅぅうううぅうぅぅぅぅぅぅ……と唸りながら、また顔を手で隠す。


 そして指の間からちらりと俺を覗いてきて、目尻に溢れんばかりの涙を貯めて言った。



「先輩のばかぁ……」



 






「というわけで、後輩ちゃんと付き合うことになった」


「…………は?」


 口をぽかんと開ける友人。


 そしてすぐにケタケタと笑い始める。


「お前その痛すぎる妄想やめろ――」



「菅谷せ~んぱいっ♡ お昼一緒に食べましょっ♡」



 教室のドア付近で、甘ったるい声が聞こえた。


 友人は顔を真っ白にし、今度こそ口を開いて固まる。


「今行く」


「もぉ~先輩っ! 早くしてくださいよぉ~」


「わかったよ」


 席を立って、石化した友人に言い残す。


「そういうことだから、これから昼休みは彼女と食べるわ。じゃあな」


 俺はそう言って、桃のところに行った。


「もぉ~先輩遅いっ! こんなに可愛い彼女を待たせて~♡」


「ごめんごめん。この埋め合わせは、今度するから」


「なら、いいですケド」


 いじけたように唇を尖らせ、えいっ♡ と俺の腕にしがみついてきた。


 腕が柔らかい感触に包まれる。


「ふふっ、せ~んぱいっ♡」


 俺はこの受けに弱すぎる、あざとかわいい後輩ちゃんにひっつかれながら、中庭に向かった。


「……噓やん」


 嘘みたいだけど、嘘じゃない。


 こんな恋の形だって、きっとあるのだから。



「せ~んぱいっ♡」



 ……やっぱり、あざといのに攻められると弱い後輩ちゃん――いや、俺の彼女は、最高にデレ可愛い。


                     完


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