拾った猫は猫又でした〜気づいたら家に友達(妖怪)がたくさん住んでます〜

@luukii

第1話

「なぁ、縁。そこにおるか···?」


じいちゃんはもう目を開くことも出来ないのか、そう聞くことで僕がそばにいることを確かめる。


「うん···、いるよ。」

「そうか。今までお前には色んなことを教えてきた。楽しいこと、面白いこと、しょうもないこと、興味深いもの、悲しいこと。だがな今から残す言葉はいつか必ずお前の役に立つだろう。だから、覚えておけ。」

「え?」

「未知を恐れるな。」

「···どういうこと?」

「自分の知らなかったり、理解できなかったりするようなことが起こったとしても目を背けるな。その本質を見極め、自分が取るべき行動を取れ。」


どこか自分に言い聞かすようにも感じるその言葉を僕は聴き逃してはいけない気がした。


「···お前は考えすぎるきらいがある。もし、考えすぎてどうすべきかわからなくなった時は一つだけ自分に問いかけろ。最も大事な質問を一つだけだ。その答えによってどうすべきか考えたらいい。」

「う、うん分かったよ。」

「···わしは後悔しておるんだ。あの時、どうして動けなかったのか。その後悔を、この死ぬ時にまで引きずってしまった。お前はこうはなるなよ···。」

「じいちゃん···!」


少しずつ声に張りがなくなり、弱々しくなっていくのを見てられず声を上げる。


「あぁ、お前を置いていくのが大層心苦しく思う。しかし、こうして自分の死を悲しんでくれる人がいるのは悪い気はせん。最後に名前を呼ばせてくれ···。」

「じいちゃんっ!もう何も欲しがらないし、手伝いだってする!だから、お願いだからいかないで···。」

「お前は、本当に甘えん坊だな···。だが、もうどうしようもないんだ。···元気でな、縁。」

「じい···ちゃん···。」


最後の力を振り絞りニコリと笑うとじいちゃんはそれっきり動かなくなった。



中学1年生の時に、両親が亡くなった。結婚記念日に2人で出かけていたその帰りの事故で、原因は今も分かっていない。


その後、ばあちゃんを亡くし1人で暮らすじいちゃんに引き取られた僕はじいちゃんと2人で暮らすようになった。じいちゃんは物知りでよく僕が知らないようなことも教えてくれた。そんなじいちゃんと暮らすうちに両親を失った悲しみは少しずつ和らいでいった。


その矢先、じいちゃんが倒れた。癌らしい。


既に手遅れの状態でそれからじいちゃんは病院で寝たきりだった。そんな中でも僕を悲しませまいと痛みや苦しみを顔には出さずに振舞っていたじいちゃんを見て余計に胸が痛んだ。本当なら顔が歪むほど痛いはずなのに、僕がいるせいでじいちゃんは我慢を強いられる。それを見て僕が悲しむと思ってるから。


それでも、僕は弱かったから、そんな姿を見てしまえば耐えられなかったかもしれないから何も言えずじいちゃんに無理ばかりをさせた。


そして、別れはすぐにやってきた。


中学3年生になったばかりの頃、じいちゃんの容態が悪化して学校を休むことが多くなった。そんな日々が2週間経った頃、じいちゃんがこれまで以上に容態を崩し、医者からこれが最後だから話をしてきなさいと言われた。


そのまま、最後に少しの弱みを見せたじいちゃんは静かに息を引き取った。目の前が真っ暗になり、これからどうしたらいいのか分からない。今はただ、1人になった寂しさを胸に抱いて周りに促されるままじいちゃんの骨を拾った。


「これから先、どうしたらいいのかな。」


葬儀場からの帰り道何度目かになる呟きを通り越し、帰路を進む。どこか親戚の家にお世話になるか、あのままじいちゃんの家に住むか。後者の場合は近くにいる親戚がたまに様子を見に来てくれるらしい。でも、今の僕にとってじいちゃんのいないあの家は広すぎる。


そう考えただけで溢れ出る涙は僅かに降る雨とともに地面へとこぼれ落ちる。


結局何も決められずに重い足を動かしていると、つい目の端に映った路地が気になった。まるで、何かに導かれるように目線をそちらに向ける。


(あれは、ビニール袋?)


地面に広がる白っぽい物体を見て形からそう予想する。じいちゃんが亡くなったばかりからかそこにじいちゃんの霊がいるのではなんて馬鹿げたことを考えてしまった。


「そんなことあるわけないのにな···。」


自分の考えを否定するようにその言葉を口にして、立ち止まった足を動かし惰性のまま、また進もうとしたが何か引っかかり後退して路地裏を覗く。


(まさかあれって···!)


僕がビニール袋と見間違ったものの正体は地面に倒れ伏した白っぽい猫だった。白っぽいと形容したのは泥や汚れ、さらには流れる血のせいで完全に白とは言いきれないような色をしていたからだ。


(危うく見逃すところだった。こういう時、どうすればいいんだっけ?)


怪我をしているのは分かっているため、一度病院に見てもらった方がいいのではと急いで近くで空いてる動物病院を調べる。


「あった!ここから10分くらいか。」


早く連れていかないと手遅れになるかもと調べるのに使った時間のロスを取り返すためにその猫を抱きかかえようとしたところ、


「うわっ!」


必死すぎて気づかなかったが猫は倒れながらも威嚇するように鋭い視線を向けてきていた。その眼光の強さに思わず後ずさりしてしまう。


自分を庇うような言い方になるがその視線は大の大人でも後ずさりしてしまうのではと思うほど鋭いものだった。そして、今も尚こちらを睨みつけるようにして見てくる。


しかし、出会った頃と同じように体を寝かせたままこちらを睨みつけるだけで逃げようとも襲おうともしないあたり今の健康状態が伺える。


僕はじいちゃんが昔言っていた猫の扱いについて思い出し、目線を合わせないようにして猫に近づく。確か、目線を合わせるのは敵意の表れとかだった気がする。


できるだけ驚かさないようにゆっくりと近づき、もう少しで触れると思った瞬間。


「痛っ!」


猫はその牙で僕の指に噛み付いた。咄嗟に反応したものの、実際は僅かにしか痛みを感じないほどの弱々しい噛み付きだった。僕は指を無理やり抜くことなく、そのまま空いている手で猫を優しく抱くと怪我を刺激しないように背中を撫で始めた。


「大丈夫だから、僕は絶対に君を傷つけたりしないから。」


言葉が通じたのか、噛む力が無くなったのか分からないが、猫は僕の指を離してこちらをじっと見つめ出した。その瞳に込められていた溢れんばかりの敵意はなりを潜め、こちらを見定めるような瞳がこちらに向けられていた。


「今から病院に連れていくからしばらくじっとしててね。」


僕がそう口にすると、僕から目を背けて目を閉じた。一瞬、嫌な予感がしたがゆっくりと浮き沈みする体を見て安心する。


(寝てるのかな?こうして見ると可愛いな。)


大人しく眠る姿につい頬が緩む。


(···はっ!こんなことしてる場合じゃない!早く連れていかないと。)


初めの目的を思い出し、急いで先程確認した病院への道のりを頭にうかべてその経路を辿り始めた。



「ありがとうございました。」


そうお礼を言ってから病院を出た。どうやら、見た目以上に傷は深くなかったらしい。かなり血が出てる思ったんだけどな、と思いつつも実際確認したところ擦り傷程度のものだった。それからは汚れも随分と綺麗に落としてもらい、指を噛まれたことを言ったところ何か病気を持っていないか検査もしてくれ何もないことが分かり安心した。さらに、このまま抱いて帰るのは大変だろうとケージも貸してくれたため帰りは随分と楽になった。何とも至れり尽くせりな対応で、本当に助かった。


「汚れを落としてもらえて良かったね。こんなに綺麗な毛並みなのにあれじゃあ勿体ないよね。」


今では白どこか白銀に輝くその毛並みを陽光の元に晒している。本人もどこか自慢げだ。さっきよりもずっと元気になった猫を見てこちらも嬉しくなる。春ということもありまだ4時にもかかわらず少しずつ影が長くなる中、


(これからどうしようかな。医者の人も言ってたけどこの子と一緒に暮らすかどうか考えなきゃ。)


野良であることを告げると、お医者さんはこれからどうするか考えた方がいいと助言をくれた。また、どうするにしても何か困ったことがあればまた訪ねていいとも。


(でも、この子がうちで暮らすかどうかは僕が決めることじゃない気がするんだよな。何だか、この子頭がいいのか僕とかが言ってる言葉を理解してる気がするし···。)


気に入ったら家に住み、気に入らなかったら出ていく。どっちに転んでもいいように僕は帰り道の途中で猫と一緒に暮らすために必要そうなものをいくらか見繕った。十分買い物を終え、改めて家に向かっている途中、ケージに入っている子に話しかける。


「もうちょっとで着くから我慢しててね。」


ケージの中が気に入らないのか不機嫌そうに鳴く猫を宥める。そうして、ふと気づく。


(···あんなに重かった家までの足取りがさっきよりも随分と軽くなった気がする。)


じいちゃんが亡くなってから数日が経つが、誰もいない家に帰るというのは何よりも辛く苦しいものだった。一人で帰り、一人でご飯を食べ、一人でお風呂に入り、一人で寝る。そんな生活に物足りなさを感じながらもどうすることも出来ず、夜は涙を流した。


両親が亡くなった時も辛い思いはしたが、じいちゃんがその寂しさを埋めてくれたため何とか立ち直ることは出来た。しかし、こうしてじいちゃんがいなくなったことで親しい家族は誰一人居なくなり、この世界に自分一人しかいないような気持ちを味わった。寝ても覚めてもそれは続いてたのに、この子を助けようと必死になっているうちはそんな思いが胸に湧くことは無かった。


家族を失った悲しみが消えることは一生無いと思うけど、この悲しみとどう向き合えばいいか分かる時が来るのだろうか。


(いつになるか分からないけど、その時はちゃんと向き合おう。)


胸に刻むように心の中でそう呟き、


「···よし、もうちょっとで着くから我慢しててね。」


さっきよりも長くなった影を追いかけるように帰り道を歩いた。



買ってきたものを部屋に置き、晩御飯の準備も終えたので猫にもご飯をあげるためにキャットフードを用意したもののなぜか食べようとしない。


「食べないの?」


しかし、首を振って僕が食べるつもりのご飯へと目を向ける。


「こっちがいいってこと?」

「にゃーん。」


まだ傷もあるわけだし、何か食べさせた方がいいに決まっている。僕は作ったご飯の中に猫が食べられないようなものはないか確認した。どうやら、どれも大丈夫そうなようだったのでそれを用意してあげると今度は勢いよく食べ始めた。


「落ち着いて食べなよ。水も置いておくから。」


そう言い残し僕も晩御飯を食べ始める。久しぶりの一人きりではない食事だからかご飯が美味しく感じた。


それからは猫というものを身をもって知ることになった。こちらが相手にしようとすると無視して一人で遊び始め、こちらが別のことをしようとするとかまってくれと言わんばかりに寄ってくる。普通なら面倒くさく感じるだろうが、その可愛さからそんなことを感じる暇もなく相手をするしか無かった。


「ふぅ、そろそろ寝ようか。君はどこで寝る?」

「にゃん。」


自身の顔を僕が寝ようとしていた布団に向けた。


「じゃあ、今日は一緒に寝ようか。」


僕と猫は一緒に布団へと入り、電気を消した後その子を抱いて意識を深く深く落とした。


その日はじいちゃんが出てくる夢を見た。


「じいちゃんはどうしてそんなに色んなこと知ってるの?」


普通に生きてたら知ることがないであろうことまで知っているじいちゃんを不思議に思い、そう聞いたことがある。じいちゃんは少し痛い所をつかれたような顔をしつつ、少し言葉を濁して答えてくれた。


「知らないことを無くすためだ。わしは昔、知らないことに怯えて間違った選択をしてしまった。そんなことが無いように、その罪滅ぼしのように色んなことを学んだ結果なんだ。」

「そうなんだ。僕にもいつかそんな時が来るのかな?」


じいちゃんは僕の頭を撫でながら、


「そうだなぁ、もしかしたらあるかもしれないし無いかもしれない。どれだけのことを知ってても未来までは分からんよ。お前は間違えるなよ、縁。」


僕に自分の思いを託すようにじいちゃんはそう言った。



「···うーん。」


太陽の光が寝床に降り注ぎ、僕は目が覚める。今日は土曜日のため、まだもう少し寝てても構わないと布団をかぶり直して目を瞑るが、


(あ、そう言えば僕一人じゃないんだ。僕の隣に寝てる子に朝ごはんあげないと···。)


昨日から久しい来客がいることを思い出して、朝ごはんの準備をしなければと寝ぼけまなこのまま体を起こす。


怪我を治すためにも栄養は必要だろう。


「ふわぁ、ごめんよ。今からご飯作るから。」

「いい···、まだ寝る。」

「そう?だったら、お腹減ったらまた起こして。」


本人からまだご飯はいらないとのことなのでもう一度体を寝かせて、少しずつ微睡んでいたところで、


「いや、今の誰!?」


良く考えれば明らかにおかしいことに気づき、勢いよく起きる。


「うるさい···。」


幻聴かと思いきや、またしても聞こえるその声の方向へ目を向ける。


そこには、キメ細やかで透き通るような白い肌に白銀色の髪を腰まで下ろした着物姿の女の子が隣で寝ていた。


「うわぁぁぁ!ど、泥棒!?でも、横で寝てるとか意味分かんないし!てことは泥棒じゃない?むしろ、この感じ外から見たら僕が誘拐してきたように見える···、てことは僕が犯罪者!?天国のじいちゃんごめんなさい!今日から僕は犯罪者です!」

「···落ち着いた?」

「はぁはぁはぁ、···ちょっと落ち着いてきた。」

「そう、じゃあおやすみ。」

「お願いだから寝ようとしないで!状況を説明して!」

「···めんどくさい。」


そう言ってこちらに背を向けてまた寝始めた彼女。


その頭にはいわゆる獣耳と呼ばれるものがこちらからの声をシャットダウンするみたいにふせられていた。


(···夢か。)


それを見た事で一瞬でこれが夢だと気づき、完全に考えることを止めて目を閉じた。起きたら、いつも通りの日常が待っているだろうと思い込みながら。


誰かが体を揺らしているのか、勝手に体が左右左右と小刻みに動く。


「誰ぇ?」


寝起きの声でそう問いかけると、


「お腹空いた。何か作って。」


そんな返事が返ってくる。


「分かったから。作るから揺らすのやめてぇ。」

「ほらやめた。だから、早くご飯。」

「はいはい。」


緩慢な動きで立ち上がり、布団をたたみながら不満を口から吐き出す。


「はぁ、作る側の気持ちも少しくらい考えてくれても···。」


目覚めたばかりで靄のかかった頭が少しずつ晴れだし、おかしなことに気づく。


「この家には、僕一人で住んでたはずじゃ···。」


ギギギと油のさされてない機械が動く時のような音を出しながら声がする方に顔を向ける。


そこには、先程夢で見たはずの少女が既に机の前に座っていた。


「何だ、まだ夢の途中か···。」


起きなくてもいい時に起きなきゃいけないような夢を見る時はある。だから、やれやれたまにこういう夢を見るよね、そんなふうに思いながらもう一度布団を敷き寝ようとすると、


「そのくだりはさっきもやった。それに、お腹すいたから早く起きて。」

「嫌だ、ここはきっと夢の中なんだよ。」


ここまでやっておいてなんだが、自分の中で薄々とこれは現実だと分かっている。しかし、それを認めたくなくて現実逃避するように布団を頭からかぶり外の声をシャットダウンするが、


「布団から出てこないならこっちも強硬手段を取らせてもらう。」


少女は僕が寝る布団の前に立つと手巻き寿司のように僕を掛布団でクルクル丸めてそのまま、


「よいしょ。」

「うわぁぁぁぁ!」


そのまま掃除に使うコロコロのように転がされ、一体どこに転がされたのだと目を回しながら周りを見るとそこは台所だった。


「とりあえずご飯。」

「···はい。」


現実とは逃げても追いかけてくるものなのだと知ったある春の朝であった。



「で、そろそろ説明して欲しいんだけど。」


口いっぱいにご飯を頬張る少女に対してそう尋ねる。


「···ごくん、何が聞きたい?」

「さっきから動いてる頭の耳が偽物じゃなくて、昨日連れて帰った猫が見当たらないことからもしかして君は···。」

「ん。その猫、私。」

「軽っ!」

「小豆洗いが小豆洗うくらい当然のことだったから。」

「何その例え。」

「隔世ではよく使われるよ?」

「そんな当然のようにローカルネタ使うのやめてくれない?そもそも隔世って何?」

「私たちが住んでるところ。」

「···私たちって?」

「本当は気づいてるんじゃない?」


スっと猫のように視線を細めてこちらを見る。


本当は分かってたのかもしれないが、あまりにも荒唐無稽で非現実的なことだったため受け入れられずにいた事実を突きつけられる。


僕の動揺を感じ取ったのか少しだけ両頬を持ち上げ弧を描くと、静かに囁くように彼女は現実を教える。


「私みたいな妖怪たちってこと。」


悪寒が走る。これから何をされるのか分からず、僅かに腰が引け、気づけば座りながらも後ずさりしてしまっていた。


妖怪と言えば人を襲ったり、食べたりするのもいる。


だから、もしかしたら目の前の子も···。


「ん、いい反応。満足した。」


その一方で、僕にそんな行動を取らせた彼女は先程の笑いとは違うホクホクとした笑顔でご飯を食べ始める。


「え?」


なにかされるのではないかと身構えていた僕は毒気を抜かれてその様子をボッーと見るが、我に返り率直な質問をぶつける。


「えっと···、妖怪って僕を食べるとか人間を襲うとかそういうのじゃないの?」

「そういうのもいる。けど、普通に考えて自分たちが生まれる源を殺すわけない。」

「生まれる源?」

「そう、私たちにももちろん親はいる。それとは別に私たちが生まれ、生き続けるために必要なものがある。それが俗に言われる妖力。」

「漫画とかに出てくる魔力とかと同じ?」

「まりょく?というのが何か分からないけど、妖力は人が何かを恐れる感情の上澄みのこと。それが大部分で、後はそこに何かがいると信じ、想像する力が僅かに混じってるらしい。」

「へー、だからそれを生み出す人間は源って言うわけか。」

「妖力は妖術として形を持たせて外に出すことも出来る。使える妖術は基本的なものから種族固有のものもあって、減った分の妖力はちゃんと少しずつ回復するけど、もし使い切ってしまえば妖怪は体を保てなくなって最悪消える。」

「なるほど。」


普通なら到底信じられるはずのない話の連続だ。しかし、猫が人になっているという本来ならありえない状況に常識のようにそれらを語る彼女。それらは彼女の話すこと全て本当のことだと信じさせるには十分だった。


まるで初めて宇宙の話を聞いた時と同じ衝撃と高揚が襲う。


もっと色々聞いてみたい。


そんな思いが生まれる。


(それに、こうしている間は···。)


家族を失った悲しさとは向き合うべきだと気づいた。でも、寂しさをどう埋めればいいのか分からなかった。こうして話しているうちはその寂しさが埋まっていくような気がしてこんな時間が続けばいいのにと思ってしまう。


「っ!」


僕が心の中で色々考えていると目の前の彼女は突然立ち上がった。


「ど、どうしたの?」

「···ごちそうさま。昨日からお世話になったけどそろそろここを離れる。とても助かった、ありがとう。」

「え?どこに行くの?」


突然、早口で別れとお礼を告げる彼女に戸惑いながらそう尋ねる。


「さっきも言ったけど、私がいるべきは隔世。今は何かの間違いで現世にいるけど、私はお父さんやお母さん、友達がいる場所に帰りたい。だから、帰る方法を探さないといけない。」

「な、何か手がかりはあるの?」

「無い···、だけどここにいても見つからない。私はもう行く。」

「で、でも···そうだ!体の傷は!?」

「もう大丈夫。」

「···そっか。」


少し期待していた。彼女も帰る場所が無いんじゃないかと。もしかしたら、また騒がしい日々が戻るんじゃないかって。でも、彼女には帰るべき場所があって、彼女もそれを望んでいる。であれば、


「元気でね···。」

「うん、あなたも。」


振り絞るようにして、出した別れの言葉に彼女は何でもないように返すとこちらに背中を向けて歩き出した。その淡白さがどこか猫っぽくて、少し寂しかった。


遠くなる背中をただ眺めていると、彼女は立ち止まりこちらに顔を向けた。


「···私の名前は紫、猫又の紫。もう会うことは無いかもしれないけど、縁だけでも私がいたことを覚えてて···。」

「あ···どうして僕の名前···いや、どうでもいいよね。うん!覚えてるよ!絶対忘れないから!」


その言葉はどこか悲しそうに聞こえた。だから、何とかして元気づけようと僕は声を上げて見送った。


そして、今度こそ彼女は振り向くことなく門から出ていった。


「行っちゃったか。」


元々、広い家だったがこうして一人でもいなくなると一段と広く感じる。何かしていないとそんなことばかり考えてしまいそうだったので、朝ごはんに使った食器を片付け始めた。


ガシャガシャと食器同士が擦れ合う音が静かな家に響く。


(それにしても、彼女が妖怪か。見た目はともかく話した感じ人と何も変わらなかったな。)


確かに頭に猫のような耳は生えていたものの言葉も考え方も人と何ら変わらなかった。


(それに、妖怪が住む隔世か。どんな感じなんだろう。そこまでこっちの世界と変わらないのかな?でも、お店を開いてるのが妖怪だったりするのか···。ちょっと気になるな。)


もしかしたら、会社員の妖怪もいるかもなんてことを考えて一人で笑っていたが、突然あることを思い出した。


(あれ?そういえば、紫はどうして怪我してたんだろう?妖怪の話に引っ張られてそっちを聞くのを忘れてたな。妖怪である彼女を路地裏にいる動物が傷つけることができそうじゃないし、ましてや普通の猫や事情を知らなければコスプレしてる人にしか見えない彼女を傷つける人間もいないだろうし···。)


そうして、彼女が傷ついていた理由について思いを馳せていると、


「ん?」


何かが体の中を通り過ぎたような気持ちの悪さを感じて身震いが起こる。普段なら気にもとめなかったであろうそれに、先程のこともあり過剰に反応する。


(もしかして、これが虫の知らせってやつ?何か悪いことが起きる前兆だったりして···。)


ありもしないことを頭の中でつらつらと考える。初めは、食器洗い中の手慰みのようなものであったが、段々と不安になってきた。特に紫のことについて考えてる時に起こったことのため、彼女にもしかして何かあったのではと考えてしまう。


(きっと何かの思いすごしだろうし、今から追いかけて会ったとしてもなぁ。さっき別れたばかりなのにどんな顔してあったらいいかも分からないし···。)


うーん、とうなりながら悩むがふと炊飯器に残ったご飯を見て思う。


(そうだ、微妙に残ってるしこれを届けてあげるって名目でちょっと様子を見に行こう。何か困っているかもしれないし。うん!そうしよう!)


テキトーな理由をつけておにぎりを握り、戸締りをしっかりしてから家を出た。


「天気悪いな。」


さっきまでは晴れていたはずなのに何だか天気はどんよりとしていてこっちまで気が沈みそうになる。そんな気持ちを打ち消すように、少しだけ早足で恐らく紫が進んだであろう方向を目指す。


所々、路地や分かれ道もあり本当にここを進めば彼女に会えるのか分からないが少しずつ積み重なる不安感に急かされ、足を動かす。ただ進むことしか考えてなかったせいで、普段なら気づいたであろうおかしなことにしばらく経ってから気づいた。


(あれ?人が全くいない?)


そろそろ昼時という時間帯でいつもなら買い物に出かける人や遊びに行く人がいるはずの道に誰も居ないのだ。さすがにどこかテキトーな家に押しかけて理由を聞くなんてことをできる訳もなく、その不気味さから目を背けて歩くしかなかった。


そして、見慣れたはずの大通りが見えてきた瞬間予想だにしなかったものが目に入る。


(なに···これ?)


先程までと同じく人一人いない状況なのは変わらないが電柱は何か大きなものが当たったように凹み、地面はひび割れて黒ずんでしまっていた。目に入るお店もシャッターは破壊され、品物も地面にちらばっているというものだった。


「何が起こってるの···?」


呆然とその現場を見るしかできないが、僕の耳は確かに何かが壁にぶつかるような音が聞こえた。


僕は導かれるようにその音が聞こえた場所を目指して走った。


「はぁ···はぁ···はぁ。」


その場所は昔、じいちゃんによく連れて行ってもらった駄菓子屋の前だった。そこには、昨日見た白い毛色をした猫と軍服のようなものに身を包んだ男が向かい合っていた。


きっと、その猫は紫であろう。しかし、もう1人の男が誰か分からない。それに遠目ながら紫はあった時と同じように項垂れように倒れている。


(た、助けないと···!)


そう思い足を踏み出そうとした時、軍服を着た男が手を前に出したかと思うとそこから大きな火の塊が出現した。


(え?···今、あの人があれを出した?もしかして、黒ずんでいたのは炭になったということ?大通りのあれらはあの人のせい?)


超常現象を前に、思考が逸れる。そのうちに、その火の塊は紫へと向けられて···


(や、やめ···!)


声に出す暇なくそれは紫の足へと着弾する。


痛みをこらえるようにくぐもった声が僅かに耳に入る。


何が起こってるか全く分からないが、助けなきゃと思い足を動かそうとする。


(あ、足が···。)


なぜか考えたこととは反対に足は前に進まない。


いや、本当は分かってる。あそこに行くことを恐れてるからだ。


見ているだけでも怖い、あの火の玉がもしあの前に立てば自分へと飛んでくるのだ。その恐怖が僕の足をすくませる。当たればタダでは済まない。死ぬかもしれない。生物であれば恐れるべき死というものが目の前にある。


だが、足が止まる理由はそれだけでない。


直感ながらここが僕の人生の分岐路なんだと気づいてしまったのだ。ここから、前に進めばどうなるか分からない。このまま先に進んでしまえば、わけのわからない世界に巻き込まれるかもしれない。そんな世界で僕みたいな人間がどれだけ生き残れるだろうか。しかし、ここで何も見なかったことにして戻ってしまえば今まで通りの日常に帰れる。


(ど、どうしたら···。)


じいちゃんはもういない。間違った道を進めば、止めて正しい道を教えてくれたであろうじいちゃんはもういないのだ。自分で道を選ばなきゃ、正解の道を選ばなきゃいけないんだという考えで頭が埋まる。


「はぁ···はぁ···はぁ。」


呼吸が上手く出来ず過呼吸気味になる。


(助けないと···でも、あれに当たったら?他に誰か呼んでくれば···この騒ぎで誰も来ないなら近くに人はいないんじゃ?見なかったことにして帰る?それじゃあ、紫が死んでしまうかもしれない···。)


取るべき行動を次々と頭に浮かんべては自分でそれを否定する。前に進むことも戻ることも出来ずにただ大きくなる火の塊を見ることしか出来ない。


「あ、あぁ···。」


考えるだけで動けもしない自分が情けなく、声が漏れる。


(このままじゃ、紫も死ぬ?)


···じいちゃんと同じように?


少しずつ元気が無くなっていき、最後には動かなくなったじいちゃんと重なる。


心が絶望に包まれる。それに身を委ねて、膝から崩れ落ちそうになると同時にじいちゃんの最後の言葉を思い出した。


『未知を恐れるな。』

『自分の知らなかったり、理解できなかったりするようなことが起こったとしても目を背けるな。その本質を見極め、自分が取るべき行動を取れ。』

『···お前は考えすぎるきらいがある。もし、考えすぎてどうすべきかわからなくなった時は一つだけ自分に問いかけろ。最も大事な質問を一つだけだ。その答えによってどうすべきか考えたらいい。』


一度しか聞いたことが無い言葉。なのに、一言一句間違えることなく再生出来た。その言葉はすんなりと暗闇に包まれていた僕の心に入り込んだ。それに、少しずつだが震えも止まる。


その言葉に従うように頭を回し始める。


(ぼ、僕が取るべき行動···、それに自分にとって大事なことを一つだけ考える。そうすればこの場での答えが出るはず···。)


さっき撃ったもの以上に大きくなる火の玉が目に入る。それを前に動くことが出来ない紫のことも。走馬灯のように昨日からの記憶が脳裏をよぎる。


路地裏で倒れていた彼女。


ご飯を夢中で食べる彼女。


一緒に眠っていた彼女。


自分勝手な彼女。


最後に名前を教えてくれた彼女。


昨日から始まった非日常的な状況の中心には彼女がいた。苦労もした、騒がしかったし困ることもあった。でも、


(楽しかったんだ。)


彼女との出会いが無ければ僕は今もじいちゃんを失った悲しみに囚われたまま死んだような日々を過ごすことになっていただろう。まだ何も答えは出てないけどこれからを考えさせてくれるきっかけとなったのだ、彼女は。


きっとそれは意図したものでは無いだろう、だけど···。


(僕は感謝してるんだ、なのにまだお礼も言えてない。)


ふっと肩に入っていた力が抜ける。足の震えは完全に止まった。要らないもの全てが削ぎ落とされたった一つの質問が頭に残る。


『紫が死んでもいいのか?』


先程までの震えは嘘のように止まり、自然と足は前へと進んだ。


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