En Avant! ~もう一度、舞え~
常行 迪
プロローグ 終わりが始まり
薄暗い夕方の病室で先生は静かに最期の言葉を漏らした。
「あなたは美しい。とっても、美しい」
小さく微笑む先生の唇は血の気を失い、震えていた。これから深い眠りにつく先生の手を握る勇気は私にはなかった。この世での唯一無二の理解者を私はもうすぐ失う。頭の中に浮かんでくるあらゆる感情を排除し、無心でその場に立ち続けることで精一杯なのだ。
先生の呼吸が次第に浅くなっていく。もうその時が近いのだ。泣き崩れる周りをよそに、私は先生の痩せこけた顔をじっと見つめていた。涙の筋が目尻を伝う気配も、彼女の終焉と共に消え去って行く思い出の数々が湧き出る予感もなく、ただ呆然と終わりを待つ人々に囲まれながら私は一人、凛とした先生の目に魅了されていた。
病室の薄暗さも相まって、先生の顔は青く見えた。もう春も半ばとはいえ、流石にこの時間だとあたりは暗くなり始めていて、病室の隅の方においてある古い照明だけでは事足りない。
さっきから先生はずっと天井を見上げている。この人が最期に見る景色はこんな薄暗い病室の薄汚れた白い天井なのか。そんなことが頭をよぎった。少しずつ長くなっていく先生の呼吸を真似するように、自然と私の呼吸の間隔も長くなっていた。
先生が小さく息を吐き出した瞬間、病室中に悲痛の音が響き渡った。モニターから流れる一音で先生の人生の幕は閉じたのだった。
「午後五時四十七分、ご臨終です」
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