俺と幼馴染はおでこに鼻を擦り付ける関係

月之影心

俺と幼馴染はおでこに鼻を擦り付ける関係

「あ、いつきくんだ。」


 大学の学生棟にある掲示板を眺めていると、近付いてきたおっp……じゃなくて佐久間さくまみおが声を掛けてきた。

 澪……いつも俺が『澪ねえ』と呼んでいるおっぱいの大きいこの人は、隣の家に住んでいる1つ年上の幼馴染だ。

 澪姉は『可愛い』と『エロい』と『表情あんまり変わらない』を兼ね備えた、その筋の方々にとっては萌え要素を詰め込んだような人。

 (勿論、俺の好みにはドンピシャだったりする。)

 故に昔から結構人気があって度々告白されていたようだが、今のところ誰かと付き合っているという話は聞いた事がない。

 まぁ俺の耳に入って来ていないだけかもしれないけど。


「澪姉……どうしたの?」


 澪姉に声を掛け返すと同時に、横にいた澪姉の友達らしき女性が僕を見てきゃーきゃー言い出した。


「え~!澪ぉ!誰だれぇ?」

「イケカワじゃぁん!」


(池川?)


「彼は同じ学部のいっこ下の粟飯原あいはら樹くん。私の幼馴染。」

「きゃー!幼馴染ぃ!?こんなイケカワな子と幼馴染なんてぇ、羨ましいぃ~!」

「えー?えー?じゃあちっちゃい時から知ってるんだぁ!一緒にお風呂入ったりとかしてたのぉ!?」


 自分で言っておいて『きゃー!』とか言って盛り上がってる。

 てか『イケカワ』ってナニ?


「えっと……樹くんに言わなきゃいけないことあったんだけど……何だっけ?」


 澪姉は友達の盛り上がりを無視して俺に話し掛けたが、俺に訊かれても澪姉の頭の中までは分からない。


「なになにぃ~?」

「ひょっとして告白ぅ~?」

「「きゃー!!」」


 澪姉がこんな真昼間の大学のキャンパスで友達に囲まれて、しかも昔から知ってる近所の弟くらいにしか思っていない俺に告白するわけないだろ。


「あー思い出した。おばちゃん樹の母が今晩町内会の会合で遅くなるの言うの忘れてたから伝えといてって。」

「ん、分かった。」

「じゃ。あ……」

「ん?」

「晩御飯、今日も7時過ぎに作りに行くよ。」


 ここでそんな事言ったら……


「え?澪って樹君の晩御飯作ってるの!?」

「今日『も』ってことはまさか毎晩!?」


 ほらね。

 ちゃんと説明しないと誤解されるよ?

 いつの間にかお友達も俺の下の名前で呼んでるし。


「毎晩じゃないよ。樹くんのお母さん忙しい人だから……週3くらいかな。」


 Oh……


「きゃー!もう半分奥さんじゃん!」

「幼馴染だったら家族ぐるみのお付き合いなんか当然で実は『許嫁』とかなんじゃないのぉ?」


 澪姉は友達の反応に慣れているのか、平然とした顔のまま俺の方に右手を上げて『じゃあね。』と言った後、『ほら行くよ。』と友達を連れて行ってしまった。

 残された俺は、掲示板にある『休講』と書かれた紙を見て溜息を吐き、体の向きをくるりと変えて大学を後にした。




 帰宅して本を読んだり音楽を聴いたりしているうちにいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 ふと気配を感じて目を開けると、大きな目がすぐ顔の上にあって俺の顔を凝視していた。


「おはよう。」

「……おはよう。」


 大きな目が離れていって顔全体が視界に収まる。

 勿論、こんな事をするのは澪姉以外いない。


「何してんの?」

「樹くんの寝顔見てた。」

「何か変わった顔してた?」

「ううん。いつもの樹くんだった。」

「そう。」

「ご飯出来たよ。」

「分かった。」


 一旦ベッドの縁に腰掛けてからゆっくり立ち上がると、ベッドの横に座った澪姉が俺の腕を掴んで『よいしょっ』と可愛らしく言って立ち上がり、トタトタと部屋を出て行った。

 いちいち仕草が可愛い。




「昼間の友達が樹くんと話がしたいって言ってるの。」


 澪姉との食事を終え、向かい合ってコーヒーを味わっていると、唐突にそんな事を言い出した。


「俺と?何で?」

「『イケカワ』だからじゃない?」

「そう言えばお友達も言ってたけど、その『イケカワ』ってナニ?」

「あぁ、『イケメン』で『カワイイ』ってこと。」


 なんじゃそりゃ。

 まぁ自分で言うのも何だが、澪姉ほどじゃないにしても俺も高校生の頃はまぁまぁ女子に告白されてた。

 それ程自信は無かったけど、やっぱり多くの女子に声を掛けられて『俺ってモテるんだ』くらいは思った事がある。

 それでも、未だ誰とも付き合った事が無いのは、澪姉という俺の好みにすっぽり嵌っている女性が一番身近に居るからだ。


「でも今日会ったばかりの、しかも澪姉の友達と何を話せばいいのさ?」

「私との関係とか?」

「幼馴染って澪姉も言ってたじゃん。それ以外なんかあるの?」


 澪姉はコーヒーカップを横に避け、肘を付いて俺の方に体をぐっと乗り出してきた。

 腕でおっぱい潰れちゃってるけど苦しくないのかな。


「あるなら話せばいいし、無いなら無いって言えばいいと思うよ。」

「何それ?」

「何が?」

「だって俺と澪姉の関係なんだから、俺だけが勝手に決められないよ。」


 俺が困ったような顔をしていると、澪姉がすっと立ち上がって俺の後ろに回ってきた。


「何?」


 澪姉が俺の顔を両手で掴むと、ぐいっと上を向かせた。


「ぐえっ!」


 首もがれるかと思った。

 目の前には上下反対になった澪姉の顔が視界いっぱいに広がっている。


「澪……姉……?」


 澪姉は俺の目をその大きな目でじっと見詰めていたが、そのうち鼻を俺の額にすりすりと擦り付けてきた。


「こういう関係。」

「全然分からん。」


 俺がそう言うと、澪姉は俺の頭を元の位置に戻し、今度は首に両腕を巻き付けてぎゅっと抱き付いてきた。

 おっぱいが背中に掛けて押し付けられて気持ち良し……じゃなくて。


「樹くんは私と幼馴染以外でどんな関係を所望してる?」


 『所望』って武士かよ。


「どんな……って言われても……てか、澪姉どうしたの?何かあった?」


 普段の澪姉ならこんな事はしない。

 せいぜいさっき起こしに(?)来た時のように、顔をギリギリ近付けて覗き込む程度だ。

 おっぱい押し付けてくるなんて無かった。


「何もないよ。敢えて言うなら樹くんにこんな風にしたかっただけ。」

「一応、俺も男なんでヘンな気になっちゃっても知らないよ?」

「それでどんな関係をご所望?」


 華麗に受け流された。


「あー……そりゃあ俺、澪姉の事好きだしもっと深い付き合いが出来ればと思ってるよ。」

「もっと深いって……」


 囁くように話す澪姉の吐息が耳に掛かってくすぐったい。


「いでっ!」


 と思ってたら耳噛まれた。


「こういう関係ってこと?」

「耳噛む関係ってナニ?」


 耳の周辺に触れる澪姉の肌と、頭から背中に移ってきた柔らかいおっぱいの感触が気持ち良くて、耳を噛まれたというのに俺はそのままの姿勢を崩せなかった。


「樹くん、私の事好きなんだ。」


 耳の中に澪姉の妙に色っぽい声が響く。

 ちょっと心臓が高鳴ってしまった。


「今更?俺、結構小さい頃からアピールしてたと思うんだけど。」

「アピール?私の好きな小説こっそり買って来て読んだり、秘かに私が使ってるのと同じ芳香剤部屋に置いたり、私が起こしに行ったら起きてるのに寝惚けたフリして抱き付いたり、樹くんが私の部屋に来たら手持無沙汰なフリしてクッションに顔埋めて匂い嗅いだり……とか?」

「随分知ってんなオイ。」


 澪姉は少し体を離したけど、相変わらずおっぱいは背中に当たってるよ。


「そんなにアピールしなくても、私も樹くんのこと好きだから心配しないの。」


 あぁ、もう完全に近所の弟扱い……


「勿論、男の子としてだからね。」

「え?」


 何て?


「え……澪姉……それ……」


 顔を右に振って澪姉の顔を見ようとしたけど、澪姉は俺の左側に顔を持っていって見せてくれなかった。

 澪姉は俺のうなじに顔を押し付けて首に巻き付けた腕にきゅっと力を入れた。


「ぐぇっ!」


 うなじに伝わってくる澪姉の体温は随分高かった気がする。


「澪姉。」

「うん?」

「顔見せて。」

「拒否する。」

「見せて。」

「ヤダ。」


 顔を左へ右へと動かすが、澪姉は俺の後頭部に頭を付けて見せようとしない。


「樹くんがちゃんと言ってくれたら見せる。」

「ちゃんと?何を?」

「私とどんな関係になりたいか。」


 ちゃんと告白しろって事か。


「じゃあ澪姉……俺、澪姉が好きだから、ただの幼馴染じゃなく、一人の男として付き合って欲s……ぐぇっ!」


 澪姉が首に巻いた腕に力を入れてきて言葉を遮られた。


「最後まで言えなかったから見せない。」

「何という理不尽。」

「じゃあ友達に話するって連絡しとくね。」

「は?」

「友達が樹くんと話がしたいって言ってた件。」

「じゃあってナニ?」


 脈絡無さすぎで頭がついて来ない。


「これで樹くんを狙われなくて済むでしょ?」

「え?俺って狙われてたの?」

「友達、『イケカワ』好きだから。」


 澪姉はそう言って俺から離れると、『OKって連絡しとくね。』と言い、結局顔を見せずに帰ってしまった。


(何だったん?」


 俺は何だか不完全燃焼気味なまま暫く呆然と椅子に座ったままだった。




 翌日、講義終了後に大学の近くのカフェに呼び出された俺の目の前には、昨日澪姉と一緒に居た友達が2人並んで座っていた。

 俺が座った直後から質問責めが始まる。


「で、澪とは幼馴染ってだけなの?」

「本当はもっと深い関係なんでしょぉ?」

「「きゃー!」」


 みたいな。

 どんな妄想してるのか想像は出来るけど、自分らで言って『きゃー』は無いだろ。


「俺と澪姉とは……」


 俺が口を開くと、2人は目を真ん丸に開いて俺の方を凝視した。








「おでこに鼻を擦り付ける関係です。」








「「は?」」








 2人は固まってしまったので、俺は『じゃあ俺この後バイトあるんで失礼します』と言って席を立ち、2人を残して去って行った。

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