3.メイドライフ初日
「あれ~、ジーナちゃん、何見てるんですの?」
「ああ、これは、昔この家に来たころにつけていた日記です。掃除してたら偶然出てきて、少々懐かしかったもので……」
少し端の擦り切れた日記帳のページを、ペラリペラリとゆっくりめくる。
「ふーん、どんなことが書いてますの?」
「えーと、ですね……」
* * *
朝食の際の配膳と給仕については、とくに問題はなかった。
本来、空腹の状態でこのような作業に従事すれば、お腹のひとつもグゥと鳴ってしまい、思春期に入ったばかりの乙女(に見える存在)としては、いささかはしたなくも恥ずかしい醜態をさらすハメになっただろう。
そういう点では、満腹中枢に左右されない機械の体は便利とも言えるが、いささか味気なくもある。
後片付けについては、食器を台所に運ぶだけでよかった。世紀の発明女王たるキャリィ学長──いえ、奥様謹製の「万能皿洗いマスィーン・17号」があるからだ。
この家で人間(人外やドール含む)が食器を手洗いするのは、来客時などに特に高価な銀食器を使ったときくらいらしい。
さすがに食器を食器棚にしまう作業は人の手でやる必要があるが、乾燥時に種類によって大まかな仕分けもされているため、こちらも大した手間ではない。
奥様と旦那様が出勤されるのを見送ってから、ハンナさんとぼくは洗濯室へと向かった。
ちなみに、上と同様の理由から洗濯自体の手間もほとんどかからない。こちらは自家製ではなく、既製品を奥様がカスタマイズされた「汎用洗濯機 愛人28号・改」に任せれば、よほど繊細な手洗いが必要な衣類以外は、問題なくフワフワ仕上げで洗いあがるらしい。
(関係ないけど、一般家庭用の大型洗濯機に「愛人」と名付けるセンスは、正直理解し難い。メーカーを確認したところジバン系列の日本進出企業だった──実家の会社の先行きが激しく不安だ)
ただし、一部の敷布や下着類は完全に乾燥させず、わずかに湿り気を帯びた状態から屋外で天日に干して、いわゆる「お日様の匂い」をつけるのだとか。うーむ、“洗濯道”も奥が深い。
もっとも、今のぼくの身長では物干し台での作業に手こずるため、そちらに関しては当面免除とのこと。代わりに「愛人28号・改」により洗濯&乾燥させられた各種衣類を仕分けて、奥様達の部屋に届ける作業を任された。
まず最初は、この屋敷の主(マルコ氏は「旦那様」ではあるが、人間界においてはむしろ入り婿に近い立場らしい。その証拠に、妻である奥様の姓と同じ「スレー」を名乗っている)である、キャリオ奥様の分から。
すでに実年齢は100歳を超えると噂される(後日、実は300歳超えていると知った)奥様だけど、その卓越した生化学および生体工学技術の成果か、傍目には20代半ばくらいのグラマラスな美女にしか見えない。
もっとも、あの方の場合は、もともと純粋な人間と言うより、古代の半神半人やエルフといった遥かな昔に滅びた“人”の上位種の血が混じった先祖返りではないか──とも噂されている。
かつての物質科学万能時代なら一笑にふされる意見だろうが、獣人、吸血鬼、人魚などと言ったお伽噺に出てくる種族が市民権を得て街を闊歩し、悪魔や天使が人間界への移住を検討するこのご時世だ。案外正解なのかもしれない。
ともあれ、170センチを軽く超える長身と、それに見合ったゴージャスなボディを包む奥様のアダルトな衣類は、ひと目でわかりやすいため、仕分けるのは容易だった。
(うわぁ~、ブラジャーのカップなんて、いまのボクの頭が片側にすっぽり入りそうだ)
これだけ大きいのに、まったく垂れたりする気配のない砲弾型のハリのあるバストは、それだけで世の中の大半の女性陣を嫉妬で狂わせるに足りる。
なんとなく、ボクは自分のメイド服の胸元を見下ろしてみた。
──つるーーん。ぺたーーーん。
という擬音が聞こえてきそうなほど見事なまでに真っ平らだ。
民族やお国柄にもよるだろうが、12、3歳と言えば、普通ちょっとはこう丸みを帯び始める時期なのではないだろうか?
どうせ女の子にするなら、せめてもう少し発育よくしておいてくれても──って、待て待て待て! ぼくは、いったい何を考えているんだ?
いや、それはぼくだって(現状では“元”がつくけど)男だから、女性の胸部に興味がないと言えば嘘になる。
客観的に考えれば、早くに実母と死に別れた点からも、女性が持つ母性に対して、ある種の抜きがたいコンプレックスを持っている(簡潔に言うとマザコン)傾向があることも、後ろめたいが認めよう。
しかし、それがなんで自分の胸が小さいのを嘆くことと繋がるのか?
「うーーーーん……ま、いっか」
あまり深く考えすぎると、コワい結論に達してしまいそうなので、あきらめてボクは仕分け作業を再開した。
次はファミーリアお嬢様の分だ。
19歳という年齢設定にも関わらず、ミドルティーンの少女のような顔と話し方をする人だが、首から下はそれなりに以上に成熟し、女性としての魅力と個性を主張している。
しかも、162.5センチと高からず低すぎない身長と、20代始めという年齢の割には少女趣味な服装を好む(しかし、その顔だちからよく似合う)お嬢様の衣類は、女性としても格別に華やかな彩りに満ちていた。
「いいなぁ~」
何気なく手に取った春物のピンクのカーディガンと同系色のフレアスカートに、それをまとったお嬢様の姿を想像して、思わずそんな言葉が漏れる。
こういうフェミニンな服装が多いお嬢様だが、ごく稀に大学の式典などで目にしたキリッとしたスーツ姿や、懇親会を兼ねたハイキングに着てきたスポーティなパーカー&ショートパンツといった格好も、文句なしに非常に似合うのだ。
強いてあげるなら、母である奥様が稀に着ているようなゴージャスなイブニングドレスとかの類いは、まだ着こなせないだろうが、それもいずれは年月が解決してくれるに違いない。
(なんでも、お嬢様の生体部分は奥様の卵細胞から培養されたそうなので、遺伝的にも間違いなく“
それに引き換え──いまのボクにもっとも似合うのは、ミドルスクール、下手したらプライマリースクール(小学校)の女子制服だろう。
所詮は仮初の擬体なのだから気にすることはないとわかっていても、何となく赤いランドセル背負って制服姿で小学校に通う自分の姿を想像してしまい、激しく落ち込む。
(いやいや、13歳といえば普通は中学生だよね?)
あわてて想像の中の自分の服装を、日本の伝統的なミドルスクールの制服であるセーラー服に書き換え、手提げ鞄を持たせてみる。足もとも、ピンクのスニーカーではなく、茶色い皮のローファーに変更。
(うんうん、これならそう悪くないじゃないか……って、何やってんだろ、ボクは)
溜息をつきながら、お嬢様の衣類も別の籠に入れ、最後にわずかに残った男物の衣類は──間違いなくマルコ氏、もとい旦那様のものか。
(うぅ、たかだか3日ぶりなのに、なんだか男性の下着類が変に懐かしく、同時に妙に新鮮に感じるよ)
微妙な感慨にふけりつつ、旦那様の分の衣類も畳んでいく。
「とりあえず、奥様と旦那様のぶんは、ふたりの寝室でいいのかな?」
ハンナさんによれば、一部ハンガー掛けが必要なものを除いて、洗濯した物は各部屋に届けるだけで、タンスにしまうのは本人達に任せればよいらしい。
ジバン家のメイド達は収納までやってくれてたように思うけど、これはお国柄の違い、あるいは男女の感覚の差かもしれない。
(確かに、女性は衣類の収納の仕方ひとつとってもこだわりがありそうだしなぁ)
幸いハンガーにかけないといけないものはなかったので、奥様達の分は部屋の隅のチェストの上に置いておくだけでよかった。
次に、お嬢様の分を持ってお部屋を訪ねる。
──コンコン
「はいは~い、開いてるですよ~」
どうやら、お嬢様は自室にいらっしゃったらしい。今日はオフなのだろうか?
「失礼します、お嬢様、洗濯物をお持ちしました」
「あぁ、ジーナちゃん、ありがとうなのですよ~」
陳腐な表現だが、まるで花が開くような笑顔を見せるファミィお嬢様。その笑顔の魅力は男女不問のようで、思わず見とれてボーッとしてしまう。
「? どうかしたんですの?」
「あ、いえいえ、失礼しました」
メイドらしく、ペコリと一礼してお嬢様の部屋を出ようとしたのだが……。
──クイクイッ
肘のところを引っ張られる。
「あのね、ジーナちゃん、今忙しい?」
「いえ、コレと言って特には」
こんな子犬のような無垢な目で見上げられて、さし迫った用もないのに「忙しいから」という理由で断れるのは、よほどの外道だけだろう。
「じつは、ジーナちゃんにもらって欲しいものがあるですの」
? ぼくは、ファミィ嬢に何かプレゼントされるような行動をとっただろうか?
お嬢様に手をひかれて私室の奥の間に向かったぼくは、固辞したものの、愛らしい猫の絵柄のクッションを勧められ、結局それを敷いて床の上にペタンと座った。
多少落ちつかなげな(何せ、年頃のレディの部屋に入った経験などほとんどない)ぼくに、お嬢様は手ずから紅茶を入れてくださった。
今のこの
カップから立ち上る素敵な香りに頬を緩めたぼくだったが、この体が猫舌気味にできているのか、そのままでは飲めそうにない。仕方なく、カップを両手で持ってフゥフゥと息を吹きかけて懸命に冷ます。
そんなぼくの様子を好ましげに見守っていたお嬢様だったが、ふと真剣な顔つきになって、話し始めた。
「もうご存じのとおり、ファミィは昔……10年以上前は、”ファムカ”って言う名前の魔族だったですの」
確かに知っている。
ぼくも招待されていた奥様の披露宴の会場で、テロ(さすがに今となっては、先方が僕を切り捨てること前提で進めた計画であることも理解している)の片棒を担いだその場で、その事実は奥様から聞かされたのだし。
でも、その時には省略された詳細について、ファミィお嬢様は教えてくださった。
元々の、「悪魔」と「天使」が、どういう目的を持つどのような存在なのか。
十数年前、悪魔と天使の抗争(と言うより、天使による襲撃)があったこと。
穏健派の悪魔に所属していた当時のファムカは、ボロボロになりながら人間界に逃れたこと。
そこで、たまたま魔法陣について研究していたキャリオ奥様の元に現れ、そのまま消滅するところだったのを、試作品のソウルキューブによって救われ、新たな擬体(からだ)を与えてもらったこと。
奥様の思いやりと恩義に報いるため、以後、娘のファミーリアとして生きることを決意したこと……などなど。
正直、ぼくが「天使」と「悪魔」という存在について抱いていたこれまでの既成概念をグラつかせるのに足る衝撃的な話だった。
「──と、まぁ、そんなことがあったのですが、これは単なる前ふりなのです」
ええぇぇぇぇ~!? 結構シリアスな話だったのにィ?
「はいです。それで、最初にファミィが入った擬体は、ちょうど今のジーナちゃんと同じ年頃でしたの……と言うか、今のジーナちゃんの体って、たぶん当時のファミィ用の予備の擬体を改造したものだと思うんですの」
髪の色とかは違いますけど、背格好とかはよく似てるですの、と続けるお嬢様。
「は、はぁ……」
それはまた、何と答えればいいのだろう? 光栄ですとも心外ですとも、正直ちょっと言いづらいなぁ。
「でね、当時お母さまに買っていただいたお洋服を、ファミィ、クローゼットの奥にしまっておいたことを思いだしたのですよ~」
ほら、これこれ、と足元に置いた大きめのミカン箱くらいの大きさの衣装ケースをポンポンと叩くお嬢様。
ここまで聞けば、ぼくにもおおよその話の流れはわかる。
「ええっと……もしかして、それをボクに貸して下さる、とか?」
「ううん、貸すんじゃなくてあげるんですの」
いやいやいや! ダメでしょ、それは!!
「? どうしてですの?」
「だって、ホラ、それってお嬢様にとっては奥様に買っていただいた、大切な思い出の品なんでしょう? それをボクなんかに……」
「確かに、この服は思い出の品です。けど、最初の擬体は一年もしないうちに交換してしまいましたの。だから、ほとんど袖を通してないものが多いのですよ~」
服は誰かに着てもらってこそ、きっと本望ですの。このままタンスのコヤシにしておくのは、かえって忍びないですの──と、誠にもっともなことをおっしゃるお嬢様。
「それに『若草物語』とか読んで、お姉さんの服を妹に譲るって行為に、ファミィ、ちょっと憧れがあったんですの。いかにも“姉妹”って感じがしますもの──それとも、ファミィのお下がりなんかはお嫌でしょうか?」
うわ、お嬢様、その悲しげな上目遣いは反則です。
「い、いえ、喜んで、着させていただきます」
そう答えるしか、ボクには選択肢はないワケで。
「あ、でも、ボクはこの屋敷のメイドとして働いておりますから、普段はメイド服が制服ですし、あまり着るような機会はないかもしれませんが……」
念のため、そう釘は刺しておく。
「う~ん、そうですねぇ……あ、でも、お休みの日までメイド服は着なくていいと思いますの! 女の子なのですから、一緒に街に遊びに行く時とか、いろいろおしゃれしてもいいと思うのですよ~」
アウチッ、そう来ましたか。
でも、そもそも、今のぼくに「休日」なんて概念があるのだろうか? て言うか、お休みの日は、ぼくと一緒に過ごすこと前提なんですね。
突っ込みどころ満載のお嬢様のセリフだったけど、ぼくは曖昧な微笑みを浮かべてスルーすることにした。
うむ、物事をうやむやにするジャパニーズスマイルとは、こういう場面で使うべきスキルなんだなぁ。ひとつ勉強になった。
とは言え、いったん受け取ると返事した以上、少なくともこの服はぼくの部屋に持っていかざるを得ない。
が、いまのぼくのひ弱な体では、いかに中身が衣服だと言っても、この大きさの箱が持てるかどうか。
「だーいじょうぶ。おねーちゃんにお任せ、ですの」
大きな衣装ケースをひょいっと右肩の上に担ぎ上げるお嬢様。
「ええっ!? お、お嬢様にそこまでしてもらうワケには……」
「いいからいいから。おねーちゃんは力持ちさんなんですから、可愛い妹のために、これくらいはさせてほしいですの」
そういえば、ファミィお嬢様の擬体って、昨日のパーティに来られたジブリー様や由梨恵様が入ってるのと、スペック的にはほぼ同格って、言ってたっけ。
つまり、獣人族の中でも頑健さには定評のある人狼の戦士を、身体能力的には素手でブチ殺せるってコト?
──ここは、素直にご厚意に甘えておこう。
ぼくは、あきらめてお嬢様を自分の部屋まで案内したのだった。
昼食代わりのエネルギー補給用流動食(イチゴミルク味)を摂ったのち、今度は屋敷の掃除をすることになった。
まず、石造り……に見えて実は違う不思議な素材でできたお屋敷の床を磨こうと、とりあえずモップ&バケツを用意した時点で、なぜか軽く心が浮き立つのを感じる。
(?? なぜだろう、こう、無性にお掃除したくてたまらないというか……)
あとで聞いたのだが、この擬体を調整された奥様は「メイドロボたる者、まず何よりも掃除のプロ、いやむしろ掃除マニア、掃除フェチでなければならない」という(微妙に偏った)信念を持ってらっしゃるのだとか。
そのため、この擬体には発売段階でプリインストされたものより遥かに高度で優れた清掃用動作プログラムと、掃除することに喜びを見出す感情回路が後付けで組み込まれているらしい。
ふ、ふふふ……ランナーズハイならぬ「スイーパーズハイ」なんて馬鹿げた状態を経験したことある人なんて、きっとボク以外そうそういないだろうね。おっと、今は“人”じゃないけど。
ま、まぁ、そんなにワケで、予定をはるかに上回る手際の良さとスピードで邸内の床掃除を終わらせたため、「夕食の準備まで2時間ばかり休憩していいよ」というありがたいお言葉を、ハンナさんからいただくことができた。
「ふぃ~、ちょっと疲れた、かな」
自室に戻ってベッドの上にポスッと仰向けに身を投げる。
擬体でも疲労とか痛みとかを感じるのか不思議に思わないでもないが、お嬢様いわく、それらは「自分の身体的限界を把握しておくため」、そして「人としての感覚を忘れないため」にも絶対必要なのだという。
もっとも、今のぼくが感じているこの疲労感は、半日慣れない作業に従事したことによる、いわゆる気疲れが大半を占めるのだろうけど。
ベッドの上で、コロンと寝返りをうつと、先ほどお嬢様から戴いた衣服の入った段ボール箱が目に飛び込んできた。
思いがけずできた暇な時間を持て余してぼくは、ふと好奇心に駆られて、おそるおそる段ボール箱のふたを開けてしまったのだ。
中に入っていたのは、予想通りいかにもローティーンの少女が着るのにふさわしい(そして、いかにもお嬢様が好みそうな)、フリフリでヒラヒラの少女の浪漫と夢が満載されたブラウスやワンピース、スカートばかり。
「こ、これは……」
今着ているメイド服のようなシンプルな作りのお仕着せならまだしも、ここまで女の子女の子した服装には、さすがに困惑する。
「とは言え、せっかくいただいたものだしなぁ」
とりあえず、暇つぶしがてら箱から出してタンスしまっておこう。
これまでの18年あまりの生涯でロクに家事などしたことなどないぼくだけど、例によってこの擬体のメイド用家事プログラムは優秀だ。
さして躊躇うこともなく、せっせとお嬢様のお下がりの私服を箱から出し、いったん広げてから丁寧に畳み直してタンスに収納していく。
ふと、薄いピンク色の布を手にしたところで、思わず手が止まる。
「うわ!? こ、こんなのまであるの……」
それは、いわゆるスリップドレスに似た意匠のワンピースだった。いまのぼくくらいの娘が着るには少々大人っぽいかもしれないが、洒落たデザインには違いない。
「ちょっと……着てみようかな」
あとから振り返ってみれば、どうしてそんなことを思ったのか。たぶんあまりに暇を持て余していたので、魔が差したに違いない。
ボクは、エプロンとヘッドドレスを外すと、背中のファスナーを下げてメイド服を脱ぎ捨てた。メイドとしての動作はプログラミングで叩き込まれているため、ドキドキする胸の高鳴りとは裏腹に、手慣れた仕草だった。
一瞬の躊躇の後、ベッドの上に広げておいたノースリーブのワンピースを着る。せっかくなので、足元も白のハイソックスから、ちょっと背伸びした黒いストッキングに履き換えてから、鏡の前に立つ。
(わぁ! ボク……か、可愛いかもしんない)
実はこの擬体の顔立ち自体には、元のゲオルグとしての要素が多少は残っている。奥様によると、より正確には「元から女の子として生まれて、13歳まで成長した時の容貌」を顔の骨格からシミュレートしたのが、今のボクの“顔”らしい。
それでも、胸のボリュームが少々さみしいことを除けば、いまのボクはどこからどう見ても可憐な少女そのものだった。
茫然としながら鏡に映る美少女をひたすら眺めていると、うっとりと甘い歓喜が徐々に胸の奥に湧き上がってくる。
(こ、これが、女の子が着飾る喜びってヤツなのかな?)
メイド服姿も十分可愛かったが、こんな風にお洒落すると、また別格だ。これほどまでに自分が可愛くなるとは想像もしていなかった。
「ま、まだ時間はあるよね?」
壁の時計を見るまでもなく、体内の計時機能がお仕事再開の時間まであと1時間半以上あることを告げている。
「うん。そう、だよね。せっかくお嬢様からいただいた服なんだし、サイズが合うか確かめておかないと……」
誰も見てないのに、言い訳するように独り言を呟きながら、ボクは箱の中の残りの衣装に手を伸ばした──まさに、その時!
──コンコン
「ジーナちゃん、お部屋にいるんですの~?」
ノックとほとんど同時に、大量のぬいぐるみさんを抱えたお嬢様が、ボクの部屋の扉を開いた。
「「あ!」」
ふたりの視線と声が重なる。
ボクは凍りついたように動けず、お嬢様の手からボトボトッとぬいぐるみたちが転がり落ちる。
「か……可愛いですの~~~! さすが、ファミィの妹、とってもよく似合ってますの~~!」
うわっ、ちょっとお嬢様、抱きつかないで、お願いだから離してぇーーーーっ!
そんなうれし恥ずかしなハプニングもあったものの、夕飯の準備(今度は手伝った)と晩餐、そしてその後片付けも無事に済み、ようやくぼくの長かったメイド生活第一日目が終わろうとしていた。
晩餐の際に、奥様からは「平日は夜20時まででメイドとしての業務は終了。土曜は13時から、日曜は終日、原則的に休暇」という指示をいただいている。
現在の時刻は21時30分。ちょっと早いけど、慣れない仕事で今日は疲れたし、あとはお風呂に入って寝るだけ──って、そうだよ、お風呂だよ!
いくら年端もいかないとはいえ女の子の裸の姿(いや、自分だけど)をお風呂場で目にして、しかもゴシゴシ洗ったり触ったりして……ぼくは大丈夫なのかな、色んな意味で。
そんな風に苦悩していたところに、さらなる厄介事の種が来襲されました。
「ジーナちゃん、お風呂空いたそうですの~」
「あ、わざわざすみません、お嬢様。でも、お嬢様はもう入られたのですか?」
「まだですの。だから、一緒に入るのですよ~♪」
!!
「だだだ、ダメです、はしたない!」
「? 仲のいい女の子同士が一緒にお風呂に入るのは、別にはしたなくないですよ?」
感情の問題に正論で返されるとすごく困る。
「あ、いえ、そうかもしれませんけど──きょ、今日はちょっと疲れたので、お部屋のシャワーだけで済まそうかなぁ、と」
「あ~、ダメですのー! お風呂は命の洗濯。そんな時こそ、ゆっくりお風呂に使って心身の疲れを癒すです! 大体、ジーナちゃん、その長い髪をひとりで洗えますの?」
「うっ……」
確かに、少女型擬体の基礎知識として、最低限の女性の行動様式自体はインストールされているが、それも限度はある。いまのぼくみたいに長い髪の毛を適切に洗う方法まではどうやら与えられた知識にないようだ。
「その擬体、皮膚部分に関しては生体パーツで構成されてますから、髪の毛のお手入れもキチンとしないといけないですの。今後のためにファミィが教えてあげますの」
らしくもなく(と言うと失礼だが)理詰めで言い聞かせるお嬢様の言葉に、ぼくは力なく頷くしかなかった。
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