悪魔は狡猾!? ~いえ、むしろ人間の方がずっと~

嵐山之鬼子(KCA)

【其の壱.学長は天才美女ニンフ(※ただし元♂)】

1.契約履行に不備なし

 ──うん、確かに、「契約内容」としては間違っていないね。

 事前に予想していたのとは“多少”異なる結果になったとは言え、遺憾ながら、その事実だけは認めざるを得なかった。


 それは、即ち──この「契約」は有効ということだ。


 * * * 


 死後の魂を代償とした3つの願い事。何百年も前から悪魔との取り引き方法としてはポピュラーなものだ。

 とは言え、大半の人間は、そんなの物語の中の絵空事だと思っているだろう。俺もそうだった。


 しかしながら、親友というより悪友という方がぴったりくる腐れ縁の友人・香月貴与彦(こうづき・きよひこ)が、校舎裏で“悪魔(?)”と取り引きしている現場を偶然目にしたことで、その伝承が嘘ではないと理解することとなったんだ。


 もっとも、友人の3つめの願いは「魂を代償にすることをチャラにする」ことだったらしく、取り引き相手の推定・悪魔(黒いフレンチメイド風衣装を着た角・尻尾付きのロリっ娘)は泣いてたが。

 さすが“鬼”与彦、悪魔も泣いてすがる悪辣さ! そこにシビレ……たり、憧れたりはしないけど。

 

 そのままスルーしてれば問題なかったんだろうけど、妙な仏心と好奇心を出してしまったのが、俺の運のツキ(あるいは一大転機)だった。


 肩を落としてトボトボ歩いて帰ろうとする(こういう場合、普通ワープとかするんじゃないのか!?)、その悪魔っ子につい声をかけてしまったのだ。


 10歳前後のロリっぽい外見でもさすがは悪魔と言うべきか、とくに用事もなかったはずなのに、巧みな話術(?)で誘導され……。

 気が付けば、なぜだか俺は「ファムカ」と名乗るその悪魔っ子(実は、「彼女」じゃなく「彼」、つまり男の娘だった)と契約を交わすハメになってしまっていた。


 ただ、ファムカ曰く、最初のひとつ目の願い事は言わば「お試し期間」でクーリングオフが効くのだとか。で、ふたつ目の願い事をした瞬間に魂の契約が正式に成立するらしい。

 ──なんか、下手な悪徳商法より良心的じゃないか?


 そこで俺は考えたんだ。

 たったひとつで、生涯満足できるような願い事をする方法はないものか、と。


 「なぁ、ファムカさんや」

 「はいはい、願い事が決まりましたですの?」

 「その前にちよっと聞きたいんだが──これから、このレポート用紙の片面に、俺が「なりたい人物像」を書くんで、俺自身をそういう人間に恒久的に変身させることって、できる?」


 ──そう、『ウ●ングマン』のドリ●ムノート方式だ!


 「えーと、不可能ではないですけど、ファムカの経験上、あまりたくさん条件をつけるとロクなことにならないと、忠告させていただくですの」


 たとえば、互いに矛盾したり、片方が片方を阻害するような条件をつけると、思うような結果にならないことが多いらしい。


 「それと、“不老不死”とか“神の如き万能”とかいうのは、申し訳ないですけど、さすがに無理ですの」


 なるほど。それにしても意外に親切丁寧だな。


 「あたりまえですの! そもそもファムカたちは、“悪”魔と呼ばれることが多いですけど、何も積極的に世の中に悪徳に染めようとか別に思ってませんの!」


 そ、そうなのか?


 「はいですの。ただ、願い事をされる方が、圧倒的に私利私欲に走られる事が多いため、結果的にファムカたちが悪いように見られるですの、プンプン!」


 そういや、どこぞのゲームも「この世に悪があるとすれば、それは人の心だ」とか言ってたしなぁ。


 そんな会話をしつつ、俺は自分の「なりたい自分」について簡潔にレポート用紙にまとめた。


 「念のために聞いておきたいんだけど、たとえば「美形になりたい」と書いたはいいが、ナメクジ型宇宙人の基準での美形になる……とか言うことはないよな?」

 「大丈夫ですの。そういう主観的な要素が混じる願いは、願った本人の基準で判断されますの。あっ、だから、逆に「想像を絶するパワー」とかいう願い事は、止めておくほうが無難ですの」


 つまり、俺の想像力が事実上の限界を決めるってことか。まぁ、当然といやぁ当然だな。


 ──書き、書き、書き、と。


 「よし。こんな感じでどうだ?」

 「えーーと……はい、大丈夫ですの。とくにコンフリクトする条件もないみたいですの」

 「じゃあ、ヤっちゃってくれ」

 「はいはい、では、イキますの~~!」


 * * * 


 ──という問答を交わしたのが、かれこれ300年ほど前の話。


 私は、身だしなみを整えるべく、寝室の姿見の前に立ちました。


 全体に細身ではありますが、要所要所は“女らしく”発達したプロポーションは、それなりに自信があります。

 肌はコーカソイドとモンゴロイドの中間くらいの白さを持ち、それほどスキンケアに気を遣っているわけでもないのに、奇跡的に小皺ひとつないのは有難い限りです。


 容貌自体は──そうですね、300年前の自分が街で見かければ間違いなく「美人」と断言しているでしょう。今となっては、目つきや印象がキツい感じなのが少々気になりますが。


 足首近くまでの波打つ翡翠色の髪とピンと尖った耳朶は、染色や整形手術などを行わなければ、普通の人間にはまず見られない特徴でしょう。

 いろいろ確認したところ、どうやら古代ギリシアにおいて山野の下級女神とされたニンフ──RPGやファンタジー小説でおなじみのエルフのモデルになった種族に近い身体になったみたいです。


 身長は175センチ、体重とスリーサイズは……「禁則事項です☆」。まぁ、気にするほど太ったりはしてないつもりですけど、そこはやはりレディの嗜みってことで。一応、胸のサイズがEってことだけは公表しておきますネ♪


 「男女問わず道行く人が思わず振り返り、見とれるような印象的な美形で」

 「身体能力は各分野のトップアスリート並に高く」

 「普通の人間の100倍近い寿命を持ち、それに伴い老化も遅く」

 「しかし、病気にはなりづらく、ケガしても常人の10倍以上の速度で治り」

 「IQ300の知能と同時に、優れた写真記憶と自由で独創的な発想、あくなき好奇心を併せ持ち」

 「人格は今の自分をベースとしつつ、一国の元首となりうるくらいのカリスマと運がある」


 ──それが、300年前の契約時に私の出した条件でした。


 あのファムカという悪魔っ子は、キチンと上の6つの条件を叶えてくれたのです。

 まぁ、性別が女性に変わってしまったのは予想の範囲外でしたが、“俺”も割と適応力のある方だったらしく、4、5年も経つと、女としての暮らしに自然と慣れました。


 そして、もうひとつ計算外だったのは、「知識」そのものをインストールしておいてもらわなかったことですね。いくら記憶力その他がよくても、その時点での知識はごく一般的な大学生のそれだったため、様々な知識を自分で貯える必要がありました。


 しかし、結果的にそれが良かったのでしょう。私は、すぐに「学ぶこと」、そしてそれを基に「考えること」の虜となり、10年もたたないウチに国内外に名前を知られる超一流の研究者となっていました。


 スペースコロニー、惑星間航行船、テラフォーミングといった宇宙開発関連の技術。

 アーマ●ドコアのような戦闘用マシンから人間の少女とほぼ見分けのつかないメイドロボまで多彩なメカ製作を可能とするロボット工学。

 人口増大に伴う食糧難を解決するための、様々な動植物を作り出すバイオテクノロジー。

 ──などが、私の得意分野ですね。もっとも、それ以外にもいろいろ特許は持ってますが。


 科学的な研究ばかりしてたわけではありません。人間心理の勉強を兼ねて、舞台や映画にも出演したこともあります。

 一応、これでもアカデミー主演女優賞を1回、助演女優賞を2回もらってるんですよ? と言っても、もう100年以上前の話ですけど……。


 時には政治の道に身を投じることもありました。生まれた国の国会議員を何期かやったり、国連の事務総長に就任したこともあります──どちらも20年ほどで、やりたいことがなくなったんで辞任しましたけどね。


 宇宙開発絡みで「太陽系開拓の母」なんて、ちょっと気恥ずかしい異名で呼ばれるようにもなったんで、元の香月双葉(こうづき・ふたば)としての名は50年程前に捨てて、今は新たな偽名で暮らすようになりました。


 その後も、まぁ、いろいろあって、現在は、太陽系統合政府が出資するこの半官半民の研究所(ちなみに、“民”の部分は、私のポケットマネーです)の所長としてのんびりやらせてもらってます。


 研究所とは言いながら、付属の大学&大学院もあり、一般には「テラ・アカデメイア」と呼ばれることの方が多いのですけれどね。

 ここでの私は、今まであまり本腰入れてこなかった超心理学とかオカルト関連の研究を主に行っています。


 え? うさん臭いですか? そうバカにしたものでもありませんよ。すでに、精神波の強い人間を訓練することによる能力の発現──いわゆる超能力者の養成は、実用段階に入りつつありますし。オカルトに関しては言わずもがな、今の私の姿が、悪魔や魔術の実在を証明してますしね。

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