千の異名を持つ魔剣士

蛍氷 真響

本編

ここはのどかな街。

多くの人々が暮らし、流通の要となっている街だ。

そんな街にいま驚異が迫っていた!


「ま、魔族だ。魔族が攻めてきたぞ!」

「一人だが、すごい強そうだ!」


住民たちは恐れ、慌てている。

だがそんな住民たちはに勇気を与える存在がいる。


「みんな!安心してくれ!ここはこの勇者であるユウ=シャーにまかせてくれ!」

現れた勇者に住民たちが沸き立つ。

「やった!勇者さまがいれば安心だ」


勇者が攻めてきた魔族を相対する。

魔族は全身を漆黒の鎧で固め、鎧とは異なる漆黒の長剣を携えていた。


「お初にお目にかかる勇者よ私は…」

「いや、その漆黒の鎧と長剣。貴方のことは聞き及んでいる」

魔族の言葉を遮って、勇者が答える。

「ほう、ここまで我が異名が届いていたか。すこしこそばゆいものだな」

魔族の声には喜びがにじみ出ている。


勇者が問いかける。

「そう貴方の異名は…」

魔族は不敵に笑ってる。

「フフ」


勇者は高らかに告げる。

「貴方の異名は【うどん大食いKINGヴァージョン9.3】だ!」

魔族は叫ぶ。

「ちっがーう!!!なんだよその異名は!全然違う!」

「えっちがうの?」


「勇者様、ここは私に任せて下さい」

ローブを身にまとった賢そうな人物が躍り出た。

「君は国一番の賢者のケン=ジャー。君は知ってるのか」

「お任せを。勇者様。この賢者に万事おまかせを」

賢者の顔には自信が溢れている。

「よかった。今度はちゃんと知ってそうだ」

魔族は安心している。


賢者は自信たっぷりに告げる。

「貴方の異名は【そば早食いQUEENヴアージョン0.03】です!」

魔族は悲しげに叫ぶ。

「またちがーう!!!てかなんだよヴァージョンって??完成度下がってるじゃないか!?」

「なんと!?違うとは、この賢者一生の不覚」


「賢者様、ここはアッシにお任せくだせぇ」

小汚い姿だが、目つきが鋭い小柄な人物がスルリと出てきた。

「あなたは国随一の盗賊のトウ=ゾック」

「裏の情報網なら賢者さま達が知らないこともわかりますぜ」

盗賊はニヤリと笑う。

「なるほど、裏の情報網。これなら知ってるかも」

魔族は期待をしている。


盗賊はニヒルに笑いながら告げる。

「あんたの異名は【黒ペンキを頭からかぶって色が落ちなくなった剣士】だぜ!」

魔族は狼狽しながらすこし安心して叫ぶ。

「ちっ違う!?この鎧と剣は塗ったわけではない!!ホントだよ。

でも剣士はあってる。ちょっと近くなってる」

「ファ?!裏の情報網でもわからないなんて?!」


「「「皆さん。ここは我々3兄弟にお任せ下さい」」」

3人の恰幅のいい人物達がゆったりと出てきた。

「あなた達はこの国のギルト長を3兄弟で努める

商業ギルドのショウ=ギル=ドチョウ

冒険ギルドのボウケ=ギル=ドチョウ

郵便ギルドのユウビ=ギル=ドチョウ

ドウチョウ3兄弟」

「「「私達ギルド長の下に集まる情報なら必ずやわかるはずです」」」

3兄弟はどっしりとした姿だ。

「三大ギルトの長なら今度こそ知っていそうだ」

魔族は安心をしている。


3兄弟は自信のある声で告げる。

「「「あなたの異名は【ママのお手伝いはかかさない侍】です!!!」」」

魔族は赤くなりながらも慌てて叫ぶ。

「違う!確かにお手伝いは欠かしたことはないけど侍じゃない!」

「「「そ、そんなギルトの情報網でも解明できないとは!!!」」」


その後も幾人ものの知恵あるもの達が異名を当てようと己が知識を駆使したが、誰一人も異名を当てることができなかった。


勇者は驚愕しながら魔族に問いかける。

「なんてことだ。ここまで999人もいて異名を当てることができないなんて一体貴方の異名はいったい何なんだ?」

魔族は999回もツッコミを入れたためにややせき込みながらも答える。

「ゴッホ、ゴッポ。いいだろうさすがにそろそろ限界なので我が異名を教えよう!」


魔族は集まった999人の知恵あるもの達を睥睨しながら己の異名を口にする。

「聞くがいい。人間達よ。我が異名は

シュバインツバイツ・アイク・バイスァライス・ゼンレッカー・イッヒディジャーエッセン・ミットママー

だ!!!」


勇者を始めとした知恵ある者たちはこの時、心を一つにした。

それは 

(長い!ダサイ!痛い!)

だった。


心を一つにした999人は悩んだ。果たして正直に伝えるべきかと。あれだけ自身満々に答えたのだ。きっと自慢の異名だろう。

でもあの異名を口にするのはいろいろと憚れる。


ここで勇気ある者すなわち勇者が動いた。

「魔族よ…そのえっと…異名についてだけど」

魔族は大げさなまでに頷く。

「どうだ?素晴らしい異名だろう。考えに考えた我が異名は」


そんな魔族を見て勇者は意を決して伝える。

「ごめん。正直に言ってあまり良い異名とは思えない」

魔族は固まり、震えだす。

「うそ?そんなハズは。おかあさんといっしょに考えたのに。

うわぁぁぁぁぁぁぁ」


魔族は駆け出し姿を消した。

そして勇者を始めとした人々はただそれを見送るしかできなかった。


のちに街の人々の間にひとつの伝説がささやかれることになる。

それは『千の異名を持つ魔剣士』の伝説だ。

魔族の異名について知恵ある者たちはすべてを語ることはなかった。

すべてを語ればあの魔族の最後の姿も語る必要が出てしまう。

だが何も語らないこともできなかった。

ゆえに少しづつ語られる話が半端に結合し『千の異名を持つ魔剣士』の伝説ができた。


街中で『千の異名を持つ魔剣士』の伝説をかたる人々の中に時折

すこし複雑な笑顔をしている魔族の若人が混ざる姿が目撃されることがあるらしい。

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千の異名を持つ魔剣士 蛍氷 真響 @SINNKYOU

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