第156話 実感なしと魔王の娘

 王妃の爆弾発言により、お茶を吹き出した直後のレンの動きはとても速ものだった。すぐさまエリアス以外には見えていないであろうスピードで移動し掃除を行い席に戻る。


「ルティア、どう言うことかな?」


 エリアスがすぐさまルティアに聞く。どこか恐ろしさを感じるその様子にルティアの顔がさらに青くなる。


「えっとねぇ……なんて言うか」


 とモゴモゴとした様子でルティアが答えようとしている。


「あらあら、恥ずかしいのかしら?この際だから私が話してあげるわよ」


「お母様!やめて。その話はそんなに簡単なことじゃなくなったんだから」


 とルティアが言う。


「どんな話か気になるなぁ」


「あ、それ私もぉ!」


 とすぐさまエリアスとミラが言葉を放つ。レンは、黙って見ているのみだ。なかなか会話に入れそうに無い。




「ルティアがね、王都を出て迷宮都市に行く前に言ったのよ。レン君みたいな凄い人には二度と巡り合えない!これから仲を深めて結婚するって」


 そして王妃があっさりとカミングアウトを行う。ルティアは、さっきまで青かった顔が今度は真っ赤に染まっている。


「お母様のバカァ……」


 と小さく呟いている。


「へぇ〜」


 とエリアスがそれを聞きながら呟いているが、レンにはどうしようも出来ない。


(結婚?俺と?聞き間違いじゃないよな…)



 同じく国王も動けないでいた。


(レン殿、この空気はどうにかならんかね?)


(これは今まで経験したどんな場面よりも大変ですよ!)


 国王とレンが視線を合わせて会話する。これなら黒龍に挑む方が気が楽だとすら思える。



「エリアス、これは迷宮都市に向かう前の話だから気にしないで欲しいんだけど……」


 おずおずとルティアがエリアスに声をかける。本当にとしても母を救ったレンに憧れという意味も含めて好意を持ったのだ。


「そういうことだったんだね。だったら、私が焦っただけだね。ごめんね、ルティア」


 とエリアスが言い、空気が少し和らいだように感じた。




「ふむふむ、ライバルはエリアスちゃんってわけね!頑張るのよルティア!」


 王妃がルティアにエールを送る。


「もういいわよ!帰りましょう」


 ルティアは、顔を赤くして言っている。これ以上いたら身が持ちそうに無いようだ。




 おしゃべりもある程度は楽しめたので、丁度いい時間だと思い帰ることにした。


「はぁ、疲れたわ……」


 城の外を歩きながらルティアがため息をこぼす。まだ顔は赤いままだ。


「突然、とんでもないことを言うあたりルティアと王妃様はそっくりだけどな!」


 とレンが言うとエリアスとミラも頷く。


「似てないわよ!」


 とポコポコと叩いてくる。ダメージは入っていない。



「それにしても凄い話を聞いちゃったなぁ、ルティアがねぇ?」


 とミラが言い始める。先程王妃に教えてもらったルティアの話のことを言っているのだろう。


「くっ、何も言い返せない……」


 悔しそうにルティアが言う。


「まあまあ、ルティアも女の子なんだから。そんなことを言うのは酷いよミラ?」


「う……そうだよね。ルティアごめん」


 エリアスに言われてミラが謝る。



「いやあ、それにしてもなかなか会話に入れない凄い空気だったな」


 レンは見ているだけだったので、素直な感想を漏らす。


「レンにも大きく関わりがある話だからね。結婚だよ、結婚!」


 エリアスが力強く言ってくる。そしてルティアとミラも頷いている。


「う、ああ、結婚ね。そうだよな結婚だよな」


 そうだ、今回の話はレンに関わりしかない内容だ。しかし、結婚となると地球の基準を考えてしまうため、この世界での常識を受け入れるのが難しい。


 目の前では、ミラがエリアス達にそのことを説明してくれている。かなり歳をとってから結婚するのも普通だと言うと、エリアスとルティアはとても驚いていた。


 この世界では、死ぬ確率は地球とは比べものにならないし寿命も人間は短いのかもしれない。早めに結婚することが普通なのだ。


「俺としても中々受け入れるのが難しいんだよ。それに………」


 ルティアに話しかけながらも目線がエリアスの方に移っていく。申し訳ないが、ルティアよりも先に気持ちを伝えないといけない人がいる。




「わかったわよ。気長に待とうじゃない!でもいつか、絶対に返事をもらうから」


 とルティアは言いながら歩き始める。レンがエリアスのことを大切に思っているのも知っている。エリアスもレンのことが好きだ。彼の心の整理がつくのを待つことにした。


「ルティア、お互いに頑張ろう!」


 隣に並んだエリアスが言う。


「そうね、2人であの鈍感を振り返らせよう。頑張るわよ」


 と後ろのレンに聞こえないように話すのだった。






 宿も決まり、自由に過ごすことになった。レンは、考え事をしたくて1人で街を歩いていた。


「賑やかだな……」


 武道大会も近いためか多くの人で賑わっている。



『それにしても困ったことになりましたね。ついに結婚ですか、マスター』


 とナビゲーターさんの声が聞こえる。


「そう簡単に決められないよ。それだけの責任を俺がもう持てるなんて思えない……」


 結婚という話自体本当のことだと受け入れるのが難しい。集団ドッキリじゃないよな?と本気で悩む。


『向こうの世界でならともかくこちらの世界なら大丈夫だと思いますがね』


 とナビゲーターは言う。


「そんなものなのかな……」


 みんな気が早い気がしてしまうが、ここは地球じゃないので考え方が違う。未だにレンは実感すら無いというのに……


『しっかりと考えた方が良いですね。2人も女の子を待たせてることになったんですから』



「そうだな……良く考えるよ」


 と言っていると、路地裏から子供が飛び出してくる。


「痛い……なのじゃ!」


 そのまま子供は、レンにぶつかって尻餅をついた。


「あ、大丈夫か?」


 のじゃ?と思いつつすぐに声をかける。怪我をしたとしたら申し訳ない。


「痛いのじゃ、どこを見て歩いているのじゃ?」


 と子供が立ち上がり言う。


「悪かったな……お詫びに何かお菓子でも買おうか?」


「な!妾を子供扱いするでない。ん?お主、なかなか強そうじゃな!」


 どう見ても子供に見えるのだが……と思う。


「お母さんはどうしたんだ?迷子か?」


 親はどこに行ったんだ?と周囲を見回す。


「じゃから、妾は子供ではない。妾は、魔王の娘!クシフォン・ニアードなのじゃ」


 と言ってくる。



「魔王の娘……は?」


 少しの沈黙の後レンが言うのだった。

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