ぬいぐるみ
金曜日はサボりの日。
そう決めてから、もう、どれくらい経ったろう。
「いけ、そこだ、刺せ!刺せろ!刺させて!」
19時も半分ほど過ぎ、日もとっぷりと暮れたころ。
高校から少し離れた場所ある、ショッピングモールの端のゲーセン。
私のサボリの相方であるきぃちゃんが、クレーンゲームに首ったけになって30分が経過しようとしていた。
中学のころ、たまたま同じ塾だったというだけで、なんとはなしに、つるむようになった私ときぃちゃん。毎回約束しているワケでもないが、金曜日はサボリの日、というのがお互いの間での暗黙のルールになっていた。
いつもなら、私はゲーセンでプライズゲーム、きぃちゃんは併設の本屋で心ゆくまでサボリ通すのが日課であるのだが。今日は珍しく、きぃちゃんもゲーセンに来ていた。
一目惚れしたカワウソの大型ぬいぐるみを取るべく。
……取るべく。
……取れるといいなぁ。
きぃちゃんの中性的な横顔。制服の上から羽織ったスカジャン、その襟から覗くうなじ。短くそろえられた襟足。
カワウソの尻に狙いをつけた、上品な黒縁メガネの奥の真剣な目。
それらを真横で盗み見ながら、私は心底から、取れるといいなぁと願ったのだが。
「……ァ!」
きぃちゃんの短い悲鳴。
持ち上げたカワウソの尻は、あろうことか出口とは方向へと矛先を変えてしまった。
……せっかくいいところまで寄せていたのに。この一手でガードを超えさせるはずだったのに。なんてこった。
「なんだよこのカワウソ!全然可愛くない!」
わずかに頬を上気させながら、腕を振り上げるきぃちゃんだったが。
それは台に叩きつけられることなく、ぷるぷると宙に浮いたままだった。
「じゃぁ、やめとくぅ?」
「嫌だ! 可愛い! 欲しい!」
高らかな宣言とともに、きぃちゃんは、振り上げた腕をきゅっと脇をしめるように下ろした。
が、いまだ興奮冷めやらぬといったご様子だ。
いつもは落ち着いた雰囲気なのに、一度火がつくと妙に子供っぽいところがある。
まぁそういうところがカッコ可愛いくてツボなんだけど。
しかし、ここはクレーンゲーム。落とす落とされるの勝負の世界だ。落ち着いていないきぃちゃんには荷が重かろう。
私が代打ちを、毎週3時間プライズゲームに明け暮れるプライズクイーンを自称すこの私が、代わりにプレイすれば取れるかもしれない。が、とはいえ、ここまで30分粘ったのは誰でもないきぃちゃん自身である。
そこまで頑張ってきたものを、横からヒョイヒョイと取ってプレゼントしたとしても、心中穏やかにはなるまい。
それに、きぃちゃん自身、全く箸にも棒にもかからないというワケでもない。さっきのアレは運がなかっただけなのだ。
となれば、ここは一つ、きぃちゃん自身に落ち着いて実力を発揮してもらうのが一番だろう。
そんな考えを巡らしながら、とりあえず手近な話題を転がしてみる。
「なんかぁ、きぃちゃんがぬいぐるみそこまで欲しがるなんて意外」
「ん? そう?」
「うん。なんかもっとカタそぉなイメージ。絵本を抱いて寝る赤ちゃん時代を送ってそう」
「えぇ、僕のイメージそんななの? まあ、遠からずだけど……最近はだいたい意識途切れるまで本読んでるし」
「え、ヤバぁw ウケる」
「いやでも、僕にだってカワイイ時代はあったんだ。そう、あれは三歳のころ、毛足の長いうさぎのぬいぐるみを肌身離さず持ち歩いていてね……」
「三歳かぁ。私あんまり記憶ないかも」
「まぁ思い出してる記憶を思い出してるフシはある」
「でぇ? 三歳きぃちゃんぬいぐるみ大切にしてたんだ」
「ぐ、なんか調子に乗っていらんコト言ったな……ハズい、忘れて」
「えぇ、いーじゃん」
「いいから、いいから」
そういって、うやむやにするように苦笑いするきぃちゃん。
うん、多少は冷静になってきたようで何より。
「あー、でも、そうだね。三歳のころは、あのサイズぬいぐるみでも大きく見えてたんだなぁ」
「うん?」
「いや、冷静になってみると、このカワウソ、でっかいじゃん。たぶん50cm超えだし。どう持って帰ってもバレるよなって」
何にバレるの、とは聞かない。
高校生になって、塾という共通項も消えたきぃちゃんが今何から逃げてここに居るのか。それは考えないようにしている。
でも、そうやって諦めたように、はにかまれるのは、我慢できないんだよね。
「じゃぁさ、ちょっとだけ私にやらしてもらっていい?」
「え? あぁ、どうぞどうぞ、プライズクイーンの実力見せてもらおう」
3手だ。
そう直感して、コインはその分だけを取り出した。
1手目。明後日の方向に向いたカワウソの尻を整える。
2手目。対角2本のアームを使って並行に、ガード際まで寄せきる。
3手目。端のアーム一本をカワウソの尻に刺し、かきこむようにガードを超えさせる。
ゴトン、と。
果たして、50cm超えの大型カワウソは、私の手元に転がり込んだ。
「……え、そんなアッサリ取れんの?」
「う、うん。私もちょっとびっくりしてる」
そもそも、プライズクイーンは別にゲームはそこまで上手くないのだ。
もう一回同じことをしろと言われてもできる気がしなかった。
まぁでも、何はなくとも、取れてよかった。
「はい、きぃちゃん、プレゼント・ふぉーゆー」
「へ?」
「しつこい同級生からプレゼントされたぁって言えば、ナントカなるでしょ」
「―――ぁ、ありがとう」
そう言ってはにかんだ、幼い少年のような、少女のような顔を。
私はきっと、何年経っても忘れないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます