生物室

秋。満月の夜の放課後の校舎。騒々しく飾りつけられた廊下を進む。

突き当りの生物室の扉を開きつつ、中に居るであろう友人に声をかけた。


「アキ、準備終わったで、帰ろー、って」


何してんの。


見慣れた生物室の机は、壁に沿うように並び替えられ。

それぞれの机の上には、水槽に、カエル・ドジョウ・タニシなどが収められ展示されていた。


黒板には"十五夜と生き物展"と、可愛らしい縁取り文字が踊る。

それだけであったなら、単なる生物部の展示なのだが。


「はーちゃん、ちょうどいいところに来ました。さぁ、位置についてください」


生物室のヌシは、何故にか体操服。

部屋の中央に広々と開けられたスペースには、立派な綱が一本、伸びていた。


「位置についてって、何の?」


「見てわかりませんか、綱引きです」


「綱引きって、あの綱引き?」


「はい、両サイドから引っ張って、より引いた方が勝ちな綱引きです」


そう言いつつ、綱のもとへしゃがみ込むアキ。

にぎにぎと、グリップを確かめるように綱を握る。


めちゃめちゃやる気やん。運動神経悪いクセに。


「いいけど、なんで綱引き?」


「十五夜ですので」


「はぁ・・・」


なんだろ、答えになっているのだろうか。

そういう伝統がある地域もあるだろうが、このあたりにはそんな風習はない。


「まぁやるのはええけど、ウチらだけ?」


「はい」


「そっかー」


そう言いつつ、リュックを教卓に乗せる。


「一回勝負でええ?」


「真剣勝負でお願いします」


何の気まぐれかはわからないが、彼女の意思は固そうだった。

ならば、1戦、怪我させないように、終わらせよう。


対岸にしゃがみ込み、綱を握る。


「3秒のアラームをかけます。それがホイッスル代わりということで」


「りょーかい」


そう言って、アキはスマホを操作し、綱から離れた位置に滑らせる。


3

2

1


アラームと同時に、綱を握る。

重心は低く、釣り合うようにじわじわと体重を後ろへと流す。


小柄なアキは、彼女なりに、最初からめいっぱいの力で引いている。

それでも、綱は確実に、こちらの方へと動いていった。

果たして。


「はい、私の勝ちやね、お疲れ様」


肩で息をするアキに、体育で使わなかったハンドタオルを手渡す。

ありがとうございます、と声にならない声と共に受け取り、顔を埋める。


「この綱もアキの手作りなん? 凝ったなぁ」


無事、怪我もなく終えることができたが。

彼女は意気消沈してしまっていた。


ゲコゲコ。カエルの鳴き声だけが響く。

うーん、気まずい。


気まずいので、展示の生き物たちを見ることにした。


カエル・ドジョウ・タニシ。

ザリガニ・ゲンゴロウ・メダカ。

アメンボやトンボといったものまであった。


要するに、水田に生息する生き物を集めたのだろう。

十五夜の、とは、つまりは実りに寄り添う生物の展示ということだったのだ。


一通り見終えてしまっても、いまだに顔を伏せているアキ。

なんとか彼女の顔を上げられないものか・・・

上げる・・・見上げる・・・うーん。

あ。


思いつき、部屋の電気を消す。


「みてみて、アキ。月が綺麗よ?」


三階教室の窓からは、秋空に輝く満月が、よく見えた。


弾かれるように顔を上げる、アキ。

先の激闘をまだ引きずっているのか。その頬は赤かった。


「はーちゃん」


「何?」


「次はお相撲で勝負しましょう」


「えぇ・・・ 綱引きでこんなんなっとるんやし、

お相撲なんかしたら、アキ死んでまうよ?」


月明かりに照らされて。


「はい、死んでもかまいません」

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