北斗七星
「あかん、また目ぇ悪なったわ」
夜。大学の研究室。学生居室。
居残って論文を読んでいた私のところに来るなり、彼女は開口一番そう言った。
「あぁ、身体測定」
春のこの時期、我々学生はみな時間を見つけて身体測定に向かう。
3日あるうち、好きな日程で行けばよいのだが、たいていは最終日に固まる。
彼女もそのクチであったようだった。
「そう、0.6やて」
「矯正?」
「矯正」
「それは、だいぶ合わなくなってるね」
ぱちぱちと瞬く二重のまぶたを横目に。
ぎぃ、と背もたれによりかかる。
「あぁ~~また眼科にいかんとなぁ~~」
ピンクのロングスカートがふわり。
彼女は、部屋の中央のソファに腰掛ける。
「メガネには戻さないの? オーバーサイズの」
「うーん、なんやかんやコンタクトに慣れてまうとなぁ」
「そう」
かわいかったのに。残念。
「あー、でも、人がかけてるのを見てると、欲しくなるなぁ」
「・・・かけてみる?」
「ほんま? みるみる」
かけていた、黒のアンダーリムの眼鏡を外し、渡す。
「あはは、くらくらするー!」
「えぇ・・・そんな度強かったかな」
立ち上がり、ひとしきりぐるぐると部屋を見渡す。
「はー。あぁ、でも遠くは、よく見えるわ」
ひとしきりはしゃぎ終えると、窓から空を見上げる。
「北斗七星もバッチリや」
「あれ、それ見えていいんだっけか」
「ええんちゃう? お目々よくなったってことやもんな?」
「そうか」
ふと気になり、私も夜空を仰ぐ。
当然ながら、
「ほい」
視界が戻る。
「うん、アンタのほうが似合うな」
頬をなでた指を追う。目が合う。
春の夜風に、桃色の髪がなびく。
あぁ、眩しいな。
「さ、帰ろか? お腹がペコや」
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