ショートショート

潜道潜

天秤

「分銅ってあるやん?あれなんかカワイくない?」

「きゅっとなって、つままれ感がキュンと来んねんな」


就業時間をゆうに過ぎた、事務所。

がらんとした室内には、一定のペースで打鍵する私と、彼女だけ。


「しかも、あつらえたようにピンセットで扱うやん?」

「うちらも手袋なんかもつけたりして。錆びさせんようばっちり守られすぎてんのも、もう」


お姫さんみたいで、ほんと可愛らしいわぁ。

けらけら、と笑う顔に、乱れのない黒髪がかかる。


やることが無いのならば、さっさと帰ればいいのに。

タイムカードまで打刻済みなのだから。こんなところに拘束される義理は無い。


「あぁ、でも姫は姫でも奔放なお姫さんではないわなぁ」

「1gだって体重ふやしたらダメやねんな? ストイックさんや」


彼女は、自席においてある、マトリョーシカの頬をつつきながら。

バッグから取り出した飴玉を頬張る。


「守られて、守られて。お出かけも我慢して」

ぱか。

「やっとお外にでられたと思えば、皿の上」

ぱか。

「自分と釣り合う相手を見繕われたら、またお城に逆戻り」

ぱか。


私の打鍵に合わせるように、謳いながらマトリョーシカを開けていく。

手のひら大になったそれを、指先で弄びながら、にかにかと。


「あぁ、本当に本当に愛しいと思わん?」


あぁ、本当に。

そうやって、毎日毎日、勘弁してほしい。


「何度聞かれても答えは変わらないですよ。私はそうは思わない」


「ほんま、何度口説いても靡かない子やね」


「私はセンパイほど思い切りが良くないんで」


キーボードから手を離し、立ち上がる。

彼女の手のひらから人形を取り上げ、流しへと向かう。


さらさら、さらさら。


「でも、自業自得やって思わん?」

「こんなこと続けさせて、結局トクすんのはどうでもいい奴らやん」


「どうでもいい奴らのために、自業自得は高すぎるんですよ」


蛇口をひねり、水で洗い流す。

人形は、ビニールに入れカバンへと仕舞う。


「さぁ、帰りますよセンパイ」


差し出す右手に、左手を添えて。

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