第21話 陽香は家で待っている
僕は真弓と学校付近を散策することにした。もう四月になっているとはいえこの辺りは残雪もあって日中でも日陰に入ると若干吐く息が白くなってしまう。二人ともそれなりに厚着はしているのだけれど真冬のような完璧な防寒とはいかないのでお互いに口数も少なくなっていた。
それでも、僕は何か話すきっかけは無いかと思って適当な事を言ってみるのだけれど、真弓はそのどれにも良い反応は返してくれなかった。僕はなんだか寒さに耐えられなくなってきたので近くに入れる店でもないかと思って探してみたのだが、学校の近くにはこれといった店を見付けることは出来ず、結局家の近くのハンバーガーチェーン店に入ることになった。家の近くなのでテイクアウトをしても良かったのだけれど、真弓に言わせるとそういうのはいつでも出来るので今はこうして店内で食べてゆっくりしたいという事だった。少しずつ真弓の口数が増えてきたのは外の寒さから解放されたからなのだろうと思っていた。
「もう春だと思ってたんだけどさ、この辺ってまだまだ寒いんだね。私はまだ外の寒さに慣れていないんだよ。今はまだ暖かくなるからいいんだけどさ、秋から冬になるって考えると今から今年の年末が恐怖でしかないよ。お兄ちゃんって寒さにはなれてるの?」
「いや、全然慣れていないよ。むしろ、毎年毎年寒いなって思いながら過ごしているからね。でも、今年はウチの家族だけじゃなくて真弓たちもいるから楽しくなりそうだなとは思うけどね」
「そうだね。真弓たちも今からクリスマスとお正月が楽しみだよ。ママたちもいればいいんだけど、そうなるとおじさんとおばさんに負担がかかっちゃうよね」
「確かにな。でもさ、晩御飯だってみんな順番に手伝ってるみたいだし、僕の両親も思っていたほど手はかかってないと感じてるんじゃないかな。今だって、沙緒莉姉さんと陽香は家事を手伝ってるみたいだし、真弓だって昨日は僕の親の相手をしてくれてたからね。それも大変な事だと思うよ」
「私は楽しくおじさんとおばさんと遊んでただけなんだけどね。あの時にゲームを取らないで一緒に買い物行ってたとしたら、今のこの時間は無かったって事だもんね。そう考えると残ってゲームしてて良かったなって思うよ」
「まあ、どこかに行きたいけど一人だとちょっと不安だなってときは声かけてくれたら何とかするよ。力になれるかはわからないけど、何とかはするからさ」
「じゃあ、今日だけで良いから恋人ごっこしようよ」
「恋人ごっこって何?」
「なにって、そのまんまの意味だよ。お互いに恋人だと思って接するってやつ」
「それはわかるけどさ、恋人に何をすればいいのかわからないんだよね。漫画とかアニメの知識はあるけどさ、それって完璧じゃないわけでしょ。僕は誰かと付き合ったことも無いから余計に分からないかも」
「そうなんだ。お兄ちゃんって誰とも付き合った事ないんだね。私もそうなんだけどさ、私達姉妹の仲では沙緒莉お姉ちゃんだけ彼氏がいたことあるんだよ。陽香お姉ちゃんは好きな人がいるのかもわからないんだけど、休みの日もずっと家にいたからきっと彼氏がいた事ないと思うんだよね。家にいる時も誰かと連絡とってる感じは無かったし、もしかしたら男友達とかもいなかったのかもね。それは真弓もそうなんだけど、お兄ちゃんって女友達とかたくさんいるの?」
「いや、全然いないと思うよ。それどころか、陽香には気付かれてたけど友達もほとんどいないんだよね。そりゃ、学校に行けば話す相手位はいたけどさ、一緒に遊ぶような友達はいなかったね」
「へえ、それってお兄ちゃんがいじめられてたってわけではないんでしょ?」
「最初の頃はいじめに近いこともあったかもしれないけど、僕は全然そういうのを相手にしていなかったらいつの間にかそれが無くなってたんだよね。多分中学一年の五月くらいから二年の夏休み前くらいまで続いてたと思うんだけどさ、僕はその頃にはもう受験勉強初めて一年くらいたってたからどうでも良くなってたってのが本音なんだけどね」
「お兄ちゃんっていじめられてるのを自分でわかってたの?」
「わかってたけど、僕はそいつらの事を全然相手にしてなかったな。先生たちも僕がいじめられているのはわかってたんだけど、僕が全然それを気にしてなかったから先生たちも戸惑っていたみたいなんだよ。それは少し面白かったんだけど、一緒のクラスで勉強するのだけは邪魔をされるから嫌だって言ったらね、大紅団扇大学付属高校を受けるんなら自習室で勉強してもいいってことになったんだ。そこでは誰にも邪魔されずに先生と一対一で勉強出来ていたんでその時ばかりはいじめてきた奴らに感謝してたかも」
「それって、クラスの行事とかイベントとかは大丈夫だったの?」
「どうなんだろうね。僕は修学旅行は参加したけどそれ以外はほとんど自習室で勉強してたからね。クラスの人達も僕がいない方が気を遣わなくて良かったんじゃないかな。そのせいかわからないけど、僕の担任だった先生が酷く悩んでしまったみたいでノイローゼになって休職したのは申し訳ないなって思ったかも。いや、そんな事を言ったような気はするけど、僕はそれに関しても特に何も感じてはいなかったと思うよ。いじめられるようになったきっかけもわからないし、なんで僕がいじめられているのかもわからなかったけどさ、僕にとってはそのいじめられたという事実が先生たちに付きっきりで勉強を教えてもらえる機会を生んでくれたって点で感謝はしてたかもしれないね。変な話だけどさ」
「それってさ、お兄ちゃんをいじめてた人達には何か仕返しとかしなかったの?」
「全然しなかったね。敢えて言うのであれば、クラスの中に何人かいた部活を頑張っていた人達の推薦の話が消えたってことくらいだと思うよ。その後一般入試で入ったのかはわからないけどさ、僕が知ってるのはそれくらいしかないんだよ」
「お兄ちゃんってさ、やっぱり優しいんだね。真弓だったら勉強しながらも仕返しとか考えちゃうかもしれないよ」
「僕も一年生の時はそれを考えたりもしたんだけどさ、仕返しをしてやり返されたら終わりが見えなくなりそうだなって思って止めたんだ。僕が我慢してればどうにかなるだろうと思ってたし、実際にどうにかなったってのもあるしね」
「うん、お兄ちゃんはとっても優しいよ。普通はそんな考えにならないと思うんだ。だってさ、自分が悪くないのにやられっぱなしなんて変だもん。そんなのおかしいよ。だから、やられたらやり返すのが普通だと思うよ」
「でもさ、やり返した後にまたやり返されたらどうするの?」
「真弓は子供だから自分で直接やり返すって事はしなかったんだけど、その代わりにパパとママが相手の所に話をしに行ってくれたんだ。その時にパパが教えてくれたんだけど、中途半端にやり返すのは良くないんでやると決めたら徹底的にやること。それが出来ないんだったら何もしないのが一番。って言ってたんだ。あれ、それってお兄ちゃんがやってた事じゃない?」
「そうかもしれないね。でもさ、おじさんとおばさんが出てきて大丈夫だったの?」
「真弓もその時はよくわからなかったんだけど、沙緒莉お姉ちゃんの話では、パパとママが学校じゃないところと相手の親の職場に行って話をしてくれたった言ってたよ。真弓をいじめてた人達はしばらくしてみんな転校しちゃったんだけどさ、それから真弓と遊んでくれる人が誰もいなくなっちゃったんだよね。いじめられてたとしても遊んでくれる人がいた時の方が楽しかったな」
「真弓の受けたいじめってそんなに酷かったの?」
「どうなんだろう。真弓はそこまでだったのかなって今でも思うんだけど、泥水をかけられたり工作の時間に出たゴミをカバンに入れられたり勝手に髪を切られたりとかそんな感じだったかも。他にも何かあったかもしれないけど、あんまり覚えてないんだよね。お兄ちゃんのはどんな感じだったの?」
「僕の場合はそこまで酷いのって無かったけど、教科書隠されたりとか無視されたりとかそんな感じだったと思うよ。何でそんなことするんだろうって感じの事が多かったかな。でも、真弓は色々と大変だったんだね」
「そんなに大変だと思ったことは無いんだよね。でも、誰とも遊べなかったってのは少し寂しかったな。それがあったから中学受験してみようって思ったわけだし、それがあったからこうしてお兄ちゃんと遊べてるってのはあるのかもね。そう考えると、いじめられてても良かった事ってあるんだなって思うよ。だけどさ、これから入る中学校でもそんなことがあったらどうしようかなって怖かったりするんだよね。もしもさ、そんなことがあったらお兄ちゃんは真弓の事を助けてくれるかな?」
「もちろん。その時はちゃんと助けるよ。前にも言ったかもしれないけどさ、僕は真弓の味方だからね」
「あ、陽香お姉ちゃんから帰りにポテト買ってきてって頼まれちゃった。真弓はポテト代無いんだけど、お兄ちゃんに借りてもいいかな?」
「母さんからもらったお金がまだあるから大丈夫だけど、真弓も何か欲しいのあったりする?」
「えっとね、あのお子様セットについてるオモチャ欲しいな。選べないって書いているけど、どれか一つ欲しいな」
「わかったよ。じゃあ、それを一つとポテトをいくつか買って帰ろうか」
「うん、ありがとう」
僕は真弓のこの笑顔を守ると誓ったのだ。ただ、その誓いも僕が自分の行動で破ってしまうことになるのだけれど、それはこの時点では思いもしない事であった。
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