第6話 6

「ベンジ様、新型ゴーレム制御システムの設置終わりましたぜ」

 自分の部屋にいたベンジさんにそう工場の人が報告してきたので、メイドゴーレムちゃんに車椅子でその部屋に連れて行ってもらうと、広い部屋の中央に、先程表示窓で見せられた目程度まで覆うヘルメットがついた座椅子に、いくつかの装置がついたものが鎮座していました。

 これが新型ゴーレムちゃん制御システムのようです。

「これが新型制御システムか……。試作もしてないのに、完成度が高そうに見えるけど?」

「そうでありますにゃ。基本的には、脳を治療する魔法装置などを流用したみたいですにゃ。このシステムを設計した人は」

 ベンジさんとともに部屋にいるメフィールちゃんがそう説明しました。

 システムだけ見るなら、別段特別な所はなさそうです。

「少し被ってチェックしてみましたが、制御コンソールなどが脳で直接制御可能でして、ベンジ様が使ってたシステムとは使い物にならないくらい使いやすそうです。これなら操作や指揮の効率化も図られるかと」

 二人の隣りにいた工場から来た技術者がシステムを見ながら言いました。

 これなら、安心そうです。

 ベンジさんもホッとした表情で技術者に応えました。

「うん、わかった。アルカ達が向こうに到着次第、これを使ってみるよ」

「ただ一つ奇妙な点がありまして」

「なんだ?」

「基本的な操作は私共でも行えるのですが、専門的な操作は認証が必要でして」

「認証?」

「はい。どうやら、ベンジ様の認証が必要らしいのです」

「僕専用だって?」

「そのようで……」

 そこまで聞くと、ベンジさんは顎に手を当てて考える仕草をしました。

 確かにゴーレムちゃん操作システムは自分だけが使うのだから専用システムなのですが、それにしても作った何者かが自分指名で認証を組んだとなれば妙です。

 一瞬やめようかと言うような迷いの表情を見せたベンジさんですが。

 やがて何かを振り払うような顔を見せると、

「まあ、僕にしか使えないと言うなら使えという事なんだろう。やってみるよ」

 と言い、もう一度システムの筐体を見ました。

 黒いシートに白い装置の筐体は、どこか誘っているようでした。


 やがて、スクリーンがベンジさんのそばで一つ開き、待ちわびていたゴーレムちゃんの顔が映し出されました。

 その奥には、山というか崖に建造されたと言うか掘られたような建築物が見えました。

 あれが邪神アレクハザードが封印されたという神殿です。

 いかにもおどろおどろしい……。というよりは、古びて地味な、いかにもどこにでもありそうな宗教的な建物に見えます。

 それもそのはず。最初は別の宗教の神殿に偽造して建築され、その後長い年月が経ったので、そういった意味ではどこにでもある古びた寺院、神殿に見えるのです。

 その神殿をレポートするレポーターのような声で、

「はーいっ。こちらアルカですっ。邪神の神殿前に到着しましたっ」

 黒髪に黒目で、魔法使いのクリーム色の三角帽子に黒色のローブを着たゴーレムちゃん、アルカちゃんが満面の笑みで報告してきました。

「ご苦労。そちらの様子はどうだ?」

「はいっ。神殿前は静か……、と言いたいところなのですが、若干賑わっていますね」

「なんでだ?」

「なんでも、神殿の奥にお宝があるという噂が流れたらしく、それを聞きつけた冒険者達が一攫千金で集まってきていて……」

「お宝?」

「はいっ。具体的な宝は何か分からないようなのですが……」

 それを聞いたベンジさんは眉間にシワを寄せた後、少し考えてからちょっとだけ声色を強くして言いました。

「冒険者の事はいいよ。それよりクルスは来てる?」

「はいっ。こちらに」

 そう言うとアルカちゃんを映していた画面が右に動き、ある人物達を映し出しました。

 そこには、青い服に薄茶色のマントをつけた金髪碧眼の男と、数名の女性の姿がありました。

「やあ、ベンジ。昨日ぶりだね」

 大勇者クルスと……。

「や、やあクルス。あれ? そこにいるのゴーレムちゃん?」

 数体の女性型ゴーレム。冒険者装備に身を固めたゴーレムちゃん達の姿がありました。

 彼女らは一様に無表情で、ベンジさんのゴーレムちゃん達より設定年齢は年上に見えます。

「そうだよ。俺のゴーレムさ」

「お、お前がゴーレム使ってるなんてはじめて知ったよ……」

「お前と会ってない間に使い始めたのさ。なかなかいいな。使ってみると。コレクションもしているぞ」

 そう応えるクルスさんの顔は得意げでした。

 しかし視線は別のところを見ているようで、表情は獲物を見ているのか、美味しい料理を見ているかのようです。

 気がついたベンジさんは雷光の大勇者に質問します。

「ん? 何見てるんだ?」

「いやー。お前のゴーレムをな。昔から使っているだけあって、なかなかの性能に見えるじゃないか。シノシェアだしな」

「そ、そうかな……」

 そうごまかすように応えたベンジさんですが、表情はなにか警戒している様子でした。

 苦手なクルスだからではありません。クルスの表情、クルスの口調が気になるようです。

 その思考を悟られないかのように、ベンジさんは変わらぬ口調でクルスさんに問いかけました。

「と、ともかく、着いたしもう入っちゃおうか? なんか人もいっぱいいるみたいだし」

「……あ、そうだな。さっき冒険者達が先に入っていったしな。俺達も入るか」

「ぼ、僕のゴーレムを動かすからちょっと待ってて」

「ああ、わかった」

 ベンジさんは返事をすると、スクリーンを閉じました。そしてそばにいたメイドのマルさん達に、

「さて、座るか」

 自分で車椅子を動かし、ゴーレムちゃん操作システムのそばへと寄らせました。

 そしてよろよろと立ち上がりました。

 その覚束なさに、浅黒の肌に白い髪のメイドが、

「大丈夫ですか」

 すぐに駆け寄り、彼を支えます。

「あ、ありがとう」

 ベンジさんは謝意を示し、それからゆっくりと歩いて制御システムにたどり着くと。

 玉座に座るようにゆっくりとシートに収まるように座りました。

 しかし、マルさんは未だ不安そうな表情を隠しませんでした。

 そして、心のなかにある何かを押し出すように口にしました。

「ベンジ様。何かあるといけませんから、支援部隊を送りましょうか。転送魔法で増援も送れますが」

 その言葉に、ベンジさんはん、という顔になりました。

 そして、頬をふくらませると、母親に文句をつけるように応えます。

「大丈夫だって。さっき送ってきたクルスの報告書によると、神殿の中にさほど動きは見られないみたいじゃないか。そんなに能力が高そうにない冒険者がたくさんいるのも安全な証拠だって。だから……」

「いいえ」マルさんはベンジさんの言葉を遮って言いました。

「だからと言って、備えを疎かにしてはいけません」

 そう言ってマルさんはベンジさんの目を真っ直ぐ見つめました。

 その目は悪魔のように赤く光っていました。

「もしもの事がある事を想定しておかないと。いつでも、増援を送れるように準備しておきます」

「いらないって」

「いいえ必要です。何意固地になっているんですか」

「だって向こうの光景見ても安心そうだったし……。いらないよ」

「いります!」

「いらない!」

「いります!」

「いらない!」

「この私めがいりますって言ってるじゃないですか!」

「……いらない!!」

「……」

 小さな議論から始まった口論は、いつの間にか意地の張り合いになり、お互い後に引けない雰囲気になっていました。

 周りのメイドやメフィールちゃん達は何か言おうとしましたが、ベンジさんとマルさん、お互いの間の険悪な空気に、介入できず、おろおろするばかりです。

 困ったものですね。

 しばらく黙り込んでいた二人でしたが、やがてベンジさんが大きくため息を吐いて、何回か首を横に振ると、

「じゃあ、好きにすれば?」

 そう一言だけ言いました。

 投げやりとでも言うのか、逆に信頼しているよ、とでも言うのか。

 どちらかは、わかりませんが。

 彼の言葉に、マルさんは小さくため息を吐き、

「はい、好きにします」

 一言だけ応え、小さくお辞儀をしました。

 それから、ベンジさんから更に離れ、視線をそらしました。

 彼女の唇の端は、わずかに歪んでいました。

 その場にいた誰も、気づきませんでしたが。

 口を聞かなくなった二人。

 こんな風で、これから大丈夫なのでしょうか?

 心配ですね。

 さて、そんな険悪な空気から逃れようとしてか、ベンジさんは一つ深呼吸をしてからメフィールちゃんの方を向き、

「このヘルメットをかぶればいいの?」

 さっきの怒りを込めた口調とは全く違った穏やかな口調で尋ねました。

 突然そう呼びかけられ、面食らった様子でメフィールちゃんは、

「うん、にゃあ、そ、そうですにゃ。これをかぶって、『装置起動システムスタート』といえば良いんですにゃ」

 ちょっと慌てた口調で応えました。

 両耳もぴくぴくさせます。

 何か可愛いですね。

 そんなネコ耳ゴーレムちゃんの様子はどこ吹く風。ベンジさんはそばにかけてあった魔法樹脂製のヘルメットを手にして、しっかりした手取りで被りました。

 ベンジさんの目の前の空間が、闇に包まれます。

「なんか頭に丁度いいな……」

 感想を独りごちると、ベンジさんは一つ頷きました。

 そして、さっきまでの弱々しい足取りとは正反対の、力強い声で、告げました。

装置起動システムスタート

 と。

 するとどうでしょう。装置のあちこちの透明な部分が輝き出しました。システムが起動したようです。

 と同時に、ベンジさんの視界が白く光りだし、一つの空間を形作りました。

 椅子に座っている事だけは確かながら、その他は不確実な世界の中で。

 突然、若い女性の声が響き渡りました。

『これよりユーザー認証を行います。ベンジ・マアス伯ですね?』

 ベンジさんは少しびっくりしたものの、すぐに落ち着いて応えました。

「はい」

 その声に応え、更に女性の声が続けます。

『生体認証を行います。腕を肘掛けに乗せてください』

 ベンジさんはその問いかけに、無言で両の腕をそれぞれの椅子の両肘掛けに乗せました。

 すると。

 肘掛けの部分から手首の部分に、固定具がばっ、と覆い、腕を固定してしまいました。

「!?」

「!?」

 これにはベンジさんもメフィールちゃんもびっくりです。

 そして、空間の向こう側から赤い光が飛んできて、ベンジさんの目をさあっと通り過ぎていきました。

 その光が通り過ぎたあと。若い女性の声が再び響き渡りました。

『認証、完了しました。インタフェース固定』

 彼女の声とともに、ヘルメットがぎゅぅと締まり、ベンジさんの顔にぴったりとくっつきました。

 まるでタコやイカが吸い付くかのようにです。

「なっ……!?」

 ベンジさんが続けざまに驚くまもなく、ヘルメットと触れている頭の部分が、チクッと痛みました。

 針で刺されているかのようです。

「なんか頭をたくさんの針で刺されてる!?」

(一体何が起きているの!? どうなっているの!? どうなっちゃうの!? なんなんだこれ!?)

 ベンジさんはヘルメットを脱ぎ出したい衝動に襲われましたが、腕が動かないので外せません。

 何か言おうとしたその前に。

 女性の声が、感情がこもっているような、そうでないような声で告げました。

「リンク完了。転送開始します。いってらっしゃいっ」

 次の瞬間。

 ベンジさんの目の前が歪み、どこかへと吸い込まれていきました──。


                                                  〇%


 さて、作戦開始っと。

 とりあえずは支援に徹しますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る