第5話 5

「クルスが今日調査したいって?」

「はい。先程ご連絡がありまして。当該の神殿でお待ちしておりますと」

「えっ。こっちは寝不足なんだけどなあ……」

 次の朝。食事と洗顔などを終え、広々とした自室で一息つき、椅子に座っているパジャマ姿のベンジさんはマルさんからそう告げられ、面食らった顔を見せました。

 まるで鳩のようです。

「それで、こちらの準備は?」

「バッチリですっ! 既に探査任務用のゴーレムちゃんボディを生産し、インストールするメンバーの選抜も済んでおりますっ!」

 マルさんの隣りにいたメイド服姿のアルカちゃんが無い胸を張って自慢するように報告しました。

 まあ、どこから来るのでしょうね、その自信は。

 ベンジさんはその彼女の自信をスルーして、淡々と質問します。

「そのボディは?」

「こちらですっ!」

 アルカちゃんがそう言うと、ベンジの目の前にホログラフィックスクリーンがひゆっ、と出現しました。

 現れた四角い画面の向こうに見えたのは、起き上がった灰色のベッドに固定されている七体のゴーレムちゃんでした。

「一体はベンジ様の勇者型ゴーレムちゃんで、残りは汎用型ゴーレムちゃんですっ。各インストールメンバーの職能によって装備される装備が異なりますねっ」

「まー、ふつーの編成だな、普通の探査任務においては」

「そうですねっ」

「普通に何事もなければいいのですが。さて、ここで一つご報告があるのですが」

「なんだマル?」

「それはメフィールにしてもらいましょうか。メフィール」

 そう言うと、表示窓がもう一つ増え、そこに一人の少女の姿を映し出しました。

 その猫耳にブカブカの工場のつなぎをきた猫のような顔立ちの少女が、

「にゃっほんっ……」

 ベンジの姿を見るなり、頭を下げました。

 彼女こそがメフィール。マアス城のシノシェア社工場を統括するゴーレムちゃんの一人です。

 その猫耳にブカブカの工場のつなぎをきた猫のような顔立ちの少女が、

「にゃ……。ベンジ様ちょっと申し上げたい事が……」

 ベンジさんに弁明し、もう一度頭を下げました。

 どうしたんでしょうね?

 ベンジさんも気になったのか、即座に問いかけます。

「メフィールか。どうした?」

「オーナー、実は……。ゴーレム工場に問題が発生いたしましてにゃ……」

「何の問題? メフィール?」

「工場の生産ラインが勝手に動き出して、この任務に投入するゴーレムちゃんの他にもあるものを生産してしまったんですにゃ」

「ハァ?」

 その知らせを聞いた瞬間、ベンジさんの口から思わずそんな言葉が漏れてしまいました。

 その表情は、意外な相手から告白を受けた時のようにも似ていました。

 ベンジさんは問いを続けます。

「工場の自動工作機械が勝手に動いたのか?」

「はい。通常のボディ生産ラインに紛れて、いつの間にか新型システムを生産していたんですにゃ」

「止めなかったのか?」

「はい、気がついたときにはほぼ完成状態にありましたにゃ」

「……」

 そこまで聴くと、ベンジさんは少し遠い目をしました。

 呆然としているのか、信じられないのか、それともそのどちらでもないのか。

 彼の気持ちを知ってか知らずか、メフィールちゃんは言葉を続けます。

「介入があったと分かった時には既に完成しておりましたにゃ……。これほどまでの侵入技術は見事なまでですにゃ……。これは内部のものによる犯行であると見るべきですにゃ……」

 にゃという語尾でふざけているように見えますが、彼女の報告はとても真面目なものです。

「内部の犯行? ここにそういう事をするやつが?」

「当該装置の建造時間から逆算して、建造開始時に外部から侵入の形跡がなかったか他のゴーレムちゃん達などと共同して調べてみましたが、その形跡は一切なかったんですにゃ」

 その報告を聞き、ベンジさんは何やら考える様子を見せます。

 誰が作ったのか、どうやって侵入したかなどは、些細な事ではないという風に。

 やがてベンジさんは、メフィールに声を掛けました。

「いや、侵入者問題はいい。その調査は後でにしよう。それよりもだ」

「なんですかにゃベンジ様?」

「作られてたものってなんだ?」

「実は、こんなものが作られてたんですにゃ」

 メフィールちゃんがそう言うと、視線を向こうの方へと送りました。

 ゴーレム達が眠るメンテナンスベッドのさらに右に置かれていたのは。

 頭まで背もたれがあるような大きな椅子と、その周辺に置かれたゴーグル一体型ヘルメットなどの装置一式でした。

「これは?」

「これはどうやら新型のゴーレム制御・指揮装置ですにゃ。このヘルメットをかけて、指揮装置にアクセスする事により、意識制御などにより単体のゴーレム等をより精密に直接制御したり、今までより多数のゴーレムを指揮・管制などできるようになるみたいですにゃ」

 メフィールちゃんの説明に、ふんふんと頷いていたベンジさんでしたが。

 何かに気がついたようで。

 突然目をジトッとさせると、彼女に向かってゆっくりと告げました。

「で、これらを……。僕にテストしろと……。この誰が作ったものかわからないものを……」

「まあそういう事ですにゃ」

 ネコ耳ゴーレムちゃんの直接的な回答にベンジさんは天を仰ぐと、また画面に向かいます。

「テストしてないのかこれ?」

「設計図の時点でシミュレーションテストは行っていますにゃ。ただ、現物を建造してテストしてみないと分からない事も多いですにゃ」

 ベンジさんの問いにメフィールの声が飛んできました。

 彼の回答にベンジさんは下を向くと、ため息を吐きました。

「ともかく、このシステムは便利そうなのでこの場を借りて実戦テストしてみるにゃ。見たところ危険性はなさそうなので、ベンジ様も使ってこの便利さを実感してみるといいですにゃ」

 本当に危険性はないんでしょうかね? 実際にテストしてないのに安全と言いきっていいんですかね?

 その言葉を裏付けるように、

「大丈夫かなあ……」

 ベンジさんもそうぼやいていますよ?

 不安がるご主人さまの背中を押すように、メフィールちゃんは胸をぽんと一つ叩くと笑顔を見せました。

「大丈夫ですにゃ。シミュレート時点では何の問題もありませんでしたから問題ナッシングですにゃー。大船に乗ったような気分で使うといいですにゃ!」

「そこまで言われると逆に不安になってくるんだけど……」

「そうですよメフィール。ここはベンジ様を不安にさせて慎重になっていただかないと」

「マルッ!?」

「マル様の毒舌出たっ!?」

「こっちが怖くなるですにゃー!?」

 色黒のメイド長の一言に、三者三様に震え上がります。

「それはさておいてですにゃ……。システムはこの後ベンジ様の部屋の一つに置きましてクラウドマインド・アンに接続してシステムインストールして使用開始しますにゃ。システムのモニタリング等はこのメフィール等も行いますにゃ」

「だったらなおさらですが。このポンコツ工場ドールがモニタリングして、おかしな事にならなければいいのですが」

「で、出たにゃー! メイド長マルの呼吸をするようなディス出たにゃーっ!!」

「怖いですーっ!」

「マル、そこらへんにしておけ……」

 ベンジさん、なんか朝から呆れて疲れた表情を見せていますね……。

 そんな表情を見て取って、一同黙り込んでしまいました。

 ちょっと変な空気が皆の間に流れます。

 しばらく誰も話そうとしませんでしたが、その嫌な空気を破ろうとして、

「ともかく、クルス様を待たせてはいけませんので、探査任務に出るゴーレムちゃん達は出発させておきますねっ」

 アルカちゃんが苦笑しながらそう告げました。

 ベンジさんは何かを考えるような顔をしていましたが、

「ベンジ様っ、聞いていますか?」

 アルカちゃんの催促する声に促されて、うん、と頷き、

「あ、うん。わかった。向こうにゴーレムちゃん達を移動させておいて」

 そう応えると、また考え込む顔になりました。

「はいっ! るんたった〜♪ るんたった〜♪ るんたった〜♪ 今日もお仕事ーっ♪」

 ベンジさんの横を、アルカちゃんがスキップを踏み、鼻歌を歌いながら部屋を出ていきました。

 メフィールちゃんやゴーレムちゃん達を映してたスクリーンもひゅっと消え、後には、椅子に座って考え込むベンジさんとメイドのマルさんが残されました。

 マルさんもしばらくベンジさんを見つめていましたが、

「時間になりましたら、新型制御システムを設置した部屋にお連れいたします。何かありましたら、私をお呼びくださいませ」

 一礼すると、部屋を静かに出ていきました。

 一人残されたベンジさん。

 やがて彼は頭をゆっくりと、哲学者のように上げると、こうつぶやきました。


「僕が自由になる日は、一体いつになるんだろう……」


 と。


 ……。

 ベンジさん。

 貴方は今、幸せですか?

 私は、貴方を幸せにしたいです。


 というわけで、必要な物も作ったし、後は使ってくれるだけ。

 さて、皆の準備もしておかないとね。

 ひとまず当分の準備はして、そしてこれから起こるであろう事にも対処しておかないとね。

 まああの人がああいう性格なんで、ああ言ってくるでしょうから、それを利用しないとね。

 さて、手配しましょうか……。


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