第25話 銀座並木通り
デート商法を運営するこの会社は、誰もが持っているある欲望を満たすことで成り立っている。誰もが持つ欲望とは、どのような立場になっても消えることが無い、異性への関心である。たとえ満たされた生活を送っていても、目の前に現れた人物が自分に好意を持っていると感じたら、その人物を意識するようになる。
人の心をつかむある種の才能を持った人物が、それを武器に飛躍的に成績を伸ばすこともある。時としてその才能は、獲物を獲得する野獣の牙となって、平和な家庭の中にも襲い掛かる。その牙を持った人物は、普段は優しい言葉と物腰柔らかな人として生きている。
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奈津美は人材育成部長代理として、自分が発掘した進藤が成績を伸ばしていることに満足感を覚えていた。進藤はまさに奈津美が生み出した理想の人物であった。
奈津美が進藤に対する気持ちの中に、ある感情が芽生えていた。
それまで松野に尽くし、言われるままにしていたが、自分の考えで人が動く快感を知り、自分の持つ力を使えば男は自由にできると思うようになっていた。そしていつしか奈津美には怪しい色を発する女の本性が現れてきた。その対象が進藤であった。
奈津美は進藤をそばに置きたいために「進藤さん、入社希望の人がくるのでいっしょに面接をしてくれない?」と言って、本来必要のない業務を進藤に与えた。
「はい、面接は何時からですか?」
「その人はまだ会社に努めているから、六時頃になると思うけどいい?」
「はい、大丈夫です」
面接は終わった。だが奈津美の目的はもう一つあった。
「お疲れ様、悪かったわね、時間も遅くなったし、どお、いっしょに食事でも?」
「はい、おともいたします」と言って、進藤は直に奈津美に従った。
奈津美は進藤の心をモノにしたと思った。だが逆に進藤が奈津美の心をモノにした。
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この会社を企画したのは松野であるが、代表を務めるのは銀座では知らぬ者はない、賃貸ビルを十数棟所有する企業のオーナーである。
彼はかなり高齢であるが、その商売にかける意欲に衰えはない。
ビルの店子はほとんど水商売であり、かの有名な店のほとんどが彼のビルの中にある。
銀座並木通りを4丁目から8丁目に向かって歩けば、彼の所有するビルの丸い緑色のネオンが次々と現れる。
松野がこのオーナーに持ちかけた商売に、面白いアイデアと感じたのはやはり、彼の長年の経験からくる直感なのかも知れない。
所有するビルの中から松野が望む物件を与え、出資もした。
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進藤は定職も持たず、銀座に生きる女性の間を渡り歩く生活をしていたが、そんな進藤を悪くいう女性はいなかった。彼の持つ優しさが全てを許してしまうのだ。
進藤は女の心を自在に操る技を、生まれながらに身につけていた。
奈津美の心はモノにした。次はマリアの財産だ。進藤は巧みにマリアから聞き出した。
マリアの身内がジョージイという娘と、その夫のスコットの二人であること。
そのジョージイは今はスコットと別居中であることを知った。
進藤が最も関心を示したのは、マリアがいずれこの家を売ってニューヨークに住みたい希望を持っていることだった。
何億円もの金をもってニューヨークに住めば、自分への関心は薄くなる。
新しい男は次々と現れる。進藤はマリアの男好きを見破っていた。
この家を売ってはならない。それにはマリアと結婚してしまうのが一番だ。進藤は数々の女性と付き合ってきたが生まれて初めて、十歳年上の女性に結婚の言葉を口にした。マリアを抱きしめて「僕は永久にこのままあなたを抱きしめていたい。一生僕のそばにいて下さい」元より、マリアは結婚とか同棲とか形にはこだわらない。近くにいてくれればいいのだ。
「あなたの愛が本物なのは分かってるわ、私はあなたのものよ」
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ジョージイと原島はふたりを繋ぐ、わずかに残された細い糸が切れないように、愛を確認しあった。数日間離れている間にふたりの心は、それまでよりも一層かたく結ばれていた。
「ジョージィ、俺はこれから何が起きようとも決して君を離さない」
「省三、私もあなた以外に思う人はいないわ、スコットとは別れるわ」
「なにかいい方法があるの?」
「ボスロフとイリーナがどんな手を使ってでも助けてくれるわ」
確かにジョージィのいう通り、ボスロフはいい親父といった感じがした。
「省三、明日マリアに合ってくれない?」
そうだ、原島はマリアにまだ合っていない。ジョージイの母親に合わずにことが進むはずがない。ジョージィにとっては久しぶりの帰宅である。二人は代々木上原へ向かった。
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