第16話 奔放な母、マリア

 ジョージィは久しぶりに代々木上原で母マリアと一緒にいた。

 ここ最近、ジョーィは仕事が忙しかったので、東京にいることが少なくなっていた。

 仕事がない日は、向島の原島のマンションにいることが多くなっていたので、久しぶりの母娘の対話である。

 「私、章一郎の三回忌がすんだら、ニューヨークへ帰りたいと思っているんだけど、あなたはどうするの?」

 「この家はどうするの?」

 「売るつもりよ」


 ジョージィは、マリアに新しい恋人ができたのだと直感した。

 章一郎が亡くなって三年、マリアが独身を三年も続けたのはこれが初めてだろう。

マリアは日本の習慣に従って、我慢していたにちがいない。

 三回忌がすめば元のマリアにすぐ戻る。

 ジョージィはそれが怖かった。


 奔放に生きた母マリアの血が、自分の体に流れていることが恐怖であった。

 マリアは最近、ジョージィが元夫の母ジョージィ(ジョージの祖母、同じ名前である)に似てきたように感じていた。エストニアにいた頃はアイコに似ていた(マリアの母、ジョージィの祖母)

 このふたりはアメリカにいる時は英語で話す。

 エストニアにいる時はエストニア語で話す。

 日本にいる時は日本語になる。

 意識していなくても自然にそうなる。不思議な親子であるが実はもう一つの言葉をもっている。ロシア語である。


 マリアの元夫はカレリア人の父を持つ。

 カレリアは元は旧ソ連の一部であった。公用語はロシア語である

だからマリアの元夫はロシア語で話していた。

 この地域では数か国語を話すのは普通なのだ。

 しかし、マリアはロシア語を嫌った。

 離婚した後は一切ロシア語は使わなかった。


 ジョージィ一家がボストンに住んでいたころ、近所に住むスコット少年とジョージィは遊び友達であった。

 ふたりは幼少期はよく遊んでいたが、ジョージィが八歳の時にマリアは離婚した。

 マリアとスコットの父の不倫が原因であった。

マリアとジョージィはニューヨークで暮らすこととなった。

 幼いふたりには意味の分からないままの別れであった。

 スコットの両親も離婚した。


 ジョージィの父はカレリアに帰りロシア人女性と再婚した。

 いらいマリアはロシア語を一切使わない。

 ジョージィもロシア語は分かる。しかしマリアの前ではロシア語は使わなかった。

ニューヨークでは、マリアとジョージィの生活を支える男が次々と現れ、三人で暮らす生活が数年間続いた。


 その後、マリアはひとりの日本人菊池章一郎と再婚した。

 菊池は日本の商社に努める駐在員であった。

 ジョージィはその日から〈ジョージィ・アイコ・キクチ〉となった。

 日本では〈菊池愛子〉と名乗った。


 その後、菊池章一郎とマリアは帰国することとなった。ジョージィはひとりアメリカに残り、大学卒業までニューヨークで暮らすこととなった。

 そんなある日、ジョージィのアパートをスコットが訪ねてきた。

 約十年ぶりの再会であった。


 懐かしさで夜遅くまで話していたが、すっかり成長していたふたりはその夜、関係を持った。そして結婚した。

 ジョージィ19才スコット20才、学生結婚である。

 しかし結婚後の生活は経済的に苦しく、ふたりは喧嘩が絶えなくなっていた。

 そんな生活に耐えきれなくなったジョージィは、マリアのいる日本にきた。

 スコットは大学に残り、現在は国防関係を研究する大学院生である。

 マリアはジョージィは、いずれスコットの元へ帰るものと思っていた。


 「ママ、私スコットのところには帰らないわ、私は本当の日本人になるの」

 ジョージィは、自分の体の中に流れている沢山の血を全部忘れて、アイコの名も捨て、ただひとりの日本人になりたいと心から願っていた。


 ロシアの血、エストニアの血、カレリアの血、日本の血、それらが全て奔放に生きた母、マリアを介して自分の血となっていることに苦しんでいた。

 何もかも全てを捨てて、日本人になりたいと願うジョージィの気持ちを支えるのは、原島の存在であった。


















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