高層ビルの白い残像

shinmi-kanna

第1話 ツインタワー

 オフィス街に建ち並ぶビルの白い壁に、真夏の太陽が容赦なく照りつける。

ここは戦場ビジネスの街。24時間 休みなく戦い続ける企業戦士たちの街。

 

 デスクの上に高く積まれた書類を書庫に入れ、鍵を掛けると大きく深呼吸をした原島省三は、「さて、今日はこれからどうしよう」と少し考えた。

だが実は昨日の朝から一睡もしていない。


 学生時代にラグビー部で鍛えられて、体力に自信はあったが徹夜仕事の後はやはり辛い。「家で寝るのが一番」と思い「今日は早く帰ります」と、事務員の奈津美に告げ、オフィスを出て梅雨明け直後の厳しい暑さの中を歩き始めた。

 しかし疲労と暑さで、どうにもならない眠気に襲われ、今すぐにでも横になりたい気持ちになっていた。

 ジョージィが声を掛けてくれなければ、その場にへたり込んでいたかも知れない。


 「どーしたの?原島さん、さっきからずっと横にいたのに気が付かなかった?」

 「えっ、ジョー、ジョー、ジョージィさん?」


 声が裏返り、いつもよりオクターブ上になっているのが、自分の耳でも聞き取れた。それは、あまりにも意外なことだったからである。

 ジョージィはある外資系企業に勤めていた。


 原島の努める会社と、ジョージィの会社はツインタワーと呼ばれるビルで、A棟とB棟に分かれているが、地下フロアと一階フロアはA棟とB棟は繋がっていた。

 エレベーターホールは共通なので、ここで原島はジョージィと何度か会っている。


 会っていると言うより、見たことがあると言った方が正しいのだが、ただ一度だけエレベーターの中で一緒になった時、目が合ってしまい、原島はドキッとしたことがあった。

 その日、原島は間違ってB棟のエレベーターに乗ってしまい、25階までジョージィと狭いエレベーターの中で二人だけになった。

「今日の俺は運がいい」と思いながらも「自分をつけてきた嫌なヤツ」と思われていないかと不安であったが、その時ジョージィは微かに微笑んでいた。 

「良かった、自分を嫌なヤツ」とは思っていない様子にほっとした。


 その日以来、原島の頭の中はジョージィのことでいっぱいになっていた。

 実は、それ以前からジョージィの名前だけは知っていた。

 その美しさが評判だったからである。


  噂ではジョージィはどこかの国とのハーフで、モデルか女優になっても活躍できるだろう、と思わせる容姿を持っていた。それがこんな形で話をすることになるとは。

 思いもせぬ出来事に、「じ、じ、実は、昨夜から徹夜の仕事があってね、どこか仮眠のできる店を探していたところなんだ」

 「まー、そんなに忙しかったの、大変ね」


 「このまま電車に乗れば、眠ったままどこまでも行ってしまいそうな気がするので一時間ほど寝たいと思ってね」

 「でも、その店でいつまでも眠ってしまったらどうするの?」と、ジョージィが自分の顔を原島の顔の前に持ってきて聞いた。

 原島の顔のわずか数十センチメートル先に、ジョージィの顔があった。

 原島の心臓はもうこれ以上は無理、と思われるほど激しく動いた。


 「き、き、きっと店の人が起こしてくれると思うけど、迷惑だよね」

 「じゃー私が一緒にいてあげようか?一時間経ったら起こしてあげる。でも私も一緒に寝てしまったらどうしよう」と、ジョージィは冗談っぽく笑っていた。


 「い、い、いや、それはできません。頑張ってこのまま電車で帰ります」

 ジョージィの言葉が冗談であるのは明らかなのに、真面目に答えてしまった。

 それ以上の上手い言い方を見つけることが出来ず、いつもの自分ではないことが少し残念に思った。


 「じゃあ、私はこの店でひとりでお茶を飲んだら会社に戻るわね、バイバイ」

 ジョージィが入ったカフェのテラスは、五席あったが満席であった。

 外の強烈な太陽の明るさとの対比で、店の中は真っ暗に見えた。

 ジョージィの姿は白いブラウスの残像となって、店の中に消えて行った。

 

 原島は一人になってから「先ずは落ち着こう」と自分に言い聞かせ、数回深呼吸をし、ドキドキが収まるのにかなりの時間を要したが、ようやく冷静を取り戻すことができた。

 すると幾つもの疑問が湧いてきた。

 「どうしてジョージィは自分の名前を知っていたんだろう?」

 「ジョージィも自分のことが気になっていたんだろうか?、まさかそれはないと思うが……?」

 「ジョージィはいつも一人で、お茶を飲むのだろうか?」

 その夜は疲れているはずなのに興奮で、なかなか眠れなかった。






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