第226話 怒れる海の覇者

「さてと……」


 ソファーに腰掛け、セバスさんがすかさず差し出したお茶を一口。

 うん、さすがは大国たるアクムス王国が国王陛下!


 優雅で優美な、洗練された所作。

 品があるのに滲み出すような……この色っぽさ! 特にさてとっていいながらの流し目の威力はすごかった!!


 同じ女性である私ですら、そう思うんだ。

 男性のフィルとサイラスはきっと、今のアルバ様の仕草で頬を赤く染めて……


「では早速本題ですが、今回の依頼。

 クラーケンの討伐にあたって、詳しい状況を教えてください」


 あ、あれ? おかしい。

 サイラスは……予想通り、アルバ様の色気に当てられて、頬を赤くしてるけど。

 フィルはまったく動じてない!?


「っ〜!! フィ、フィル、もしかして……」


 い、いや! だからってなにも問題はないよ!?

 そういうのは人それぞれなわけだし!

 確かにイストワール王国の王侯貴族は、古臭い考え方の人が多い。


 同性愛なんて絶対に認めない! って考えの人が多いだろうけど……私は違う!!

 心配しなくても前世の記憶がある私は、そういうことにも理解がある!!


「お姉様?」


「リアットさん……大丈夫です。

 あとでリアットさんにも、そういう世界があることを教えてあげますから」


 そう! 前世の記憶にもある世界……腐の世界があるということをっ!!


「ソフィー……」


「っ!」


 ま、まずい!

 このフィルの声……笑顔だけど怒ってるときの感じだっ!!


「大丈夫だから!

 たとえフィルがそうだったとしても、フィルは私の大切なお友達で仲間なのは変わらないよ!!」


「……」


 あ、あれ? なにこの微妙な空気。

 なんで黙り込んじゃうの!? フィルから呆れたような、ジト目を向けられてる気がするんですけどっ!!


「ふふふ、フィル殿。

 話には聞いていたけど、貴方も大変ね」


「もう慣れましたよ……」


 えっ、なんの話?


「ソフィー、一応、念のために言っておくけど……ソフィーが考えてる事は勘違いだからね?」


「うんうん、私はわかってるから」


「わかってないね……」


「いつまでも経っても覚悟を決めないからこうなるのよ。

 そうなったら今まで以上に手強いわよ? まぁ自業自得だけれど」


「ルミエ様! もういいんですか?」


 もっと猫ちゃんサイズのルミエ様を愛で……こほん、休んでもらっててよかったのに。


「ふふっ、今から依頼の話をするんでしょう?

 だったら私もいないとね」


 まぁ……確かに。

 猫ちゃんサイズの竜種ドラゴンの姿のときは、私とフィル以外には見えないわけだしね。

 ちょっと残念だけど、これは仕方ないか〜。


「はぁ……それで、現状を教えてもらえますか?」


「本当なら今日はゆっくりしてもらおうと思っていたんだけれど、フィル殿がそう言うなら仕方ないわね。

 セバス、地図を」


「かしこまりました」


 おぉ〜! さすがはセバスの名を持つセバスチャンさん!

 アルバ様に言われて即座に、机の上に地図を広げるとは準備がいい!!


「クラーケンが出没するようになったのは一月程前、場所はこの王都フェニルの港から約500メートル程の海域よ。

 幸いな事に、まだ大きな人的被害は出ていないわ」


「王都の港から500メートルですか……不自然ですね」


「お姉様、なにが不自然なのですか?」


 ん? まぁイストワール王国は海に面してないし、貴族令嬢たるリアットさんが知らないのは当然か。


「クラーケンとは本来、深海で生息している魔物で、陸地から500メートルなんて近くの海域に現れる事はないんですよ」


 クラーケンの生息域は陸地から、数十キロ以上離れた海域。

 にも関わらず、陸地からたった500メートルの場所に出没するとなると……なにか理由があるはず。


「ふふっ、クラーケンがそこに出没する理由なら簡単よ」


「えっ?」


 マジですか。

 さすがはルミエ様だわ!


「それで、その理由とは?」


「そのクラーケンは逃げてきたのよ」


 逃げて、きた?

 大海の怪物と称されるクラーケンが?


「ここから見える海。

 あの海の奥から感じる……激しい怒りの波動」


 いわれてみれば、海の奥からなに……


「っ! こ、この感じはまさか!!」


「ふふっ、ソフィーも気づいたようね」


 この感じは紛れもない……


「そう、なにをやらかしたのかは知らないけど、あのクラーケンは愚かにも海の覇者を怒らせたのよ」


「海の覇者というと……まさか」


 さすがはアクムス王国の国王陛下。

 アルバ様もその異名を知ってるみたいだ。


「えぇ、あのクラーケンは怒り狂う海竜から逃げてきたのよ」


 海の奥から感じるこれは……怒れる竜種ドラゴンの気配っ!!

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