第155話 お願い

「ほう、ソフィアはワタシの事を知っているのか?」


 そりゃもう!


「当然です!」


 というか、この世界の住人なら誰でも……それこそ、お年寄りから小さい子どもまで、老若男女が知っている!!

 なにせ、魔王の存在は子ども用の絵本にもなってるくらいだし。


「ふむ、ワタシの正体を知って、恐れるどころか目を輝かせるとは……流石は愛子と言ったところか」


「っ! どうしてそれをっ!?」


「ワタシを誰だと思っておる?

 その程度を看破する事など、雑作もない事よ」


「おぉ〜!!」


 すごいっ! さすがは八魔王が一柱ヒトリ、全ての吸血鬼の頂点に君臨する吸血鬼の女王、鮮血姫ルーナっ!!


「ふふっ、愛やつめ。

 ルミエがお主を気に入るのもわかる」


「うっ、愛やつっ!?」


 あの鮮血姫にっ! 憧れのルーナ様に愛やつっていわれちゃったっ!!


「ほれ、近うよれ」


「は、はいっ!」


 や、やばい! よくよく考えれば、私の目のまえにルーナ様がっ!!

 どこか近づき難いほどに気高く、満ち溢れた高貴で妖艶な気品。

 優雅に、美しく、他者を圧倒して平伏させる絶対的な力っ!

 まさに支配者然とした、態度と所作の数々っ!! し、心臓がバクバクいってる!!


「ふふっ」


「ほわわ〜!!」


 ルーナ様にっ! ルーナ様に頭をなでなでされちゃったぁっ!!

 って! 興奮してる場合じゃないっ!!

 早くウェルバーとミネルバを連れて避難を! いや、そのまえにルーナ様にお礼をっ!! と、とりあえず……


「あ、あの! ルーナ様っ!!」


「ん? どうした?」


「えっと、その……ルーナ様はどうやって、ピアのあの攻撃を?」


 そうじゃないっ!!

 もう私のバカっ! ちゃんと助けてもらったお礼をしないとダメなのにっ!!

 でも、ルーナ様にもっとなでて欲しいし……


「ピア? あぁ、あの身の程知らずの痴れ者の事か。

 ヤツは数秒間、時間を止めておったのだ。

 まぁ、あの程度の時間停止如きで図に乗っておった時点で、程度も知れておるがな」


 じ、時間停止……なるほど、だから雷速を誇り、加速した世界を見てた私でもまったく反応できなかったんだ。

 時間の止まった世界を動けるピアにとって、どれだけ速くても関係ないわけだし……


「それよりもソフィア、お主には特別にワタシの加護も授けてやろう」


「ほぇっ!?」



『ぴろん!

 鮮血姫の加護を獲得しました!』



 ル、ルーナ様の加護……!!


「もう少し語らいたいところだが……用事があるのでな、ワタシはこれで失礼するとしよう。

 ルミエによろしく頼むぞ。

 ではソフィアよ、また会おうぞ」


 闇に溶けるように。

 最初からそこには誰もいなかったかのように、颯爽と去っていってしまった……


「っと……」


 私としたことが……つい気が抜けて、ウェルバーとミネルバを守ってる隔離結界が解けちゃった。

 まぁ、もうピアはルーナ様が倒してくれたわけだし、隔離結界はもう必要ないから問題ないんだけども……


「ふぅ……」


 やばっ! 身体がふらついて力が……あぁ、もう立ってられないわ。


「っ! ルスキューレ嬢っ!!」


 や、やばい! ウェルバーとミネルバのまえで情けないところをみせちゃった!!

 そもそも! あれだけ堂々と安心しなさい、とか! 許さない、とか! 言い放ったのに、結果は手も足も出ずにこのざまっ!!


 ルーナ様が介入してくれなかったら、ピアに惨敗したのは火を見るよりも明らか!!

 恥ずかしいすぎてこの場所から逃げ出したい! 逃げ出したいけど……身体が全然動かないっ!!


「ソフィアお姉様っ!!」


「へ?」


 お、お姉様? というか、ミネルバに抱きつかれて……えっ! ミネルバが泣いてるっ!!

 な、なにこれ! どういう状況なの!?


 あっ! そっか、あれだな……ピアの亡骸! ズバリ、ミネルバが泣いてるのはモザイク確定なピアの亡骸を見ちゃったからか!!

 まぁ、貴族令嬢が上半身が消し飛んだ死体なんて目にすれば、失神しちゃっても不思議じゃないしね。


 うんうん! ミネルバが泣き出しちゃうのも当然だわ!!

 かくいう私も、まだ修行を始めたばかりのころは、よく倒した魔物の亡骸を見て気分が悪くなったり、食事もできなくなったし。

 公爵令嬢としてのプライドで吐きはしなかったけ、いや〜懐かしいな〜……


「ぅっ、ごめん、なさい……!」


「ミネルバ……」


「わたっ、私のせいで……ごめんなさい!! 私のせいで、私のっ私のせいでっ!」


 うん、まぁなんとなく察しはついてたけど……やっぱり、ピアの亡骸を見たせいなんかじゃないよね。


「ミネルバ、気にしないで。

 貴女はピアに洗脳されて操られていたの、貴女のせいじゃないわ」


「っ! で、でも! 私がお姉様に嫉妬してっ……」


「とにかく! 結果として、こうして全員が無事だったんだから、それでいいの!!

 王都もお兄様達が守ってるだろうし、これで一件落着っ!

 そういうわけだから、あまり自分を責めてはダメ!! わかりましたね?」


「で、でも……」


「わかり、ましたね?」


「は、はい」


「よろしい」


「ですが! これだけはいわせてください……助けていただき、ありがとうございました!!

 そ、それから1つお願いが……」


「お願い?」


 なんだろ?


「えっと、その……ソフィアお姉様、とお呼びしてもいいでしょうか?」


「……」


「す、すみません! 図々しかったですよね、忘れてくださいませ!!」


「ふふっ、別に構いませんよ。

 それに、もうさっきから私のことをお姉様って呼んでるじゃない!」


「そっ、それは……」


「じゃあ、私もこれからは普通にミネルバって呼ぶね」


「は、はい! ソ、ソフィアお姉様!!」


 まさか、ミネルバにお姉様って呼ばれる日が来るとは。


「あの〜、ここには僕もいるって事を忘れないでくれませんか?」


「あら、ウェルバー殿下も私のことをお姉様って呼びたいのですか?」


「えっ!? い、いや、それは……」


「ふふっ、冗談ですよ。

 っと、それより……」


「「?」」


「来たようです」

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