第2話 悲鳴
その日、世界でも有数の歴史を誇るイストワール王国が王都ノリアナの一等地に存在する広大な屋敷。
ルスキューレ公爵家の屋敷は暗く、沈んだ雰囲気に包まれていた。
手広く国内外に様々な事業を展開するルスキューレ公爵の長女にして、上2人の兄を持つ末っ子である愛娘。
両親にも兄達にも愛され……いや、溺愛されて厳しくもすくすくと成長し、まだ幼く少し我が儘なところもあるものの聡明で心優しく……
そして庭で駆け回ったり。
両親や兄達に隠れたつもりで、こっそりと刃を潰した剣を振って遊んでいるような、お転婆なルスキューレ公爵家の姫!
使用人達も含め公爵家一同の天使!!
齢5歳のソフィア・ルスキューレが先日王城で行われた同い年である第一王子セドリック・エル・イストワールとの顔合わせの席にて突然高熱を出して倒れてしまったのだ。
「「「……」」」
爽やかな朝だというのに、外とは真逆で暗く澱んだ空気が充満する一室。
ルスキューレ公爵の執務室にて一様に暗い顔をした3名の人物がソファーに座ってテーブルを囲む。
「ソフィー……」
銀髪青目の男性。
ルスキューレ公爵家が現当主、ヴェルト・ルスキューレは素晴らしく整った顔を悲しげに歪めて項垂れる。
「父上、少しはお休みになられてください」
「そうですよ、父上。
そんなひどい顔をしてたら目を覚ましたソフィーが驚いてしまいますよ?」
そんなルスキューレ公爵を労うは、銀髪に赤い瞳をした美青年。
両親譲りの整った容姿に加えて魔法の才に溢れ、大賢者が理事長を務める世界最高峰の魔法学園。
世界各地から魔法の真髄を追求する者達が集うオルガマギア魔法学園を齢15にして卒業し、それと同時に大賢者より賢者の称号を与えられた天才。
ルスキューレ公爵が長男アルト・ルスキューレ。
そして、アルト・ルスキューレの言葉に頷き少し冗談っぽく疲れた笑み浮かべるは、ルスキューレ公爵の次男。
金の髪に青い瞳、父や兄と同じく整った容姿。
魔法の才に溢れた兄とは異なり剣の才に溢れ。
オルガマギア魔法学園の姉妹校にして、オルガマギア魔法学園と共に世界三大学園に数えられるオルガラミナ武術学園で剣術を始めとしたさまざまな武術を修め。
卒業後は冒険者となり、現在はSランク冒険者〝剣帝〟として名を馳せるエレン・ルスキューレ。
「アルト、エレン、お前達も隈が凄いぞ?」
「ははは、仕方ありませんよ。
ソフィーが高熱を出して倒れてしまっているのですから」
「心配すぎて寝れませんよ」
「私もだ」
各々が可愛い愛娘、妹の顔を思い浮かべ……
「「「ソフィー……」」」
またしても深い沈黙が舞い降りる。
壁を背に存在感を消しながら、数時間はこの光景を見ている初老の執事長バルトは心の底から思った。
誰かこの重い空気をどうにかしてくれと!
バンッ!
そんなバルトの心の叫びが通じたのか、扉が勢いよく開け放たれて美しい金の髪に燃えるような赤い瞳をした美女が。
ルスキューレ公爵夫人、ユリアナ・ルスキューレがズンズンと、しかしながら優雅な所作で項垂れる男3人の前に立ち……
「貴方達、いい加減にしなさい!」
一喝。
怒鳴ったり、大声を出しているわけではないのに力強いユリアナの声に男3人の肩がビクッと揺れる。
「ユ、ユリアナ、だがソフィーが……」
「ソフィーちゃんが、そんな情けない顔をした貴方達を見ればどう思うと思いますか?」
「「「っ!!」」」
それはまさに鶴の一声。
雷に打たれたかのように固まった3人が目を見開いて息を呑む!
「バルト、カーテンと窓を開けて換気を」
「かしこまりました、奥様」
ユリアナの指示に即座に反応した執事長バルトが閉ざされていたカーテンと窓を開け放つ。
執務室に温かな光が差し、緩やかな風が吹き込んだ瞬間……
「いゃぁぁぁっ!!」
ルスキューレ公爵邸を包み込む暗く、沈んだ雰囲気を。
澱んだ静寂を切り裂くような悲鳴が公爵邸中に鳴り響き……
「「「……ソフィーっ!!」」」
突然の事に一瞬の間をおいて悲鳴を上げた娘の、妹の存在に思い至った男3人が一斉に立ち上がる。
「ユリアナっ! すぐにソフィーの部屋に……」
ルスキューレ公爵ヴェルトが咄嗟に愛妻であるユリアナに視線を向け……
「ユリアナ?」
「奥様でしたら、既に出て行かれました」
「「「っ!?」」」
妻の返事の代わりに告げられたバルトの言葉にヴェルトを始め、男3人が息を呑む。
自分達が……仮にも賢者の称号を持ち、現役のSランク冒険者として活躍するアルトとエレンですら妻の動き反応すらできなかった……
「っ! 私達も行くぞ!」
「はい!」
「わかりました!」
思考を放棄した男3人はユリアナを追って悲鳴をあげた愛娘の、妹の……ルスキューレ公爵家の天使のもとへと執務室を飛び出した。
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