一線を超えたあと。

天ヶ瀬衣那

Prologue はじまり

 放課後、目の前には二人の同級生がいる。


 ひとりは幼稚園からの幼馴染、真中真弓。もう一人は高校からの友達、佐藤咲葵。その二人が何をしているのかというと……



「早く食べてよ!」

「私のでしょ!!」



 と、真弓が迫ると咲葵が負けじと俺にポッキーを差し出してくる。


「やめてくれ、こんなコンビニ前でポッキー咥えたまま誘惑するな」


 素直に恥ずかしいと俺は注意した。


 そう、ここは俺たちの通う三崎高校の近くにあるコンビニ。


 そんなところでこんなことをやってると当然同じ学校のやつには見られるわけで「あいつらまたやってるよ」や「見せつけやがって」など、様々な悪態を吐かれてしまう。


 苦笑いを浮かべてやれやれといった感じで少し呆れる。

 今日もこの調子なのかと疲れてきた。なので、これから予定していたことを二人に話す。


「なぁ、約束してるイルミネーション、行かなくてもいいのか?」


「「行くっ!!!」」


 真弓と咲葵がハモった。

 二人のいがみ合いに額に手を当てる。

「……お前ら、ほんっとう仲いいな」


「「どこがっ!!」」


「そこがだよ」

 と、なんとかこの場は切り抜けた。でも、本番はこれからだ。


 一度家に帰った後に俺たちと、それからもうひとり、友達の甲斐俊介と四人で三崎駅前のイルミネーションを見ようと約束していた。




 ✕ ✕ ✕




 それから一時間後、三崎駅前に俺たちは集まった。


「イルミネーションって昨日からだったよな、人が少ない気がするけど」


 駅前の東口、右隣でスマホをいじっている俊介に話しかけた。すると、スマホから目の前の景色に視線を移した。

「ほら、周りのベンチを見てみろよ」

 そう言われて視線をベンチに向けた。

「そういうことか」


「ひゅ~やってんねぇ」


「咲葵って下品すぎ」


 左隣で同じくスマホをいじっていた真弓と咲葵も会話に入ってきた。


「何ぃーーー!!!!」


 下品と言われ真弓に詰め寄るように前かがみになって怒る咲葵。


「お前らもよくやってんだろ、今日もコンビニ前で」


「「あっ……」」


 俺の指摘にそうでしたとうなだれる二人。


 その様子を見ていた俊介が気になって聞いてきた。


「なになに? また真弓と咲葵がなんかした?」


 からかうように聞いてきた俊介にまた怒る咲葵。


「うっさいわね、ばかばか」


「はははっ! って、あんまりそんなことやってると俊樹に嫌われるぞ」


 俊介はいつものように俺の名前を出して咲葵を冷静に戻す。


「うわ、正論キモ」


「うるせぇわ、せっかく心配してやったのに」

 俊介の気遣いに冷徹な目を向ける咲葵。そんなやり取りに興味をなくしたのか、真弓が歩き出した。

「三人とも、早くしないと置いていくよ?」

 少し惨めな気分を感じながら俺たちは真弓についていくことにした。


 駅前を少し歩いたところにあるベンチ。

 さっきまでカップルがいちゃついていたであろうそのベンチに俊介、俺、真弓、咲葵の順に並んで座っていた。

 座ってすぐ、真弓が俺に話しかけてくる。

「えっと、俊樹、実はさっきのポッキー持ってきたんだよね」


「それって……」


「続き……、さっきの続きをしようと思って」


「さっきのって……」


 聞き返そうとしたがそれはコンビニでのことだと、なにひとつ考えるまでもなかった。


 「ちょっと待ってて」


 そう言って真弓は小さな鞄からポッキーの箱を取り出した。その箱は間違いなくあのコンビニで買ったものだった。

「って、溶けてくっ付いちゃってる」

 真弓が箱から銀色の袋を取り出してポッキーを一本つまみ出すと確かに二本くっついていた。

「ほんとだ、それじゃ続きは無理だな」

 と安堵の表情を浮かべる。それが気に障ったのか反論してきた。

「むっ! 無理じゃないよ! ほら、こうすれば」

 そう言ってくっついたポッキーを綺麗に別ける。

「ほ〜ら綺麗に離れたよ。じゃあはい、これ」

 離したポッキーを俺の口元へと突き出す。


「っ! そうやって渡されたら口に刺さるだろ」

「……心に刺さってくれたらいいのに」

「な、何言ってんだよ」


「ふふ、まだ刺さらないか」


 真弓は艷やかな表情を浮かべる。

「そ、そんなこと・・・」

 真弓の表情にドギマギさせられながら返事をすると、咲葵が冗談交じりに「私の目の前で止めてくれる?」と言ってきた。目が笑ってないのは気にしないでおこう。


「い、いいでしょ! 好きなんだから」

「っつ! わ、私もだし!」


 突然の真弓の告白に咲葵もなぜか続いた。こんな挑発に乗るぐらい咲葵も余裕がないらしい。


「あ~あ、俊樹はモテていいよな~」


 羨ましそうに俺を見る俊介。

「なぁ、俊介も見ててないで助けろよ」

「嫌だね」

 と、俊介は笑い飛ばした。


 それからの俺たちはいつもの学校と変わらない時間を過ごした。他人の恋バナとか馬鹿な話をして、俺たちは俺たち自身のことを触れないように卒業までこのままの関係が続けばいい。そうは思っていても現実は残酷ってことを知っている。



 それは叶わない。



 三人とは進路の違う俺は、ずっと隠していた恋心を卒業までに吐き出してしまおうと考えているから。


 真弓から受け取ったポッキーを一口食べる。

 口の中に残った甘いチョコの香りが鼻腔を抜けていく。

 この甘さがいつしか無くなっていくように、俺達の関係も無くなっていくのかもしれない……。


 そう思って見上げたイルミネーションはこころなしかぼやけていた。

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