勇者様をお迎えすることになりました!

如月アクエ

第1話 今の俺がやっていること

「おお、勇者よ! 死んでしまうとはなにごとじゃ!」

 俺は何度目になるであろう、この言葉を聞き流す。

 玉座に鎮座するこの国の王も、すでに言い飽きているんじゃないだろうか。

 だが、王の言葉はさらに続く。

「そなたが次に強くなるのはかなりの経験が必要じゃ」

 あれほど怒っておいて、今度は強くなる目安まで教えてくれる。

 この王様には何か特殊な能力でもあるのか? ときおり、そんなことを思ったりもする。

 それから、訳の分からない呪文のようなものを教え込み、

「姫を助け、魔王を倒し、平和な世の中を取り戻してくれ! 頼むぞ、勇者よ!」

 これで一連の流れは終了した。

 俺はそのまま、王の間から立ち去った。



「よお、タスク! 大変だったな!」

 俺が衛兵の部屋を通過しようとしたとき、一人の男が声をかけてきた。

 浅黒い肌にスキンヘッド、口髭を生やした筋肉隆々な男。

 俺が想像する兵士というイメージにもっともピッタリなヤツだ。

 彼の名は……たしか、アラン。

 俺の中では王様の次に付き合いが長い部類に入るだろう。

 アランは色々と面倒を見てくれる。いわゆる、兄貴肌タイプか?

 そのアランがいつもの屈託のない笑顔で、俺を見ている。

「ああ、まぁ、いつものことだからな……」

「疲れてるなら休んだほうがいいぞ? どうだ、今夜飲みにでも行くか?」

 その心遣いに感謝して、返答しようとした時に、厄介事は飛びこんできた。

「大変だ! 勇者様が力尽きたようだ!」

 衛兵の部屋に急報を知らせる軽装の兵士だ。

 息が切れ切れなのは、王に報告した後、すぐこっちに来たからか?

 少しは部下を休ませてやれ、王様よ。

「勇者様はどこで倒れた?」

 アランが水の入ったコップを手渡しながら問うた。

 報告しに来た兵士は水を一気に飲み干し、そして咳き込む。

 気管にでも入ったか? 慌てて飲むあるあるだ。

「大河を渡る洞窟の中だ……例のドラゴンがいる」

 ああ、陸地を流れる大きな河を渡るためにあるトンネルのようなダンジョン。そこにはこの国の姫が監禁されていて、その見張り役というのが、『例のドラゴン』だ。

「例の洞窟か……あそこ周辺は魔王軍のモンスターも強いからな……」

 深刻そうな顔をするアラン。

 どうしようとアランと俺を交互に見る報告しに来た兵士。

 ああ、そんな悲壮感漂わせないでくれ、こっちもなにげに気を遣う。

「……分かった、俺が行こう」

 こうなることは確定事項だ。

 俺から言わないと話が先に進まないだろう。

「タスク、いいのか? さっき帰ってきたばかりだろ?」

 アランの言葉に俺のことを心配しているのかがよく分かる。

 王様なら「さっさと行け!」とか言うだろうな。

 うん、絶対に言うよな、絶対に。

「……ドラゴンのいる洞窟だ。そう簡単に兵士達集めてなんとかなるもんじゃないだろ」

 毎度のやり取りだが、こうでも言わなければアラン含めた兵士たちが命を賭して行動する可能性が高い。というか、やるだろう。

「……そうか……すまんな、タスク。いつも、お前ばかりに無理させて……」

「気にするな、いつものことだ」

 そう、いつものことだ。

 現在、俺はこの世界で、力尽きた勇者を回収する仕事をしている。

 ほぼ、ボランティア活動に近いんだが……。

 


 大河を挟んだダンジョンの前に到着し、入り口の階段を降る。

 中は真っ暗闇で、なんとなく先が見える程度だ。

 俺は持参の松明に火を点ける。

 これで明るくなり、周囲を照らし出してくれる。

 本来ならダンジョン全体を照らし出す魔法があるのだが、ある理由で俺には使うことができない。

 手にした松明を前にかざすようにして、前に進む。

 ダンジョンの構造は分かっているので迷うことなどない。勇者を見つけるだけだ。

 地中を無理やり掘り出して造りだされたダンジョンなのか、岩盤や地層がむき出し状態になっている。

 が、不思議と土臭さや湿気などの不快感はない。

 呼吸も楽にできる。

 まぁ、モンスターの中にはどういう生態かよく分からない奴も結構いるが、彼らだって空気ぐらいは必要だろう。

 しばらく、歩き回り、対岸へ昇る階段……出口に着いてしまった。

 ここまで、探索して勇者を発見しなかった。

 ……どうやら、最悪のパターンのようだ。

 俺は来た道を引き返し、途中にある、どう見ても怪しさしかない横道に入る。

 そして、その横道を道なりに進むと……いた。

 炭のように黒焦げになった勇者が床に倒れていた。

 そして、その目の前には、やや興奮気味のドラゴンが鼻息を荒くして鎮座している。

 勇者は、このドラゴンに完膚なきまでにやられたようだ。

 俺は消し炭になった勇者の傍まで近寄る。

 装備は……うん、ドラゴンにワンパンされても文句の言えない内容。

 そこから考察すると、ここに挑めるほどレベルも上がっていないようだ。

 このダンジョンの先にある次の町に行こうとして、たまたま横道にそれ、この道の突き当りにある牢屋を見つけたのだろう。

 というか、この牢屋だけしか見えない仕様はなんとかならないもんか?

 牢屋に着いたら、いきなりドラゴンとの強制バトル。

 しかも、強制なので逃げることは許されない。

 で、なすすべなく滅されたようだ。

 決まり事とはいえ、いきなりドラゴン出してくるんなら、そこらへんは手加減してやれよ、魔王様。

 俺は戦闘に勝利して意気揚々のドラゴンを横目に、黒焦げの勇者を担ぎ上げる。

 さて、帰るか……と思った途端、背後から殺気がした。

 担いだ勇者を投げ捨て、その場から跳ねるように退いた。……ごめん、勇者。

 が、俺の判断は正しかった。俺がいた床にはトゲの生えた丸太のようなドラゴンの尻尾が食い込んでいた。

 ドラゴンはやる気マンマンといった感じで、俺を見ている。殺る気が溢れすぎて、鼻からも火が出てますよ?

「ちょ、ま……」

 俺が言葉をかける前に、ドラゴンは先手必勝といわんばかりに、大口を開けた。

 そこから、膨大な炎が吐き出される。

 ドラゴンの炎はありとあらゆるものを焼き尽くす。並みのモンスターすら耐えることのできない灼熱の炎だ。

 ドラゴンは炎を吐くのを止めた。この炎は、ダンジョンの空気すらも焼き尽くし、他のモンスターから苦情が来るらしい。

 少々、消し炭の跡が残る床や壁……そして、平然としている俺。

 床に捨てられた勇者は、さらに追い打ち炎を受け、煙をくすぶらせ燃え焦げている。

 あらためて、すまん、勇者よ……。心から詫びた。

 俺の方は火傷どころかなにかしら燃えた様子もない。

 感覚からすると少し熱い風を受けた感じだ。

 ただ、それがドラゴンのプライドに障ったのだろう。

 今度は前足を大きく振りかぶり、その先にある爪で俺を攻撃しようとした。

 ドラゴンの爪は鉄すらも簡単に切り裂く威力。

 が、無駄だ。

 俺の目の前にはドラゴンの顔があった。

 一瞬、ドラゴンと目が合った。「え? なんで?」そう言いたげな目だった。

 俺は軽く拳でドラゴンの頭を叩いた。

 ゴンッ‼

 鈍く重々しい音と共に、ドラゴンの頭が俺の視界から消えた。

 ドガン‼

 ドラゴンの首ごと地面に深くめり込んだ。それから、全身の力が抜けたように巨体が地に伏せる。

 やりすぎたか? そっと、様子を見ると、白目をむいてはいるが、息はしている。

 うん、よかった。久々の手違いで葬ってしまうところだった。

「……あら、タスクなの?」

 ドラゴンのいた場所から少し奥にある牢屋から美しい声が聞こえた。

「お久しぶりです、姫様」

 牢屋の鉄格子越しに、一人の女性が姿を見せた。

 彼女こそ、国王の一人娘、アムル姫。

 この国一番の美人という噂は嘘ではなく、穏やかで優しい笑みを浮かべる顔は美少女の誉といっていい。

 ほんとにあの国王の娘か?

 きっと、今は亡き王妃に似たのだろう。そうでなければ、説明がつかないし、あの国王の姫に対する愛情もそこからきてるのか……いや、これ以上は考えない。きっと違う。

「今日のドラゴン、どうしたんですか? 何かあったのですか?」

「その方は新人さんのようです。前のドラゴンさんはお子様が産まれるそうで帰省なさり、それでこちらに赴任されたらしいですわ」

 なるほど。新人で姫の監視という魔王軍では重要な仕事を与えられたので、張り切っていたというわけか。

 完全に張り切る相手を間違えたようだが。

 普段なら、ドラゴンと俺も気心というか、何度か叩きのめしている間に、なんとなく察するものが出来た。

 俺には一切手を出さない。

 というか、出しても無駄だということを悟ったようだ。

 だから、ここで力尽きた勇者を回収しても、ドラゴンは何もしない。むしろ、たまに挨拶や世間話をする時がある。

「まぁ、今日のことで、このドラゴンさんも分かっていただけたことでしょう。何回かお話はしたんですけれど……」

 アムル姫はため息交じりに言った。

 魔王が人質兼嫁候補として捕まえた姫も、すっかり馴染んできたのか、健やかに幽閉生活を満喫している。

 三食つきの寝放題、欲しいものは魔王が与えてくれるし、なんなら監視付きで地上に出て散歩も許されている。

 城で姫として他人の目を気にすることはないし、格式ばった礼儀作法も宮中行事などとは無縁状態だ。

 ドラゴンも人間と会話できるし、成人(?)のドラゴンは人型にもなれるらしい。

 今のところ、アムル姫は何不自由なく、むしろ以前より自由に暮らしている。

「前のドラゴンさんは背中に乗せて空を飛んでくださったけれど、新人さんは真面目で……楽しみがひとつ減ってしまいましたわ」

 軽くとんでもないことを言いませんでした?  姫様?

 国王には悪いけど、当分、助けなくてもいい気がしてきた。

 そっちのほうが姫も幸せのような気がするのは、俺の勝手な想像か?

 いや、彼女にはこの先、もっと幸せな未来が待っているのだ。ここは大人しく勇者を待っていてもらおう。

 俺は放置され続けていた勇者を担ぐ。

 ドラゴンの炎を二回も浴びたせいか、彼の身体は熱を帯びた金属のように熱い。

 というか、ヒリヒリ痛い。

 モンスターの炎を受けても、熱さや火傷、痛みも感じない俺の身体も、こんな時は熱、痛みを感じるようになっている。

 ……そんな身体だから、こんなことをやっているわけだが……。

「今度はお会いするときは、ここから出られた後を願いたいですわ」

 別れ際に、鉄格子の向こうで名残惜しそうな表情でアムル姫がそう言った。

「……ええ、そうですね」

 ああ、本当にそうだ。

 早く、ドラゴンくらい楽勝に勝てるくらいになってから、この場所にたどり着いてほしい。

 何度も、ここに来るのもいい加減めんどくさい。

 そういったあらゆる想いを込めての「そうですね」だった。

 熱々に焦げた勇者を肩に、俺は再び地上に戻る。

 この後、城まで勇者の身体を持ち帰り、王様の説教を聞かせるまで、かなりの工程を施す。

 勇者はその間、なにも覚えていない。

 ああ、これからの作業を思い出しただけで、吐きそうになる疲れてきた。

 なんか『➡逃げる』を選択したい気分だが、きっと逃げられないのだろう。

 地上に出てきた俺を、どこまでも広がる青い空と白い雲が出迎えてくれた。

 ああ……なんか太陽がまぶしく感じる……。

 俺は、この世界で力尽きた勇者を回収している。

 この世界で俺ができる職業は、これしか見当たらないからだ。

 大事なことなので、もう一度だけ言わせて欲しい。


 俺は力尽きた勇者を回収する仕事をしている。 

 

 俺は、この世界で勇者を回収することしかやることがない男なのだ。

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