第3話 ギルドの受付嬢


「……と、昨日そんなことがあったんですよ!」


 僕は浮かれた顔で、受付嬢さんに昨日のことを話した。

 昨日、僕は奈落の底で、S級冒険者の白銀の死神に助けられた。

 その話を聞きながら、受付嬢のラフラさんはなぜか気まずそうな顔をしている。


「そ、そうだったんですかぁ……。なにより、無事でよかったですね。ゼンくん」

「えぇ! そうなんですよ! いやぁシロさん、かっこよかったなぁ!」


 ラフラ・フランシオンさん、僕の専属の受付嬢さんだ。

 クエストのやり取りだけじゃなく、冒険者としての相談なんかにも乗ってくれる。

 銀色の髪をお団子に束ねていて、眼鏡をかけたおっとり系のお姉さんだ。


「ゼンくん……それよりもですね……。ガイアさんたちのお話を聞かせてください。彼らのやったことは、許されないことですよ? ギルドから、ちゃんと罰則を与えないと……」

「そうですね! あ、でもでも……その前に! 聞いてくださいよラフラさん! シロさんって、本当にカッコいいんですから! それに、キレイで……なにより美しい!」


 僕は思わず、昨日の興奮冷めやらぬままに、シロさんを絶賛する。

 だがなぜか、ラフラさんが顔を真っ赤にしている。

 どういうことなんだ……?

 しかも、ラフラさんはもじもじしだした。


「そ、そうですか……? そんなに、美しかったですか?」

「ええはい! それはもう! 僕もあんな風に強くなりたい! っていうかもう、シロさんと結婚したいくらいですよ!」

「ぶふーーーーー!!!!」


 なぜかラフラさんが盛大に吹きだした。

 ギルドのカウンターにうつ伏せになって、なぜかもだえている。

 僕、そんなにおかしなこと、言ったかな……?


「ど、どうしたんですか……? ラフラさん」

「な、なんでもないんですよぉ……」


 あのおとなしいラフラさんが、珍しい反応をするものだ。

 僕はもっとシロさんの話を続けることにした。


「それに、シロさんって、けっこう可愛いところもあるんですよ!」

「ひゃい……!?」

「そう! まさにそれです! シロさん、急にクモが出てきたときに『ひゃい……!?』って、可愛い声でおどろいたんです! ギャップ萌えっていうんですかね? 僕、もうあれでますますハートを射止められてしまいましたよぉ……」

「あ、あの……ゼンくん……もうやめてください……」


 ラフラさんはさっき以上に顔を赤くして……。

 いや、耳まで赤くなって、うつぶせになっている。

 恋愛にうといラフラさんに、こういった恋バナはNGだったかな?


「邪魔するぜぇ」


 話をしていた僕とラフラさんの元に、あるパーティーがやってきた。

 そう……僕を追放したあの、ガイア率いるAランクパーティーだ。


「やあ、ガイア」


 僕は彼らの前に、立ちはだかる。


「…………!?」


 すると、彼らは僕の顔を見て、絶句した。

 まるで死人でも見たような顔をしている。

 まあそりゃあそうだろう……。

 彼らの中では、昨日すでに僕は死んだことになっている。


「ぜ、ゼン……よう……な、なんでここに……!」


 ガイアはつとめて冷静に、平然を装って応える。

 だが、その目は僕に怯えている……。

 僕が帰ってきたことに怯えているのか、この先にまつ罰に怯えているのか……。


「なんでここに? じゃないだろう! 僕は死ぬところだったんだ!」

「は……はぁ……!? い、いみわかんねーし! お前が勝手にはぐれただけだろ!」

「え……?」


 まさか、ここにきてつまらないいい訳をする気か?

 いったいどんな荒唐無稽な嘘をつくつもりだろうか。


「まったく……ゼンには困ったものだよなぁ……なあ?」

「そ……そうよ! 私たちの足を引っ張らないでよね!」

「ま、まあ……今回は許してやるからさ? 白紙にもどそうぜ?」


 などと、言ってきたのだ。

 信じられない……。

 ギルドにバラされて、公にされたくないからって、僕に目を瞑れと言っているのか?

 そんなの……まっぴらごめんだ!


「ちょっと――」


 僕が反論をしようとしたときだ。

 僕よりさきに、ラフラさんが口を開いた。


「ガイアさん! 話しはすべて、すでにゼンくんから聞いているんですよ? いい訳は無駄です! ギルド長にも話してあります!」


 これは頼もしい援軍だけど……。

 ラフラさん、いったいどうやってガイアたちに言い勝つつもりだろうか。

 彼らは決して、自分たちのやったことを認めないだろう。


「は……! そんなの、ゼンが勝手に言ってるだけだろ!」

「いえ……これには証言できる人物がいます!」

「な、なに……!?」

「白銀の死神……彼女がゼンくんの言ったことを証言できます!」

「は……白銀の死神だと!?」


 ガイアは目を丸くして驚いていた。

 そりゃあそうだ……。

 白銀の死神なんて伝説級の冒険者の名前が出てくるなんて、夢にも思わないだろう。


「ど、どういうことだよ!」

「そうだそうだ! デタラメ言ってんじゃねえぞ!」


 まあ、彼らがそう反論するのも当然だ。

 彼らは、僕がどうやって帰還したのかを知らない。


「ゼンくんが、どうやって帰って来たと思いますか?」

「は……? そんなの知るわけ……ま、まさか……!」

「そうです、そのまさかですよ。ゼンくんは白銀の死神と一緒だったんです」

「そ、そんな! 信じられるかよ! あんなの、おとぎ話じゃねえのかよ!」


 そう、冒険者リストには載っていても、白銀の死神を実際に見たという人はごく一部だ。

 多くの冒険者からは、謎の存在としか知られていない。


「いえ、白銀の死神はいます! ねえ、ゼンくん」

「は、はい……! 僕は確かに、彼女に助けられました!」


 ガイアの額に、汗が走る。


「じゃ、じゃあ……! 本当にそいつに証言してもらえるっていうんなら! 明日このギルドに連れてこいよ!」


 ガイアがそんなことを言い出した。

 でも……白銀の死神――シロさんの居場所なんて、僕は知らない。

 そんなことを言われても……。


「わかりました! いいでしょう! その代わり、明日彼女が現れたら、大人しく証言を受け入れ、罰則を受け入れてください!」


 ラフラさんは、自信満々にそう言った。

 えぇ……。

 いったいどうやって白銀の死神を連れてくるつもりだろう。

 もしかしたら、ギルドの人は居場所を知っているのか?


「いいだろう! そのバカげた賭けに、乗ってやる!」

「いいの、ガイア……?」

「馬鹿野郎! 白銀の死神なんているわけないだろ! そんなのゼンのデタラメに決まってる!」

「そ、そうね……」


 どうやら話はまとまったらしい――。

 明日、このギルドで、白銀の死神が証言すれば、ガイアは報いを受ける。

 だが、白銀の死神が現れなかったら……?

 そしたら僕が大嘘つきということになる。


「だ、大丈夫なんですかラフラさん?」

「まあ、私に任せておいてくださいよ!」

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